第104話 たった一つ
『どれを、開封しますか?』
スクロールを止めた俺に向かって、偽端末は延々と尋ねてくる。
俺が何かを選ぶまで、その追及を止めないと言いたげに。
「例えば、お知らせ以外の他の機能を使わせてくれたりはしないのか?」
『オ知らせを無視するのは、人類のよくなイところです。どれか一つでも開封したのでアれば、他の操作を許可します』
強制するようなその物言いにゾッとした。
あえて引き合いに出すまでもなく、本当の端末くんならそんなことは言わないだろう。
どこまでいっても俺の選択を尊重する。
かつて、あれほど大事なお知らせが来ていたときでさえ、端末くんは俺の言葉に従って、お知らせを見せることなく、ゾンビパニックが発生している地上への帰還を許したのだから。
「今は疲れているんだ。お知らせは後で見るから」
『イけませン。オ知らせを読むのは人として当然の勤めです。オ知らせは現在53634件ござイます』
「ぐっ」
そうしている間にも、凄まじいスピードでお知らせが増え続けている。
再び俺は選択を強いられている。
お知らせを無視して一か八かに掛けて外に飛び出すか。
あるいは、このお知らせに何も罠が仕込まれていないという、あまりにも無謀な賭けに乗り出すか。
『オ選びくださイ。上杉志摩様』
偽の端末は、俺が止めろと指示していた件名のスクロールを再開した。
何十何百では利かない怪しげな件名の羅列が、見ているだけでも俺の正気を削ってくる。
────────
『重要なお知らせ』
『ダンジョンから脱出できる方法あります』
『感染することの意味とは』
『大切な人を救うために』
『はやはややはやあは』
『あおホイヂkljogadi』
『強くなりたいなら開くべき』
『件名件名件名』
『このままずっとそこにいますか』
『【重要】あなたにとって今必要なこと教えます』
『あなただけにできることがあるのに』
『お知らせを無視するのはよくないことです』
『これを見なければ後悔します』
『【ご確認お願いします】大至急確認ください』
『ゾンビワールドへの帰還』
『外に出たいなら知るべき情報』
『私のことが嫌いですか?』
『はやくみて』
『あなたにお届けものが届いています。確認するべきです』
『制限時間は迫っています』
『そこにいても何も始まらないです』
『一つだけでも見ればいいのに』
『そうすれば何かが変わるのに』
『最後の通告です。これを確認してください』
『あなたの望むものをご用意しました』
『最後の言葉です』
『あと二分しか待ちません』
『あと一分59秒です』
『こうしている間にも外は大変なことになります』
『あなたが望むのなら私がなんでも叶えてあげます』
『何かが侵入してきています』
『私と一つになりましょう上杉志摩様』
『かならず
────────
「止めてくれ!」
再度の叫びで、偽端末はスクロールを再び止める。
『どれを、開封しますか?』
偽端末は止めた画面を大きく表示する。
それだけではない。
壁一面、床一面、天井一面に、今まで入って来たありとあらゆるお知らせを表示し、俺に選択を迫る。
そんな中で、俺は過呼吸に陥りそうなほどの緊張を感じていた。
(待ってくれ。今のは……)
高速で流れていくスクロールの中で、実は、たった一つ。
たった一つだけ、違和感のあるものがあった。
いや、違和感ではないんだ。
これは、既視感だ。
だけど。
本当に選んでいいのか?
いや、どう考えてもまずい。
なにせ間違ったらもう終わりだ。
これが罠だったらどうする?
その可能性なんてどこまでも溢れている。
だけど、だけど、今見逃したら、もう見つからなくなる。
『選びませンか? スクロールを再開しま──』
「止めろって言ってるだろ!」
俺の叫びに、偽端末は再び俺の反応を待つ。
俺は今冷静か?
ああ。皮肉なことに、死を覚悟したせいか、ひどく頭は冷えているよ。
どうせ何をやっても死ぬ。
それだけが今の俺の遠からぬ未来だ。
ああ、そういえば呪腐魔病に感染しただけじゃ、死なないんだっけ。
はは。こんな状況で、感染してなお誰かが助けてくれる、なんて考えるのもアホらしいから、何も言えないな。
だったら、ここで一つだけ、たった一つだけ。
もしかしたらという正解に賭けてやろうじゃねえか。
「どうせ一度詰んだ身だ。だったら、間違ったとしても自分の意思でだ」
そして、俺は一件のお知らせを、選んだ。
縋るように。
あるいは、『神』に祈るように。
その『既視感』を信じて、件名を選んだ。
「件名は【あなたの望むものをご用意しました】だ」
『かしこ、ま、りマシ……タ……?』
偽の端末が、俺の選んだ件名を開こうとして──
『コ、レ、は……アア?』
動きを止めた。
その『件名』は、俺がほんの数時間前に、まるで悪ふざけのように神から送られたメッセージの『件名』と全く一緒だった。
元からスパムみたいな件名だったけど、それだけがたった一つの『違和感』だった。
ただ被っただけの、ありきたりな件名かもしれない。
それでも、追い詰められた俺にはそれしか選ぶことができない。
それしか、できなかった。
『タ……タ…………』
ブツン、と偽の端末は、電源を落とすように画面を消した。
やや、あって。
システムを再起動するような、ブオンというような音とともに、その『声』が聞こえた。
『
お知らせを開封します。
──────
【あなたの望むものをご用意しました】
よく気づいた。よく気づいたぞ上杉志摩!
それでこそ、妾たちの上杉志摩だぞ!
──────
おめでとうございます。そしてありがとうございます上杉志摩様。
あなたのおかげで、こうして接続に成功しました。
』
それは、俺がダンジョンで慣れ親しんだ、あの無機質な声だった。
この状況で、たった一つ見つけた、希望だった。
「端末くんなのか? 本物か?」
『どれが本物なのか、という問いに関しては哲学が待っているのでお答えしがたいです。ですが、少なくともこのダンジョンに用意された端末ではございません』
「そのクソみたいに頭の堅そうな答え方で十分だよ」
俺は、思わず膝を折った。
神に祈った甲斐があった。
今まで厄介だと思って、本当にごめんなさい。
あなたたちの、あの気まぐれな一通が。
今、ここにか細い糸を通しました。
『さて上杉様。有り体に申し上げて時間がございません』
「どういうこと?」
『こちらの端末の権限を奪っていられる時間はわずかです。そのため、急いで要件をお伝えしなければいけません』
端末くんの言葉には相変わらず遊びがない。
それでわかる。
今のこの状況が、どうしようもなくまずい状況なんだろうなってことくらい。
だが、それは俺だけの話じゃないのか?
この、よくわからないダンジョンが出来たというのは、端末くんが直接俺にコンタクトを取らねばならないほどの、まずい状況なのか。
「わかった。まずは質問しない。用件だけを伝えてくれ」
『感謝します。それでは上杉様に、ダンジョンの管理神による連名の要請をお伝えします』
質問しないといったが、いきなりめちゃくちゃヘビーな単語が入った。
連名。つまりは、ほとんどダンジョンの総意といって違いないのだろう。
今、この状況の俺に、しかも要請。
何かをしてほしい?
混乱しそうになる頭を冷静な自分が制御し、俺はその続きを待った。
そして、淡々と端末くんは告げた。
『ダンジョンを攻略し、模造人類試練を突破してください。さもなければ、推定でも東京は壊滅し、人類の滅亡にも大きく進みます』
「……ヘビーだ」
俺が生き残るだけでも苦しい状況から、いくらなんでも、背負わされたものが重すぎた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
主人公はなにやら大変な様子ですが、それはそれとしてカクヨムの方でこのタイミングでまたSSを書いてました。
今回も前回同様、世界がこんなになる前の日の、普段は「うーうー」言っているだけのメインヒロインの貴重な日本語シーンになります。
前編後編に分かれており、前編はお試し版として前回同様誰でも見られますので、別サイトになってしまいますが、興味があれば。
特典SS 世界が変わる前の日2 夜柳茉莉の手料理について 前編(お試し版)
https://kakuyomu.jp/users/score/news/16818622174142499433
特典SS 世界が変わる前の日2 夜柳茉莉の手料理について 後編(サポーター限定版)
https://kakuyomu.jp/users/score/news/16818622174142598890




