第45話 楽園の在処⑨
フセはチュウギを連れて、ニライカナイの拠点に来た。祉国にあるそれは、かつて住まわせてもらった大巫女の家を彷彿とさせる、広い敷地を持つ一軒家だった。
「ここに、フセの言っていた従者達がいるのか…」
「そうだよー。ってかそんなに緊張しなくても良いよ!みんな同年代なんだしさ!」
バシバシと固まっていたチュウギの背をフセが叩いた。
「じゃ、それぐらいにして行こうか。」
と、フセが急かし気味にチュウギの手を引っ張った。
「ちょっと、フセ!これ持っていきなさい!」
フセの母が、急かすフセを引き止め、彼女に「従者にあげる」と言っていた日本刀を渡した。
「わ、忘れてた…有難う、かぁ様!」
へへへと笑いながら、フセはそれを受け取った。
廊下を歩き、フセが「ここよ」と教えてくれた、とある部屋に入った。
そこには、三人の子供が居た。
「まさか…」
チュウギが口を開いた。
同年代と言われていたのだが、半分冗談だと思っていたので、多少驚いた。
「ああ。従者だ。」
一人の少年がそう言った。
「じゃ、この間の紹介通りこっちがチュウギだよ。みんなも紹介してよ!」
フセが食い気味にチュウギを紹介した。そしてついでに従者達にも、自己紹介をするように促した。
「…紹介私からでいいか?私はテイだ。」
少年の横にいた少女・テイがはじめに紹介をしてくれた。
「私は代々フセの巫女一族のニライカナイの従者として仕えている。よろしくね。」
テイはそういうと、にこっと微かに笑った顔をした。
その笑った顔がなんとも言えない愛らしさがあると、チュウギは感じた。
「俺はギユウ。」
テイの隣にいた少年・ギユウが言った。
「テイと同じく、巫女に仕える家系出身だ。よろしく頼む。」
淡々と自己紹介を済ませた。そう思いきや、再びギユウが言葉を繋ぎ始めた。
「実は生まれつき片目が見えていない。だから、幼い頃から同じ職に就いていた家繋がりのテイに色々と助けられた。」
ぽんと軽くテイの肩に手を置いて、自分の出自を付け加えた。
綺麗な目をしていて、そういう風には見えないのだが、彼も苦労していた部分があるのだろう。チュウギは彼に少しだけ、自分を重ねてしまった。
「アタシはヤツよ。」
ヤツと名乗る背の高い少女を見て、チュウギはふと、違和感を覚えた。
「ヤツか、よろしく。」
「ふふふ。よろしくね。」
「ひとつ質問だが、俺とどこかで会ったか…?」
違和感、それは彼女と会ったような気がする事。
それが、どうしてもチュウギの中で拭えなかった。
「ふふ、そうかもね。私、実は…やっぱいいわ。」
ヤツは何かを言いかけたが、それを取り止め、
「ニライカナイなんて広いから、もしかしたら会っていても可笑しくないわね。」
と、若干怪しげな笑みを作りながら、ヤツは語った。
「アタシね、親に捨てられたの。役立たずだったから。でも、森で彷徨っていたら、こうしてフセに救われて、助けられて今ではすっかりフセのとりこよ。」
「そうだったのか…」
出自は伏せられてしまったが、家族に捨てられ、森でフセに拾われた。
フセと出会うまでかなり苦労したのだろう。その痛みが分かるチュウギは、ヤツに親近感と同情を覚えた。
「じゃ、一通り紹介終わりね。そうだ、テイこれ。頼まれていたやつ。」
フセが思い出したかのように、手に持っていた刀をテイに渡した。
「これ…刀!?」
テイの顔がぱぁっと明るくなった。
「うん。ずっと欲しがってたでしょ。約束だったじゃない。あげるって。」
にやっとフセが笑った。
「なぁ、ギユウ…で良いのか?」
「ああ。どうしたチュウギ。」
二人の親密な空気に、割って入るのも申し訳無いと思って、チュウギはギユウに話しかけた。
「所でどうしてテイは刀を欲しがっていたんだ?」
別に、刀でなくとも、ここには武器が沢山あり、鍛冶職人や武器を作る職人もそれなりにいる。なのにどうして刀、それも秋津洲の刀なのか、疑問に感じたからだ。
「どうやら、あいつはいつも世話になってる鍛冶職人のコウランってやつに、あれと同じ刀をあげたのを見て、作りが美しいのを気に入ったらしい。それと、どうやらあいつは自分の力でフセと…大事な人を守りたいらしい。」
「大事な人?」
大事な人。それは従者だから、フセは必ず守らなければいけない対象なのは分かるのだが、大事な人と言うところにチュウギは引っ掛かった。
「お前も気になるのか。」
「ギユウもなのか…!?」
ギユウも大事な人の真意を知らないとは。これなら、おそらくヤツもフセも真意を知らないだろう。
テイは、一見冷静沈着そうに見えるが、どこか心の中で秘密を抱えているような少女だと、チュウギはそう感じた。
「なあ、話を聞いて思ったけど、コウランって何者だ?」
話を聞いている時にしれっと出て来た人物、コウランについてギユウに聞いた。
「鍛冶職人ってのは話した通りだ。」
「ああ。」
「鍛冶職人の中でもかなりいい腕をしているやつで、見た目は俺等と変わりない年をしている。」
鍛冶職人と聞いて、かなり筋肉質で、ガタイの良い年をある程度重ねたような外見をしているなんてと、驚き、固まった。
「まあ、そうなるよな。あいつは自分の術で外見を少年の状態にしている。」
「そういう事だったのか…」
自分の外見年齢を子供や、老人と、自由に変えている島人が稀にいるというのは多少知っていたので、納得した。
「で、うちは良く世話になっているんだけどね、私の使う剣を造ってもらったんだ。」
先のギユウとの会話を聞いていたのか、フセがそこに入ってきた。
「剣!?」
フセが、実はそんなものを持っているとは思ってもいなかったが、何故剣を持っているのだろうか。
「剣って言っても、戦いに使うとかより、仕事道具って感じ。悪霊祓いとか、儀礼とかに使うんだけどね。でもやっぱ剣には変わりないから、物はちゃんと斬れるよ。」
笑顔で説明するはいいものの、後半からは物騒な事をにこにこしながら言っているので、チュウギはどういう反応をすればいいか、少し困った。
そういう風に困惑するチュウギを見て、「まあ、それぐらいにしておけ」とギユウがフセをたしなめた。
「チュウギ、お前はフセから従者にならないか誘われたらしいな?」
「あ、ああそうだが…」
そうだ。半強制だったが、この者達に自分を紹介する為にニライカナイへ同行したんだと、チュウギは思い出した。
「だがギユウ、俺は正直迷っている。本当に自分がいていいのか…」
その先に言おうとした言葉を遮るようにギユウが言った。
「気にするな。事情はフセから聞いているし、先程俺達のことを聞いた通り、全員何かの事情持ちなんだ。お前だけで抱え込む必要は無い。だから、仲間にならないか?」
「ギユウ…」
チュウギは、ギユウの言葉を聞いて、自分は此処にいても良いのだと想った。
抱え込むな。事情は人それぞれだけど、こうして分かち合えそうな人がいる。
自分を助けてくれた人がいた。
自分を受け入れてくれる人がいた。
ならば、自分はどうすればいいのか、簡単だった。ここにいて、恩人であるフセを、今度はこの従者達と共に支え、助けていきたい。
「フセ。」
「何、チュウギ。」
チュウギは、フセの方へ振り向き、一呼吸置いて、覚悟を伝えた。
「俺、フセの従者になる。ここで、お前を支えたい。従者の仲間達と共に。」
チュウギは、真面目な目つきでフセに宣言した。
「チュウギ…!本当に!?有難う…!!」
フセは思わず、チュウギをがばっと思い切り抱きしめた。
日が暮れて、琉球へ帰宅した。
チュウギは、フセの家族にニライカナイ側の従者になる事と、世話になった感謝を伝えた。
「そうか〜。ここ女家系だから、チュウギ君がいなくなると寂しくなるよ!」
ガシガシと、少し荒くチュウギの頭を撫でながら、フセの父が言った。
「うう…や、やめてください…」
そう少し笑いながら、チュウギは言った。そして、フセの父は「すまんすまん」と笑いながら手を離してくれた。
強い力だったので、頭がくらくらした。
父親がいないチュウギにとって、フセの父は、「もしも、父がいたらこんな生活だったのかな」と、淡い願いか理想を抱いていた。
だから、チュウギは少しだけ心残りだった。
「まぁ、また会いたくなったら、いつでも来てもいいからな。」
にっと笑うその顔を見て、チュウギは込み上げるものをぐっと堪えて、取り繕うような笑顔を作った。
「はい、有難うございました…!」
日が昇り、朝になった。
昨日の内に数点の服等をまとめ荷を作った。
琉球からニライカナイに行く。また、船で行くのかと思ったが、フセ曰く、その量なら
フカの扉で行けば十分だと言った。
「なあ、フカの扉って一体どこにあるんだ?」
「ああ、そっか、チュウギはフカの扉に行くの初めてだっけ。この間も、初めてチュウギと会った時も船だったしね。」
そういえばそうだったと、チュウギは思い返した。
フカの扉が何処にあるのかなんて、フセから全く聞いていなかった。ただ、そういうものが存在するということだけを知っていた。以前、ミノがぽろっと口に出しただけで、後はさっぱり分からない。だからフセに、その扉が何なのか聞いた。
ニライカナイと琉球を繋ぐ扉。ただ、大きさ的には扉と言うより門と言ったほうが正しいのかもしれない。とフセは言う。
扉は、フセの一族が琉球王族だった頃に、交流を重視して首里城内に造られたという。
聖地である為、琉球からの出入りは、あの船での行き来同様、巫女やその従者にしか赦されない。
そして、扉を閉じ結界を貼る事は禁忌とされている。
それを実行しようとした者は未だにいないが、力の根源とされるニライカナイからの加護を受けにくくなるからだという。もしそれを行えば死刑にでもなるだろう。
歩き続けて数十分。首里城に入り、
「着いた。ここよ。」
木々に囲まれたそこに、扉が立っていた。
朱色が美しく、所々金で装飾を施され、花や太陽等が彫られていて、一種の芸術品のようであった。
それに、大きい。確かにこれは門といった方が適切かもしれない。
「じゃあ、行く前にちょっと待って。」
そうフセが待ったを掛けると、自分の懐からハサミを取り出し、それを髪に当てた。
見かねたチュウギは、フセを止めた。
「フ、フセっ、どうして髪を切ろうと!?」
「え、どうしてって…そりゃお守りとしてあげようとしたのよ。」
「へっ!?」
フセはさも当然のように答えた。
「そう。お守りだよー。こーして自分の髪をあげて身の安全を願いたい人に贈るの。」
フセがワキワキるんるんと説明をしていたが、ふと、はにかんだ顔をした。
「実はチュウギの事…本当はとても心配なの。だから、ここからは平穏に日々を一緒に過ごして欲しいって私の願いを込めて贈ろうとしたけど、駄目?」
そう言われると、チュウギだってなんて返して良いか分からなくなる。
自分の身を案じて、お守りをくれるのはとても有難いのだが、流石にその美しい髪の毛を切ってしまうのはとても勿体ないと思った。だが、あえてチュウギはそう思った事をそのまま返すことにした。
「い、いや…気持ちは有難いんだが、とても勿体なくて、その髪を大切にして欲しい…だから、気持ちだけ受け取りたい。」
少しギクシャクしながら、チュウギは気持ちを伝えた。
「そっか、有難う。」
若干フセはその言葉を聞いて顔が火照ったような気がした。だが、次の瞬間、駄々を言う子供のように、フセは言った。
「でも、こうして髪を贈ろうと自らやったのはチュウギが初めてだったんだけどー!」
口を尖らせ、子犬のようにわんわん言うフセをチュウギは何とかなだめた。
「分かった…じゃあ、いつか頼む。」
「本当…!?」
フセはぱぁっと顔を明るくした。
フセは取り出したハサミを再び懐に入れた。チュウギは、先程の断髪の話を聞いて、フセに聞きたい事があった。
「フセ、じゃあ誰かの勧めで髪を切った事があるのか?」
「うん。まあに家族だけどね。ホラ、秋津洲に行くことあるからさ。でも、自分の髪を切る場合じゃない時の方が多いかも。」
どういう事だろう。
チュウギがたずねようとした時、再びフセが語り出した。
「自分の存在を有難がった人たちがね、髪を切ってほしいって頼んでくるの。私さ、巫女だけど、太陽神と通ずる霊力を持ってる人だから、存在を有難がってさ、私に髪を切ってもらう事で力を授けてもらったって解釈してさ…でも、私自身、そんなに有難い存在じゃないって思っているから、辞めてほしいんだけどね。」
神妙な顔でフセはそう語った。
続けて、フセはまたゆっくり語り出した。
「あのさ、姉様霊力が無いじゃん?でも、私にはこうして霊力がある。それも、最高神と通じる力。だからさ、私本当は姉様の力を奪って生まれてきた存在なんじゃないかって…それに…」
フセは一旦、言葉を詰まらせた。
「それに?」
チュウギはどうしたかと思い、少しフセに話しかけた。すると、フセはハッとしてまた語った。
「それに、かつて多くの人を傷付けてしまった事がある気がするんだ…私自身というより少し違うけど、でもそんな気がして。」
遠くを見るような目をして、フセはそう言った。
「さっ、でも暗い話は無し無し!行こう!」
フセは切り替えて、チュウギに言った。だが、チュウギはフセの話を聞いて、心に引っ掛かった所があった。姉との関係だ。このままの状態で行って、変に拗らせて欲しくない。
「フセ、ヨシゲさんについてなんだが、フセが良かったらでいい。そして一度だけでいい。フセが想っていることを伝えてみるのはどうだ…?」
「チュウギ…」
「…一人でそう抱え込む必要なんて無いと思う。少しだけでも気が楽になって欲しいんだ。」
フセはチュウギの言葉を聞いて、少し笑った顔を見せた。
「…ありがとう、チュウギ…」
その顔を見て、チュウギは何とも言えない気持ちになった。
そう言えば、チュウギはフセに髪を切ってもらった時のことを思い出した。
あの時、手慣れていたのはそういう事だったのかと、ひとりそう感じた。
扉を開けて、二人はその向こう側へと歩みだした。
光に包まれたと思ったら、目の前には、ゴツゴツとした岩肌がむき出しで、ザザザと滝の音が聞こえる所に出た。
洞窟だから薄暗い場所なのに、水面がキラキラと煌めいている。だからなのか、それともこの水底に光を灯す術が使われているのか分からないけれど、ここは肉眼で見ても、明るくハッキリと見えた。
「チュウギ、後ろ見てみてよ。」
フセにそう言われて、チュウギは後ろを振り返った。
するとそこには、琉球にあった扉と同じものが建っていた。そして、その背後に聳え立つ岩肌には、壁画が大きく描かれていた。
虹色に輝く翼を持つ鳥。太陽神ビンヌスゥイだった。
その壮大なものに魅せられたのか、チュウギは思わず固まってしまった。
「凄いでしょ。」
「そうだな、フセ…」
この神がいるから、世が照らし続けられている。そしてフセはこの神と通じている。そう考えると、フセという存在が何故か途端に大きなものに、そして遠くにいる存在のように感じてしまった。
「チュウギ、行くよ!」
フセが固まったチュウギの手を引き、扉を後にした。橋のような役割をしている飛び石を軽々と飛び、対岸に着いた。
そこから二人で洞窟を歩いた。
そこそこ暗いはずなのに、チュウギはこの道が明るく感じた。きっと、フセがいるからだろうか。
自分を救ってくれた光。
生きていく道標を示してくれた光。
今度は自分が助けたいと、思った。
彼女の役に立ちたい。共に生きたい。
また胸に決意を灯した瞬間、目の前が眩い光に包まれた。その眩しさにチュウギは一時目を閉じたが、目を開けると、そこには広い青空と、ギユウ達三人がいた。
「これから、よろしく頼む。」
チュウギは、フセと三人の従者仲間に改めて挨拶をした。
それから
チュウギはフセの従者として行動を共にした。
儀式や祭事があれば、フセと共にその地に訪れ、手順を整えたり、フセのまじないの手助けをした。彼女に危害が無いように、徹底的に目を配らせる事も多かった。
ただ、豊国に関しては、チュウギにとって未だに後ろめたい所があり、フセは無理を強いらなかった。いつか、この心の傷を克服し、再びフセと訪れてみたいと、思っていた。
ある日、チュウギはニライカナイの本拠地のフセの部屋から明かりが灯っているのを目にした。
「フセ?」
「ん、ああチュウギか…」
寝ぼけまなこで、フセがチュウギの呼びかけに応えた。
「どうしたんだ。一人でこんな夜更けまで。」
フセは小さくあくびをし、目を擦ってからチュウギの問いに答えた。
「ん、ほら、今日忙しかったじゃん?いろんな所行ってさ。でもこれは私の仕事だしチュウギ達も疲れてるから付き合って貰うわけにはいけないなーと思って…」
フセの理由を聞いて、彼女が向き合っていた机に目を移した。
大量に山積みされた本。書きつづっている途中の帳面。これを一人で纏めようとしていたのか、とチュウギは少し呆れた。
「…こんなにあるなら言えば良いのに。朝までかかる量じゃないか。」
チュウギはフセの隣に座ると、自分も筆と帳面を取って、まだ手に付けていないであろう仕事に着手した。
「えっ、良いのに…」
フセは遠慮がちにチュウギに言った。だがチュウギが、フセに「お前も疲れているだろうし、寝ないと身体に障る。」と返した。
一方のフセは、それを聞いてフフッと軽く笑った。
「それは君もだろう。偶に眠れていないのを私は知っているからな。」
フセは少し意地悪そうにチュウギに言った。
「そっ、それは子供の時の話だろう!?」
「まあまあ、でもお互い似てるな。迷惑掛けたくなくて黙っているの。」
緊迫していた部屋に、二人の会話が流れ、少し緩い雰囲気に包まれた。
とある日、チュウギはフセを呼び出した。
「で、話って何なの?」
フセが興味しんしんに、チュウギに聞いた。
「これ、渡そうと思って。」
チュウギは、フセに小さな木箱を渡した。フセはそれを受け取り、箱の蓋を開けると、あっと声を漏らした。
両端に青い玉が着いた、真紅に染まった組紐だった。
「フセに出会って今日で五年程になる。だから…今までの感謝の気持ちだ。」
フセは、心が温かくなった。
世話になっているのは、どちらかと言えば自分なのに。でも、こうして想ってもらっている事が嬉しかった。
「…ありがとう、嬉しい。」
フセははにかみながらチュウギに感謝した。
「ねえ、これ今髪につけてみても良い?」
「勿論良いぞ。」
フセはチュウギに言われた通り、早速髪に結んでみた。
「どう、かな…?」
銀髪に、真紅の紐がよく目立つ。
「とても、似合っている。フセ。」
こんなにも気に入ってくれると思っていなかったので、チュウギは少しだけ、照れ臭くなった。
フセや従者達は十六歳になった。それ程に時が流れた。
それは、夕焼けが綺麗な日だった。
フセとチュウギは、岬の上を二人で歩いていた。
「実はさ、ねぇ様が秋津洲へお嫁に行くことになったんだ。」
「へぇ、遂にか。それはめでたいな。」
チュウギは、フセの姉が秋津洲にいる男に想いを寄せている事を知っていたので、嬉しくなった。
「本当にそうだよ!!遂に遂に来たって!!」
わかりやすいように、フセは両手を振って、喜びを表していた。
ひとしきり喜んだ後、フセはぼそっと呟いた。
「でも、何だか置いてかれたような気がするな…って。いいなぁ、これからずっと一緒にいれるって。」
フセは嫁入りをしていない。同年代の娘たちだって、嫁入りをした者がかなりいる。従者であるミノも、身内の勧めとはいえ、結婚をしている。そして姉も結婚することになった。
フセとしては、巫女の仕事を優先して、日々を過ごしているのだが、やはり思う事があったのか、とチュウギは想った。「巫女」ではなく、「一人の女性」としての幸せを、フセは掴みたいと思っている。だが、「フセを幸せにする」のは、一体何なのか。嫁入りという行為よりも、フセが望んでいる事は多分、「誰かと共に生きる事」なのではないか。
フセは、最高神に通ずる巫女として生まれて、一人で抱え込むような事があった。自分の立場、生まれ、力…だから、誰か理解者がいれば、彼女は孤独じゃない。たった一人で歩く事なんて無い。
では、その彼女の孤独を理解出来るのは一体誰なのか、いとも簡単に、その答えが出てしまった。
「…俺なら、別にお前と共に生きても構わない。」
「えっ。」
「はっ!?」
チュウギのひとことを聞いたフセが固まり、チュウギは自らの口から出たものを思い返して、自分で驚いた。
「ええええっ!?ちょチュウギ、まさかさっきの聞こえていたの!?」
「う、す、すまん…!!こっちこそ盗み聞きするつもりはなかったし、こんな事言うつもりはなかったんだ!!」
途端、二人は取り乱した。
「で、でも凄く…うん、ありがたいんだ…だけど、島人とフカ人じゃ…」
そもそも、ニライカナイの住人、島人魂人のどちらでもない、外界の住人、フカ人とでは、住む世界が異なる為、結ばれることは不可能である。
「そうだったな…」
チュウギも、思いつきの発言だった為、それをすっかり忘れていた。
だが、フセは「そうへこまないでよ」と、言い、その先の言葉を繋げた。
「あのさ、もし私がいつか…早く魂人となってこっちに来た時、私を迎え入れてくれないかな?」
フセは、穏やかな微笑みでそう言った。
夕焼けに映える二人の背中を、遠くから見ている者がいた。
ヤツだった。
「フセ…どうして…?」
どうしてアイツだけ、特別扱いなの。
どうしてアイツだけを見ているの。
どうしてアイツの想いは届いて、私の想いは届いていないの。
ヤツは、かつて親から見捨てられた。だが、「そう安易に見捨てるのは勿体ない」と、タマズサにその身を買われ、同じくタマズサ直属の者である友から瞳の色を幻覚によって変える術を施してもらい、森で彷徨うふりをして、フセに拾われた。お陰で諜報員として潜り込むことに成功。
だが、フセのその他者に対する慈悲深さに感銘を受け、自身が禍国出身である事を打ち明けた。それを聞いたフセは、禍人だからと言って、きつい目を向けたりせず、むしろ「今まで苦労してきたのね」と、気遣ってくれた。
なのに、同じ禍人の血を引いてても、こうも想いが通じているのは自分じゃない。
そして、想いが通じているのは、島人の血を引いている。
愛していた事が届かなかった。
愛していた者を取られてしまった。
そう想った瞬間、ヤツは忘れかけていた島人への憎しみと、恨みが生まれた。
そうか、フセへ想いが通じなかったのは、島人と魂人に分けたあの巫女、ジブノのせいだ。島人でもあり、魂人であるアイツがいるからだ。
なら、想いが確実に届いて、記憶に残るのならば、どうすればいいか。
彼女を殺す。ただそれだけしかなかった。
まず、第一にタマズサへの離反と言う面もある。
タマズサは、フセの首を欲しているのだが、おそらく一番は自らの手で討ち取る事を望んでいる。だが、そんな事はさせない。自分は半ばタマズサに利用される形で、ここに送り込まれたのだから、何をしようが自分の勝手だ。自分の手で討ち取り、タマズサに土産として持ち帰る。そうすれば、タマズサの役に立ったと言う理由付けにもなる。
そして、最大の目的。
彼女を殺せば、死に際の記憶の断片として、ヤツの記憶が残るだろう。「自分を殺した相手」としてでも良い。強く覚えていて欲しい。永遠に、自分を憎んでいて欲しかった。
チュウギに対しては、彼女を殺した相手として記憶に刷り込ませるのも良いが、先に殺して、「私と好きな男を殺した相手」としてフセの記憶に残らせるのもまた良いと思った。




