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海を渡る風  作者: 風羽洸海
三章 レクスデイル
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18/24

氏族の悪評

「あー……」

 ハルタシュは短い金髪に指を突っ込んでガリガリ頭を掻くと、空いている腰掛にどかっと座った。説明に困っている様子の彼に代わり、ナヒティ本人が口を開いた。

「あたいらムシュナ族は、戦に負けて滅ぼされて、ばらばらにされたの。神々に捧げる舞を伝える一族だったから、あちこちの部族にちょっとずつ分配されて、そこで連中のために踊るように強いられた。まともな舞を伝えてない奴らの代わりに、神々に口利きをしろってわけ」

 はっ、と辛辣な嘲笑をこぼした横顔には、ねじくれた悪意が滲んでいた。

「馬鹿じゃないの、誰が仇のために舞うかってのよ。全然意味の無い適当な舞をしたり、逆に災いをもたらしてやった舞い手もいたって聞くわ。あたいは残念ながらそこまでの力はなかったけど。……そうこうするうちに、レクスの一族がどんどんあちこちの部族を呑み込んで、勢力を広げてきてね。で、あたいらを『解放』して下さった、ってわけ」

「元いた土地に帰っていい、ってことかい」アトゥリナが確かめる。

「そう。お慈悲っぽく見せかけて、要するに厄介な毒草の種はつまんで除けろ、ってことよ。囚われていた舞い手にきちんと償いをしてなだめるより、もう自由だから好きにしろって放り出す方が簡単でしょ。おかげであたいは身寄りも仲間もいない、一文無しで、こうして旅をしてるってわけ」

「ああ、そうだろうよ。行く先々で出会う相手をかたっぱしから騙して、食い物にしながらな」

 ナヒティの語尾に被せるようにして、ハルタシュが鼻を鳴らした。アトゥリナが同情の念を抱く隙さえもない。ナヒティは眦を決してハルタシュを睨みつけたが、その口から反撃が飛び出すより早く、ハルタシュが彼女の鼻先に指を突きつけた。

「都合のいいことばっか言ってんじゃねえぞ、大体ムシュナの連中がばらばらにされたのだって自業自得だ。おまえらが自由になって、また迷惑かけられるんじゃないかって、ここいらじゃ皆げんなりしてるんだよ! 大人しく物乞いしながら巣穴に帰れ、こいつにたかるな! おいアトゥリナ、行くぞ。こんな奴にかかわるな」

 言うだけ言って、ぐいとアトゥリナの手を引く。五弦琴を落としそうになり、アトゥリナは慌てて抱え直しつつ立ち上がった。

「危ないな、引っ張らないでおくれよ」

「いいから来い!」

「なに勝手なことしてんのさ! アトゥリナはあたいと組むって決めたんだからね!」

 アトゥリナが困惑している間に、ナヒティが戦意を取り戻して彼の腕にしがみつく。

「ふざけんな図々しい!」

「そっちこそ!」

「うわ、危ないって! 落ちる……っ」

 左右の腕を別々の相手に引っ張られ、当然ながら五弦琴を保持しきれなくなる。ビードが素早く受け止めてくれたから良かったものの、あと少しで惨事になるところだった。

 ハルタシュとナヒティがさすがにまずいと我に返ったのを見計らい、ハイラムが割って入って主君を二枚下ろしの運命から救った。アトゥリナはやれやれと息をつき、五弦琴を安全な位置に避難させてから、まだ睨み合っている二人にゆっくり声をかけた。

「ハル、ナヒティ、それぞれ言い分があるのはわかったから落ち着いて。ねえハル、君の言い方からしてナヒティの一族はあまり評判が良くないようだけど、君自身は何か彼女に迷惑をかけられたのかい」

「おまえな、たった今カモられたって言っただろうが! 迷惑でなきゃなんだよ」

「あ、ごめん、言い方が悪かったね。確かにカモられたけど、おかげで私一人なら一日かかってようやく稼げるぐらいの分を、一回で手に入れられたよ」

 ほら、とアトゥリナは財布を揺らして音をさせる。ハルタシュは何か言いたげに口を開けたが、より早くアトゥリナがにっこり笑って余計な言葉を付け足した。

「私にされたことなのに君が迷惑だと言うなんて、本当に友達思いだねぇ。嬉しいなあ」

「なっ……ば、馬鹿野郎! 気色悪いこと言うな! おまえが有り金巻き上げられたら俺が面倒見なきゃならないだろ、もうちょっと警戒しろ!」

 途端にハルタシュは真っ赤になる。アトゥリナはにこにこしたまま、今度はナヒティに向き直って言った。

「ほら、わかってくれたかな。ハルは友達思いなだけで、君に敵意があるわけじゃないんだ。態度はこんなだけど、優しくて親切なんだよ」

「……えぇ?」

 当たり前だが、ナヒティは顔を歪めて変な声を出した。つい今しがた罵り合った相手に対して、ああ誤解でしたか、とすぐに打ち解けられるわけがない。だがアトゥリナはまるで頓着せず、和やかな笑みを二人に向けている。

「ねえハル。君は英雄の活躍ばかりでなく、ラウシール様の活躍も、変だとかつまらないとか言わずに聞いてくれるよね。だったら、彼の言葉も聞き入れてくれないかい。敵国人であっても、相対する時は互いにただ人と人、それだけだ、ってね」

 穏やかに諭されて、ハルタシュはしかめっ面で唸った。

「あのなぁ……そんなの無理に決まってるだろ。ラウシールみたいなのは特別だって」

「そうかな? 決め付ける前に、試してみても損にはならないと思うよ。君だって、もしナヒティが目もくらむような美女だったら、部族のことなんか気にもしなかったんじゃないのかい」

「おい」

「不器量で悪かったわね」

 ハルタシュとナヒティが同時に抗議する。アトゥリナはナヒティを振り向き、相変わらず笑顔のまま応じた。

「気を悪くさせたらごめん。美女ではないけど、ナヒティは可愛いよ」

 何のてらいもない賛辞に、ナヒティはそばかすのある頬を薔薇色に染めてうつむく。ハルタシュは天を仰いでお手上げの仕草をし、王子様め、とぼやいた。他愛の無い世辞に赤面している少女を見ると、敵意を燃やすのも馬鹿らしくなってしまう。それがアトゥリナの狙いだとしたら、まんまと乗せられたことになるが、

(ああもう、なんでもいいか)

 この際諦めることにして、ハルタシュはぶっきらぼうにナヒティに手を差し出した。

「おい。仕方ないから停戦だ。俺はテペシュのハルタシュ」

「……ムシュナの舞い手、ナヒティ」

 互いに改めて名乗り、短く、けれど確かに握手を交わす。そんな二人を、アトゥリナは満足げに眺めていた。

 ナヒティとアトゥリナがそれぞれの持ち歌を比較すると、共演が可能な曲は、あまり豊富にはなかった。そこでアトゥリナが演奏できる曲のいくつかに、ナヒティが新たに振り付けをすることになり、その日は打ち合わせと練習に費やすことになった。

 太陽が傾き、宿に引き上げるかという段になって、はたとアトゥリナは気付いた。

「ナヒティ、君、宿はどうするんだい? まだ決めてないんだったら……」

 一緒の宿にすれば、と言いかけたのだが、彼女は苦笑しつつ首を振った。

「あんたの宿って、そいつの紹介でしょ。テペシュの。だったらあたいは無理だよ。心配しないで、何軒かあたりはつけてるから」

「どういう意味だい?」

 アトゥリナは眉を寄せ、ハルタシュを振り返る。彼らの練習にずっと付き合っていたハルタシュは、素っ気ない態度で肩を竦めた。

「軒先のしるし、見ただろ。テペシュの一族か、その連れじゃなきゃ泊まれないんだよ。だいたいあの辺りから内側にある宿はみんな、一見客はお断りだからな。おっと、俺に口利きを期待するなよ。紹介があってもムシュナ族は嫌がられるし、そいつを連れてったら俺が二度とあの宿を使えなくなっちまう」

「そんなに嫌われてるのかい、ムシュナ族って。どんな事情があるのか知らないけど、だったら尚さら、ナヒティを一人にしたら危ないんじゃないかな」

 忌み嫌われる部族の一員ということで、嫌がらせを受けたり宿代をふっかけられたり、あるいはもっと酷い目に遭わされるのではないか。そう危惧したアトゥリナに、ハルタシュは「ないない」と手を振った。

「キルフェの壁の内側にいる限りは、それが一番外っ側のでも、危険なんかねえよ。絶対安全に取引のできる場所ってのがキルフェの身上なんだ。どこの街区も組合が治安に目を光らせてる。掏りとか盗人は見付かったらその場で手を落とされるし、暴力沙汰を起こした奴は牢屋にぶち込まれるか、町の外に首だけ出して埋められる。宿で女が強姦されたりすりゃ、宿屋の方も営業停止をくらうから、大抵の宿じゃ男と女は建物とか棟を分けて泊まらせてる。ちなみに強姦の犯人は去勢されるか、場合によっちゃ八つ裂きだ」

 残酷な刑罰を羅列され、アトゥリナは顔をひきつらせた。

「……それ、本当に執行されるのかい?」

「あー、八つ裂きは見たことないな。けど物乞いの中に手の無い奴がちらほらいるのは気が付いてるだろ。あいつらは元盗人だよ」

 答えるハルタシュの方はまるで平気な顔である。アトゥリナの顔を見て、彼は呆れたように眉を上げた。

「大袈裟なんだよ、おまえは。片手落とされて運悪く死んだとしたって当然の報いだろ。大事な手形とか大金入れた財布とか盗まれたら、それこそ一族揃って首を縊るはめになったりするんだぞ。市場で商売が成り立たなくなったら、奪い合いの殺し合いばっかりだった時代に戻っちまう。盗みに厳しいのは当たり前だ」

「そ、そうか……そうだね、ごめん」

 アトゥリナは慌てて謝り、頭を下げた。やっぱりレクスデイル人は気が荒いのか、などと考えていたのだが、そうではなかったのだ。単に認識の違いに過ぎない。何が重大で、何が軽微であるかの違い。彼らにとっては、片手を切断することはさして残酷なことではないのだろう。自分だったら、斬るのも斬られるのも、ぞっとするが。

 そんな彼の様子に、ナヒティが「ふうん」と改めて興味深げな声をもらした。

「本当に、よその人なんだねぇ」

「ああそうだぞ」答えたのはハルタシュだ。「こいつ何も知らないからな、変なこと言い出しても本気にするなよ。おまえが可愛いとかな」

「……っ、余計なお世話ッ!」

 途端にナヒティは真っ赤になり、外套を翻して逃げるように走り去ってしまった。また明日、とのアトゥリナの声も、届いたのかどうか。少女の姿が雑踏に紛れてしまうと、アトゥリナはやれやれと嘆息してハルタシュを振り向いた。

「どんな理由があるにしても、しばらく彼女とは一緒に興行するんだから、あんまり苛めないであげておくれよ」

「へー、王子様はお優しいこって」

「あのねぇ、ハル」

 言い募ろうとしたアトゥリナを、横からビードがすっと手を差し出して制した。

「失礼、殿下。寄る辺ない娘を憐れまれるお心は大変尊いものであり賞賛を惜しみはいたしませんが、ハルタシュ殿の言葉も傾聴に値するかと。我々はこの地の事情には通じておりません。彼女に何らかの忌むべき要素があるのであれば、恐れながら、殿下から遠ざけるべきであると存じます」

 正論で諭され、アトゥリナは何も言えなくなってしまった。自身はナヒティにそんな危険はないと感じているのだが、護衛である彼女の用心はもっともだ。

 一方ハルタシュも、話が深刻な雰囲気になったからか、ばつが悪い風情で頭を掻いた。

「ああいや、まあ……あいつ自身がどうこうってんじゃないけど。ムシュナだからなぁ」

 己の感情と立場を決めかねてか、ハルタシュは曖昧な口調で訥々と三人の異国人に事情を説明した。

「元々ムシュナ族ってのは、舞楽ばっかり専門にやってる一族だったらしいんだ」

 神々への奉納舞を一族全員が習い覚えて子孫に伝え、周辺部族の祭事で舞うかわり、一年を通じて様々な貢納品を受け取っていた。一族全体が、広い地域における神官あるいは巫子のような存在だったのである。

 むろん彼ら自身も農耕は営み、主食ぐらいは確保していたが、家畜や狩猟の獲物、また特殊な贅沢品などは他部族からの貢納に依っていた。

「そんなわけで、だんだん自分達の方が偉いんだって勘違いして、欲を出す奴らが増えてきたんだ。舞って欲しけりゃもっと毛皮を寄越せとか……まぁその程度なら、向こうにも言い分があるんだろ、ってことで交渉にもなるんだけどさ」

 より効率的に多くを得ようと、次第にムシュナの舞い手は変質していった。様々な小手先の技を用いて目くらましを行い、神々が顕現させた『しるし』を演出した。あの手この手で各部族の不安を煽り、奉納舞の必要性と価値とを押し上げ、高い代償をふっかけたのだ。彼ら自身が神の代理人であるかのように、手品を用いて人々を騙しもした。

「今じゃ、あいつらの見せた奇跡とか怪異とかは、全部タネがあったんだ、ってわかってるけどな。おまえんとこの魔術みたいなのでさえなくて、完全に小手先の細工さ」

「ああ……それで」

 アトゥリナは納得の声を漏らした。それであんなに器用に、注視しなければわからないほどさり気なく、硬貨の種類を選り分けられたのか。

 あの舞も、人の注目を集める様々な工夫が凝らされていた。観客の目を、ひらめく裳裾や独特な手足の動きに引き付けておいて、その隙に何でも細工ができるように。ナヒティが一人ではなく仲間がいれば、観客からおひねり以上の収穫を得ていただろう。あるいは彼女が舞い終えたと同時に何かの『奇跡』を起こすこともできたに違いない。

「要するにあいつらは、詐欺師で騙りで盗人、ってことさ。それがしまいにばれて、よってたかって攻め滅ぼされた。まっとうに奉納舞だけやってりゃ、どこからも攻められずに済んだのに」

 だから自業自得だって言ったんだよ、とハルタシュが締めくくる。アトゥリナはじっと注意深く聞いていたが、話が終わると慎重に問いかけた。

「それはいつ頃の話かな」

「親父がまだ俺ぐらいの歳で、爺さんが奴らとの戦に出たって話だ。去年ぐらいに、レクスの王があいつらを解放した、だから故郷に帰るムシュナ族を見つけても殺すな、とかって知らせが来た時には、爺さんと婆さんがすげえ怒って十日ぐらい文句言ってた。……なんだよその顔は、うるせーなわかってるよ、あいつは無関係だから罪をかぶせるなってんだろ。カモられかけたくせに、どこまで人が好いんだか」

 やれやれ、とハルタシュは頭を振る。アトゥリナはナヒティが去った方を見やり、「故郷か」とつぶやいた。



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