第119話 事の発端
『傷心のところ申し訳ありません。レベルブーストの準備が完了するまでに、追加の説明をしてもよろしいでしょうか?』
「ああ」
田無とのあれこれから少し。
言うほど申し訳なさそうでもない、いつもの端末くんの口調。
心でケリをつけたところで、俺は端末くんの言葉に頷いた。
「現状は、このダンジョンを攻略しなければ東京が壊滅して、人類も滅亡に進むって話だったよな? そして、そのタイムリミットは、あと4時間弱」
俺が覚えている限りの状況はそうだ。
このダンジョンに飲み込まれる前に見た、模造人類試練とかいう肉塊。
端末くんはこのダンジョンを攻略し、人類試練を突破しろと言った。
その詳しい説明を、二階層にたどり着けたらしてくれると。
『はい。では順を追って説明いたします』
端末くんの言葉に、俺は静かに耳を傾けた。
『事の発端は、時系列としてはこのホームセンターが壊滅したときでしょうか』
「……ずいぶんと遡るな」
それはつまり、ゾンビパニックの初日ではないか。
そこで起こったことが、今になって東京の壊滅に繋がっていると?
『これはあくまで、現在から遡って世界のシステムログを漁った結果による類推となりますが、その日、この場所でウイルス感染者の突然変異体が誕生しました。といっても、その時点では、ただの変異体にすぎませんが』
「ただの変異体って、簡単に言える話じゃないんだけどな……」
少なくとも、その変異体に今日当たり前のように殺されそうになったり、そいつが巡り巡って仲間になったりしているので、複雑な気持ちになる。
『その変異体は、特異な性質を有しておりました。それは、吸収と分裂です』
「……分裂」
『変異体は、ホームセンターにて発生していた感染者を、生体死体問わずに吸収し、吸収した素体を利用して自分の肉体から『兵士』を作り出しました。自分の力を分け与えた分裂体──これが上杉様が交戦した『なれはてたものたち』という悪性変異体の正体です』
なれはてたものたちの大元が人間であることはさっき知った。
そして、それがホームセンターで作られていた現場も目撃した。
それらを繋げればそれは理解できた。
『変異体は、自身の兵士に命令を下し、ホームセンターに素体を集めはじめました。これが、事の発端から数日の出来事です』
「つまり、なれはてたものたちに捕まった人たちは」
『生体、死体、感染者問わず、変異体に吸収されたものと考えられます』
俺は駐車場で見た光景を思い出す。
肉塊の表面に浮き出るようにあった、人の顔、手、足。
それら全てが、吸収された人であった。
想像するだけで、おぞましい被害だ。
分裂体と呼ばれている一本腕のことも考えると、いったい何十人、何百人が犠牲になったのだろうか。
『ですが、その時点では変異体はただ、ホームセンターを根城にする変異体であるだけでした。順調に成長したとしても、この一帯を支配し君臨するだけの存在に過ぎなかったでしょう。しかし、この後に…………』
「……この後に?」
いつも淡々と喋る端末くんが、珍しく言葉を詰まらせる。
だが、言いにくそうにしていたのも少しだけで、はっきりと言い切った。
『この後に、我々ダンジョン側の失態により、変異体はその性質を大きく変じます』
「…………ほぅ」
ダンジョン側の失態。
つまり、この事態を生み出した要因の一つにダンジョンサイドのミスがあると。
『我々のダンジョンシステムは、ウイルスによる攻撃を受け続けていました。しかし、我々のセキュリティは抜かれておらず、問題ないと認識していました』
「確か、そう言ってたよな」
『……しかし、実は一つだけ、ウイルスに明け渡してしまっていた情報が存在しました』
防御に成功していたと思っていたのに、実は一つだけデータが抜かれていた。
これは確かに、失態だろう。
それゆえに、今ウイルスはダンジョンの構築まで不完全ながら手を伸ばしている。
だが、たった一つでそこまで行くだろうか。
いったい、どんなデータを抜かれてしまったのだろうか。
「……それは?」
『廃棄データです。ダンジョンの運営を行うにあたって、リアルタイムで更新されていく状況に合わせて、不要となり棄却されたデータ。その破損した不完全なデータが完全に消去される前に、劣化コピーされていました』
「……ゴミ箱を漁られてたってことか」
『端的に言えば、そういうことです』
ダンジョンのシステムがどうなっているのかは知らないが、膨大なシステムのデータ──例えばログデータなど──を全て保管するとかそういうことはしていないのだろう。
そうなると、いらなくなったデータは何らかの形で処分する。その処分の際に、完全に処分するまえの一時処分場所みたいなものがあるのだろう。
そこから、データを抜かれていた。
いらなくなったデータだからこそ、監視の目が甘かった?
家の中への侵入は断固として許していなかったが、ゴミステーションまではちゃんと監視していなかった、みたいな認識でいいのだろうか。
『そして、その棄却されたデータの中に──『人類試練-TypeD-』に関するものがございました』
「……あいつか」
流れがさらに繋がった。
この場所で生まれた変異体。
知らぬ間に盗まれていた人類試練のデータ。
そして、俺がこの目で見た、模造人類試練-TypeD-:『悪性変異体レギオン』。
『ウイルスは我々から盗んだデータを復元し、TypeDに適合する変異体としてここのホームセンターの変異体を選びました。そして生まれたのが、上杉様が目撃した悪性変異体レギオンとなります』
つまりはこういうことか。
もともと、ホームセンターで変異体が生まれたのと、ウイルスがダンジョンからデータをパクったことは別々に起きていた事象だった。
だが、そのデータを利用して何かしようとしたとき、この場所にたまたま、そのデータを適合できそうな奴がいた。
そして生まれたのがあの肉塊──レギオンであると。
「そもそも、その人類試練だのTypeDだのはなんなんだ。どういう意図で作られ、そして棄却されたものなんだ?」
『……その話を説明するには私の権限が不足しています。それでも、可能な限りで説明を行います』
どうやら、その辺はかなりダンジョンの目的の根幹に関わる部分らしい。
今のこの状況を作っておいてなお説明できないというのだから、怒る前にちょっと呆れてしまった。
『人類試練とは──『』……『────』。……っ。人類試練とは『多くの人類がある水準に達した時』に『その選別』を行うためのものです。水準の判定は基本的に人類全ての総和によってなされ、その難易度は試練ごとに異なります』
「……それがダンジョンの最終的な目的につながるものなのか?」
『──「」──……。──。つながる、という観点では間違いではありませんが、その試練そのものは────。──『』──……。目的ではありません。試練はあくまで、目的を果たす上での過程の一つになります』
かなり、説明しようとして検閲されている様子がうかがえた。
端末くんなりに誠意を示そうとしてくれているのはわかるが、これ以上は、端末くん自身に不利益が出そうな気配がした。
「分かった。無理に説明しようとしなくていいから」
『……恐れ入ります』
俺の言葉に、端末くんは申し訳なさそうに声を小さくした。
「それで、TypeDっていうのはなんなんだ? それはなぜ棄却された?」
『TypeDは──Demon──人類史上に存在する悪魔を象った試練の総称です。当初の予定では人類試練のメインプランの一つと考えられていました』
「……なぜ棄却された?」
『……失敗した際の被害が大きすぎるからです。人類試練の失敗は人類に多大な損失を与えますが、TypeDはその被害が甚大でした。人類の大半が生き残っている状況であれば実行の可能性もありましたが、現状──人類の数が著しく減少している状態での稼働は難しいと判断され、棄却されました』
少し、話を整理する。
ダンジョンの目的を達成するための手段が人類試練で、TypeDはその人類試練の種類の一つ。
そして、人類試練は失敗した場合の被害があり、TypeDはその被害が甚大だった。
なので、すでにゾンビに多大な被害を被っている人類を、これ以上苦しめてもな、みたいな感じで棄却されたものだった。
そのはずだった。
ウイルスが、そのデータを再利用するまでは。
「それって、要するにだ。ただでさえ人類がその基準とやらを満たしていなさそうな現状で、失敗した時の被害が大きいっていう人類試練-TypeD-が、ウイルスによって絶賛開催中ってのが今ってことか?」
『その認識で大丈夫です』
「……ヘビー過ぎんだろ」
何より、そんな馬鹿げた状況で、人類側の参加者が俺一人っぽいというのが、一番の問題なんじゃないだろうか。




