第109話 即死攻撃
唐突に現れた死神の気配が五つ。
俺を取り囲むように、五メートルくらいの位置にそれらが配置されている。
背中にじんわりと、嫌な汗が浮かんで来た。
俺は今、死を間近に感じている。
「うううるぅるるるうううう?」
「るうるうっっるうううるう?」
奴らは、前も見えぬ様子で俺の気配を探ろうときょろきょろと動いている。
俺は無手で、暗闇の中。
暗闇の効果時間は、ありったけの指定なので正確には分からない、が、暗闇のサイズとCPを50持ってかれたことから、暫定で200秒としておく。
カウントは二つ同時には行えないので、さっき発動した時間に加算して、5100秒がリミットだ。
現在は4950──あと150秒。
その時間だけ、俺は自由に動ける。
(どうする?)
単純に考えれば一対五。
肌に感じる強さは、少しだけ弱くなった三本腕くらい。
奴の攻撃力が一段階下がったら……いや、俺の一撃死は変わらないな。
頭の腕の本数が減って攻撃回数が減っただろうが、五体いたらむしろ総数は増えている。
……勝てるわけがない。逃げの一択、のはずだ。
だが、フィールドだけは俺が有利。
武装していない状況であれば、奴らは俺を見つけられない。
そしてこの暗闇は制限時間付きだが、それを生み出したスケルトンマジシャンはまだ生きている。
もう一度暗黒魔術を使おうとすれば、一本腕に敵と見做されて破壊されるだろうが、一度だけならおかわりができるかもしれない。
息を潜めながら、少しだけ考える時間を取った。
ちらりと後ろを振り返る。
次の階層に進む階段の前には、防火扉のような障壁が降りていて進むことができないが、後ろには戻ることができる。
この踊り場の入り口には、仕掛けたマインが解除されずに展開されている。
弱体化しているこいつらには、有効なダメージになりうるかもしれない。
ただし、マインに誘導するということは、暗闇を抜けることを意味し、怪物どもに視認されるのは避けられない。
スケルトンマジシャンの暗闇はまだ保つと信じて、俺はゆっくりと慎重に、化け物どもを見つめながら『目星』を使った。
(…………見えた)
三本腕では見えなかった急所。
それが、ほんのわずかな、十円玉くらいの小ささだが確かに見えた。
奴らのでかい口の中──そこから首らしき場所を穿ち息の根を止めるための、ほんの小さな死の穴が、五体それぞれに空いている。
(やれるか? やるのか? メリットはあるか?)
かすかに見えた勝機に縋る前に、俺は自分に問いかける。
ここで仮に、この五体を始末したところでどうなる?
俺が先ほど階段を登ろうとした時、ダンジョンから聞こえた天の声(偽)を思い返す。
──────
『通行許可を持たない者の接近を感知しました。これより階段の封鎖を行います。『店員』各位は処理を行ってください』
──────
読み取れることは二つ。
一つは俺が階段の『通行許可』を持っていないということ。
もう一つは、この一本腕どもが『店員』という扱いなこと。
(素直に考えれば、こいつら『店員』を倒すことで『通行許可』が出る、あるいはなんらかのアイテムを落とす、というのが自然か?)
この悪辣なダンジョンが、そういうルールを遵守しているとすれば、ここでの戦闘に勝利することで、次の階に進むことができる。
あり得ると思う。
同時に、訝しむ。
(店員だから通行許可を持っているというのは、安直じゃないか?)
店員──遭遇したヒトカタのいくらかは俺を『店員さん』と呼んだ。
つまり、店員とは特別な許可を持つものではなく、あくまでこのフロアに存在する『ヒトカタ』以外の存在、という可能性もある。
もしそうであれば、こいつらを倒したところで意味はなく、もう一度、ホームセンターの通路エリアに戻って、あるかも分からぬ『通行許可』を探すことになる。
(…………覚悟を、決めるか)
少し考えて、俺は音を立てずに息を吐いた。
どのみち、ここで逃げたとしても、五体の化け物は俺を追ってくる。
追ってこなかったとしたら、通行許可を手に入れても化け物どもがこの踊り場で待機している状況になる。
逃げたとしても、こいつらとの戦闘は避けられなさそうだ。
であれば、有利な今のうちに、死ぬ気で、数を減らすことを考えた方が、まだマシだ。
(目星先生。もう一度、急所を)
目星の効果を再度発動して、俺は強く睨む。
頭の代わりに付いている腕の付け根、その口の奥、ほんのわずかな隙間を縫った先に、やつらの急所はある。
おそらく、第二形態になったときの頭か首に位置する弱い部分が、そこに繋がっている。
今の俺なら、それを貫ける。
だから、急所として表示された。
静かに前に進む。
退路の一番そば。
少しだけ右に逸れた場所にいる、その一体に狙いを定める。
「うるるぅううう」
一本腕たちは、暗闇に嫌気がさしたのか、しきりに呻きをあげながら、適当に頭の腕を振り回し始めている。
だが、声を上げてくれるのは好都合だ。
おかげで、口の中の急所が、よく見える。
俺は狙っていた一体の怪物の、大振りな腕を危なげなく避け、
仰け反った拍子に見えた、口の奥のシルシに目を細めた。
(鍾馗──っ!)
腕を突き立てるようにしながら、手の中に鍾馗を喚ぶ。
軽い攻撃では届かない。足を踏み込み、渾身の力を込めて、腕を突き出した。
完璧にタイミングを合わせた召喚は、『俺が武装した』とシステムに認識されると同時に攻撃を終えている。
「うるっ!? ううるぅう……ぅ!」
すなわち、俺が狙った怪物は、俺の攻撃に気づいた瞬間には、すでに喉の奥まで鍾馗を飲み込んでいた。
狙いは正確に、奴の弱点を貫いていた。
「…………ぅ……rぅ……」
その直後、今まで見たことのない現象が起こる。
貫いた弱点から、黒い何かが吹き出した、かと思うと、怪物は途端にその息の根を止めたかのように倒れこんだ。
ああ『暗澹たる死よ来たれ』。
闇の中、夜の時間、死の側。
全ての条件を満たした急所への攻撃が、命を刈り取った。
その事態を見届け、鍾馗を送還する。
そのまま、俺は後ろも見ずに全力で斜め前へ飛び込んだ。
その数瞬遅れで、さきほどまで俺がいた場所に、四本の腕が突き刺さる。
全てが全て、死を伴う色をしていた。
「うるるううううううう!」
「うるうるうぅぅうぅううううううう!!」
怪物たちが、泣き叫ぶような大声を上げている。
まるで、大切な仲間を殺されたかのように。
その様子を見せられて、俺はほのかに苛立った。
お前らに、散々いいようにやられて来たのは、こっちの方だ。
だが、ヒートアップしそうな頭とは対照的に、思考は冷静だ。
さっきは、一体一体がバラバラだったから、急所を狙う余裕があった。
今は、四体がまとまって警戒しているので、迂闊に急所を狙って隙の大きい攻撃を繰り出せば、回避が間に合わず死ぬ。
であるならば、まずは分断しなければ。
俺は、回避しながら棒手裏剣を呼び出し、四体のどれかに当たれと適当に投げ込んだ。
棒手裏剣を投げられた個体はそれを投げ返し、それ以外の個体は腕を突き出す。
だが、その瞬間には、俺はそこにはいない。
前回の教訓は生かす。
油断せず、ずっと回避し続けていれば、直後に返される攻撃も避けられる。
同士討ちをさけるため、奴らの攻撃が突き一辺倒になるのなら、避けるのはそこまで難しくない。
三本腕は三本の腕を使ったコンビネーションが脅威だったのであり、たとえ腕が四本だろうと、四本が同じ動きをするなら、むしろ避けやすい。
それを二回ほど繰り返し、奴らに思い込ませる。
固まって、同じところから攻撃をしても、俺には当たらない、と。
そして奴らは考える。
同じ場所から攻撃しても当たらぬのなら、離れた配置を取るべきだと。
それが、最初に一体を刈り取られた状況と、同じ状況を作る行為だというのに。
そして、俺は散開した四体のうち、最も外側に出ていた一体の急所を貫いた。
暗澹たる死は、すぐに訪れた。
だが、前回と違うこともある。
最初に比べて警戒していた奴らは、全員が同じ攻撃をしてはこなかった。
一体は突きを、一体は腕で薙ぎ払う、そして一体はでかい体を生かした突進攻撃。
黒い危機感の包囲網が俺を包もうとしていた。
だが、その網目は、前に見たアレよりもずいぶんと荒い。
俺は落ち着いて、なぎ払いをしてくる一体の腕をスライディングでかわしながら包囲を抜け出す。
後に残るのは、お互いの攻撃でお互いを打ち合う怪物どもの姿だ。
(…………まだ、やれる)
鍾馗を戻して、暴れそうな肺を強引に大人しくさせ、静かに息を吸う。
あと3体。
弱体化しているとはいえ、怪物が弱いわけではない。
急所攻撃による即死が失敗した瞬間に、俺はその命を散らすだろう。
そして即死の成功率を、俺は知らない。
順調なのではない。
綱渡りに二度成功しただけだ。
だが、光は見えている。
カウントはまもなく5050。
もう一度、暗闇の魔術を使う必要はあるだろうが、このペースで倒せればギリギリ、五体倒し尽くすことができる。
恐怖と興奮だけではない。
俺は、確かな生への希望を抱いていた。
この瞬間までは。
『通行許可を持たない暴徒の鎮圧が長引いているため。『店員』の補充を行います』
俺が、その言葉を理解する隙も与えず。
先ほど倒した2体の怪物の死体がかき消え。
新たに2体の一本腕が出現した。
(……ふざけんなよ……ふざけんなよクソカスダンジョンがぁ!!)
残りは五体。
戦いは、振り出しに──いや、制限時間も加味すればより悪い場所にまで落ちていった。




