第44話 楽園の在処⑧
「ねぇっ、チュウギ、ニライカナイ行かない?」
「えっ!?」
あれから一月程の時間が経った。
月明かりが注ぐ夜の部屋。
チュウギはいきなりフセから、ニライカナイにまた行かないかと問われ、驚いた。その驚きのあまり、布団から身体を起こした。
フセもまた、チュウギに釣られて身体を起こした。
正直なところ、チュウギはとても複雑だった。
チュウギは、フセとは異なり、ニライカナイ側の人間だ。だから寿命差や身体能力差等がある為、琉球に長居していれば、何れ自分がこの土地の人間では無い事が広く分かってしまう。
それに、こうして戻れるように声掛けをしてくれたのは嬉しかったのだが、自分があちらへ戻ったとしても、居場所は無いし、仮に新しく出来たとしてもその周囲の人間に迷惑をかけることになるのは確実だ。
何故なら、島人でも禍人でもある、中途半端な者だから。
どちらからも疎まれて、
どちらからも受け入れられた。
だから、ニライカナイで再び生きていくにしても、無理があると思った。
「フセ、俺は…」
チュウギが考えた末に、口を開いた。
「ん?何。」
「俺は、ニライカナイに戻っても良いのか?」
少し、沈黙の時が流れた。
「…やっぱりどうして、そう思うか何となく分かってた。」
フセはそう言った。
「そうか。」
「チュウギはさ、私のような人が他にもいるって分かる?」
また、フセが突拍子のないことを言った。
「あんたを、受け入れる人が必ずいる。だから大丈夫。」
「受け入れる人?」
「うん。あんたのかぁ様もそうだったと思うよ。その血筋もあんた自身の個…チュウギである事を責めたりしなかった。だから今ここにいるでしょう。」
フセはきりっとした顔つきで言った。
「そうだったな……」
フセの言う通りだった。確かに、自分を疎んでいたら、産まれたその瞬間、実の母といえど殺されていただろう。
だが、母のゼヒはチュウギを産み、そして自らを犠牲にしながらも生かす選択を取った。
なら、フセの言う通り、まだそんな希望があるなら信じても良いかもしれない。
だが、一方的な希望に縋り付いて、また再び疎まれて、逃げ延びる生き方をするか、駒として良いように扱われてしまう事もあるかもしれない。そう思ってどっちつかずの状態になってしまった。
「あー、やっぱ簡単には無理か…」
チュウギが思考で固まってしまったのを見て、フセは「やってしまった」という表情を見せた。
「チュウギ!!」
ガシッ!!
フセがチュウギの肩を掴んだ。それに反応して、チュウギが我に返った。
「え、あ、何だっ!?」
「行くよ!ニライカナイ!百聞は一見にしかず!!だからついてきて!!」
こうして、半ば強引にニライカナイ行きが決まったのであった。
「よっと。じゃあこれ、二人共お願い出来るかしら。」
「うん、分かった、かぁ様!チュウギ、やるよ!」
ニライカナイに行くために、荷造りをしていた。
フセ、チュウギ、そしてフセの母と姉によって、次々と箱に入れられたり、布に包まれていった。
チュウギはそれをやりながら、見たこともない物が沢山あって、それに目を輝かせていた。
色付が美しい皿や、変わった模様の扇や屏風…全てが目新しかった。
「所でフセ、この物は一体何なんだ?」
これらの道具の説明も無しに、チュウギはそれを手伝っていたので、フセに訪ねてみた。
「これね、大和…ううん、秋津洲のものなんだ!」
「秋津洲の?」
この色とりどりの物が全て秋津洲のものだと、チュウギは驚いた。
そして、琉球では秋津洲の事を大和と呼ぶ事に気付いた。
「そそ。これをね、祉国へ奉納するの。どうやら秋津洲の工芸品が気になるらしくてね、それでなんだ。」
「へぇ…」
変わった趣味でも持っているのだろうか。そうチュウギはふと思った。
フセは、何か武器のようなものを手に取った。恐らく、形状を見た限り、剣のような、鋭い金属製のものだろう。
「フセ、それは?」
「ん、これ?秋津洲の刀だよ。」
そう言って、フセはチュウギに見せた。フセは力いっぱいにそれを開けようとした。
そして、持ち手と鞘が別れた。鞘からするりと抜けた鋼色が眩しい。どうやらフセの言う通り、刀だった。
「切れ味が凄くてね〜こっちのものとは全然違うんだ。」
確かに。見ただけでも身震いしそうな刃をしている。これで斬られたら大怪我どころか、命が無いだろう。
「これも帝に献上するのか?」
チュウギが聞いた。
「ううん。違うよ。あっちの従者の子がね、欲しそうだったから贈り物にするんだ。」
にこっと笑顔になりながら、フセは答えた。
従者の子。そう言えばニライカナイにも専属の従者がいると言っていたのをチュウギは思い出した。
「そうだったのか、俺はてっきり。」
「ま、この状態じゃそう思っても仕方無いね。」
二人はごちゃついた部屋にちらりと目をやった。
「ふふ。でも二人共、早くこの荷物片付けなきゃ。後遅くても二日後には行かなきゃいけないでしょう?」
背後から声をかけられた。その人はフセの姉、ヨシゲだった。
どうやら二人の微笑ましい会話を聞いて、少しだけからかってみたかったらしい。
ヨシゲは一族の中で唯一巫女の力が無く、普通の人と変わりない生活をしている。
だから、度々秋津洲…ヤマトとの品々の交換に行く時等、父親の旅仲間一緒に出掛けることがあった。
その中で、ヨシゲは一人の男と出会った。
彼の名は「フシミ」と言うらしい。
行商人の息子であるので、琉球との貿易にも携わっている自分の父親の手伝いの為に度々顔を出す事があったらしいのだが、イズは昨年、父の付き合いでヤマトに動向した際にその者と会ったことで、交流が始まったらしいのだが、ヨシゲはどうやら恋心を抱いているらしい。
「姉様!!……そうだ、気になってたけどォ〜姉様あのフシミって男と何処までいったんです〜?」
イズをからかい返すように、フセが言う。
「え、えーっと、一体何が言いたいの?」
イズはしらばっくれるような表情をした。
「ほおーら、ヤマトへとぉ様達と行くときついて行ったじゃないですかぁ〜!!やっぱあの男のとこへ行く口実ですよね!!」
「ちょっとフセ!や、やめてください…!」
「ほらほらぁ〜白状しなさいな!!」
イズは逃げ出し、フセは追った。
「全く、いつ片付くのやら。」
仲睦まじい姉妹の姿を見て、にこやかにチュウギは呟いた。
俺も、生まれや立場が違ったら、こんなムツキと兄弟になれたのかもしれない。
と、どこか心の中でそう想った。
「じゃあ行ってきます!」
あくる日、ニライカナイへ出発する朝が来た。
今回のニライカナイへの移動は荷物が多い為、またもや船での移動となった。
「行ってらっしゃい。チュウギ君、フセをよろしくね。それと、無理しないでね。」
「はい。有難うございます、ヨシゲさん。」
船に荷物を積み込み終えると、すぐに出発した。
船の中、チュウギは不安に思っていた。
フセからああ言われたものの、従者になるという決心が未だにつかないどころか、ニライカナイへ足を踏み入れて良いのか迷っていた。
誰かを、自分のせいで傷付ける事や危険に晒すが怖い。
ただそれだけだった。
母は、自分がいたから危険な状態になってしまい、挙句の果てに、チュウギを逃すために命を落としてしまった。
そして、大巫女にも無茶と言いようがない救出作戦を遂行させてしまい、迷惑をかけた事には変わりない。あれは、一歩間違えれば、大巫女もきっと処刑されていても可笑しくなかった。
ニライカナイに着いてしまった。
船に積まれていた荷物を、荷台に次々と男達が載せていくのをチュウギは暗い気持ちのまま、それを見ていた。
「チュウギ、どうした?酔ったのか?」
フセが顔を覗きながら、声を掛けてくれた。そう言ってくると言う事は、相当顔色が悪いのだろう。
「い、いや酔った訳じゃない。心配するな。」
「ふーん…そうやってまーた隠そうとするのね…?」
意地悪そうな顔でフセに見つめられた。
図星だったので何も言い返せない。
「ほいっと。」
「うわっ!?」
フセから何か投げられた。視界を覆っているそれを手に取り、顔から外した。
大きな布だった。
白くて、綺麗な布。何故これを自分に?と問い掛けようとしたが、それを遮るかのようにフセが口を開いた。
「それ、琉球側の従者の証の布よ。着けていれば怪しまれる事なんてないわ。それに、気も楽になるでしょ?」
「あ、有難う…フセ。」
顔を覆うように布を身に纏わせ、フセ達の後をついて行った。
澄み切った青い空が広がっていた。
港を出ると、大通りに直結する道に入った。
街中を行き交う人々は、皆和気あいあいとした雰囲気を生み出していた。つい目移りしてしまいそうな品物並んでいる。
色鮮やかな反物、表紙の絵が細かな書物、高そうな装飾品…
チュウギにとって、それら全てが物珍しく見えた。
今まで、生き延びるのに必死だったり、死のうと思い、国々を渡り歩いていたからこうしてじっくりと他国の様子を伺えるのが初めてだった。
「おーい、そうゆっくり歩いていたら置いてっちゃうぞ!!」
声を掛けられてはっと我に返った。
そこにはにっこり笑ったフセが、腕を掴んで笑っていた。
「ああ、そうだな。」
チュウギも笑みを浮かべ、フセへと歩んだ。
「帝様、この度は秋津洲の品物を持ってきました。どうか、これをお納めください。」
極彩色に彩られた城の大広間に、フセの母の声が響く。
「いや、そう深々と礼をしなくていい。元々、私が頼んだものだ。礼を言うのは私の方だ。有難うございます。」
深々と帝が礼を述べた。
「それにしても、秋津洲の物に興味あるなんて、帝様も変わり者ね〜」
「こらフセ!」
呑気なフセに、フセの母が軽く叱った。
「まあまあ、子供の事です。フセさん、そう言わないでくださいな。」
見かねた帝が二人を諭した。
「それにねフセさん、私は秋津洲の工芸品に興味があるんです。琉球とまた違った趣きがあって、私はそんな土地柄によって変わるのが不思議だけどとても面白いと思っているんです。」
優しく、にっこりと笑みを浮かべて帝は言った。
「土地柄に違ってか…」
チュウギは、帝の言葉を自分の口で反芻した。
城から出て、フセがまたチュウギの手を引いた。すると、チュウギは引きずられるかのような状態で勢いよく走り出して行った。
「おいちょっとフセっ!?」
「ごめん、やっぱ顔を合わせさせるのが嬉しくてさ!!」
フセは一瞬にやっとした表情になると、再び前を向いて走り出した。
「フセ…」
フセがどれだけ合わせたかったのだろうと思うと、ニライカナイに対して思う所が合ったとは言えど、今まで自分がせがんでいた事が申し訳無くなった。
「ちょっとー!?フセ、テイちゃんに渡す刀はどうするのよ!!」
フセの母が、大きな声で呼んだが、二人の姿は徐々に小さくなっていった。




