第122話 グレーゾーン
『体に違和感はございますか?』
数字を見て少し硬直していたところで、端末からの声で我に帰る。
少し身振り手振りを確かめた後に、軽く飛んだり跳ねたりしてみたのだが、あまりにも不思議な感覚だった。
「違和感がない。むしろ違和感がないことに違和感がある」
『レベルブーストには、急激な身体能力の変化に適応するプログラムも含まれておりますので』
相変わらずステータスには謎が多い。
だが、なんとなくで想像しているところはある。
やはり人間には元々の身体能力があり、ステータスはそこに被せるような形で効果を発揮している、というものだ。
だから、あくまで動かしているベースは自分の体なので、そこには違和感はない。
そのあとにステータスによる補正がかかってくるので、なんと言えばいいのか。
一メートルジャンプできる人が、ステータスで五メートルまでジャンプできるようになっても、体を動かすイメージは変わらないし、一メートルに抑えて飛ぶことも簡単にできるというか。
ステータスはそれまでの動きを阻害せずに、新しい動きもイメージ通りに行えるように補正がかかっているというか。
つまり、急激にステータスが伸びようと俺の中に違和感はないし、これまで五メートルが限界だったジャンプが、急に十メートルまで伸びたとしてもそれを『体感』でこなせる感じだ。
といっても、これがステータス本来の働きなのか、レベルブーストによる抑制プログラム的な何かの働きなのかは、断定できないが。
「まぁ、実際にどれくらいやれるのかは、敵に当たってみるまではわからないな」
『今の上杉様であれば、分裂体の悪性変異体相手に正面から打ち勝つことも、不可能ではないと考えます』
「それはいいな」
悪性変異体、この場合はなれはてたものたちのことだろう。
今までの奴との戦いは、どうにかこうにかの時間稼ぎか、隙を見つけて即死お祈りのどちらかであった。
これが、真正面からでも戦えるようになるとなれば、戦術の幅がだいぶ増える。
……まぁ、最初は当然、暗闇を展開しながら安全に戦うところからだが。
「あとは、さっき貰ったEPをどう使うか」
あまり辛いことを考えないように、俺は努めて軽く口にする。
一階層で倒していた時にはEPを落とさなかったダンジョンの住人たちだが、それの補填ということで先ほど7000強のEPを貰った。
この短時間ですごい効率だ、とも思うが、即死運ゲーを考えると二度やりたいとは思わない。
とにかく、ここから第二階層の攻略に向かうにしても、このEPを余らせておくのは勿体無い。
と思ったところで端末くんが言った。
『上杉様。このダンジョンの構造の読み込みを進めたところ、第二階層にてEPを消費して進むギミックを確認しております。可能な限り、EPを温存しておくことをオススメします』
「…………」
貯めたEPですら、ダンジョン攻略に使わないといけないのか。
俺は自分の気持ちが急速にしぼんでいくのを感じた。
「というか、第一階層の住人がEPを落とさなかったように、第二階層もそうなんじゃないのか?」
『そのようです』
「それでどうして、進むのにEPが必要なギミックが配置されるんだ?」
正攻法で行っていたら、金がなく、稼ぐ手段もないのに進むのには金が必要、みたいな攻略不可能ダンジョンになっていたんじゃないのか。
『EPの獲得方法は、モンスターを倒すことだけではありませんから』
「……そういや、魔術の解析をしたがっていたみたいだったな」
もとより、マトモに攻略させるつもりのないダンジョンだった。
そこで詰まって出られなくなっても良いし、通るために魔術で作ったアイテムを納品してくれてもいい。
そういう、ウイルス的にはどちらでもいい感じの仕掛けなのかもしれない。
「……念のため聞いておきたいんだけど、攻略支援としてそちら側から俺に、ボーナスでEPをくれたりとかは?」
『ダンジョンの管理者であるために一番重要なのは、システムのルールを守ることです。我々がルールを曲げて上杉様を支援しようとすれば、ウイルス側の権限を封じたのと同様に、我々もまたルール違反で権限を封じられる危険性があります』
「あー、嫌がらせも、えこひいきも、本来はダメなんだな」
『はい。もしルールに抵触しない形で優遇が欲しいのであれば、それ相応の試練を越えていただく形になりますが……』
「わかった。遠慮しておく」
ダンジョンは何事もバランスらしい。
仮に緊急事態であっても、一方的に支援するような真似をすれば、権限をウイルス側に取り返される恐れがある。
そうなったら、おそらく今以上に面倒な話になる。
「……レベルブーストはセーフなのか?」
『……黒に近いグレーゾーンとだけ』
「詳しくは聞かないでおこう」
ダンジョンサイドも、現場は必死だというのはちゃんと伝わった。
とにかく、攻略のためにEPが必要となれば、必要最低限の消費でEPは温存しておかないといけない、か。
「最低でも鍾馗の修復、CP回復薬の補充、あと暗黒魔術の取得はしておきたいな」
特に前二つはマストだ。
鍾馗の修復は、説明の必要すらないだろう。
CP回復薬に関しても、この先戦っていく上でCPの消費が必要不可欠であれば、可能な限り余裕を持っておきたい。
あと、暗黒魔術に関しても、俺の能力が最も発揮できるのが闇の中なので、必要なのは言わずもがな。
今はスケルトンマジシャンをいちいち呼び出しているわけなので、単純に自分で使えたらサモン分のCP20が浮く計算になる。
EPとCPの換金レートを考えれば、15回以上の戦闘で元は取れる。
他には、ボロボロになった防具の買い替えとかも必要かな。
「兎にも角にも、まずは鍾馗の修復かな」
俺はストレージから鍾馗を取り出し、少し眺める。
最後のゾンビラッシュの時に、刃先が少し欠けてしまったのを見たが、やっぱり状態は良くない。
『現在の鍾馗のステータスは一部破損状態です。ここから万全の状態に修復するためにはEPが500ほど必要です』
「無茶させすぎたな……よろしく頼む」
『かしこまりました』
とはいえ、ここから万全に直るのであればEP500は必要な出費だ。
もはや鍾馗なしで、俺の戦いは成り立たないのだから。
俺が頼むと、この前修復したときと同じように、俺の中からEPの粒子が溢れ、一度端末に吸い込まれた後、白銀の光が鍾馗を包む。
その光が収まれば、後には傷一つない状態の鍾馗があった。
『修復を完了しました。また、修復後、鍾馗のステータスに一部変化がございましたのでご確認ください』
「了解」
端末くんに促されるように、鍾馗のステータスを確認する。
──────
護刀・鍾馗+2
疫病を払う守護の力を宿した忍者刀。
武器としての性能もあるが、その本質は装備者に降りかかる厄災をはねのける護りの力である。
二段階成長している。
ステータス補正:力+7、魔+3、体+5、速+5、運+2
特殊1:成長する武具(装備者の意志の力に応じてその性能を増していく)
特殊2:対魔(戦闘中に一度だけ、魔術によるあらゆる攻撃に高い耐性を得る)
特殊3:修復(EPを注ぐことで損傷を修復することができる)
特殊4:対呪(精神系、および病理系状態異常に耐性を得る)
特殊5:継戦(戦闘中の体力の消費を軽減する)
──────
呆れるほどの連続戦闘に、鍾馗が俺を助けるための能力を生やしてくれていた。
また、体と速のステータスがちょっぴり伸びている。
もしかしたらEP500のうちいくらかは、鍾馗が成長するために必要だったのかもしれない。
「心配かけて悪いな。これからも頼む」
俺は、鍾馗にそう声をかけてストレージにしまい直した。
この時点で、もうその辺のロングソードとは五段も六段も違う武器になってしまっているな。
「あとは、暗黒魔術を習得して、買える防具を新調して、それで残りはいくらになる?」
『5999です』
「妖怪1足りないが発生しそうでめちゃくちゃ怖い数字きたな」
いや、多分大丈夫だと思うんだけど、ここで例えばCP回復薬を買い込んで、それでEP2999とかで行ったところでさ。
通行にはEP3000必要ですとか言われたら俺泣くよ?
『心配であれば、EP1分のアイテムを納品していただければよろしいのでは?』
「端末くんかしこいよね」
とりあえず、適当なアイテムを納品して端数を揃える。
これでEPは6000になったから、例に出したようにEP3000は残しておくとして。
買い込めるCP回復薬は、CP1500分か。
ショップにはついにCP回復薬Ⅲが並んでいた。
お値段はEP200でCP100回復である。
今の最大値的にはもう一段階上を買ってもいいのだが、そっちはまだ並んでいないので仕方ない。
『上杉様。EPの全てをCPに回さず、HP回復薬にも回すことを強くオススメします』
といったところで端末くんのアドバイス再び。
ということは、そういうギミックもあるのか。
「具体的にどんなギミックか聞ける?」
『詳細は話せませんが、HPが0になった瞬間に呪腐魔病に感染するようなギミックがございます』
「殺意が高い」
普通に詰むところだった。
正直、相手の攻撃力が高すぎてもはやHPなんてお守りくらいにしか思ってなかったからな。
ここでHP軽視して突っ込んでいたら即死だったわけか。
「端末くんが味方に付くことが、こんなに心強いとは」
『先ほど申し上げたように、あまりクリティカルな助言はできません。参考程度にお考えください』
「十分だよ」
少なくとも、今の俺には必要な存在だ。
クミンが居たら、こういう時に相談に乗ってくれるのだが、居ない以上は端末くんの指摘がありがたい。
HPが回復する方の普通の回復薬はEP100でHPが300も回復するのすごいなって思った。
CP3000分で、回復薬Ⅲを4本、CP回復薬Ⅲを13本購入した。
ということで、準備は整った。
このダンジョンのシステムはレベルアップでHPとCPを回復してくれないので、買った回復薬をその場でがぶ飲みする。
HP回復薬Ⅲを一本、CP回復薬Ⅲを八本飲んでお腹をたぷたぷにし、残ったのはHP回復薬が3、CP回復薬が5。
回復量はそれぞれ900と500だ。
めちゃくちゃ心許ないが、行くしかない。
一応、ステータスを確認すればこんな感じだ。
──────
上杉 志摩
召魔忍者
レベル50(+40)
所持EP:3000
HP 302/570(+400)
CP 803/926(使用中141/1067)(+800)
力:108(+80)
魔:116(+80)
体:81(+60)
速:138(+100)
運:26
【所持スキル】
[パッシブスキル]
悪臭
【セットスキル】
[パッシブスキル]
《闇夜と死の徒》 神出鬼没 ストレージ(極小) 石工
[アクティブスキル]
強打 目星 測量 火炎魔術(中級) 土石魔術(中級)
暗黒魔術(中級)
簡易鑑定 アライメント鑑定 テイム サモン
口寄せの術 武装召喚
【称号】
『屍鬼を喰らいし者』
『闇夜と死の徒』
『混沌と孤独の同胞』
『魔道の探求者:序』
『暗澹たる死よ来たれ』
【テイムモンスター】
『クミン』(迷彩アリ)(通信不良)
【登録武具】
護刀・鍾馗+2
──────
「行くか」
俺は改めて、第二階層へ向かう道を睨む。
そこにはあの黒い小部屋と同じようなスイングドアが設置されており、それを超えた先が第二階層とのこと。
こちらには、第一階層の時の無差別型呪腐魔病フィールドはないことは、端末くんに確認済みである。
『最後に上杉様、こちらを』
俺が進もうとしたところで、最後にと端末くんが謎の光の粒子を俺に寄越してくる。
小さなアクセサリーくらいのそれを手で受けると、粒子はそのまま、ワイヤレスイヤホンのような白い物体に変わった。
『携帯型の簡易端末です。EPの利用はできませんが、ステータスの表示や私との通信を行うことができます。こちらで可能な限りナビゲートを行います』
「……ありがとう」
『いえ、ご武運を』
おそらく、これもグレーゾーンな行いだと思う。
ただ、端末くんの心意気を受けて俺は第二階層へとついに足を踏み込む。
そして、第二階層の様子を一目見て思わずこぼした。
「……そうくるか」
第二階層の様子は、基本は第一階層と同じであった。
棚が延々と伸びた迷宮風のホームセンターの風景がそこにはある。
ただしそこは、ゾンビパニックが発生して明かりはどんよりと落ち、商品は散らばり、ガラスがそこらに飛び散っているというような。
荒れに荒れたあとのホームセンターを模したものだったが。




