第43話 楽園の在処⑦
「う…?」
身体が上下にゆらゆら揺れている事に気付き、チュウギは目を覚ました。
そこには眩しいほどの青空が広がっていた。
「ここはっ!?」
チュウギは飛び起きた。
だって、自分は森の中で倒れた筈であったからだ。だが、飛び起きたのは束の間。眩しい空をいきなり見たからか、少し目眩がして再び横になってしまった。
「あ、気付いた!!」
誰だろう。
自分と同い年ぐらいの少女が顔を覗かせていた。
影になっていても良くわかる銀髪と金色の瞳が、太陽の光のそれと良く似ているような気がした。
「良かった。取り敢えず一安心ね、フセ。」
船に同乗していた大人の女性が言った。
「ええ、かぁ様!」
どうやら女性はフセの母のようだ。母の言葉に連れて、フセも言葉を口にした。フセは明るい子なのだろうか。ならば、その髪も瞳も、彼女の為にあると言っても差し支えないぐらいだ。
「おはよー、君分かる?森の中で倒れてたんだよ。」
「ああ…それは分かるが、ここは一体…それに、どうして俺は助かっているんだ…?」
フセに質問した。その時食い気味にフセが「何言ってんの!」と、あの明るい声で言った。
「あんな状況で倒れてたんなら助けるなんて当たり前でしょ!それに、子供!余計助けないといけないじゃない。」
ふんすと鼻息を荒げてフセは熱弁した。
自分も子供じゃないか。と突っ込むのは野暮だと思ったので、チュウギは言葉を飲み込んだ。
「禍人の服…よね。その服のボロさ加減だからあんまよく分かんないけど。」
「あ…」
「んまーでも、服だけ?かな?見た目は島人や魂人、あっち側の人間とも変わらないし。」
チュウギは、フセに少し引っ掛かった。
「あっち側の人間?」
あっち側の人間とはどういう意味なのか。
「え、あっち側って勿論琉球とかの事だけど。」
「琉球…」
そう言えば、大巫女と暮らしていた時に聞いたことがある。
琉球という国があって、魂人はそこで死んだ者の魂が送られ、新たな転生までの期間を過ごすと。
「そ。今から君の身の安全を確保する為に帰ってる途中なんだけど…ほら、ニライカナイでそんな事やれば色々言われそうだし。」
「えっ!別に、俺はどうでも…」
「だーめ!!あんな所見たら無理だよ!それに、今日の予知から絶対君を手に入れるって心に決めたんだから!」
フセは、チュウギに反論の余地を作らせないように、怒涛の勢いで言った。
どうして、そこまで自分を気にしてくれているのか、チュウギには分からなかった。
改めて起き上がってみると、フセの顔を見た。
両頬に泥が付いていた。
それに、服や腕や脚も同様に汚れている。特に、服は眩しいと感じるほどの白い色だったから、余計に目立っていた。
まさか自分を助ける為にこのような姿になってしまったのか。
「ま、まさかその…泥って…」
「ん?いいのいいの!気にしないで!君を助けられたらいーの!!」
フセは満面の笑みをした。
やっぱり、彼女は太陽のように眩しい。
「そぉだ!かぁ様!私さ、行く前にミノにお風呂沸かしといてって言ってたの。私もこんな感じだから一緒に入るから、この子の服、買ってきてくれる?ね、君もいいでしょ。」
「え。」
チュウギは流石に固まった。
「年近いから服借そうと思ったけど女の子用だと可哀想だからさ、ねっ。」
「え、あ、ちょ、それは…!?」
チュウギは流石に動揺した。
身分も知らない出会ったばかりの者、しかも、子供であるが、これでもれっきとした男である奴に対して提案する事じゃない。
「んー分かったわ。でも、その子を困らせないようにね。」
チュウギの反論の余地無く、フセの母はあっさり承認した。
「じゃ、決まり!でも、まだ名前聞いてなかったね。私はフセ。よろしくね!」
キラキラした笑顔で自己紹介をした。
その笑顔に応えるように、チュウギも軽く自己紹介をした。
「…俺はチュウギ…フセと言ったな。こちらこそよろしく。」
と言い終わった途端、フセがチュウギの手を取って、ブンブン上下に振り回し、「えへへ」と嬉しそうに笑った。
腕を振り終わると、フセは真面目な顔をして、チュウギの顔をまじまじと見た。
「ねぇ、チュウギ。その髪…邪魔だと思わない?」
そう指摘されると、確かに邪魔かもしれない。
国から国へと、当てもなく彷徨う事だけをただ繰り返していた為、自分の身なりなどあまり気にしていなかった。ただ、こうして一息つけるような状態になって、改めて目茶苦茶邪魔だと思った。
前髪が顔を殆ど覆い、後髪も伸び放題。おまけに手入れなんか勿論していなかったので、ボサボサの泥が付着してカチカチだ。
「これ、切ったほうが早そうね…」
チュウギの髪を手に取って、フセがうーんと唸った。
「かぁ様、後で洗うからハサミ借りても良い?」
後ろに振り向き、母にたずねた。
「ええ。それなら別に良いわよ。但し、切った髪の毛は積んである予備の袋に入れてね。」
「分かった!」
早速フセは袋とハサミを用意して、チュウギの髪を切り始めた。チョキチョキと、弾ませるように、そして丁寧に切っていく。手付きをみた感じ、慣れているようだ。
「はい、良いわよ!」
フセによる散髪が終わった。前髪が程よく切られて、前方がよく見える。後髪も短く切られて、頭がかなり軽くなった。
「ありがとうフセ。」
「このくらいどーってことないよ!でも、チュウギあんたそうやって見ると、結構顔整っているわね…将来は色男になりそうね…」
最後らへんはフセがボソボソと独り言のように言ってて、よく聞こえなかったが、少し聞き取れた事を振り返ると、顔が整っていると言われたのは始めてかもしれない。「誰が言っているんだか。整っているのはどっちかと言えばそっちじゃないか。」と内心想った。
琉球に着いた。
「あっ、フセ様!お帰りなさいませ!」
一人の少女が、フセに向かって駆け出していった。
「ただいまーミノ。」
なるほど、この少女がミノなのか。と、船の中での会話をチュウギ思い出した。
「ああ、こんなにどろんこに…それに私びっくりしましたよ。今日はフカの扉からじゃなくて、船で行くって言い出しましたし、私には留守番を命じてくるので…!!」
すごい勢いでミノがお小言を言った。
「ごっ、ごごごめんって…!」
フセはミノの機嫌を治すように謝った。
「ふう、別に予言なので良いんですけど…私、心配してたんですからね。そこだけはご承知くださいっ!所で、その子は一体…」
ミノは、チュウギの存在に気付いた。
「チュウギだ。ミノと言ったな。」
「はい…」
「俺は…フセに助けられた。だから、そんなに責めないでくれないか?」
助けられた。それでいい。自分の事情は今は、そう簡単に打ち明けたくない。
「分かりました。でも、フセ様に助けられたなんて、一体何が…」
と、ミノが言いかけた時、フセが割って入ってきた。
「さー、ここで一旦おしまいっ!!」
と一言言うと、ミノの方に向くと、耳打ちをした。
「アイツに何があったか知らんけど、今はあんま刺激しちゃいけない気がするんだ。」
「わ、分かりましたけど、巫女のカンですかね?」
「ま、そういう事で。」
話終わったようなので、フセとミノが再びチュウギの方へ向いた。
「じゃ、行くか。」
フセがそう言うと、チュウギは内心ぎくっとした。
「ま、まさか本当に…?」
「こんな状態なら芋洗いも同然よ!行くわよ観念しなさい!」
フセはチュウギの腕をガシっと捕まえた。
「と言うわけで、これから風呂行ってくるわね。」
「フセ様、私お着替えのほう用意しておきますね。」
「んじゃ、ミノありがとね!それじゃ早速行ってくるー。」
フセはミノへ手を振った。
バシャー
頭から勢いよく湯が注がれた。
「よし、これだけ洗えれば十分落とせたでしょ。」
フセは満足そうな顔をして言った。
「ありがとう…」
「とーぜんの事をしたまでだよチュウギ!」
フセは変わらず、満足だという雰囲気で、ふんすと鼻息を上げた。
「しかし…何もここまでしなくても…」
と、チュウギはフセに言った。
フセはチュウギに対して、念入りに髪や身体を擦ってくれた。フセ自身もかなり汚れていた。
それに、かなり汚れているが、これぐらい自分でやるからいいのにと思っていた。
「何言ってんの!?そんなに汚れてたら一人でなんて大変でしょ?」
「う…」
正論を突かれてしまった。
特に、髪の毛なんてかなり固まっていたりしていたので、返す言葉が無かった。
湯船に浸かった時、再びフセが口を開いた。
「ねぇ、チュウギさ、私ンとこに来ない?」
「え?」
私の所とは。
一体何のことか分からなかったので、チュウギは間の抜けた声を出した。
「それは一体、」
と、言いかけた時、フセが切り込んで来た
「え?私の従者って事よ。」
「え、え!?」
従者。
しかもフセのとはどういう事なのか。だが、会った時のフセの身なりを思い出した。
あれは、巫女の証の襷を着けていた。
「…そうだったのか。巫女だったのか。」
「御名答。私、巫女なの。活動拠点はここ琉球とニライカナイなんだ。だから従者も琉球側とニライカナイ側で二組掛け持ちしているんだけど…」
その時、フセはチュウギから視線を逸らし、少し間を開けた。そして再度話し始めた。
「良かったらさ、ニライカナイ側の従者の一員になってくれないかな。」
優しい表情を浮かべて、チュウギを見つめた。
だが、チュウギは何故フセが従者にと、誘ってくれたのか、分からなかった。
「でも、どうして俺なんかを。」
「決まってる。…色々と放っておけないからよ。」
放っておけない。そのひと言を発した時、フセは一瞬暗い顔になった。
「…もしかして、俺の事フセは視たのか。」
それを察し、チュウギは訪ねた。
「ごめん、勝手に。」
「いや、別に良い。どうせ経緯なんて、何れ話さなければいけなかったから。」
と、チュウギが優しく諭した。
「あ、ありがとう。」
再度、二人の間に沈黙が流れた。
「でね、行き場が無いなら、せめて…だけど、私のとこにいて欲しいんだ。」
フセはチュウギの手を両手で握った。
「フセ…」
「無理にとは言わない。でも、どうかな?」
チュウギは少し考えた。
確かに、自分はフセに指摘された通り、居場所が無い。だから、そういう場所を作ってくれる、与えてくれたのはとても有難かったのだが、自分はニライカナイの出身。だから、従者としての立場は恐らく、ニライカナイ側の者となるだろう。もし、その集まりの中に入ったら、その人達に迷惑を掛けないか、危険にさらす事に繋がってしまうのではないかと、心配になってしまった。
「…フセ、それはとても有難いんだが、少し考えさせてくれ。」
チュウギは軽く下を向いて答えた。
やっぱり直ぐに返答など出来なかった。
「うん、分かった。じゃあ、この話はまた今度ね。」
フセは、チュウギの意見を聞いて、手を離した。
「取り敢えずこんな感じか…」
風呂から上がり、フセの母が買ってくれた服を着た。
「似合うじゃん、チュウギ!」
フセは、その姿を見て感激した。
チュウギは、会った時にはえんじ色の禍国の服を着ていたが、貰った服は藍色をしていた。
「そ、そうか…?」
そう言うと、フセの方を見た。
フセは、少し暗い青い色をしたワンピースのような服に、巫女の襷を纏っていた。
「フセ、その服似合っているな。」
白い服も良かったのだが、銀髪にはとても映える色合いだと思った。
「へへ、ありがと。」
少しフセがはにかんだ。
「ね?ちょっと思ったけどさ、なんか色的にお揃いじゃないかな?」
「確かに。」
言われてみると、二人共青色の服を着ていた。何だか、単なる偶然とは思えなかった。
服の色の事もだが、こうして出会った事、居場所を与えてくれようとした事。
全てがフセに会うために仕組まれたんじゃないかと思ってしまう程だった。
この日だまりのような笑顔が似合う少女のもとに。




