第42話 楽園の在処⑥
禍国に来て二ヵ月が経とうとしていた。
あの日から、チュウギは島人に「皮膚」を貼り付けていく作業をこなして行った。抵抗する者はやはり多くいた為、その度に罵詈雑言を吐かれ、暴力を振るわれそうになった事が度々あった。
そして、その島人達を見る度に、罪悪感がチュウギの心を襲った。今となっては、そんな事は考えないようにしているが、時々ふとした瞬間に思い出すことがある。
そんな事をしているからか、「いつ、自分が島人に殺されても良い。」そう想う日々だった。
しかし、日が経ってもムツキは、何故このような事をするのか教えてくれなかった。
そしてもう一つ、不可解な点があった。
ムツキの事だ。時折ムツキは、別部屋に行って、そこで一夜を過ごしたり、昼間に行って夕方には出てくる事がある。
聞いても、「今のお前に知る必要は無い。」と言われてしまった。
だが、夜に行く時にはいつものように術を掛けてくれたり、薬を渡してくれる為、ここに来た時にあまり眠れない日々が続く事が少なくなっていた。
一体、これは何なのか。たった一人の血が繋がった兄だからこそ、チュウギは取り残されたように感じて不安になる事があった。
あくる日、チュウギはムツキに呼び出された。共に試験場へ来てほしいとの事だった。
でも試験場なんて、ちょくちょく行く場所なのに、どうしてそんな所へ来てほしいと言ったのか。もしかして、術の接合が悪かったのかと思いつつ、二人は試験場へと歩いた。
「チュウギ。」
「なっ、何だ…兄貴…」
急に口を開かれて、チュウギはドキッとした。
「どうだ。慣れたか、ここの暮らしは。」
「あ、えーと。」
慣れたかと言えるのか。少し微妙だった。
「その反応はまずまずのようだな。」
ムツキはチュウギに少し笑うような言い方をした。
「う。」
何も言い返せない。
だけど、ここでチュウギは気付いた。ムツキが笑うような仕草をしたのを初めて見たからだ。
「俺も、お前の存在を知った時に驚いた。」
「兄貴も?」
「ああ。俺にとっては、隠し子同然の存在だからな。」
ムツキ曰く、チュウギの存在が知らされたのは、父の死に際だったそうだ。事の詳細は伏せられたが、『いつの日かに会った、いや、会わざるを得なかった島人との間に子が生まれているだろうから、その子を国に連れてきて欲しい』との事だった。
「チュウギの存在を知った時、どう反応すればいいか、少しだけ分からなかった。」
「兄貴…」
「あの時は弟か妹がいるって言う事が少し嬉しかったのだが、その反面育ちが全く違うから、どう接すれば…と思った。」
ムツキも、自分と同じ気持ちだったのかと思って、どこか安心した。
ムツキはいつも仏頂面で、尚且つ表情ひとつ変わらないように見える人だった。だが、恐怖心に駆られてしまった時に大丈夫だと言って安心させてくれたり、窮地を助けてくれたり、つい先程も笑った様な顔をしたり、いきなり弟がいると聞かされて驚いてしまったり。やはり兄も人間なのだと思った。
きっと兄とは上手くやっていけそうだ。
チュウギは心の中でそう感じた。
試験場に着いた。
チュウギはもう既に、この禍々しく異様な空気に慣れていた。
『そこにあるもの』と割り切ってしまえば、この空気の圧に飲まれなくて済みそうだったから、ずっとそうして来た。だからもう何とも思わない。
「兄貴、今日もあの作業をやるのか?」
チュウギはそう問いかけたが、ムツキは首を振った。
「いや、違う。今日はもうあそこをお前に解放しても良いと思っていたから、ここに来たんだ。」
解放しても良い?
一体、何のことだろうか。
チュウギは、ムツキの後をついていきながら、何のことか考えていた。
ムツキはどんどん試験場の奥へと進んでいった。チュウギも、ムツキに追いつこうと、駆け足気味に歩いた。すると、ムツキは、大きな扉の前で止まった。こんなところに扉なんてあったのか。と、チュウギは思ったのだが、ひとつある事を思い出した。
かつて、ここに初めて来た時に、「そいつらは牢にでも入れておいてくれ。」と、ムツキが言っていた事を思い出した。
なら、もしかしたらここが言っていた牢なのだろうか。
「兄貴、ここは一体?」
念のため、一応ムツキにたずねた。
「ここは牢だ。」
思った通りだ。
なら、何故俺に牢を見せようとしたのか。そう思いかけた時、ムツキが口を開いた。
「お前に、ここを託そうと思ってな。何しろここには島人が囚われている牢。だから、子供かつ島人との混血であるお前なら、ある程度島人の事も分かるし、島人の扱いにも苦労しなさそうだと思ってな。俺達への当たりが強くてどうにもならん時があるからな。」
「俺に…」
ムツキは、淡々と語ると、牢の鍵を開けた。
鍵を袋に入れ、服に入れると、チュウギの方を向いた。下を向き、不安げな表情をしていることに気付き、ムツキは軽く頭を撫でた。
「安心しろ。お前一人に全て管理をやらせる訳じゃないからな。」
「あ、兄貴…」
チュウギはこの時、心の中で『それは違う』と否定した。
一番不安なのは、自分がここを管理する事ではなく、島人と接する事だった。
島人との間に生まれたからと言っても、チュウギは、島人が禍人を否定し、軽蔑する対象、そして死に値する存在だと想っている事も、母や大巫女のように「生きていて良い」と肯定してくれる存在がいたからこそ、禍人の事を優しく想ってくれる者の気持ちもどちらも分かるからだ。
だから、どうして良いのか分からない。
牢の扉が開かれ、兄弟は足を踏み入れた。
「うっ!?」
チュウギは後退りした。
異臭が漂い、うめき声が響いていた。
島人と思われる者たちが、青紫色に変化した肌から蛇やミミズを思わせるようなうねうねとしたモノが生えていたり、虫を思わせるようなギザギザとした脚に変化していた。
中には、変化した事を受け入れられなかったのか、首を掻きむしった跡が生々しく残った死体があった。
「えっ、うぐっ…!」
胃液をその場で吐いてしまった。
一体これは何なのか。
それに、あの青紫色の肌は絶対、自分も術で貼り付けたあの皮膚だ。
「あ、兄貴ッ!これは!!」
気を取り戻し、チュウギはムツキを見た。
「見ての通りだ、島人を禍人にする為の実験だ。」
「…は?」
チュウギは一瞬、思考が停止した。
「分からないのか?言った通りだ。」
「は!?一体っ何のために!?」
ムツキに飛びかかり、ぎゅっと服をつかんだ。
「島人を禍人にして、俺達の苦しみを分からせる。その為にやってる事だ。」
チュウギはそれを聞いて、服を掴む手を緩めた。
「禍人だからといって、こいつらは俺達をずっと拒んでいただろう。まずはそれを身をもって分からせる。そして、殺されてしまった者もいるだろう。殺されてしまった時期が浅い者の魂を入れるための器となってもらう。青紫の皮膚は殺された者の元の肉体から皮膚を採取し、それを加工したものだ。」
チュウギは、その説明を聞いて動揺した。
今まで自分がやってきた事の恐ろしさと残酷さをこうして目の辺りにし、手と脚が震えそうになった。
「じゃあ…し、島人の魂はどうなる…あの者達の魂は!!一体どうなるんだ!!」
「共生させる。」
「っ!!」
共生…せめぎ合う両者の魂が共生出来るなんて思えない。混血としての生を持ったチュウギ自身だからこそ確信を付いて言える。
そう言おうと思った時に、またムツキが口を開いた。
「だが、この実験には人間の魂が二つあり、どちらかを強制的にでも配下に置き、服従させなければいけない。だから裏で何の変哲もない虫けらに皮膚を貼り付けて禍人にさせる方法を考えている。そのほうが色々と都合が良いからな。」
「兄貴…」
「取り敢えず今日は牢の掃除だ。死体もあるからな。道具はこっちに揃ってるからな。」
ムツキに促されて、チュウギも掃除道具を取りに行った。
床を雑巾で磨いていると、段々水が赤黒く変化していった。そうだ、こんなところで血が流れるなんて仕方の無い事だ。
心を殺すように、床を磨いているとふと、一人の女性が目に入った。
まだ生きようとする強い意志を持ったその眼差しを見て、チュウギは、ここの者達とは違う雰囲気を感じ取った。
別の日、また試験場に行った。
「チュウギ、この間の死体、覚えているよな。」
「あ、ああ…」
ムツキに唐突に聞かれ、少しドキッとした。あの死体か。とチュウギは少し心が重くなった。
「アレに術を掛けてみるか。」
「どういう事…」
チュウギはムツキが自分に何をさせたいのか、理解したくなかった。だが、一方で聞かなければムツキの心の内が分からない為、聞くしか無かった。
「もうあの死体の元の魂は帰ってこない。それに、かなり痛んでいるが、お前の術の練習には持ってこいと思ってな。実際、縫合気術が苦手な者達の練習に死体を持ってくるからな。」
「兄、貴…」
「チュウギ、お前の腕は初心者だからまだつなぎ目が荒いから、これで練習すれば上達出来ると思ってな。」
死体の前に来てしまった。
やはり首元がかなり赤黒く裂かれていて、それに牢にいた時、周囲が暗くて気づけなかった。この死体は日数も経っていたのか、腐っていて、見ていられない程凄惨な状態だった。
「生者の気と治癒力も使って縫合するよりずっと簡単だが、その代わり術者の力だけで治さなければいけない。行けるか?」
ぽんと肩を叩き、ムツキはチュウギにそう説明した。だが、チュウギは下を向いたまま呟いた。
「…だよ…」
「どうした?」
と、気に掛けてくれたムツキの言葉を遮るように、強い声で言った。
「何でここまでするんだよ…!」
あまりの仕打ちの酷さに、チュウギは初めてムツキに抵抗した。
「チュウギ、急に何だ。」
抵抗しても、やはりムツキは淡々と言葉を返すだけだった。
「この人は…この人はここに強制的に連れてかれて、実験の犠牲になったのに更に俺の練習台にさせる…って何考えているんだよ!」
せめて安らかに、葬ってくれないのか。
「島人だからだ。」
「なっ…」
島人だから。
ただそんな単純な理由でやらせようとしたのか。そんな単純な理由でぞんざいに扱っていたのか。
今更考えても、もう遅い気がするがチュウギは、頭が真っ白になったような気がした。
そして、チュウギはムツキの言われるがままに、術を死体に掛けた。ああ、気が遠くなる。何故、こんな事になったのだろうかと思いながらずっと死体に術を掛け続けていた。
じわじわと首の傷が塞がれていった。それに、腐っていた部分も生きていた頃を思わせるかのような綺麗な肌色になっていった。
「ふっ…」
流石に疲れた。修復の縫合気術は術者の生気のみ使って術を施す為、かなり集中力がいる。チュウギはそんな気がした。それに、擦り傷きり傷程度なら、結構綺麗に治せたと思うのだが、これはそう簡単にはいかなかった。まだつなぎ目がややぐちゃついているように見える。
「ふむ…今日はあともう一体やってみるか。まだ残っているからな。」
ムツキが、チュウギの術の出来具合を見てそう言った。何か言おうと思ったが、もうそんな気力は何処にも残っていなかったので、チュウギは黙ってムツキの言う通りに、もう一体に術を施す事にした。
捕まえ島人や虫に皮膚を貼り付け、そして牢や籠に入れて経過を待ち、時には死体に術を掛けていく日々が続いた。
もう散々だ。普通ならそう思うのだが、そんな事を考える余裕などチュウギにはどこにも無かった。最早「当たり前」「ただの日常」と感じるまでになっていた。
あれだけ島人に対する扱いがかなり乱雑で、残酷な事もいとも思わず、説明するときも「当たり前」だからという感じで接するムツキに対して嫌悪感を抱いていたのに、それが自分にも芽生えてきたと分かった。
「くそっ…!」
自分が嫌になった。
これじゃあ、兄と同じじゃないか。部屋の片隅で、チュウギはそう思い詰めながら丸くなって座っていた。
ある日。また牢の掃除に出た。今回はムツキから先に出て掃除していて欲しいと伝えられた為、ほぼ一人で行うようなかたちだった。
床を磨いたり掃いたり。いつも通りに掃除をしていたら、ふと声を掛けられた。
「…君。」
「えっ。」
そこには、女性が一人綺麗に座って佇んでいた。
初めて牢に入った時、強い意志を持った目をした女性が目に入ったことを思い出した。
日々を過ごす内に、この牢に囚われている者の事など気にしていなかったが、こうして声を掛けられた事で、「そんな人がいたな」と思い出すことが出来た。
「君、ここの国の事、どう思う?」
「えっ。」
心の内側を見透かされたようで、ドキッとした。
「私は…やっぱ正直言って嫌い。でも君はどうなの?その目、あの男…お兄さんと会話してる時、どうもこの国出身じゃないよねって感じたけど違う?」
「それは…」
「正直に言っていいわよ。」
にこっと女性は笑った。
それを見たチュウギは、少し警戒心を解き女性に打ち明けた。
「俺は…正直この国は居心地が悪い。兄がいたって言う事は別に良かったんだ。」
「良かった…けど?」
「うん、だけど生まれた環境が違うからかもしれないけど、考えている事が道を踏み外しているような感じで。正直言って何を考えているのかどうか分からなくて怖い時がある。」
喋り終えて、二人の間に多少の沈黙が訪れた。
「ふふ、そうだったのね。」
チュウギを見て、女性が明るく声を掛けた。
「なんかね、私さ弟がいたの。」
「弟!?」
まさか、その弟はムツキ達が殺したか連れ去ったのかと頭に一瞬過ったのだが、それを聞くまでも無く、女性が再び語り始めた。
「うん、弟。この間の拉致で弟を逃がそうとして私自ら捕まっちゃったから、生き別れ状態よ。」
「生き別れ…」
生き別れか。
自分は命からがら逃げてきて、運よく兄であるムツキが現れて命を救われ、出会いを果たしたのだが、この女性は全く別。自分達とは真逆だとチュウギは思った。こうして捕まっているだけでも苦しい筈なのに、弟と生き別れになってしまったなんて、本当になんてことをしてしまったのだろうと、あの時、ただムツキに連れられて傍観しているだけだったのだが、自分達の行いに対して深く反省した。
「そんな顔しないでよ。余計に放っておけなくなるじゃない。」
チュウギが沈んでいた様子を見て、女性は慌てて笑顔を取り繕った。
「なんかね、君に弟のような雰囲気を感じちゃってね。」
「雰囲気?」
「そうよ、雰囲気。今起こっている事に対して、あの子も君と同じようにね、目の前で起こったことに対して凄く不安になる子だったの。だから放っておけなかったの。」
女性は牢の鉄棒の隙間から手を伸ばすと、チュウギの手を握った。
「君は、どうしたいの?あの時私の弟は生きたいって言ってくれた。だから無理矢理にでも逃げれるようにいい場所に連れて行った。」
「お、俺は…」
戸惑うように、チュウギは口を開いた。
「チュウギ、いるか。」
丁度その時、運悪くムツキが来てしまった。
「行って。」
女性がチュウギの手を離した。
「またいつか、貴方がどうしたいのか聞かせて。それでいいの。」
また女性は笑顔を作って、チュウギに「早く行ってあげな」と助言してくれた。
「兄貴、ここにいるぞ。」
チュウギは女性の所を後にして、その場を去った。
数日後、再び牢に行くことがあったのだが、そこに女性はいなかった。
ただ一つ、彼女の脚に付けられていた足枷だけがのこっていた。
「っう…は……」
どうも、寝つきがあまり良くない。
その気持ち悪さにチュウギは目が覚めてしまった。
「う…」
起き上がって、少し下を向いた。頭がぐるぐると渦を巻いているようで、眠るなんてことは出来ない。
仕方なく、チュウギは気持ちを落ち着かせるために、水を飲みに行こうとした。
廊下を歩いていると、何処からか微かに声が聞こえた。
一体何処から…?
その声がする方へ、チュウギは自然と足を進めていた。
暫くして、チュウギは足を止めた。目の前には、ムツキが以前「決して開けるな」と告げていた部屋だった。
一体何を話しているんだろう。少しだけなら。
そう考えながら、チュウギはそっと扉に耳をつけた。
「ねえ、あの男の子さ、貴方の弟くんでいいんでしょう?」
知らない女性の声がする。
「ああ。紛れもなく俺の弟だ。」
今度はムツキの声。それに、声を聞く限りだが、どうやらこの二人しか部屋にいないようだ。
「じゃあ、ムツキ様と同じようにさせるつもりなの?」
「そのつもりだ。」
ムツキと同じように…島人を捕らえたり、外道と言われても良い実験をしたり。それをさせようというのか。
「ふぅ〜ん、じゃあ私達にやっていることも?」
私達にやっていること?
「無論当然。あいつには俺と同じ血が唯一流れている男だから。まあ、妹でも変わりなかったと思う。現に、あの方の身体は知っての通りだ。」
妹でも変わりない?それに、あの方は一体誰なのだろうか。
「そっかぁ。じゃあ…あの子さ…私にちょうだいよ。」
「何故だ。」
「だって可愛いんだもの!」
「断る。あいつはお前の遊び相手にさせるように連れてきたんじゃない。」
きっぱりとムツキが断りを入れたが、一体何の話なのか、イマイチ分からない。ムツキのやっていることをやらせようとしていることは何となく分かるのだが。
「それに、お前以外にも希望してる女はいるだろう。姫巫女一族の子を産める名誉が欲しい女は。」
姫巫女…一族!?
ムツキと俺の父は姫巫女・タマズサの血縁者だったのか!?
それに、この会話は…
「そりゃ〜欲しいけど、実際どうなのよ。ま、そんな事関係なく、私はムツキ様と遊べるのが楽しいから良いんだけど。」
「察しの通りだ。子なんていない。」
「ほうほう。じゃ、原因は何だって言うのよぅ。」
「単純に俺の出自が原因だろう。分かっているが、俺は血が濃すぎる。母親がああならば、一つや二つ、欠陥があっても可笑しくない。」
「そうなのね。じゃあ島人と交わった多分健康体な弟くんなら、そこら辺は大丈夫になりそうって事ね?」
やめてくれ、それ以上聞いたらきっと俺はどうにかなりそうだ。
「ああ、多分そうだろうな。この仕事はチュウギだけのものにさせようと考えている。それに、あいつは禍国にとっての良い手駒になるだろう。」
聞いてしまった。
そもそも聞かなければ良かった。
俺は、兄の道具じゃない。こんな事やりたい訳じゃない。それに、自分は姫巫女の血を間接的に持っていると言う事を信じられなかった。
そんな事を考えながら、水を飲もうとした事を忘れ、部屋へ戻って行った。
あの時、牢にいた女性の言葉を思い出した。
「君は、どうしたいの?」
今わかった気がした。だが、そんな事をすれば何をさせるかなんて明白だが、こうするしか無かった。
「急に呼び出してどうしたんだ。」
ここは、禍国の海が見渡せる程よい高さの崖の上。禍国全体が纏う特有の気のお陰で海が赤く光る。
更に時が経ち、あれから三ヶ月が経った。
やはり日常は変わらずに、死体をいじったり実験をしたりしていた。もうこれ以上やっていたら可笑しくなりそうだと思った。
そこの時に、禍国の事について教えてくれた時があった。
姫巫女の事だった。姫巫女がいつこのようになったのか知り、部屋の会話を聞いたあの時に話していた「手駒」の意味が分かった。
禍国は、国の民が皆総力を上げて、「姫巫女様の為」という文言で、どんな非道であっても責務を成し遂げようとしている。例えその身が壊れようとも、姫巫女主体となって他国やかつての最高神の巫女への復讐完遂の為ならば、どうなっても良いというものだった。
「兄貴、俺の事どう想っているんだ。」
チュウギは下を向いて言った。
「は?」
「聞いているっ!正直に答えろムツキ!」
チュウギは既に、ムツキの事など、何一つ信じられなくなっていた。かつて話してくれた「あの時は弟か妹がいるって言う事が少し嬉しかった」という言葉も、本心なのかどうか疑わしかった。嬉しかったのは、手駒がひとつ増えるから言った。そういう捉え方が出来た。だから単純にチュウギの事を想って言った言葉じゃないと思ってしまった。
「…手駒だ。」
ああ、やはりかと、心の中でそっと呟いた。
「島人と接点が濃密にあるからこそ、良い手駒だと思った。」
「…やっぱり、俺が島人との子で、殺されかけたからか。」
「そうだ。だからその内にある恨みを発揮させ、姫巫女様の復讐計画に強く介入出来ると思ったいる。」
絶句した。
「それに、姫巫女様の意志を継ぐ子を産ませるには最適の存在だ。」
「…子?」
「ああ。姫巫女様がもしお亡くなりになった時、その意志を継ぐおなごはいない。だから国中から希望者を集い、子を設けようとしているが、おそらく俺の出自のせいで上手くいっていない。」
「出自…?」
そう言えばあの時も、出自がどうだと言っていた。
「父親が同じなのは分かるな。」
「あ、ああ…」
それが一体、ムツキの出自とどう繋がるのか。不思議に思いながら、答えた。
「俺達の父は姫巫女様の兄君。そして、俺の母はその力と意志、そして血筋を継がせようとした姫巫女様その方だ。」
「…なっ!?」
姫巫女が、ムツキの母親!?
それに、父と兄妹であったと知り、一気に嫌悪感が走った。
固まるチュウギの周りをゆっくり歩きながら、ムツキはひとり、語り始めた。
「姫巫女様は見ての通り、幼い少女の姿をしているだろう。深い悲しみ、そして恨みを抱いたその時の姿のままだ。あの時感じたものを忘れないようにと。だから身体の成長などはほぼ無いに等しい状態となってしまったが、あの方は子を所望した。自分の力を継ぐに相応しい子を。だから血が強い子をと抱いた為、姫巫女様に協力的だった父がその相手をした。そして事を繰り返すうちに奇跡的に俺が産まれた。だが、やはりあの容態で子を産むとなったから、姫巫女様は生死を一次彷徨う状態となり、それ以降は姫巫女様自身は子を作らなかった。それに、俺自身にも欠陥があり、子を成す事が出来にくい身だ。」
「…ッ!」
何とも言えない。
それに、察しがついた。何を言いたいかすぐに分かってしまった。
「だが、弟君が島人と恋仲になったと聞き、この者を器として子を産ませようとした。禍人との子なら、島人から良くない扱いを受けられ、やがて良い恨みを持つ。そして姫巫女様に献身的に協力してくれるだろうと思った。」
もうこれ以上言わないでほしい。だが、ムツキの語りはまだ続いた。
そして、チュウギの目の前に止まり、両頬を片手で掴んで突き放すように言った。
「どちらにせよ、お前は都合が良い存在だ。お前にはゆくゆくはおなごを番わせようとした。だが妹なら姫巫女様の意志を継ぐ巫女になれたから、もっと良かったのだがな。」
バッとムツキを取り払った。
本当に、話をしようとすればするほど、ムツキは現実を突きつけてくるが、それはチュウギの想像を遥かに超え、大抵の人が理解出来ないものだと感じた。
「も、もう良い…」
「チュウギ。」
「もう良い…もう、何も言わないでくれ…」
ムツキの話を聞いて、チュウギはどっと疲れた。
「俺は…もう何も信じたくない。これ以上俺に話さないでくれ…」
やっと一言言えた。
その直後だった。
ガシッ!!
急に首を掴むと、チュウギを高く掲げて少し歩いた。歩みを止めたと思い、何となく足元を見ると、そこには海が広がっていた。
「あに…き…」
霞んだ目でムツキを見つめた。
ムツキは鋭い赤い瞳でチュウギを見つめ返した。
「何を言っている。」
「ッ…どう言う事だ…」
宙に浮いた状態で、ムツキに聞き返した。
チュウギの目を見て、ムツキははぁとひとつ溜息を零した。
「どうやら、その意志は固いようだな。」
ギリっと、首を掴む手の強さが増したような気がした。
「お前は、禍国に、そして姫巫女様に背いた。」
「っ…!!」
「お前は死んで当然。生きる価値など無い。ここにいる資格などない。」
そう吐き出すと、首から手を離し、チュウギを海の底へと落とした。
「うっ……」
チュウギは以前、襲撃の為に訪れた国の浜辺で目が覚めた。あの時、自分は死んだと思ったのだが、生きていた。
仰向けのまま、ぽつりと独り言を言った。
「一体…俺は……」
ムツキと意見が食い違ってしまった。ムツキは禍国の中でも上の位にいる存在だ。きっと、あの国にはもう居られない。考えた末、赤い瞳の術を静かに自力で解いた。
こうなるだろうと大体予想はついていたが、それでも、兄から拒絶され突き放されたのは、心に来る。
「俺も…兄がいた事、嬉しかったんだけどな……」
乾いた声で空に向かって呟いた。
何処へ行こうか。
自分が生きられそうな所ってどこなのか。検討なんてつかない。いつか、何でも良いから、死ねるその時を待つしか無いのか。そう心で想いながら浜辺を後にした。
何日経ったのだろう。
いや、日より月を数えたほうが早いかもしれない。
あれから、国々を渡り歩いていた。服はボロボロの泥まみれ。髪の毛はぐちゃぐちゃで伸び放題。
元々、禍国の服を着たまま海に投げられた為、それ以外の服など持ち合わせていなかったので捨てるに捨てられなかった。だから、禍人と決めつけられて、目を付けられて殴られたりなんて事はザラにあった。
食べるものは木の実や、捨てられていた残飯があり、なんとか飢えを凌いでいたが、そもそも「何でも良いから死ねる時を待っていた」のに「飢えを凌ぐ」事が不思議だった。こんな状態なら飢え死になんて簡単に出来ると思ったのに。死ねばいいと思っていたのに。
「ここはそなたが生きやすい国ではない」
「生きる価値など無い」
大巫女と、ムツキが言った事が頭に浮かんだ。
そうだよな。こんな中途半端な奴、生きる価値なんてどこにも無い。
人から嫌われて、煙たがられるのは当然の事だ。
頭がその言葉で覆われた瞬間、チュウギは倒れた。だが、意識を失うその直前、母の言葉を思い出した。
「愛していた人に想いは届くと。希望を忘れないで下さい。そして…生きていてください。」
「人に…愛される事なんて……」
呟いた瞬間、ぷつりと意識は途切れた。
「かぁ様!早く!!こんなに綺麗なんだよ!!」
私は森の中を駆けた。
優しい木漏れが降り注いで、森全体が美しいのに、夜の雨の粒がまだ葉や苔に残っているから、キラキラ煌めいていて余計に綺麗だった。
森の中をズンズン一人で進んでいくと、大木達が寝転がっている場所についた。
日の光がいっぱいに降り注ぎ、苔が蒸していて、なんとも幻想的だったのだが、そこにひとつの塊がいた。
「えっ、な、なにこれぇ…?」
私は恐る恐る近づいた。もし、獣だったらどうしようと考えながら近づいたのだが、どうやら獣じゃなさそうだ。
だけど、明らかに人間の形をしている。
「おわっ!?」
完全に隣に来た時、驚いて大きな声を出してしまった。
男の子だ!
しかも、私と同い年ぐらいの!
だけど、髪も肌も服もみんな汚れていて異様な状態だった。息はあるかどうか、顔辺りに自分の耳を近づけてみた。
息をする音がある。
大丈夫、まだ生きている!
「大変…!!」
私が朝見た予知はこの事だったのか。
私は泥だらけになるのを覚悟して、男の子を自分の背に何とか乗せて、走り出した。




