第33話 心の鎖
「はっ!!」
ギユウはガバっと起き上がった。
窓の外は白く、優しく輝く空で覆われていた。朝が来たようだ。
ギユウは目の前で眠り続ける庵を見た。
やはり、昨晩から変わらず、ずっとこのままの状態だ。
「起きたか。流石に一人一晩中は無理があったか…?」
声を掛けられ、ギユウは隣を見た。
テイが立っていた。話し掛けられ、椅子で座ったまま寝落ちしてしまったと気付いた。
ふと、床を見ると寝落ち寸前にドサッと音がしたのを思い出した。
あれは、本を落とした音だったのか。
「ああ…そうだ…」
自分の脇に置いてある机の上の本を横目に見て、昨晩の出来事を伝えねばと思った。
「どうした?」
「実は、こんな事があった。」
チュウギが戻って来た。
ほんの少しの奇跡を信じ、庵の為に草を探し続けているが、全く見つからないので、何か情報を得る為に一時的に戻って来ていた。
ずっと一人でそれを行っているので、何か力になればと、自ら進んで本を持ち出し、庵の事も見ながら、情報を探していた。
だが、どうやら途中で寝落ちしてしまったらしく、今に至ると言う。
落とした本が、こうして机の上に置かれているのは、テイが置いたか、誰か入って来たのだろうか。
「テイ、この本お前が拾ってくれたのか?」
「え、何を言っているんだ?私が来た時は本なんて落ちてなかったし、ずっと机にあったぞ?どうかしたのか?」
じゃあもしかしてと思い、本に手を伸ばし、それを取った。
その影から、庵の髪飾りである赤い組紐と一枚の折られた紙があった。
「これは一体…?」
何だと思い、ギユウはそれら二つを取った。
そういえば、庵はあの時から髪をずっと下ろしたままだった。
じゃあ、あの場で落とした時チュウギか信乃が拾ってくれたのかと思った。
その時、ギユウは嫌な直感を覚えた。
まさか、この紙は置き手紙であって、また城を出るから、庵に渡しそびれる前より先に、ギユウに託す形で置いたのかと。
ギユウはさっと紙を開いた。
「なっ…!?」
「どっどうした!?何か書いてあったのか?」
ギユウの驚愕っぷりに、テイも乗った。
「これを見ろ!」
ギユウが紙をテイにも見せてくれた。
ギユウの思った通り、紙は置き手紙だった。
そこには、森や山の名前が五つ程連なっており、その横には文が書いてあった。
『ここに記してある場所に行ってくる。若葉が生えていた記録があるから、もしかしたらと信じている。
話した通り、俺はもう庵の側にいてはいけない。
守ろう救おうと想うだけで、結局どんな形であれ、傷付けてしまった。だから、いっそのこと庵をこれ以上傷付けないように、この一軒が終わる見通しがついたら、俺はここから去る。別に計画から抜ける訳じゃない。ただ、遠くで援護する型で加わりたい。
庵には、あの時の約束を守れなくてすまないと伝えて欲しい。自分自身に課せた誓いを守れない奴だから。
本当に身勝手ですまない。』
手紙を読み終えたテイは言葉を詰まらせた。そして、「どういうこと?」と言うように、ギユウに目線を送った。
「テイ、分かっただろ?」
こくり。
テイはゆっくり頷いた。
本当は理解したくなかったけど。
「分かってくれたな。よかった。」
そう言い、ギユウは立ち上がり、歩き始めた。
「ど、何処へ行くんだ!!」
テイはギユウの袖を引っ張った。
「アイツを引き摺ってでも連れて帰る!」
「チュウギを…?」
「ああ。庵は…あの時の戦いでずっと…ただチュウギの事を想っていたんだ。そして共に生きて欲しいと願っていたんだ。だから、俺は庵の願いを届けなければいけない。目覚めた時、そこにアイツがいなければ、庵はきっと…」
「そうだな…了解した。行ってくれるな?ギユウ!」
「任せろ。」
うん、とギユウは頷き、部屋を出た。
バタンと扉が閉められ、部屋に庵とテイ二人が残された。
テイは、眠り続けている庵を見つめた。
「…君は幸せ者だね。これほど大切に想ってくれる人がいるんだから。」
と、言いながら、庵の髪を優しく撫でた。
「不器用だけど、やっぱりアイツは良い人だ。ずっと庵の事、大事にしてくれてるんだぞ。」
撫でながら優しい声で、庵に語り掛けるも、目を覚まさない。
チュウギの一連の事が庵に伝わらないなんて、少し複雑になった。
「でも庵、私はどう想われているかな。…だってチュウギの様に分かりやすい行動を、言葉を見たことも聞いたことも無いんだ。」
そして、ほんの少し弱音を吐いた。
「何か教えてくれないかな…ギユウ。」
ギユウとは幼少期からの仲だが、ギユウがどう感じているか、想っているかが分かりづらい。だから、自分の事もどういう風に捉えているか分からなかった。
だが、一方従者として途中加入し、同じく長く行動を共にしたチュウギは、ギユウと比べるとどのぐらい庵や仲間大切にしてるか分かり易すぎる。
自分がどう想われているなんて、考える程苦しくなったから、いつか考えるのを忘れようとしたが、無理だった。
せめていつか、この心がどういう形であれ報われる日が来ればと願うことしか出来なかった。
海の彼方、遠くの空まで美しく響く横笛の音。
青くみずみずしい色にぴったりな音色を一人レイアは奏でていた。
優しく息を吹き、軽やかに指を動かし、様々な高さの音色を生み出すその様は、絵にも描けぬ美しさだと物陰から隠れて見ていたギヌは思った。
そう思っていた時、
「ギヌ、ずっとそこにいないで出て来てよ。」
レイアに気づかれた。
「あ…バレたか。」
「そんなに大きな身体じゃ、隠れてもすぐ察知出来るのよ。」
レイアの方が一枚上手だったかもしれない。
「所で、何の用?ここに来たって事はそういう事でしょ?」
「ああ。風のうわさで、一時的にあの野郎が帰って来たらしいなぁ。」
全くやれやれあの野郎は図々しいと、言うようにギヌは飽き飽きした言い方をした。
だが、その仕草を見て、思わずレイアは吹き出してしまった。
「知ってるわ。貴方が門を通すように門兵に懇願の。」
「なっ!?」
「夜間の警備をしていた門兵が教えてくれたの。そうでしょ?」
「あ、ぐ…」
自分があの夜やった事をレイアに知られていたとは。
夜、チュウギが帰ってきた。調べたい事があるから通して欲しいと懇願したが、「いくら何でも、こんな夜遅くに。しかも調べ事というそんな用事なら昼間戻って調べ直した方がマシだから、今夜は何処か別の場所で過ごして欲しい」ち言われたが、その一連の会話を聴き、ギヌが待ったを掛けた。
「『そいつは俺らと同じく命を掛けて従者としての責務を果たしたいと思っている。その気持ちが分かるなら通せ』と。ふふっ、こんな感じだったかしら。」
ギヌの言い方を真似しながらレイアは言った。
「命を掛けて守りたい人か〜勿論お父様の事でしょう?」
「そ、それもそうですが姫様…!!」
慌てながら、ギヌはレイアの話に合わせた。
気持ちを落ち着かせ、ギヌはレイアに顔を向けた。
「そうですが、俺は…帝も勿論ですが、何よりその…」
「その?」
「姫様もです。何せ次期帝になるお方であり、姫様が生まれた時からずっと見てきたから…守っていこうと。」
「ギヌ!!」
まさかの言葉にレイアは驚いた。
帝である父親は、皆が守り支えるべき存在であるというのは城内や国の人々の言葉や行動を見て、ずっと分かっていたが、自分にもこう想っている人がいたと知って、胸の中でなにかが込み上げてきた。
「あの男の最近の行動を見て、俺が姫様に想ってる事と重なって、口ではああ言っておきながらも、同情してしまって…だから、俺も姫様の事、あの男に負けぬように支えたい。そう改めて誓わせていただきます。」
ギヌは、腰を下ろして膝を地面に突き、頭を下げた。
「ギヌ…!!」
レイアは、ギヌの気持ちを知り、少し顔が火照った。
鬱蒼とした山道を、チュウギは一人歩いていた。
崖を登ったり、木々の隙間を覗いてみたり、とにかく周囲をくまなく探し回った。
庵の為に今出来ること、そして謝罪の為に、ひたすら探し回るしかなかった。
似たような光景が延々と続いているせいか、目線が眩む。
どこを見ても、
どこを見ても、
似た木、似た葉、似た岩。
本当にこの調子で見つかるのかと焦りがこみ上げる。
庵を一刻も早く救わねばならない。その事だけで頭がいっぱいになる。だから、他の事を考える余裕など一切無かった。
「…もう少し上に登ってみるか。」
チュウギはこれ以上、こんな延々と続くを平地を探すよりマシかもしれないと思った。
でも、もしここで見つからなかったら諦めて他の候補地を探そう。
唐草のように渦を巻き、若々しい緑色の葉。そして、若葉の時に同時に作られる、目印になるようなあの紫水晶のような、小さな小さな蕾。
草木に紛れて、あるいは岩肌に根気強く生えているそんな植物。
それだけを探し続ける。
「え、チュウギが?」
「そうなんです。」
仁は、テイからの話を聞いて、義実にそのことを教えた。
「庵の為にそこまで…」
「おじさん?」
義実は、チュウギの今まで行動を振り返った。
ギヌが庵のこと、フセのことを悪く言った時に、本気で怒った。そして、洗脳されていた時の謝罪として、自ら見つかるのがほぼ奇跡的という若葉を探しに出向いた。
どれをとっても、共通するのは「庵の為に」と言う事。
義実は、つい先日までチュウギはギユウ、テイと別行動を取っていた為、二人から情報提供程度でチュウギ事を聞いていたが、本人と関わる内、自分が思っている以上に、フセ及び庵を想っていた。
ただ単に、隣人同士の関係のようなもの、深くても恋人同士未満ぐらいの深さだろうと考えていた自分が浅はかだったように思えた。
「くっそ…」
周りが見づらい。
鬱蒼と伸びた葉やツタが視界を濁す。
ここに来てもう一時間は経つだろうか。森を探し回ったが、人以前に動物の影もない場所だったから、思い切ってその先の山を登ってみる事にした。
一体、この短期間で山や森に出入りしているのだろうか。と、そんなちっぽけな事を考えながら、ギユウは足を進めた。
チュウギは一体何処に行ったのだろう。
あいつがいなくならない様に。それをまず念頭第一に置き、そしてあの時、手に触れた時に熱を感じた。もしかしなくても、これ以上動いていたら身体を壊してしまう。そうなれば元も子もない。
ともかく理由がどうであれ、チュウギを見つけて連れて帰る目的が達成出来れば良い。それから、自分がシティミィーのアマダイを探せばいい。
そう思いながら、ギユウは山道を登り始めた。
ゴツゴツとした岩肌が見えてきた。
先程いた場所にはこんなものは見られなかった。ずっと木々と草が群がっていたから、違った草木などが見られるかもしれない。そして、ゆくゆくは若葉を見つけられるという可能性を信じながら、チュウギはまた歩き始めた。
腰をかがめ、草をかき分ける。
岩影になっている所に回り込んで、後ろを確認してみる。
木々の隙間を通り過ぎる時に、根っこを見る。
だが、どれをやっても、あの特徴と一致するものは無い。
本当に奇跡的確率なんだと、少々落胆したが、まだ探していない所があった。
あの岩肌だ。
所々緑色の葉っぱが見える。もしかすれば、と思った。
ここからひとっ飛びすれば、葉が見えている、あの大きく突起した岩に行ける筈が、脚に力が入らない。
仕方なく、岩に足を掛け、着実に登ってみる。
時々、目眩が襲って来た。それに負けじと、気を持ち直しながらまた歩みを進める。
手足をしっかりした場所に置きながら、動いていった。すると、目先に唐草のような植物が見えた。
もしかしてと思い、近付いて見ると、本で見た通り、唐草のような姿をし、紫色の本当に小さな蕾をつけていた。
これだと心の中で歓喜し、手を伸ばした時。
グラッとまた目眩が襲って来た。だが、それと同時に足元の岩が崩れた。
落ちる!
そう感じた時は、既に宙に投げ出されていた。
そう言えば、庵と出会ったのはいつだったか。
…そうだ、雪というものを初めて見た日だった。
出会った時、直感的に「あの娘を守らないと」って衝動に駆られたのを思い出した。
でも、もう今は……
ごめん。
心でそう言っても、届かない。
そのまま、チュウギの意識は暗い闇の底へ落ちていった。
ドシャアアッ!!
「な!?」
何の音だ!?
地面に打ち付け、滑るような凄まじい音が木々に反響した。
その音がした方向へギユウは走った。
何だろうか。
動物?倒木?まさか禍人?それとも…
と、考えを巡らせながら走っていった。
悪い予感で無ければいいのだがと思いつつ、草木の間を駆けていく。
走っていると、自身の右側に大きな岩肌が現れた。おそらく、ここらへんからの音だろうか。と、自分の感覚を頼りにしながら進んでいった。
すると、目の前に倒れているものが見えた。でも、木ではない。
それは、人だった。土と砂塗れの状態になって、うつ伏せで倒れていた。
近付くと暗い青い色が特徴的な服、黒い髪が揺れて人だと分かった。
それに、この特徴を持つ人物は心当たりがある。
「チュウギ!!」
駆け寄り、倒れているチュウギを起こそうと、ギユウは揺さぶった。
だが、硬く目を閉ざしたままだった。
もしかして、あの岩肌から落ちたのか?と思った。一体何があったか尋ねたかったが、まだ気を失ったままであり、尚且つ手に触れたが、夜と同じくまだ熱い。それに、呼吸もかなり荒い。無茶をしたのか。取り敢えず休ませる為にも、一旦近くの木陰に移動させた。
「うっ…」
「チュウギ、気付いたか。」
木陰に移動させて十数分後。横たわったチュウギが目を覚ました。
何が起こったのか思い出そうと、周囲をちらりと見渡し、自分が今、木陰にいる事とギユウの存在に気付いた。
「あ、ギユウ…何故ここに…?」
「何故って、お前を引きずってでも連れ戻しに来たんだ。」
やや呆れた顔で、ギユウは言った。
「どうして、俺なんかを連れ戻そうと…」
「お前、分かってないな。」
「どういう事だ…?」
「庵が、お前をどう思って術を解こうとしたか、知ってるか?」
ギユウは単刀直入に、先日起こった事を言った。
「庵が…?」
そう言われても、チュウギは知らなかった。何せ洗脳術を掛けられ、周囲の言葉等、詳しい事は覚えていなかった。だが、自分が一体何をしたかは鮮明に覚えていたが。
「ああ。庵は、お前を必要としている。」
「必要と?」
ギユウの口から出た言葉を聞いて、聞き間違いでは無いのかと、一瞬思った。だって、フセであった時に救えずに、そのまま願いの通りに自らの手で、そしてまたもう一度殺そうとした者に対して言えるような言葉では無いと感じた。
「あの娘、フセだった頃からお前が背負ってきたものを感じ取ったのもあるかもしれないが、『伏見庵』という一人の人間としても、出会って旅して、共に過ごした中でチュウギに想う事があった。だから言ってた。『共に生きよう』と。」
「庵…」
ギユウの代弁を聴き、自分がどんなに庵の想いに背いた愚かな行動をしていたかを重く受け止めた。
自分がここで去って行ったら、庵がどれだけ想いながら救おうとしてくれたのか考えもせず、しかも彼女自身の願いを無駄にして、自分の浅はかな私見を押し通そうとしてた。
チュウギは、自責の念に駆られた。
結局、自分勝手に思い込んでいたのかと。
何が庵の為だ。全部、自分が傷付かないようにする為じゃないか。
「それに、庵だけじゃない。術の件もだが、あの落ち込み具合見て、皆心配していたからな。」
「…りたい。」
「チュウギ?」
「…庵に…謝りたい。この間の事も、俺がやろうとしてた事全て。あいつらにも…すまなかったって…」
チュウギは、自分の手で顔を抱え、そう言った。
「そう言うと思った。」
一安心したかのように、ギユウは口元にうっすら笑みを浮かべた。
「所で、何故倒れてた?」
「あ、それは…」
チュウギは、一連の顛末を話した。
それを聴き、ギユウはどんどん目を丸くさせた。
「見つかったって!?」
「ああ。だが、岩が崩れたのと目眩がして…」
「そうか。」
ギユウは、チュウギが落ちたと言った岩肌を見た。明らかに、何かが滑ったような痕跡がある。
しかも先日、チュウギと再会した際に、開口一番に言ったことは「眠れているのか」「顔色が悪い」だったが、計画の諸々の事情や庵を最後まで守り通せるかという自分自身への自問自答等、フセといたこれまでの時間や禍国での経験を、結構思い詰めたり、ふとした瞬間に、想起されてしまったりで、かなり追い込まれていた。だからそれに気付いたギユウは、気を少しでも楽にするように、「過去に囚われすぎているから、少しでも気持ちを庵に掛けてみたほうがいい」と助言をしてみたが、案の定予想していたとおりになってしまった。
「だから何れこうなるんじゃないかと心配してたが、本当に…とは。」
「すまない…」
「分かった。お前はここで少し休んでいろ、俺が採って来てやるから。」
「有難う…」
「場所はあの崩れている所の近くだな。」
そう言うと、ギユウは高く飛んだ。
岩に飛び乗ったギユウは、足元を気をつけながら、若葉を採った。確かにシティミィーのアマダイそのものだ。
「採ってきたぞ。」
ギユウは地上に降りると、チュウギにそれを見せた。
「それだ、有難う。…だがギユウ、こんなに迷惑を掛けて本当にすまなかった…」
「気にするな。俺とお前の仲だ。」
そう言いながら、持っていた巾着袋を取り出し、その中に若葉を入れた。
「帰るぞ。チュウギ、俺の背に乗れ。」
ギユウがそう言った。座っているチュウギに目を落とし、今の状態を見て、歩かせるより自分が背負って行ったほうが良いと判断した。
「…分かった。」
チュウギはギユウの言う通り、身を任せる事にした。




