第117話 理不尽返し
※前話の簡単なあらすじ
疲れて動けなくなった上杉をおんぶした田無は階段を登りながら話をする。
おそらく、自分はすでに死んでいる存在だろうということ。
そのまま、誰かにただ聞いてほしいというように死ぬ直前のことを話した。
ホームセンターに立て篭もった人々が、少数の悪意によって全滅したこと。
そのとき自分は、一度死んだはずの店長に殺されただろうことを。
「それで、気付いたら、いつの間にかあのダンジョンの中に居たってことか?」
ホームセンターでの顛末を語り終えた田無は、無言で階段を登り続けていた。
「……そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるんだけどさ」
俺の疑問に、田無は歯切れの悪い言葉を返す。
何か、言いにくいことがあるようだったが、この状況であんまり情報を秘匿されても、それはそれで困る。
「それはどういう意味だ?」
「その前に、もう階段が終わるよー」
俺の疑問に答える前に、階段のゴールが見えていた。
話をしているうちに、いつの間にか、登り切っていたらしい。
二階層に着くまでにいったい何段あったんだよ、というツッコミの他に、もう一つおかしな点があると気づいた。
いくら重いものを持つのに慣れているといっても、一般人が大人一人をおぶって階段を登り続けるのは辛いことのはずだ。
だというのに、田無の息が上がっているような気配がなかった。
「見た目は、普通だな」
階段の終着点は、入り口と同じような構造だった。
ベンチと、トイレと、自販機のある階段前の広場。
どこに出しても恥ずかしくない、ただの階段前だ。
ただ、三階までは階段は続いていない。
三階層に向かうためには、この階層の探索が必要になるだろう。
「……ありがとう。もう一人で歩ける」
「ああ」
広場まで到着したところで、俺は田無に礼を言って降ろしてもらう。
それから、階段を上がっている最中には見られなかった田無の顔を、少しだけ覗き見た。
「…………なんでそんな、辛そうな顔をしてるんだよ」
田無は、どこか痛みを堪えるような、何かに耐えるような、そんな顔をしていた。
思い出したくもないことを思い出してしまった、とでも言いたげな顔に見えた。
「気にしないでくれ。それより、上杉くんは探すものがあるんじゃないのか?」
「……気にするなって言っても」
「大丈夫だよ。少しすれば治るから」
「…………」
少し考えたが、俺は端末を探すことを優先した。
田無が今、何を思っているのかも、何を我慢しているのかも俺には分からない。
ただ、それを追及している時間もない。
確かに今は、端末を探すことが優先だった。
だが、広場に躍り出るその一歩を踏み出す前に、ほんの少し躊躇する。
「……ここから一歩踏み出したら、またゾンビが、とか無いだろうな」
「あったらどうするんだ?」
「……どうすることもできないな」
不安を口にしてみたが、答えはそうだった。
今の俺に、まともに立ち回りを演じる体力はない。
歩いているだけでも、膝が震えそうだ。
CPも残っていない。
せいぜい、目星が何回か使えたら良いなって程度だ。
鍾馗を手元に召喚することすら怪しいので、ストレージから呼び出して握りしめておく。
砂利と赤い水で汚れ、わずかに刃先を欠けさせてしまった忍者刀は、それでも俺に強い安心感を与えてくれる。
満身創痍の状態でも、一歩を踏み出す力をくれる。
「いくぞ」
「おうよ」
そして、覚悟を決めて一歩を踏み出す。
ここからは、端末が見つかるのが先か、俺が力尽きるのが先かの勝負だ。
「…………あった」
そして、端末はすぐに見つかった。
一階でカードを読み込んだあたり──つまり出たそのすぐのところにちょこんと鎮座していた。
覚悟を決めて2秒後の発見であった。
「…………」
「ま、まぁ良かったじゃん」
俺がなんとも言えない顔を浮かべたら、田無が心のこもっていないフォローをくれた。
俺は気を取り直して、端末に向き直る。
あったは良いが、本番はここからかもしれない。
言われた通りに一階層を突破したは良いが、それで本当に状況が改善されるのか。
万が一、この端末が、このダンジョンに支配された端末のままだったら──おしまいだ。
俺にはもうどうすることもできない。
あと4時間後に来るという、何かを待つ前に、この場所でゾンビの仲間入りを果たすだけだろう。
俺は今一度、神に祈りを捧げてから声をかけた。
「端末くん。抜けたぜ、一階層」
果たして、声をかけられた端末くんは。
わずかな沈黙の後に、言った。
『本当に、本当によく、突破してくださいました。試算では、上杉様が一階層を突破できる確率は3%未満でした。それでも、それでも上杉様なら。そう信じておりました』
いつもの淡々とした端末くんとはちょっと違う、溢れる感情を必死に押さえつけるような声音だった。
それが分かっただけで、俺はこの端末がどちらなのかを察する。
ホッとして、思わず握りしめた鍾馗を手放すかと思った。
『ここから先は、我々が全面的にバックアップします。今一度、多大なる感謝と賞賛を。ありがとうございます、そしておめでとうございます。上杉様』
「……ああ。これから頼む」
『はい。おまかせください』
直後、端末くんにいつもとはちょっと違うポップアップが現れる。
読んでみると、その内容もまた特殊なものだった。
『事態解決のために、一時的にステータスへの介入を行います。了承しますか?』
ステータスへの介入って怖い要素しかない。
だが、このダンジョン以上に怖いことなどあるだろうか(反語)。
俺はためらわず、はい、を選択した。
そこから先は、再び端末くんの口頭説明に移った。
『了承を確認しました。これより、模造人類試練突破のため、一時的なレベルブーストを実行します。準備が整うまで、数分ほどお待ちください』
「レベルブーストとは?」
『イベント限定の強化のようなものと考えていただければ』
端末くんが、わざわざ俺の理解しやすそうな説明をしてくれた。
どうやら、ダンジョン側のサポートとやらで、直接的に俺を強化してくれるつもりらしい。
『また、上杉様のログを確認し、このダンジョンの恣意的な介入、及び報酬の未払いを確認しております。そのため、管理者に対して、システム利用の一時凍結、およびペナルティが科されます。上杉様には、暫定的な報酬をEPとしてお支払いします』
「お、おお!」
それは素直に嬉しい。
さっきのさっきまで、ダンジョンそのものが敵だったので、報酬は無しな上に、ちょいちょいと理不尽な介入までされてきたからな。
それが一転、ダンジョンが味方になったらさっきまでの理不尽がひっくり返った。
『計算終了。およそ3時間、管理者のダンジョンへの恣意的な介入を禁じました。また、暫定対処として上杉様にはゾンビ143体とフレッシュゴーレム10体分のEP、およびマッドブロック1体分のEP、合計7549をお渡しします』
「……ゾンビ、か」
『あくまで暫定対処です。ご了承ください』
「大丈夫。文句があるわけじゃないんだ」
もちろん、貰えるものは貰っておく。それは違いない。
ただ、ダンジョンは呪腐魔病にかかったヒトカタを、モンスターとして扱ったのだな、という事実を、勝手に食らっただけだ。
おそらく、それもまたシステムに則った形で俺を支援するためだろう、となんとなく理解はしていても。
俺は、ちらりと、田無の様子を見た。
田無は、俺と端末のやり取りを少し遠くからじっと見ている。
その瞳に浮かんでいる色は、寂しげに見えた。
「どうしたんだ上杉くん?」
「……いや。なんでもない」
うっかり見てしまったけれど「あんた、モンスター扱いかもしれない」なんてわざわざ言えるわけがない。
誤魔化すように、俺は言葉を選ぶ。
「田無さんは──」
田無さんは、これからどうするつもりなんだ。
そんな、当たり障りのないことを聞こうと思った。
この状況で、自分が死んだことも思い出してしまったあんたは、ここから先どうしたいんだ、と。
今ここで、死ぬことを選ぶのか。
それとも、??変異中という怪しい状態を背負ってでも、脱出したいと願うのか。
何を望むのであれ、田無自身がいったい何者なのか、一度端末くんに見てもらうべきだろうとは思うが。
「上杉くん。俺のことは、いいんだ」
そう思っていたところで、田無は寂しげな表情のまま言った。
「え?」
「俺のことは、もう俺自身がよく分かっているから」
「それはどういう意味だ?」
俺の認識を置いてけぼりにして、田無は一人分かったようなことを言う。
俺は少し不機嫌をにじませながら、尋ねる。
「田無さんだって、このまま死にたくないだろ? ダンジョンが信用できないのは分かるけど、もしかしたらその状態から、何か人間に戻る方法があるかもしれないじゃないか」
「ああ。ああそうだよな。そういう方法が、あったら、素敵な話だ」
「さっきから、なんでそんな、分かった風なことを!」
平行線のまま交わらない会話に、俺が思わず声を荒げたところだった。
俺たちの話を黙って聞いていた端末くんが──黙って聞いていると『思っていた』端末くんが、そっと俺に言った。
『上杉様? 先ほどから、お一人で何を喋っているのですか?』




