第126話 ドッキリ回避
戦闘を終え、散らかりに散らかってしまった事務室をもう一度確認する。
床に乱雑に倒れたデスクからは一度目を背けるとして。
残っているのは資料が積まれているらしき棚、何が入っているのか分からない大きめのロッカー、事務室からさらに小さい部屋に続くドア、そして普通であれば外の景色を映し出すだろうガラス窓だ。
ガラス窓から覗く風景は、真っ黒だ。
そこに外があるようにはまるで思えず、薄暗い明かりも相まって不気味な雰囲気を醸し出している。
少しイメージは違うが、地中にいるような気分だろうか。
最初はここから外に出ることも想定してみたが、どう見ても出入りして良い景色じゃない。
切羽詰まった状況でなければ、開けたいとすら思えないだろう。
危機感さんも、心なしか『近づくな』と言っている気がする。
では、残った箇所のうち、まずは棚を見る。
目星を使い、重要なアイテムはないか、と確認したが反応はなかった。
次に、大きめのロッカー……の前に、事務室から続いている小さな小部屋を見た。
中にモンスターの気配はない。
どういう部屋なのかを想定してみる。
事務室のさらに奥に、鍵を分けて区切っているのならば、金庫や鍵の管理を行なっている部屋なのではないだろうか。
棚にめぼしいものが無かったことからも、本命の何かはこの小さな部屋にあると見た。
というわけで、戻ってロッカーだ。
かなり大きい。
そう、相変わらず、人間が簡単に隠れられそうなサイズのロッカーだと思う。
それでいて、先ほどの戦闘音でも反応せず、ずっと閉じていたわけだが……。
「どうせ、小さな部屋でキーアイテムを手に入れたら、中から飛び出してくるんだろ。俺は詳しいんだ」
『このダンジョンは初見のはずでは?』
「ダンジョンじゃなくても、ホラーゲーで死ぬほど見たんだよ」
端末くんはホラーゲーをやらないから知らないかもしれないが、閉まっているでかいロッカーの中には、高確率でゾンビが入っているのだ。
何より、このダンジョンは実際にあったホームセンターの惨劇をモチーフにしている。
混乱のさなか、ロッカーに隠れようとした人間が居るというのも、考えにくい話じゃない。
「だから、先に潰しておく」
俺は、先ほど段ボールの山を崩したのと同じ要領で、ちょうどロッカーの接合部あたりを狙って、庭石をぶん投げた。
ゴガン、と音を立ててロッカーが歪む。
ほどなくして。
「ううぅううおおぉおおおあ!」
「おうううおおぉおおうぁああああ!」
本当に潜んでいたゾンビが、ロッカーのドアを蹴破って現れた。
内心、ちょっとだけ杞憂で終わらないかと思っていたので、ちょっとビクッとしつつ、俺は即座に男性ゾンビ二人の首を刎ねた。
恋人同士には見えないが、いったいどういう関係だったのだろうか。
片目を閉じて黙礼をし、塵になって消えていく遺体を見送った。
「とりあえず、これで懸念は消えたか」
一応、ゾンビが潜んでいたロッカーの中を確認したが、何もない。
正確には、防災用品的なものや、勤務時間確認用の書類みたいなものとかは詰まっているのだが、ダンジョン攻略にはあまり役立ちそうになかった。
さて、残ったのは小部屋だけだ。
「気配はないが、慎重に」
何はなくとも、さっきのようにゾンビが潜んでいる可能性もある。
俺は静かに息をしてから、ドアノブをひねる。
ドアノブは動かなかった。
『鍵が閉まっています。鍵を入手してください』
「…………」
先に言って欲しかった。
「とりあえず、店長のデスクらしいやつを調べるか」
何をもって店長のデスクと言ったかと言えば、一番奥にあって、乗っているパソコンがちょっと高そうだったから。
俺は店長のデスクを隅々まで調べたが、めぼしいものは見つからなかった。
となるとあとは倒れているデスクの方だが、目星を使っても鍵の反応はなかった。
「……困ったな」
お約束で言えば、こことは違う場所に鍵が存在しており、その鍵を手に入れてからここに来ると、中に入れる仕組みだろうか。
だが、今の俺は退路を絶たれている状況だし、この場所に鍵がなければどうしようもない。
「閉じ込められたか?」
『通達。情報を取得したことにより、入り口の封鎖が解除されました。現時点よりこのエリアからの脱出が可能です』
「……なるほど」
悩んでいたら、端末くんから通路開通のお知らせが届く。
となると、もう俺はこの場所から出ることができるようになったらしい。
ただ。
「時間がかかりすぎるな」
このエリアの探索にはそれなりの時間を使ってしまった。
今はタイムアタックの最中なので、いちいち鍵を探しに戻って、鍵を手に入れてまた来て、とかやっている暇があるだろうか。
時短ルートは鍵を手に入れてからここに来ることだったのだろうが、今それを言っても仕方ない。
俺が決めるべきは、鍵を手に入れに戻るか、ここで違う方法を試すかだ。
もし罠解除なり鍵開けなりのスキルを所持していれば、と思ったが、罠感知はできても解除はできないのが、俺のスキル構成だった。
正直、取っておけば良かったと思っている。
というわけで、裏技的に鍵を開ける手段を俺は持っていない。
では、残された選択肢は。
「鍵を壊すか」
俺は、堂々と不法侵入を選択することにした。
まぁ、この部屋であれだけドンパチしても何も無かったのだし、今更扉を突破するくらいは大丈夫だろう。
少し迷ったが、今回もドアをぶち破ることにしよう。
実は、常々思ってはいたんだ。
ホラーゲーの主人公はなぜわざわざ律儀に鍵を探すのかと。
その持っている銃で鍵ぶち抜けばいいのにと。
『…………』
「端末くん。何か言いたげな沈黙はやめてほしい」
『……正しい攻略法……』
「そういうチクチク刺すような言葉もやめてほしい」
というわけで、俺は勢いをつけてドアを蹴破った。
レベルブーストのおかげか、どう考えても力が跳ね上がっている。
少なくとも、こんな挨拶感覚で鍵を壊せるやつが社会に紛れていてはいけない、と思う程度には簡単に鍵は壊れた。
「……クリア」
少し特殊部隊の気持ちで、部屋の内部を検めた。
中にあったのは想像通り、小さめの金庫らしきもの。
それと、『鍵置き』と書かれた蓋つきの、壁掛けの箱のようなものだった。
金庫は、今は気にしなくてもいいか。
俺は物取りではないし、ダンジョン内の金庫の中身も怖いし、もしお金が入っていても使い道がない。
世紀末風に言うと、ケツを拭く紙にもなりはしないのだ。今の紙幣は。
それにこちらの鍵は、ドアの鍵とは比べ物にならないほど頑丈そうだし、床とつながっていて持ち運びもできない。
中にキーアイテムが入っていたら死ぬしかないが、現状は手の出しようがない。
金庫は無視して、鍵置きを開ける。
中には、何かの鍵が数本入っている。
鍵をひっかける場所自体は何十もあるが、ほかの鍵はお出かけ中のようだ。
なお、何の鍵かの説明は何も無い。
「……何の鍵だよ」
『分電盤の鍵、レジの鍵、外倉庫の鍵、およびシャッターの鍵になります』
「あ、ありがとう」
と思ったら、端末くんが全部教えてくれた。
良いんだろうか、と少し思ったが、どうせ全部持っていくので今更か。
何が必要になるか分からないので、持っていけるものは全部持っていくに限る。
端末くんのリークも、せいぜい時短になる程度だろう。
貰うものは貰ったので、後は退散するだけだ。
そう思って、俺は小部屋から出る。
「……よし」
ロッカーを見るが、入る前に処理してあるので、ここからびっくりする展開はない。
そう思って、視線をふと窓に向けた。
顔があった。
「っ」
息がつまる。
真っ暗闇の窓に、顔が浮かんでいた。
特徴の薄い、目を瞑った男性の顔。
目が開いた。
男性の両目が、じっと俺を見た。
思わず硬直する。
その瞬間さらに、事態は動く。
顔。
顔。
顔。
顔。
顔。
顔。
男性だけじゃない。
女性も、子供も、老人も。
老若男女問わぬ、様々な顔が、窓ガラスに張り付くように浮かんでいる。
でも。
顔があるのに体はない。
人間らしい、何かがない。
腕や、足が生えている肉塊が、顔と顔を繋ぐように所狭しと詰まっている。
見覚えがあった。
その景色を、俺は見た覚えがあった。
怖気はすでに、身体中を染め上げている。
だが、それは俺の行動を阻害しない。
俺は、顔の集まりに背を向けて、一目散に。
【オオクル=スヌスイ】
逃げ出した。
直後、ガラスが砕ける音が響く。
背後から、瞬く間に声が聞こえる。
「うるううぅううううううう!」
「うるうるうううううっっるるるうう!」
「うるるうるうううるううううう!!」
「ううるっっっるっるるううううう!!」
夥しい鳴き声を背中に受けながら、俺は走る。
背中側から感じるプレッシャーは、少しも減ってはくれなかった。




