第115話 少しだけ思い出したんだ
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ヒトカタ・男
状態:呪腐魔病(軽)
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ヒトカタ・女
状態:呪腐魔病(軽)
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咄嗟に鑑定した結果、現れたゾンビたちは、まだゾンビ化が軽度のものが大半だということはわかった。
適当に作った土塀によって、彼らがまっすぐ奥に向かうことはできないようになっている。
となれば、動きが遅いこいつらが防火扉まで到達するのに少しは猶予がある。
だから、雪崩れ込んで来るゾンビが散らばって、手に負えなくなる前に唱えた。
「サモン:スケルトン二体!」
言ってから、この呼び方で反応しなかったらどうしよう、という不安がよぎった。
だが、しっかりと二体、入り口のすぐ近くに現れた。
武器の指定はしていないノーマルタイプで、剣と斧が一体ずつ。
これでCPは残り60ほど。
「できるだけ足止めしてろ!」
俺は雑に指示を投げたあと、ストレージを漁った。
まずは、いつかの時に真っ二つになって、そこから入れっぱなしにしていたメタルラックの足(壊)を取り出す。
「田無さん! とりあえずこれあげるから自衛だけしてて! 最悪その骨は壁にして良い!」
「りょ、了解!」
田無への指示も最低限になる。
というか、田無のいる場所=防火扉の前なわけで、そこまで到達されている時点でもう終わりだろう。
その時の俺はどうなっているの、という話だ。
「カチカチカチ!」
「ううぅううおおぉおおあああああ!」
そんな俺の葛藤に影響されることなく、ゾンビとスケルトンが互いに押し合うようにしながら争っていた。
ヒトカタゾンビ単体の能力は低い。スケルトンと比べれば優位にスケルトンが勝るだろう。
だが、多勢に無勢という言葉がある。
「ううぅうあああああ!」
「おぉおううぅうおおおおお!」
「あああ、あ、、うううううううう!」
スケルトンが一体の首を切り落としてゾンビが霞となるまでに、新たに二体のゾンビが迫って来る。
体重という要素では、スケルトンもゾンビに負けている。
ダメージを恐れずにのしかかられれば、スケルトンは後退せざるを得ない。
俺も急がなければ。
「もう少し! 耐えてろ!」
スケルトンに、何も具体性のない根性論みたいな指示を出しながら、俺はストレージから目当てのものを取り出した。
それは、先ほどダンジョンの陳列棚からかき集めて来た『ガソリン』の予備である。
実のところ、俺は先ほど肉塊を吹き飛ばしたのと似たような爆破作業を、この防火扉でも行うつもりだったのだ。
だから、集めて来たガソリンはあれで終わりではない。
まだまだ予備がある。
というわけで、俺はそのガソリンをためらいなくゾンビ相手にぶちまけた。
できるだけ広範囲に。
後ろのゾンビにも缶ごと投げながらふりかけ、多少スケルトンにかかっても気にしない。
「ぅううううあう?」
「おおおうううぅうぉ?」
ゾンビは突然かけられた液体に少しだけ戸惑ったような反応を見せた。
ダンジョン産のゾンビだったら、きっと何も反応しなかっただろう。
それだけで、少し嫌な気持ちになった。
「今度は爆発しないでくれよ」
俺は口に出してお祈りする。
そして、着火するだけの火炎魔術を、CPを5消費してゾンビへと向けた。
ガソリンがかかったゾンビに、火種が灯る。
「ぅうううううあうあああううあうああ!!!??!?!?」
「おおぉおおおぉおおぉあああああっかあああああ!??」
「うういいいううういいいいいいいおおおおおおあぁああいああおお??!!?」
即座に、ガソリンが燃え上がりゾンビたちは火達磨となった。
ぐいぐいと身体をよじって、なんとか火を消そうとするゾンビだが、染み込んだガソリンはそう簡単には消えない。
途端に燃え広がっていく炎の渦は、スケルトンを少し巻き込みながら燃え盛った。
それは、魔術で作られた闇の中であっても、煌々と俺の作った惨状を照らし出す。
……これで爆発までしたら一巻の終わりだな。
「……じゃあ、やるか」
カウントスキルによれば、まだ40秒程度しか経ってない。
あと80秒。ここからさらに、攻勢は激しくなるだろう。
その間に、できることをしなければいけない。
「頭を落とすぞ。復活されたら厄介だ」
「……カチカチ」
一度死んでも、重症になって蘇るのが呪腐魔病のゾンビだ。
炎に巻かれて身動きが取れなくなっている間に、少しでも頭を落として次に備える。
ここで躊躇うと、躊躇った分だけ、あとが辛くなる。
俺は、歯を食いしばりながら、なれはてたものたちを殺したときから握ったままだった鍾馗を振った。
速ステータスによって上がった器用さが、容易くゾンビたちの首を刎ねていく。
スケルトンも加勢して、特に奥の方で燃えているゾンビに向かってくれるので、前にいるのは主に俺の担当だ。
刎ねた時、即死のエフェクトが走るのが分かった。
それがなくても一撃だと思うが、それがあると不思議な安堵があった。
「…………」
すまない、と謝りたくなった。
許せ、と乞いたかった。
だけど、この惨状を生み出しておいて、そんな都合のいいことがあるだろうかとも、思ってしまった。
効率的だと思ったから、この選択肢を選んだ。
ヒトカタは人じゃないから、死体の尊厳など考えなかった。
だけど、それでも。
炎に焼かれて悶えるヒトカタの姿は、しばらく脳裏に焼き付いて離れなさそうだった。
「上杉くん」
俺が無心で作業をしていると、田無が声をかけてきた。
彼の目に映ったのは、燃え盛るゾンビとそれにわずかに照らされた俺の横顔くらいだろう。
そんな彼が、どうしてか声をかけて来た。
「彼らを弔ってくれて、ありがとう」
「……違う。これは」
「それでも、ありがとう。俺だけは、そう思ってる」
「…………ありがとう」
田無の言葉を一度は否定しようとしたが、続いた言葉にどうしてか礼を言っていた。
何がありがとうなのか。
だけどほんの少し、心が軽くなったのは本当だった。
俺は振り返らなかったので、田無がどんな顔をしているのかはわからなかった。
「あと少しだけ、思い出したんだ。自分のこと」
俺が作業にのめり込まないようにするかのごとく、田無は続けて言った。
俺の耳には第二陣の地鳴りが遠くに聞こえている。
なれはてたものたちの数が、増えている気がする。
「そんな俺だから、俺の方こそ、上杉くんに頼みたいことがあるんだ」
「……なんだよ」
「向かって来るゾンビたちを、彼らをできるだけ送り返してやってくれ。他でもない君の手で」
「…………」
田無がおかしなことを言っているな、とは思った。
だけど、続いた言葉を想像していたわけじゃなかった。
「向かって来るヒトカタの元になったのは、たぶん、ホームセンターに逃げ込んだ人々なんだ」
ヒトカタ。
ヒトをかたどった何か。
ウイルスがゼロから作ったにしては、ディティールもクオリティも異常だと思っていた。
やっぱり、そうじゃなかった。
ヒトカタには、元になったモデルが居たんだ。
「なんで、そんなことがわかる?」
「わかるさ。俺だってホームセンターに立て篭もった一人なんだからさ」
「…………」
「だから、頼むよ上杉くん。もちろん、こんなことやって彼らが救われるか分からないけど、こんな場所で延々と死に続けるより、君の『その力』で、ちゃんと終わらせてやってほしい」
君の『その力』。
何を指しているのか、少し考えて理解した。
即死の力だ。
この力は、死の女神と闇の女神が俺に送った称号からもたらされた力。
いわば、人の手の届かぬところにある、神から与えられる死。
それが、ただ殺すことと何か違いがあるのだろうか。
俺には分からない。
だけど、田無には何か感じるところがあるのかもしれない。
「スケルトンが殺した分もあるけど」
「まぁ、君が呼び出したモンスターだし、少しは効果があるはずさ」
そういうものだろうか。
まぁ、こいつらもある意味死の女神と闇の女神の生み出した子供みたいなところはあるかもしれないし、そういうことにしておこう。
……後でクレームが入れられる気が、ちょっとだけした。
「さぁ、来るぞ」
作業を終えるかどうかのタイミングで、第二陣の足音が感じられるほど近くに来ていた。
死んだゾンビは、もう塵や霞となって消えてしまった。
スケルトンも相応に消耗しているし、なによりCPに本当に余裕がない。
無闇に壁を張る余裕はないし、なれはてたものたちは増えているし、ゾンビも走ってきている。
先ほどより明らかに状況が悪い。
だけど、心は少しだけ軽い。
俺は暗闇の中で鍾馗をもう一度握りしめる。
ロクに手入れもしないまま、連戦に次ぐ連戦を強いてごめんな。
だけど、もう少し付き合ってくれ。
「第二ラウンド開始だ!」
「うるううるううううう!!」
開幕に飛び込んできた、なれはてたものたちの弱点を一突きし、残り60秒に足を踏み込んだ。
がむしゃらに、刀を振った。
断続的におかわりされる怪物を、神経をすり減らしながら始末した。
ガソリンを再度ぶちまけて火をつけた。
酸素が足りなくなってきている。
頭痛と吐き気がしてきた。
ゾンビの首が宙を舞う。
土塀が壊され、後退を余儀なくされる。
手が足りない。
CPを50使って、石壁で仕切り直す。
稼いだわずか数秒の間で、無理やり息を整えた。
ゾンビに掴まれそうになるたび、スケルトンが犠牲になってそれを止めた。
手がさらに足りなくなる。
怪物のおかわりが止まらない。
ガソリンはもう燃え尽きた。
鍾馗の刃がかすかに零れて散った。
もはや、怪物がゾンビを薙ぎ払うのもありがたい。
もう限界が近い。
まだ、あと5秒。
怪物の弱点に目星をする余裕もない。
鍾馗を突き込んだ。
会心の手応えだった。
カウント残り0秒。
死はその巨体を掴んだ。
時間稼ぎはここに成った。
その怪物の霞から、一体のゾンビが走り込んで来ていた。
ゾンビの色のない瞳と、見つめあった。
ゾンビが、大口を開いた。
とっさに避けようと足を動かす。
もつれて、動かなかった。
躱せない。
躱せない。
躱せない。
開いた口の先、揃った歯が見えた。
綺麗な歯だった。
でも、なぜか黒かった。
──これが、死だと、直感で理解した。
「上杉くん!!」
その瞬間に割り込んで来た何かがあった。
田無につけていたスケルトンマジシャンだと気づいた時には、俺はとても強い力でぐいっと後ろに引っ張られている。
「扉が開いた!」
「っ! 行こう!」
呆然とし始めていた意識をなんとか動かし、開いた防火扉へと駆け込む。
だが、後ろからは当然のようにゾンビが追って来る。
それでも逃げなければ。
ゾンビから伸びる手が、俺たちを捉えようと蠢いている。
爪の先が、指が、服を捉えては千切る。
だが、体だけは捉えさせない。
棒のような足を必死に動かし、俺たちが防火扉を超えた直後。
『通行許可を持たない者の接近を感知しました。これより階段の封鎖を行います。『店員』各位は処理を行ってください』
防火扉が再び降り、伸びていたゾンビたちの手を千切り飛ばして俺たちとゾンビたちを隔てたのだった。
「助かったのか?」
俺は思わず呟いた。
隣で田無が、苦笑いを浮かべて返した。
「変なフラグ立てるなよ。上杉くん」
「……じゃあ、油断しないで行こう」
「それでいい」
俺は一度、大きく深呼吸をして、そして気づいた。
この防火扉の先では、先ほどまでずっと感じていた鈍い頭痛と吐き気が治っていた。
カウントは、7064だった。




