第111話 正当な文句
今、俺の目の前には肉塊でできた壁がある。
この壁の向こう側には『通行許可』がないと通れない階段がある。
俺が先に進むためには、二重の障壁を越えねばならないということ。
そしてそれを諦めて戻っても出口はなく、制限時間が過ぎれば俺は呪腐魔病に犯されてゾンビとなるだろう。
今の俺はまさしく、進むことも戻ることもできない袋の鼠だ。
「……………………」
謎の声が消えて、俺が沈黙していた時間は、カウントのスキルによればおよそ5秒程度のことだった。
だが、俺の心中で吹き荒れた嵐は、その五秒の間に天地を塗り替えんばかりだった。
今まで、俺は自宅のダンジョンにそこそこ文句を言ってきた。
食料を落とす気が欠片もないこととか、どうあがいてもテイムできなさそうなモンスターばかり出ることとか、三階層という低階層にいきなり上位職モンスターをぶちこんできたこととか。
諸々の不満点はあったわけで、それに関して俺はそれなりに抗議の声をあげてきた。
だが、今回のこれは違う。
自宅のダンジョンが、あらかじめ設定されていたクソ難易度だとすれば、今回のこれは、俺に攻略させないためにリアルタイムで変更を入れる理不尽だ。
クソ難易度と、理不尽は違う。
何が違うと言われると説明するのはちょっと難しいのだが、バランス調整がガバっているせいでクソゲーになっている作品と、単純に面白く無いからクソゲーになっている作品の違いみたいなもんだ。
つまり。何が言いたいかというと。
(気に入らねえ……)
冷静に考えてみれば、相手の言い分はわかる。
そもそも、世界にダンジョンを作ったシステム側がどういうつもりで人間を招き入れているかは知らないが、彼らは人間がダンジョンに入ることを望んでいる。
反対に、このダンジョンを作ったウイルス側は本来人を入れるつもりなどなく、俺を『歓迎』しているのも、イレギュラーな対応だろう。
いわば俺は、招かれざる客であり、そんな俺のご機嫌をとる理由などウイルス側にはない。
だから、俺が『フェア』じゃないと怒るのは筋違いではある。
だが、それはそれ、これはこれ。
どんな気持ちだろうと、ダンジョンという形を取ったのなら、攻略されるのは覚悟するべきだ。
攻略させないように直接手を加えて来るのは、そう、気にくわない。面白く無い。腹が立つ。
「……そっちがその気なら、こっちにだって考えはある」
だから、俺の今の気持ちを正しく表現するなら。
目には目を、歯には歯を、そして。
「無茶苦茶には無茶苦茶をぶつけてやるよ……」
ぼそりと呟いて、俺は手を強く握りしめた。
その直後、俺は脇目も振らずに走り出す。
スケルトンマジシャンが作った暗闇はもう三十秒もすれば消えてしまうだろう。
だったら、その前に、一体だけでいい。
このむしゃくしゃを正面から叩きつける相手が欲しい。
そう思った俺は、気配を感じるままに走る。
目標は通路に点在しているさきほどまで戦っていた怪物の気配。
ほどなくして目に映った一本腕のそいつに狙いを定める。
「うるううるううる!」
忍び足を意識していなかったために漏れてしまった足音に俺の接近を知ったのか、怪物は俺の方に向き直る。鍾馗も握りっぱなしなので隠密はうまく働いていない。
だが、暗闇はまだ消えていない。奴は俺を捉えきれていない。
叫べば奴の弱点である、口の中が見える。目星を使えば、しっかりと光っている。
「……死ねっ!!」
「うるうぅうう!?」
だから、突っ込んできた奴の頭の腕を紙一重で避け、お返しに鍾馗の一撃を弱点へと叩き込むことは造作もなかった。
普段だったらやらない大胆な行動だったが、今の俺の苛立ちを鎮めるには必要だった。
要するに、この攻撃はただの八つ当たりだ。
「るぅ……ぅ…………」
不意打ち補正が消えたのでやや心配だったが、攻撃はちゃんと即死判定に成功して怪物の命を刈り取った。
そうして崩れ落ちたなれはてたものたちは、ぼろぼろの砂や泥のようなものに分解されていった。
「……ふぅ。さて、冷静になろう」
八つ当たりを終えて、俺は息を吐いた。
無駄な行動を取ってしまった。
そしてここから、迅速に行動するためにも一度頭を冷やすべきだ。
俺が越えなければいけないのは肉塊の壁、そして階段前の防火扉。
ただ、この残り時間で普通にやっていたらその二つともどうしようもない。
仮に運良く、通行許可を何らかの形で手に入れられたとしても、肉塊の壁を超える手段がなければどうしようもない。
そして、肉塊の壁を越えるのに必要なのは、今の俺を遥かに越える火力だ。
どうすればいい。
……実は、一つだけ考えがあった。
ここがもし、俺の自宅のダンジョンであれば、肉塊の壁を越える方法は皆無だっただろう。
だが、ここは俺の自宅のダンジョンではない。
ここは『ホームセンター』だ。
この店の前身となる元の店がどの程度の品揃えだったのかは把握していないが、それでも、俺が思い描いた『アイテム』が存在していてもおかしくない。
そう思って、俺は簡易的に作成していた地図を取り出し『目星』を使う。
ここに来るまでに、意識をしていなくても目に入っていた情報があるのなら、この簡易地図上でも俺が求めているアイテムの場所がわかるかもしれない。
「ビンゴ」
ほどなくして、簡易地図上でささやかな光点が、目的のアイテムの場所を照らした。
点在していて量を集めるのは大変そうだが、やるしかない。
「さぁ、急いで行こうか」
言っている間に、暗闇が晴れた。
さっき召喚したスケルトンマジシャンはもう消えてしまったので、新しく呼ぼうと思えばまたCPを消費する必要がある。
まぁ、どうなるかはわからないので、先ほどの戦闘で消耗した分を回復しておくに越したことはない。これで回復薬は残り4本となった。
それから俺は、頭の中で地図と現在地を照応しながら、ひたすらに『アイテム』をかき集めた。
簡易的な地図であって、その縮尺が完璧に正確なわけもなく、道順以外は参考程度にしかできないが、都度目星を使うことでCPと引き換えに目標は順調に達成されていく。
途中、これまで見ていたのとはまた違うヒトカタ達の光景も目に入ったが、今の俺はそれらに目を傾けることもしなかった。
どうせ、彼らが救えないことは知っている。
見届けてやっても救われないことも知っている。
だったら、気にするだけ時間の無駄だ。
逃げろ、とか、助けて、とかの声を無視して進んだ。
割り切っていても、心は少し痛んだ。
だけど、足を止めることはなかった。
そんな俺の目の前でイレギュラーが起こったのは『アイテム』を集め始めてしばらく。
必要量は分からずともそれなりの量をストレージにぶち込んだので、時間の関係で探索を切り上げて、階段のあった場所まで急ぎ足で戻っているところだった。
「た、助けてくれ!」
前方から悲鳴にも似た助けを求める声が響いてきた。
俺はそれに目を向けるのも億劫で聞き流そうと思った。
まだ、このダンジョンは俺にヒトカタを見せて揺さぶろうというのか。
もう諦めればいいのに。
そう、心の中で苛立ちを覚えていたのだが、今回のヒトカタは一味違った。
「うるうぅうるうるううううう!!」
「う、うわああああ!?」
それまでのヒトカタは、たまに襲われていたとしてもヒトカタゾンビくらいのものだった。
だが、今目の前で必死に逃げ惑っている、俺と同い年くらいのヒトカタは、なんと一本腕の怪物に追い回されていた。
「は?」
思わず、間抜けな声を上げてしまった。
ヒトカタの気配はもはや無視して動いていたとはいえ、怪物の気配には気を配っていた。
そのつもりだったのだが、まさかヒトカタが怪物を引き連れてやってくるとは想定していなかった。
全く心構えができていないところで、唐突なボス戦に叩き込まれたようなものだ。
「! そ、そこの人! 助けて!」
「うるううううううううううう!!!」
俺は内心で舌打ちをしながら、思考を巡らせる。
男は、人とは思えない俊足でこちらに向かっているので、俺と接触するまでは怪物から逃げ切れるかもしれない。
そうなると、必然的に俺に選択肢が生まれる。
すなわち、男を助けて怪物と戦うか、見捨てて逃げるか。
心情的には俺も逃げ出したいのだが、制限時間が頭をよぎる。
男と怪物は、ちょうど俺の進行方向からやってきている。
ここで逃げるというのは、先ほどの肉塊の壁から遠ざかることになる。
ここで余計な時間を使うと、ひょっとしたら、制限時間に間に合わなくなるかもしれない。
たたでさえ、二つの壁を突破できる保証はないのに、挑戦権まで失われては堪ったものじゃない。
「くそ……そのまま走れ!」
俺は内心の舌打ちを口にまで出して、逃げているヒトカタに向けて叫んだ。
そして、わずかに逡巡した後、それでもためらわずにサモンする。
「サモン:スケルトンマジシャン。そのまま暗闇の魔術の準備をして待機」
余計なCPを消費するが、背に腹は代えられない。
今の俺ではまだ、真正面から怪物とやり合うには力不足だ。
召喚にCP20、そして一時的な暗闇の魔術の行使にもCP15を持っていかれる。
「ひっ!? 骨!?」
ヒトカタの男はスケルトンマジシャンにビビっているが、俺の知ったことじゃない。
俺は彼の背後の怪物だけを見据えて、怪物が近づいてきたタイミングだけを見計らって魔術を発動する。
「わわっ!? なんだ!?」
「黙って走れ!」
「うるるうぅう!?」
途端に出現した濃厚な暗闇に、三者三様の反応。
俺は男への配慮もせず、じっと暗視で浮かび上がる怪物の口を見据える。
目星も行使する。慣れてきたとはいえ一瞬の油断が命取り。CPは命には代えられない。
暗闇に足元をふらつかせる男を無視し、入れ替わるように一歩前に進み出て、狙いを定める。
一呼吸の間に喚び出した鍾馗を、突っ込んで来る怪物の喉の奥へと突き込み、即座に回避行動を取った。
走って来る身長二メートルの巨体は、それだけで脅威だ。
少し刺さりが浅いかもしれないが、回避を優先して動く。
ややあって、弱点を貫かれた怪物は、いつものように崩れ落ちた。
即死は成功した。これは、果たして即死が効きやすいだけなのか、それともこの状況がよっぽど『確率アップ』に突き刺さる窮地なのか。
俺は鍾馗をストレージに戻しながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
一瞬の発動だったので、暗闇の魔術は即座に消える。
さて、無駄な戦闘を挟んだがそれほど時間に余裕はない。
急いで、肉塊の壁まで戻らなければ。
「あ、あんた! た、助かったよ!」
「……?」
そう思ったところで、唐突に礼を言われた。
いったいなんだと思ったら、さっきまで逃げていたヒトカタが俺に感極まったように話しかけていた。
どうせすぐ消えるのだろうが、礼を言われたこと自体は悪い気はしなかった。
「それは良かった。じゃあ」
「ま、ちょ、待ってくれ!」
俺がそれだけ言って立ち去ろうとすると、男は必死の形相で俺を引きとめようとする。
これはなんだ、ダンジョンからの新手の嫌がらせか?
肉塊の壁で封鎖しただけでなく、さらに心情を使って俺の邪魔をしようってのか? どこまで腐ってやがる。
「何か?」
俺は立ち止まらず、スタスタと歩きながら礼儀として言葉を返した。
だが、男はさっきまで必死に逃げていた疲れなども感じさせず、俺に言い募る。
「ま、待ってくれって、いきなり気がついたらこんなところに居たし、訳のわからない人だの怪物だのが闊歩してるし、今の状況がさっぱりなんだ! 何か知っているなら教えてくれ! ここはどこなんだ?」
「…………いや、何を言って」
そりゃ、ヒトカタなら何が起こっているのかさっぱりだろうが、俺だってさっぱりなんだ。
そう思って、適当にあしらおうと思って、ようやく男の顔を見たところで。
気づいてしまった。
男の目に。
この男は、ヒトカタ特有のなんの感情もない目をしていなかった。
そこにあったのは、まさに訳のわからない状況に追い込まれて、必死に助けを求める『生きた人間』の目だった。
「……あんた、まさか人間か?」
「何を言ってるんだよ? あんたも人間だろ? いや、めちゃくちゃ強いけどさ。ダンジョンで鍛えたのか?」
男はそう言って俺に縋るような目を向けてくる。
俺は男を警戒しながら、そっと簡易鑑定を使った。
結果はこうだった。
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ヒトカタ?・男
状態:??変異中
──────




