第116話 ホームセンターが終わった時の話(※胸糞注意)
今話には胸糞悪い成分が含まれています。
ご注意ください。
一応、読み飛ばした方のために簡単なあらすじを次の冒頭に付けます。
「ところで上杉くん、その、大丈夫か?」
「何が?」
防火扉から少し歩いた壁に背中を預け、息を整えていた俺に向かって田無が言った。
「これから、階段を上るわけなんだけど、足ガクガクじゃん」
言われて、自分の足を眺めてみる。
どうして気付かなかったのか、自分でも不思議なくらい震えていた。
いや、一応立ってはいられるので、小学校の戦闘後よりはマシだとは思うんだけど、程度の問題か。
「二階に上がる程度なら這ってでも行く。ここに留まる方が怖い」
戦闘の熱が冷め、脳内物質が切れて来ると途端に戦闘の恐怖が蘇って来る。
そして、この防火扉の信頼度はそんなに高くない。
なにせ、一度ならず二度までも俺を殺しかけた曰く付きのギミックだ。
先ほどは俺たちを助けるようにゾンビたちの侵入を阻みはしたが、何かの間違いでうっかり開いて『第三ラウンド突入』なんてこともありうる。
だから、本当に最低限の休息のあとは、無理やりにでも階層を上がるつもりだ。
ここは階段なので、どちらに属するのかは定かではないが、少なくとも二階層にたどり着ければ、外からのサポートが受けられるはずなのだから。
おそらく二階層の入り口にある(と信じている)端末くんのところに行くのは、急務なのだ。
「でもこの階段、実店舗と違ってどれだけ登ったら二階に着くか分からないよ?」
「だったら、着くまで這っていけばいい」
そうしているうちに立ち上がれるまで回復するかもしれないし、今は少しでも前に進んでおきたい。
というところで、俺がそろそろ休憩を切り上げようとすると、田無がため息を吐く。
「なら仕方ないな」
俺の意思を確認した田無は、仕方ない仕方ないと何度も呟いた後に、俺に背を向けてしゃがんだ。
さぁ、と言わんばかりの態度に、間の抜けた声が出る。
「なに、やってる?」
「おぶってあげるよ。二階層まで」
「いやいや、いやいやいや」
なるほど、意図は理解できたが、ちょっと待とうぜ?
いくら俺が足ガクガクでまともに階段が登れなさそうだからといって、同い年くらいのヒトカタ?に背負ってもらうのは厳しいぞ。
なんだろう、絵面が最悪というか。
あとまだ信用したわけでもないし……いや、背負うんじゃなくて背負ってもらうという時点で、大丈夫そうではあるんだけど。
「遠慮することないって、こう見えて仕事で重いものとか運んでたから慣れてるんだよ」
「そういう問題じゃ」
「それとも上杉くんは、何度も時間がないと言っていた割には、ここで無駄にする時間はあるのかな?」
「…………」
ぐうの音も出ない。
ゾンビ化まで2時間という時間制限は、なんとか越えられた感じがする。
だが、じゃあそこを抜けたら制限時間なんて気にしなくていいかと言われたらそんなわけがない。
ダンジョン全体を攻略するための制限時間は6時間と言われていた。
一階層で2時間も使ったのであれば、この先はなおさら時間を無駄にする余裕はない。
「じゃあ、頼む」
「あいよー」
少しの葛藤もあったが、実利には勝てない。
俺は複雑な思い全てに蓋をして、田無の背中に身を預けた。
まだ、武装召喚一回分のCPは辛うじて残っているので、何かあったら鍾馗で喉をかっさばくくらいならできるだろう。
「背後からすごい殺伐とした気配を感じるんだけど」
「我慢しろ」
田無は苦笑いを浮かべながら歩き出した。
大の大人を一人背負っているというのに、その足取りは意外なほど軽い。
重いものを運ぶのに慣れている、という以上のものを感じた。
踊り場にたどり着き、先を見るが、そこにはまだ階段の踊り場が続いていた。
「二階層に着くまでにさ、少し話でも聞いてくれないか?」
数度の折り返しでは二階層にはつかなさそうなことを確認したのち、唐突に田無が言った。
「急になんだよ」
「誰かに知っておいてほしいことがあってさ」
少しふざけたような声音に反して、田無の声はかすかに震えていた。
言いにくいけど言わなければいけない。そういう葛藤を抱えているように思えた。
「聞くよ」
だからという訳じゃないが、俺は田無にそう促した。
田無は「ありがとう」と零したあとに語り出す。
「さっき、自分のことを少し思い出したって言ったけど、本当は少しじゃないんだ。だいたい全部、思い出した」
「……そうか」
「結論から言うと、俺は多分、もう死んでるんだよな」
薄々そうなんだろうなとは思っていた。
先ほどの田無の言葉を信じるなら、ヒトカタの正体とはホームセンターに立てこもった人たちの成れの果てのようなものだ。
であるなら、ヒトカタ?である田無の正体も、そう遠いことはないだろう。
何より、何よりだ。
ホームセンターがあの怪物や、肉塊の本拠地であるとするなら。
そこに生きた人間が残っているとどうして思えよう。
「だけど、俺が死んでいるかもってことは重要じゃなくて」
「……うん」
「俺が死んだだろう時のことを──あの日ホームセンターで何があったのかを、誰かに伝えておきたくてさ。そうしないと、死に切れないんだよな」
そうして、田無は語り出した。
ゾンビパニックが起きた日。
その日、田無はちょうどバイトでホームセンターで働いていたらしい。
昼過ぎくらいに、異変が起きた。
初めは、ちらっと覗いたSNSが騒がしいなと思ったくらいだった。
だが、そこからすぐに、ホームセンターに駆け込んで来る人がたくさんいたらしい。
その慌てようを不審に思った店長や店員たちは事情を聞く、そして知った。
「その時、ゾンビが発生して増殖していた。冗談みたいな話だと思った」
対応した店長は、即座にホームセンターに立てこもる準備を始めた。
普段は優しいが、こういう時には決断力がある人で、客の話を冗談だと流したりせずに、すぐに動かなければと判断したらしい。
ホームセンターの柵はすぐに閉められ、逃げ込んで来る人を助けつつゾンビの侵入を阻むためのバリケードの準備などを急ピッチで進めた。
襲いかかってきたゾンビを、店内にある工具などで殺すことも、泣きながら行ったらしい。
そういう対応を聞くと、南小と似たようなことを、南小よりも即座に行っているようだった。
ただし、ホームセンターと南小では違うことがあった。
「夕方ぐらいに、ホームセンターに駆け込んで来る人は落ち着いてきて、そして声が聞こえた。『人類は速やかにダンジョンに潜って情報を確認しろ』ってやつ。だけどさ、ホームセンターにはダンジョンなんて無かったんだ」
南小にはダンジョンが出来て、ホームセンターには出来なかった。
これが、二つを分けた最大の要因だったろう。
声を聞いたは良いものの、近所にダンジョンの心当たりなどなければ、どうしようもない。
そもそも、その声を信じて良いのか分からないというのもあって、逃げ込んだ人々が不安に駆られたところで、そこに逃げ込んでいた若者二人が言ったらしい。
『ここに逃げて来る最中に、この近くにダンジョンの入り口を見た』と。
そして急遽、そのダンジョンへと向かう班が結成された。
声の真偽はともかくとして、この状況をどうにか出来るかもしれない、そのヒントがあるなら、という話になった。
班の構成は若者二人と、他に男性が三人ほど。
合計五人のパーティでダンジョンに向かうことになった。
少しして、帰ってきたのは若者二人だけだった。
その二人は情報を確認してきたと、こう言ったらしい。
『俺たちは、ゾンビになるものを見極める目を手に入れた。これから俺たちがここのリーダーになって、ゾンビと人間の選別を行う』
一言一句同じとは言わないが、概ねそういう話をしたと。
「馬鹿な……簡易鑑定は、すでにゾンビになったものを見極めるだけで、これからなんてわかるわけが」
「…………」
俺の言葉に、田無は複雑な沈黙を返した。
今知った、というわけではなさそうだ。
彼は話を続けた。
そして、若者二人はまず「ゾンビになりかけている」と言って老人たちを殺した。
理由は「老人は免疫が落ちておりゾンビになりやすい」だとかなんとか。
二人は戦士と魔法使いにジョブチェンジしていたらしく、ホームセンターの人々は抵抗することも難しかった。
次に、あまり容姿の優れない女性と子供を殺した。
それらしい理由は述べなかった。ただ、ゾンビになりかけていたから、と。
そうやって彼らは次々と、人を選別していった。
それに反発したのは、店長だった。
「店長は言ったよ。『逃げ込んだ人々を一方的に殺すなど許されない。ゾンビになるとしても隔離するだけで良いだろう、なぜ殺すんだ!』って」
店長は次に、自分たちもダンジョンへと連れて行くように願った。
二人だけでは間違いがあるかもしれない。だから、せめてもう何人かダンジョンのお知らせを確認させてほしい、と。
男たちは、そんな店長の言葉に頷き。
そして店長を殺した。
「ここまで行ったら、もうみんな分かっていたさ。この二人は、最終的に気に入らない奴を全員を殺すつもりなんだろうなって」
若者二人の心情など、よく分からない。分かりたくもない。
ただ何を考えていたのかはなんとなくわかる。
ホームセンターの物資は有限だ。
そしてダンジョンからもたらされる救済に、水と食料は直接は含まれていない。
であれば、口減らししてホームセンターの物資を温存した方が良い。
そんなことを考えたのだろう。
「残されたのは若くて綺麗目な女と、働き手になりそうな、男だけ。俺も、残された側だった」
「でも、さっき──っ」
さっき、自分は死んでいるって言ってたよな。
そう言いかけて、俺は口を閉ざした。
そんなこと、言われなくても田無は分かっている。そんな雰囲気がしていたから。
そして、初日が終わるところで、それが起きた。
ダンジョンに入れば抗体が付与されるが、そうでなければ、助かった人にもいつ呪腐魔病が発症するかは分からない。
そして、若者二人はそれを見極める目なんて持っちゃいない。
結果として、ホームセンターの中でゾンビが生まれた。
そのゾンビは、綺麗な女性だった。
……若者二人に、慰み者にされている最中の出来事だったらしい。
若者のうち、戦士を選んだ方が最中に噛まれた。
そして、ゾンビは爆発的に増えていった。
「上杉くんも見ただろう。ホームセンターで引き起こされた惨劇のいくつかを。あれには、実際にここで起こったものも含まれていたはずさ」
呪腐魔病のゾンビは、死体をもゾンビに変えて行く。
だから、老若男女問わず、ホームセンターはゾンビの地獄になった。
その最中、なんとか生きていた魔法使いの男が漏らしたらしい。
簡易鑑定には、ゾンビ化を見極める力なんてないと。
これから少しずつ、ダンジョンに人を運んで対処するつもりだったと。
こんなことになるなんて、想定外だったと。
「……あとのことは?」
「さてなぁ。俺の記憶があるのはこの辺りまでだ。ただ」
「ただ?」
ただ、と言葉を切った田無は、少しだけ言い淀んだあとにこう言った。
「俺を殺したのは、店長だった気が、するんだよな」




