第34話 まだ見えぬ、その先へ
山道を下っていく。
ギユウは、背負ったチュウギに負担をかけないように、なるべく揺らさないように歩く事を心掛けていた。
背中からかなりの熱を感じる。それほど体調が良くなかったのかと思いつつ、足を進めた。
「早く城へ戻って、庵もチュウギも楽にしなければ…!」
と、心の中で急かした。
庵の命は、術を使われてから、もうすぐで丸一日経つ。もしかしなくても一刻も争う事態だから、義実の説明の通りに採った若葉を使って、解術処置をしなければならない。
チュウギに関しては、今まで無茶をしながら庵を想う一心で、休むこと無く満遍なく探し回っていたのに加え、思い詰めていたものの二つが爆発し、それが身体への負担という形で現れた。こちらも早く休ませるように、城へ少しでも早く戻りたい。
テイは、目覚めない庵の側にいた。
「テイちゃん、庵ちゃんはまだ…なんですね…」
隣で座っているチレイが話し掛けてくれた。
「ああ、でも付き合ってくれて有難うチレイ。」
朝早く、チレイがこの部屋に真っ先に来てくれた。どうやら一晩中庵の様子をずっと気にしていたようだった。
頭から離れずになかなか寝付けなかったから、庵が目覚めるかどうか、ほんの少しの未来を読んでみようとした。
だが、気が紛れてそれ程上手くいかず、不安になった為、朝が来たら部屋に行ってみようと思っていたという。
正直、ずっと目覚めないまま…それも、何一つピクリと動かないの状態の庵の目が覚めることを一人で待ち続けるのには、とても辛かった。
だから誰か一人でも、一緒に見て待ち続ける方が、心に余裕が少し出来たような気がした。
「庵ちゃん、みんな…待ってるからね。」
優しくチレイが庵に話し掛け、そっと顔を撫でた。
ピクッ
「えっ。」
「どうした…?」
「庵ちゃんの目尻が少し、動いたような感じがしたのです…」
庵にチレイの言葉が聞こえたような反応をした。
庵は大丈夫だ。絶対助かる。
二人の中でそれは確信に変わった。
未だに木が途切れることなく視界に入って来る。「早く帰らないと」と、心に焦りが徐々に大きく生じてくるのが分かった。
背負っているチュウギは、もうまばたきすらしなくなった。
急に、目の前に何か黒いものが落ちて来た。
警戒して、ギユウは少し後ろへ下がった。
「いよう、昨日ぶりだね白いおにーさん!ってか、そっちの青いおにーさんは大丈夫?」
「お前は!!」
突然目の前に現れたのはアカだった。
白い青いと言うのは、ギユウとチュウギの二人の名が分からない為、服の色を見て言ったらしい。
「お前には関係ないだろう、去れ。」
本当なら「誰のせいでこんな事になっているか」と言いたかったが、そんな無駄話している暇はない。
兎に角道を開けて欲しい。こんな時に足止めをされるとは思っていなかった。
「へぇ〜そんな事言うんだ。」
アカはニヤリと笑うと、何かを袖口から素早く取り出すと同時に、ギユウに襲いかかってきた。
「っ!?」
ギユウは、それを避けた。アカの手元をよく見ると、短刀だった。袖口にそんなものを隠し持っていたのかと、驚き、目を丸くした。
だが、次々とアカはギユウに対して短刀を容赦なく振り続ける。
縦横無尽に振られる刃を、ギユウは先読みしながら避けた。
それはそのはず。ギユウはチュウギを背負っている状態なので、普段より動きが鈍くなっていた。それに、この状態は、二人同時にやられるという可能性がある為、より速く振られる刃を交わしていった。
今現在ギユウは両手を塞がれている為、アカの攻撃に対して反撃する事が出来ない。
「このままだと埒が明かない。」と、思ったギユウはアカの動きを止める為、何処かで一蹴り入れようと思ったので、俊敏に動くアカの隙を見ようと、注意した。
アカが、高く短刀を掲げた時、ギユウは「そこだ」と思い、一瞬のうちに脇腹に蹴りを入れた。
ドッ!
かなり力強く蹴った。
「うっ!?」
アカはうめき声を少し上げると、ザザザっと横に吹き飛ばされた。
草や地面を擦りながら、アカは転がっていった。ようやく大木の幹に身体が当たり、その動きを止めた。
「しめた。」
そう思い、ギユウは一歩踏み出したが、アカが投げた短刀が目の前を飛び、宙を切っていった。
ギユウはそれに気付いたが、その時にはもう目先すれすれを通った為、交わした時には体勢を崩し、後ろに転んだ。
転ぶ寸前、背負っていたチュウギを離してしまい、二人同時に地面に叩きつけられた。
「っ…!」
叩きつけられた衝撃のおかげで、思うように声が出ない。ただ、一言呻くのがやっとだった。
「はっ、ザマァないぜ!」
「うる…さ、い…!!」
ギユウはその場で出せる限りの声で叫び、何とか身体を起こした。
そして、ギユウとアカの両者は、互いにギロリと睨み合った。
ふと、ギユウの中にひとつの疑問が浮かんだ。
今までの旅路の中で、何度か禍人の連中と対峙した
「お前にひとつ聞きたい。」
「何だ、おにーさん。」
ギユウが、睨み合う異質な空間に、ひとつ投げかけた。
「お前らが、何故そこまで俺達を追う必要があるんだ。」
「と言うと?」
「少なくとも、俺達の計画の事はヤツによって筒抜けになり、邪魔をしているよな。」
「まあ、そうだね。」
そう。ヤツは、タマズサからのスパイである事を隠しながら、フセの従者として接近していた。だから、ギユウ達同様に、フセが八宝玉計画を立てた事を当然のように知っている。そこからタマズサへ横流ししたと言うのは安易に予想が付いた。
だが、ヤツやアカをはじめとして、禍人が庵や、八宝玉に選ばれた者達を襲う理由として、引っかかる部分があった。それは、フセが見た未来と大きく関わるものだ。
「フセは…こう予知した。お前ら禍人、タマズサが『フセへの見せしめとして民を皆殺しする』と見た。だが、何故フセ…いや、庵を今こうやって殺そうと狙っているんだ!」
ふうん、とアカがギユウ質問に対し、興味深そうに聞き入った。
「へえ、じゃあ教えてあげるよ。」
「何だ。」
「生きて来たら、だ。」
「…は?」
ゆっくりとアカが立ち上がり、ギユウのもとへ歩んできた。
「分かんないのかい?オイラ達の国へ、生きて来たら、見せしめに皆殺しにするんだよ。」
「じゃ、じゃあ…お前らにもまさか!」
「そう。そうやってそっちが計画練っていたんだし、しかも未来まで先読みされちゃ、こっちもこっちで練るしかないんだよ。」
一歩、また一歩と、アカは距離を縮めていく。
ギユウは、近付いてくるアカをきっとした目で見ながら警戒した。
アカは、チュウギや梓に対して洗脳術を施した。だから、もしかしたら自分もチュウギ達と同じように、敵対させられるかもしれない。それに、この場にはチュウギがいる。また洗脳されたら、性格上最悪の場合今度こそ自らの命を投げ捨ててしまうかもしれない。それに、もう同じ経験はさせたくなかった。
だから、未だに倒れたままのチュウギを隠すように、前にしゃがんだ。
「そうだよ。オイラ達の今の目的は、姫様に巫女の首を取って帰ること。対抗手段が出来たなら、もうこっちも黙ってられんしな。」
一歩一歩近づきながら、喋るアカは、いつものひょうきんそうな態度と相まって不気味に見えた。
「だが、ここで首が取れず、無事国へ着いても見せしめに皆殺しはするんだけどな。姫様そう言ってたし。それにー、こっちもこっちで計画ってモンがあるんだよ。勝手に知られちゃ困るよー。」
「お前達の…計画!?」
ギユウは、アカの口から出た言葉を繰り返した。
禍人の計画。
「民を皆殺しにする」というのはあくまで計画の一つであり、まだ序ノ口であった。
「そう。オイラ達の計画。『神降ろし』だよ。姫様を依り代として地底神を呼び出し、この世もろとも消し去る。でも、あんまり詳しい事は、オイラ達使いの者もよく知らないけど。」
「なっ…!?」
ギユウは、計画の全貌を聞き目を大きく見開いた。
この世もろとも消し去るという計画。
ニライカナイや周辺地域である秋津洲や琉球だけの問題では無い。全世界を巻き込んだ壮大な計画だった。
自分達の計画はこの計画に太刀打ち出来るのかと少しの不安がよぎった。
「ま、そう言う事だよおにーさん。」
ハッと意識を取り戻すと、アカが目の前にいた。
見下ろす赤い目は、徐々に怪しげな光を放っていった。
「これは、目を逸らさないといけない!」と、ギユウは感じたが、目を合わせた時から既にアカの目を逸らせなかった。そもそも逸らす以前に、身体が拘束されたように、少しも動かせなかった。
そして、アカの目の光が消えた途端に、ガクッと力が抜け、下を向いた。
すぐさま正面を向くと、そこにアカはいなかった。いったい何処へ行ったのかと、周囲に目を配ると、そこには疑うような光景が広がっていた。
何人、いや何十、何百と数えられない程の禍人がいた。百足や蝿、更には蜂等、虫の姿の禍人が勢揃いしている。
「なっ…!?」
ギユウは驚愕のあまりに、声にならない声を出した。
「うっ…」
「チュウギ?」
後ろで倒れたままだったチュウギが目を覚ましたようだった。
「すまん、大丈夫か?」
「ああ、ギユウのせいじゃないだろうから、平気だ。」
「…良かった。」
「所で何が…!?」
チュウギがギユウの背後に広がる光景に気が付いた。
「この数じゃ…切り抜けられるかどうか…!」
ギユウが、苦々しい顔をしながらそう言ったが、チュウギはギユウの言葉に待ったを掛けた。
「ギユウ、何を言っているんだ…?確かに数は多いが、十数体…多くて二十体超えじゃないか?」
「まさかっ!!」
ギユウはあの時、アカに洗脳されていたと分かった。
チュウギはまだ目を覚ます前だったので、それがよくわかった。
ギユウは悩んだ。
一体、どれが本物の禍人で、どれが幻か。
自分が今見ているこの量を、一気に片付ける事は不可能に近い。
本物も偽物も区別がつかない状態で戦うのは危険すぎる。
チュウギと協力すればそれ程対したことなさそうだが、今の状態で無理して戦わせるわけにはいかない。やっぱり一人でやるしかない。けど、チュウギを一旦置いておく事になるが、もし、本物の禍人が動けないチュウギに手を出すという可能性もある。
そう考える内に、頭の中が煮えるような感覚がした。
すると、チュウギが察して、ギユウに切り出した。
「ギユウ、俺も協力させてくれ。」
「だがチュウギ!今は…!」
「良いんだ。術を掛けられた時の苦しみは知っている。だから…頼む。」
ギユウは、チュウギの目を見た。強く、決して折らないような目をしていた。だから、その言葉を飲み込んだ。
「…わかった。」
そして二人は立ち上がり、ティーダの玉を取り出し、ギユウはそれを大鎌にさせ、チュウギは自身の周囲に、玉の気を張らせた。
ギユウは選ぶことなく、自分の近くにいる禍人を次々と、斬っていった。
チュウギの方を見ると、禍人が大量にいる場所を抜け、その向こう側にいた禍人を青い炎で焼き尽くしていった。だが、時々足がおぼつかない様子だった。
それを見て、ギユウは、今の状態をもどかしく思った。
一方、チュウギは、ギユウが戦っている方向を見ると、何もない場所に鎌を振っていた。そして稀に、禍人を斬りつけることに成功していたり、何もない場所を避けていた。
ギユウ視点なら、そこに禍人がギユウに向けて何かを振っているのだろうと、すぐに分かった。
思い切って、チュウギはギユウに念を飛ばしてみた。
『ギユウは、どれが本物か区別がつかないのか。』
『ああ。どれも、本当に生きている禍人に見える。』
やはり、と内心思った。
なら、ここを一気に切り抜ける方法は、自分が目となり、ギユウを手助けしなければいけないと思った。
『ギユウ、一つ頼みがある。俺を投げ飛ばして欲しい。』
『…は?』
唐突かつ大胆な作戦に、ギユウは驚きを隠せなかった。
『お前は、幻かどうかの見分けがつかないから、俺が飛んで本物の禍人を一掃しながら突破口を開く。だが…今はそれ程上手く飛べない。だから、投げ飛ばして欲しいんだ。』
『ま、待て!そこまでやって大丈夫か…?』
確かに、ただでさえ大技を使えば体力も消耗するのに、今のチュウギならより一層体力消耗するだろう。
『…大丈夫だ。それに…さっき言われた事の礼も兼ねてやりたい。』
『…分かった。一旦集まろう。』
ギユウとチュウギは、戦闘を一旦やめ、大木の前に集まった。
「チュウギ…行けそうか?」
と、ギユウがチュウギに話し掛けた。同時に、ギユウはチュウギの顔を見てみたが、顔が汗ばんでいて、息もかなり上がっている様子だった。
でも、チュウギを信じた。
「いくぞ。」
「…ああ、やってくれ。」
ギユウはチュウギを持ち上げると、そのまま助走を付けるように、ぐるりと一回転し、高くチュウギを空へ投げた。
がら空きになったギユウへ、一斉に禍人が襲いかかろうと、走って来た。
やはり、どれが幻かなんて見分けがつかない。
ぐわっと禍人の鋭い牙や爪がギユウに向かって来た。
「…オールー・フィバナ…フシヌヤーウチ!!」
空から放たれた青い炎が、流星のように幾つも降り注ぎ、禍人一体一体へ確実に当たった。
そして、ギユウはこうして立ち尽くすより、チュウギが道を開いてくれているので、それに応えようと、走り出した。
炎が当たらなかった禍人は、きっと自分の見ている幻覚だと分かる。なら、チュウギを信じて今は進み続けるしかない。ギユウはそう想った。
空から降り続く青い炎は、ギユウの前後左右へ縦横無尽に流れた。本物の禍人の魔の手も気にしつつ、ギユウは足を進めた。
炎は、ギユウの周りを取り囲む禍人を次々に打ち消した。
ギユウへ襲い掛かろうと、腕を振る寸前や、追いかけてくる者を容赦なく包んでいった。禍人の中にはたまに空からの攻撃に気付いて、飛び立つ者もいたが、大体返り討ちにされていた。
空から放たれた炎は、やがて徐々に少なくなっていった。
禍人の数も、数え切れない程から数人程度となった。中には、煙が空中に紛れるように消えていく者もいた。幻覚術が少しずつ解けていると、実感した。
走っている時、ふと気がつけば炎が止んでいた。ギユウは、ハッとして足を止めて空を見上げた。
「チュウギ!!」
チュウギが空から急降下していた。
ギユウはすかさず、空高く飛んだ。
ギユウは、急降下するチュウギを空中で受け止めた。
だが、それまでは良かった。
ギユウは地上へ降りたが、山道。しかもかなりの急勾配の場所であった為、地上へ着地すると同時に勢いよくスキーのような状態で地面を削りながら、山道を下った。
だがしかし、その勢いは止められずにいた。むしろ徐々に速度を上げていく。
流石にチュウギも抱えているから、どうやって止めようかと、頭に浮かんだその瞬間。
「はっ!?」
ギユウの足元が急に浮いたと思ったら、そのまま地面に落ちていった。
ゴロゴロとほんの少し転がって、何とか止まれた。
「っ…」
ギユウはグラグラする頭を抱えながら、身体を起こそうとした。だが、胸元に抱えているチュウギの状態がおかしい。普段のチュウギならギユウが助けたに事もヘマをした事にも気付くが、そんな事にも反応せずに、さっきから何の一言も発せずにいたので、怖い程に大人しかった。
「なあ…チュウギ?」
チュウギの状態を確認しようと、本人の顔をあげた時、ギユウは血の気が引いた。
ぐったりとしていて、何より目を固く閉ざしている。しかも額には脂汗が滲んでいた。息だって、ほぼ今にも消えてしまいそうな程、か弱いものだった。
まさか。
「おい、チュウギ!?しっかりしろ!!」
そんなに体調が良くなかったのか?あるいは力を使いすぎたのか?と思ったが、それは甘かった。
脇腹に触れていた手の感覚に、今更ながら違和感を覚えた。
ぬるりとした感触があった。
それに気付き、ギユウの心臓がドキリと嫌に高ぶった。
手を見ると、そこには赤いものが付着していた。
血だ。
もしかして、チュウギはあの時、空に向かった禍人に攻撃を喰らっていたのかと、勘づいてしまった。
幸い、この傷具合から一回こっきりだったのは良かったものの、そこそこに傷付いているのかもしれない。
「俺が…あんなことになってなければ…!」
きっとチュウギもこんな怪我を負っていなかったし、無茶させる事も無かった。
そう悔やんでいても仕方ない。とギユウは頭を切り替え、兎に角この傷も治療して貰わなければいけないと、ギユウはチュウギを抱え直し、山道に生える木々の枝々の間を飛び越えながら城へ急いだ。
「庵、チュウギ、待ってろ…」
絶対助ける。そう心に強く誓った。




