第100話 先回り
「少し、気になることがあるんだ」
現在地、第二階層。
第一階層の宝箱は順調に回収し(中身は毒消しだった。予備は地味に嬉しい)、俺たちは第二階層の探索を行っていた。
無手のまま歩いていると、もはやダンジョンのゾンビは相当近づくまで俺の存在には気づかない。悪臭すらなしでこれだ。
後ろから近づけば、触れるところまで近づいても気づかないだろう。
それならばと背後から鍾馗を首筋へと滑らせれば、ゾンビの首は一撃で宙を舞うようになっていた。
朝方はクミンと協力して二撃で仕留めていたが、これが武器の強化の影響か、暗殺が決まっているのかは定かではない。
『気になることですか?』
と、ダンジョン内であるにも関わらず、少しだけ緊張を緩めた俺は一緒にいるクミンに疑問を投げかけることにした。
「さきの称号に付いていた『即死』という効果についてだ」
これまで、俺はダンジョンやステータスについてあまり疑問を持たないようにしていた。
多分考えても分からないから、というのが大きい理由だったが、それがなんであれ俺が足を止める理由にはならないから、というのもある。
だが、ウイルスの感染に対して状態異常耐性が有効だったり、怪物の咆哮についていた混乱の状態異常を無効にできたり、今日だけで色々と思うところがあった。
そもそも、状態異常というのは、どこから現れてどうやって影響を及ぼしているのか。
例えば『毒』と一口に言ったってその種類は多岐に渡る。
ゲームであればともかく、現実で考えれば一種類の毒消しによって全ての毒が消せるなんてあるわけがない。
それは『神経毒』とか『猛毒』という種類が増えたところで同じことだ。
この世界はゲームではない。
なのに、毒だけがゲームのような都合のいいものになるのだろうか。
そうして考えた中で一つ仮説を立てた。
それは『ダンジョンのシステム』が俺たちにステータスを与えて、俺たちの能力を高めたように、『ダンジョンのシステム』が世界に数多ある毒をまとめて『状態異常の毒』というものに変換しているのではないかというものだ。
つまり、ステータスによって与えられた力を利用するというのは、逆にステータスによって枷に嵌められた状態を受け入れることにもなる。ということ。
呪腐魔病の例を取ってみれば、そうだな。
もともと、呪腐魔病は本来ただのウイルスであり、ダンジョンとはなんの関係もないものだった。
だが、呪腐魔病がなんらかの方法で『ステータス』を獲得したことで、逆に呪腐魔病そのものが『ダンジョンのシステムに影響を受ける状態異常』の一つに分類されることになったのではないか。
だから『呪腐魔病』はステータスによる状態異常耐性の影響をモロに受けるし、呪腐魔病に犯された怪物の『混乱攻撃』も、システムに管理された『状態異常』攻撃として処理されることになった。
そして考えたとき、俺はこの『即死』というものが、どうしても気になった。
「ゲーム的に言えば『即死』効果なんてのはありふれたものだ。相手のHPを強制的にゼロにしたり、HPを無視して戦闘不能に追い込んだりと、まぁ、そういう効果だからな。だけどこれは現実だ。どうして現実の相手に『即死』なんて効果が発動する?」
そりゃ、システムを信用するなら、HPをゼロにするまでは理解できる。
このHPが何かは分からないが、ダンジョンに与えられたものである以上、取り上げるのもダンジョンの意のままなのは理解できる。
だが、HPがゼロになったところで、死ぬわけじゃない。
HPがゼロになれば肉体が傷を負うようになるだけで、死には繋がらない。
なのに、なぜ『即死』なんて効果がある?
そう考えた時、出た結論は一つだった。
「なぁクミン。もしかして俺たち人間はステータスを受け入れた時点で『ダンジョン』がその気になれば、いつでも殺せる存在になっているんじゃないのか?」
そう。
俺の結論はシンプル。
この『即死』とは、発動した時に『ダンジョン』が対象を殺す効果なのではないか、というもの。
『……上杉さんは、それをどうお考えなのですか?』
クミンの問いかけに、思わず考え込む。
「……分からない。ふと疑問に思ったことの仮説を立てただけで、その情報から何かをしたいというわけではない。少なくとも今は」
しかし、ちょっと考えても答えは出ない。
そもそも、俺たち人間はダンジョンのことを知らなすぎる。
なぜ、ダンジョンが現れたのか、なぜダンジョンは人を誘い込むのか。
そしてなぜ、ダンジョンはゾンビパニックを静観しているのか。
ダンジョンと呪腐魔病ウイルスがグルでないことはなんとなくわかっている。
少なくとも、端末くんのあの感じからして、呪腐魔病からの攻撃をダンジョンが受けているのは間違いない。
だが、先ほどの仮説が正しいのなら、ダンジョンがその気になれば呪腐魔病ウイルスを根こそぎ『即死』させることも可能なのではないのだろうか。
それをしないということは、現状のダンジョンは呪腐魔病を根絶する気はないということになる。
もちろん、仮説が正しいのならという前提の話だ。
何もかもが間違っていれば、これはただの思い込みに過ぎない。
俺の思考実験にも似た考えに対し、クミンは申し訳なさそうに言った。
『結論から言いますと、ウチは問いかけに対する答えは持っていません』
「まぁ、そうだよな」
『ただ、ダンジョンがその気になればそのくらいのことは出来てもおかしくない、とは思っています』
「……おうふ」
クミンからの答えに、少しだけ頭を抱えたくなる。
ダンジョンはいまや人間の生存に必要不可欠な存在だ。
だが、ダンジョンは人間の純粋な味方ではない。
少なくとも、ダンジョンは呪腐魔病を払い退けはしても根絶させる気はない。
本当にできるかどうかはともかく、やろうとしていないことだけは間違い無いのだろう。
『上杉さんは昼間、怪物と遭遇する直前にウチに何か聞きかけましたよね?』
「……ああ」
ダンジョンに対して思うところがあって、問いかけたかったことがあった。
それを今のタイミングで思い出した。
「ダンジョンは、中にいる人に何らかの『洗脳』のようなものを行なっているのか? 人をダンジョンにより深く、潜らせるために」
『あ、それは本当にわかりません。すみません……』
「あ、ごめん」
やべ、なんか真相に迫る感じのテンションで尋ねたけど、普通にアリさんの管轄外だった。
いや、そりゃそうだ。
そもそもクミンはあくまで一般テイムモンスターであって、ダンジョンの秘密の鍵を握るユニークキャラクターでもなんでもないんだから。
むしろ俺の荒唐無稽な推論をバカにしないで話を聞いてくれているだけで、大分お利口なのだ。
「でもなぁ、端末くんに聞いたところでなぁ」
クミンが本当に何も知らなそうだったので、あと尋ねる相手と言えば端末くんくらいなのだが。
きっと何も教えてくれないことは間違いあるまい。
いつものように『ダンジョンの情報は〜』の定型文が返ってくるのが目に見えている。
『……ただ、もしかしたら知っている相手はいるかもしれません』
「……どういうこと?」
と、俺が頭を悩ませている横で、クミンが控えめに言った。
知っている相手も何も、端末くん以外にダンジョンの情報を握っている相手など。
『例えば、ダンジョンに何度もクラッキングを仕掛け、その情報を掠め取っている相手がいるとしたら?』
「…………」
血の気が引いた。
そんな可能性は、候補に挙げる前から頭から排除していた。
ありえるのか? できるのか? そんなことが?
いや、無理だ。
相手が相手すぎる。一考の余地もない。
ダンジョンとは違って、完全無欠にこれ以上ないほど、そいつは人類の敵だぞ。
『もちろん、冗談です。そもそも、もうシステムは修正されてテイムは行えなくなっているはずですし』
「そう……だよな」
クミンの冗談はちょっと笑えなかった。
現在進行形で人類を滅ぼしにかかっている相手と、正体不明だが人類に味方している相手であれば、流石に後者だ。
そちらに何の思惑があるのかは知らないが、少なくとも、人類を滅ぼす気はなさそうなのはわかっているのだから。
「まぁいいさ。ただの、探索の暇つぶしに考えていただけだから。今の俺がやることは変わらない」
と、ここでダンジョンをどれだけ疑おうと、できることはない。
俺の目的は茉莉ちゃんをゾンビ化から救うことだ。
そのためにやることは、ダンジョンの五階層まで潜り、治療薬を手に入れること。
ここにブレがない限り、どんな情報が現れようと──たとえダンジョンが本質的に人類の敵だったと判明しようと行動は変わらない。
茉莉ちゃんを救うためなら何だってすると決めたんだから。
「……そのために、これからどうするか」
そこまで考えて、俺はこれからの行動に迷う。
すなわち、ホームセンターの偵察をどうするか、だ。
現状、ホームセンターが安全であれば、何の憂いもなく行動ができる。
だが、もし危険であれば偵察任務そのものが危険を帯びた行動になる。
「とはいえ、ホームセンターが危険な場所で、あの怪物がまだいると分かったとしたら、安心してダンジョンに潜ることなんて出来ないんだよな」
結局戻ってくるのはそこなのだ。
俺がダンジョンに潜っている間、茉莉ちゃんを守ってくれる人は誰もいない。
だから俺は今日、すでに探索の手をこのアパートの近くまで広げていた怪物を討つために大立ち回りを演じることになった。
だが、それで危険を全て排除できたという保証はない。
奴が一体しかいないという保証もない。
そう思うには、怪物の存在が不気味すぎた。
俺の留守に、茉莉ちゃんが怪物に襲われるという危険性を排除するためには、ホームセンターの情報をクリアにするのは必要なことではあるのだ。
そこに目をつぶってダンジョンに潜る、という選択肢も取れなくはないのだが。
『上杉さんは、ホームセンターの偵察自体は行うべきと考えているんですよね?』
「……時間さえあればな」
そう、必要なのは時間だ。
茉莉ちゃんの──呪腐魔病の進行がどういった要素で進むのか分からないから、俺は時間に追われている。
まぁ、報酬の受け取りを明日にした時点で、そこから短縮できる時間などせいぜい半日がいいところ──いや待てよ。
「クミン。この夜のうちに、俺たちだけで偵察を行うのは、どうだろうか?」
俺は、少しだけ頭によぎった考えを口にした。
そもそも、偵察任務に複数人で赴くのは、不測の事態に備えた戦力確保の意味合いが強いだろう。
あとは、万が一があった時に情報を少しでも持ち帰れるようにするためか。
その点、俺とクミンの二人──一人と一体だけならばどうだろうか。
戦力という意味では流石に複数で行くよりは減るだろう。
ただし、ソロである強みは俺自身に存在するし、それを合わせればどっこいと言えなくもない。
そして、俺単体であれば不測の事態に一人だけ脱出できる可能性だって十分ある。
なにより、今夜行けば、余計な時間がかからない。
今夜に偵察し、問題がなければ明日の朝伝えてやるだけでいい。
問題があっても、南小に余計な被害を出すのを抑えられるし、攻略作戦を立てるにしたって一日早く準備を整えられるだろう。
そう思っての提案に、クミンは少し考え込んだ。
『……危険性は高まりますよ? 命を大切に考えるなら、熟慮すべきです。何か不測の事態があった場合、言い方は悪いですが『身代わり』は多い方がいいです』
「その身代わりを、できるだけ出したくないんだよ」
『…………』
クミンにとっては、俺の命と探索班のだれかの命は等価ではないのだろう。
俺だって、自分の命を犠牲にして誰かを助ける、なんて行動を平気で取れる人間とは言えない。
むしろ、茉莉ちゃんのために、その犠牲に目を瞑る覚悟だってした。
だけど、俺が少しの危険を被るだけで、時間も短縮できて、被害も減らせる可能性がある、となればこれだけで、意味はあると思う。
『あと上杉さん、現状上杉さんの肉体は戦闘の疲労が取れてないです。不活化した呪腐魔病ウイルスの不透明な状況もあります。軽率な行動は控えてほしい、というのがウチの本音です』
それは否定できない。
今日の戦闘は、俺の体に疲労を色濃く残した。
三階層までの探索ならともかく、本格的な戦闘をもう一度行いたいというコンディションではない。
何より、あんな恐ろしい怪物と、再び戦いたいなんて思う奴はこの世に一人もいないだろう。
だが、戦闘に行くわけではないんだ。
これはあくまで、偵察任務だ。
「だから偵察するだけさ。それだけなら、問題ないだろう?」
『……はぁ。ウチが何を言っても、上杉さんの中では決定事項なんですね』
「ごめん」
『いえ。時間が大切なのはわかります。行きましょう。それにウチ、今日あんまり役に立ってないですし、ちょっとは良いところ見せないとですから』
「クミン!」
やれやれと言いながらも、付き合ってくれるクミンに俺はちょっとうるっときた。
となると、少し予定を早めないと。
「時間はもう夕方から夜ってところか。三階層の宝箱を探していたら二〜三時間はかかりそうだよな」
『一度、必要なEP稼ぎだけに留めるのも手ですね。防具の新調と鍾馗の手入れだけに絞れば、時間はそれほど掛からないかと』
「ああ。あとは、大丈夫か。CP回復薬もまだ在庫はあるしな」
念のため買い込んでいた回復薬だが、想定外の戦闘で使った分を含めても七本は残っている。
もしものための備えとしては十分だろう。
「急ごうクミン。今日の仕事を済ませるために」
『はい!』
そうして、俺たちは急遽ねじ込んだ予定を果たすため、ダンジョンの二階層を早足で駆けるのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
なんだかんだと100話もお付き合いいただけて大変光栄です!
おかげさまで、総合ポイントも1000を超えましたやったー!
書き始めたころはプロローグは8話くらいで終わらせて、今のあたりも40話くらいで終わるつもりだったんですが、風呂敷を広げていたらこんなにかかることになってしまいました。
いろいろ謎っぽいこともありますが、情報の回収はもう少し先になると思われます。
こんな序盤の長い作品に付き合っていただけて、感謝感激雨あられです。
構想としては、茉莉ちゃんをどうにかするあたりが序盤〜中盤の予定だったので、いったいいつ完結すんだよという感じですが、亀の歩みでも進んでいく予定なのでコンゴトモお付き合いいただけると幸いです。
こんな状況でも頑張っている上杉くんもっと頑張れ! とか、良い加減メインヒロイン喋らせてやれ! とか思ったら、応援やコメント、ブクマ、評価なんかもいただけると嬉しいです。
最後に、この地上の長い一日は、もうちょっとだけ続くんじゃ。
ちゃんと解決するところまで、付き合っていただけると幸いです。




