第120話 壊滅のビジョン
「そういうのは、もう少し早く発見したり、あるいはダンジョン側で対処したりとかはできなかったのか?」
話を聞いて最初に浮かんできたのはそういう疑問だった。
ウイルス側が情報をパクってこの事態を生み出したとして、その状況をもっと早く感知することはできなかったのか。
また、ダンジョン側でこの状態を食い止めることはできなかったのか。
現状は、いかんせん事態が急すぎる。
「人類試練って、話を聞いている限り『発生から6時間以内に討伐しろ』みたいな相手じゃないよな?」
『はい。本来であれば、人類試練発生から最低一週間、最長で一年の準備期間が人類に与えられます。人類試練の発生、およびそれに伴うダンジョンの生成が成ったのち、その事実は人類へとアナウンスされ、その準備期間内にダンジョンを攻略し、人類試練を討伐することが求められます』
「じゃあどうして、残り6時間──もう4時間しかないんだ? おかしくないか?」
そう尋ねると、端末くんは申し訳なさそうな空気を出す。
『仰ることはもっともです。この地に人類試練が誕生してから、現時点で既に一週間弱が経過しています。この事態の発覚が遅れた原因には、間違いなく私たちの対応の甘さがあります』
「……それは、データを盗まれたこと以外にも、ってこと?」
『はい。私たちはダンジョンの管理を主に行っていますが、並行してダンジョンの外の情報も収集しています。しかし、地上の情報を得るための視点としては──ステータスを獲得した人類のログを主なものとしており、リアルタイムでダンジョン外の情報を、逐一確認できていたわけではございません』
「つまり?」
『人類が気づいていない事柄に対して、我々はどうしても感度が低くなります。それでも最低限の情報収拾は行なっていたつもりでしたが、この場所がほとんど誰にも認識されておらず、また、ウイルス側が巧妙な偽装を行っていたことにより、発覚が遅れました。既に人類試練がその試練を終える寸前であるにも関わらず、アナウンスが行われていなかったのもそれが理由の一端となります』
つまりは、ホームセンターに足を踏み入れた人が誰もいなかったから、主に人類のログで情報収拾していたダンジョン側は、この事態に気付いていなかったと。
そしてウイルス側も、それをバレないように偽装していたと。
ここに飲み込まれる直前、人類試練が発生したみたいなアナウンスは確かに聞いた覚えはあるが、あれが正常だったかと聞かれれば、それは違うと思うしな。
「でもさっき、この場所で過去に起こった出来事の確認とかもしていたよな?」
『システムそのものは、現在この星の全土を覆っています。そのため、情報自体は人類の視点によらずともサルベージすることで確認は可能です。我々が人類の視点を主に利用していたのは、地球全土の監視ではなく、注目している人類の注視にリソースを傾けていたからに他なりません』
ダンジョン側としては、特にセキュリティを破ってこれてないウイルス側についてはあんまり気にしてなかった。
それよりは、ダンジョンに挑んでくる個人の方に注目していた。
だから、ウイルスが陰で何かこそこそやっていたのに気付かなかった。
ということかな。
『今回の件はリアルタイムに共有されており、問題解決のための手は既に打たれています。次回以降はありません、起こさせません』
流石にダンジョン側も、今回は失態と捉えていて、既になんらかの手は打った後だと。
ただ、それで今後が防げたとして、重要なのは今である。
今、その人類試練とやらを越えられるのかだ。
「はっきり聞きたいんだけど、これは俺一人でどうにかなる問題なのか?」
俺は思わずそう尋ねていた。
危機感がなさそうな発言だったが、事実危機感がない。
というよりも、スケールが大きすぎて、全く実感がわかないのだから危機感を抱きようがない。
だってこんなの、どう考えても詰んでる。
正直言えば、一階層の時点で詰みみたいな状態を覆してきたっていうのに、この先に待っているのはそれ以上と言われたら「無理じゃね?」ってなるのは当然だろう。
『……もし、人類試練が本来の予定通りであったとすれば、それを現時点の上杉様個人が突破できる可能性は、無いと言っても過言ではございません』
流石に、端末くんの言葉もそういうものだった。
話を聞いている限りでは、本来の人類試練は人類全員が一丸となって挑むような規模感の話だ。
おそらく戦うメンバーもレベルカンストのガチ勢が何百人も集まってレイドを組むような話だろう。
かたや俺は、ジョブチェンジ直後のレベル10である。
どう贔屓目に見ても、アリが象に挑もうとしているような状況である。
『ただし、今回の相手は、模造人類試練──ウイルスが棄却データから再現した劣化体になります。その能力は、本来の人類試練の数十分の一から数百分の一というところです』
「……さすがにそれは、そうなのか?」
『暫定の攻略推奨レベルを挙げるとするならば、レベル50の人類30人規模で討伐が可能であると試算が出ています』
「…………」
……いや、足りてないよ?
弱くなっているからいけるかも、みたいな雰囲気を出されたけれど、全くこれっぽっちも足りてないよ?
「知っていると思うけど、俺レベル10だよ?」
レベル50のレイド推奨ボスに、レベル10のソロで挑むのは、もう蛮勇というレベルすら生ぬるい。
だが、端末くんはそんな俺を励ますように言う。
『ですが、上杉様は第一階層を突破されました』
「……それは、まぁ」
『試算すれば、第一階層の突破に必要な戦力はレベル50の6人パーティと同程度となっています』
「……まぁ、即死でゴリ押したからな」
ここで『じゃあ俺ってレベル50のパーティくらい強いの?』とはうぬぼれない。
俺があの場所を突破できたのは、神から与えられた称号による即死の効果のおかげだ。
弱点なのか特効なのかは知らないが、奴らの口の中にある弱点に突き込んだ攻撃が全て即死判定に成功したから、生き残ったに過ぎない。
もし、たった一度でも即死が不発していたら、その時点で俺の死は確定だっただろう。
ほとんど捨て身で、弱点を突くことだけを考えて戦ってきたのだから。
正攻法で戦うのなら、そのくらいの戦力は用意しろという話だ。
というか、本来はそのくらいのレベルがないと、あのフィールドに満ちている呪腐魔病の感染圧に耐えきれないのだろう。
『上杉様の懸念はもっともです。それでも、我々は上杉様に頼るほかございません。現在、このダンジョンの内部に居て、このダンジョンを攻略可能なのは上杉様のみです。上杉様が第二階層を突破することができれば、我々はより強力にこのダンジョンに干渉することも可能になると思われますが』
「……結局、俺しかいないんだから、俺がやるしかない、と」
『端的に言えば、その通りです。それゆえに、我々は持てる限りの力をもって上杉様をバックアップいたします』
なんでこんな地獄みたいな状況に押し込まれているんだ、という理不尽に対する怒りはある。
だが、同時に、この状況に俺が参加できていなかったらどうなっていたのか、という恐怖もある。
俺がこのダンジョンに巻き込まれたのは、南小に先んじて偵察をしておこうと考えた、ただその程度の理由だ。
そのほんの気まぐれがなかったら、俺たちは何も知らないまま、終わりを迎えていたのだろうか。
「俺が攻略に失敗したら、この街はどうなるんだ?」
怖いもの見たさのように、俺は尋ねた。
これまで、なぜ発覚が遅れたのかとか、戦力が足りてないとかそんな話をしてきたが。
もし、攻略が失敗したらどうなるのか、具体的なことは何も聞いていない。
ただ、東京が滅ぶと言われてもピンとこない。
それに対して、端末くんは冗談を言う雰囲気でもなく淡々と答える。
『人類試練TypeDの場合、制限時間内の攻略がなされなかった際は、周囲一帯のダンジョンの氾濫、および周囲一帯において人類試練による権能の発動が認められます』
「ダンジョンの氾濫──つまりはスタンピード?」
ダンジョン物によくある話だ。
何かの原因で、ダンジョン内のモンスターが地上に溢れる現象。
これまでダンジョンを攻めればよかった人間が一転、ダンジョンからの防衛に回らざるを得ない事象。
そして大抵の場合、人類は多かれ少なかれ被害を受ける。地上には、非戦闘員も多くいるのだから当然だ。
人類試練の討伐失敗は、その引き金になる。
周囲一帯──先の端末くんの話を信じるなら、この東京一帯くらいのダンジョンは氾濫すると思っていいのだろう。
『その認識で構いませんが、TypeDの場合、より深刻なのは、権能の発動です』
「それは、何が起こるんだ?」
『今回の悪性変異体レギオンであれば、その権能は──吸収と分裂が該当すると考えられます。つまり──』
つまり。
そう溜めて、端末くんは言う。
『東京一帯のあらゆる場所にて、呪腐魔病患者や死体など、権能に対する抵抗力を持たないものが権能により吸収融合、分裂し、悪性変異体があらゆる場所で無差別に発生する可能性が、非常に高いものと考えます』
想像するだけでゾッとした。
ここ東京は、世界でも有数の人口過密地帯だ。
それはつまり、世界有数のゾンビ過密地帯とも言えるだろう。
ソンビの数が多ければ、当然それらを融合して生まれるという悪性変異体──『なれはてたものたち』の数も増える。
となれば、あの適正レベルなんてどこかに置き去りにしたような怪物が、ゾンビに代わって東京中を闊歩することになる。
しかも、ゾンビが入ってこれないダンジョンに逃げようにも、ダンジョンは絶賛スタンピード発生中となり、迂闊に逃げ込むことすらできない。
逃げ場のない人類は怪物たちの獲物となり、怪物に囚われた人類は新たな怪物の素材になる。
導き出される結論は一つだ。
「……東京が、いや下手したら日本が滅ぶぞ」
『それがTypeDが棄却された理由です』
俺の攻略失敗で引き起こされる事象が、東京壊滅が具体的なビジョンを伴ってやってきてしまって。
ようやく俺の肩に、実感を伴ったプレッシャーがのしかかってくるようだった。




