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学園編 98 「才能と努力」



 ドロリとした海の毒がユークリウスのブーツに侵入し、多大な不快感と何本もの針に同時に刺されるような痛みを与える。ユークリウス自身毒を受けたことは無かったが、体中に毒が回るのが理解できた。

 水に溶いた小麦粉に身を沈めているような動きにくさに体力を持っていかれる。その上、肌に触れた瞬間から浸食してくる毒に少しずつ意識まで持っていかれそうになっていた。

 水深が腰に到達した辺りでユークリウスも咳と同時に大量の血を吐き出す。一緒に命まで吐き出してしまいそうな激痛と不快感の中、ユークリウスはゆっくりと進んだ。毒の海の粘性が高いせいで早くは進めず滑りやすい水底に足を取られそうになりながら進み、ふと顔を上げるとユークリウスはソラの下へと到達していた。

 もうすでに意識は欠片ほどしか無くもう一歩も進む気力など無かったが、ソラが手を出していることに気付いた。最早、ユークリウスは無意識にその手を取る。すると、ユークリウスの視界は一気に晴れた。さっきまで感じていた痛みももう無く、毒が体を巡るような感覚もない。それをユークリウスはソラの能力のせいだと理解した。

「ありがとう、だいぶマシになったよ」

「……」

 ユークリウスが微笑みかけるとソラは手を結んだまま毒の海を歩き始める。それに引っ張られ、もう一歩も動けないと思っていたユークリウスも海を歩き出した。

 まるで、王都に住む子どもたちが裏路地を駆け回るように二人は毒の海を進んで行く。

 あっと言う間に、という表現が合うほどにいつの間にか二人は毒の海を渡り終えていた。

「あの毒の海を……僕たち歩いて渡ったんだね」

 あっと言う間ではあったが体力が減らないわけでは無く、二人は毒の海を越えた岸辺で休憩をしていた。

 相変わらず東の一点を見つめ休もうとしないソラを無理やり引き留めユークリウスは二人の服に着いた泥のような毒を熱湯で洗い流す。ユークリウスにとっては火傷しそうなくらいに熱い熱湯だが、ソラは身じろぎ一つせずユークリウスにされるがままとなっていた。

「ソラ、このままどこを目指すの?武人たちの京?」

 ユークリウスも半分分かっている質問をソラに投げる。ソラは目だけでユークリウスを見るとすぐに東に向き直った。

「ここからは危険だ、僕の力では一瞬と持たない。能力の使えない君でもだ。それでも行くの?」

 ユークリウスは攻撃魔法の適性が高くはない。その代わりではないが、味方の援護をするような魔法を満遍なく覚えており魔力の流れを見たりコントロールすることには長けている。そんなユークリウスをして正体が掴めない様な何かが数メートル先の木の陰にいる。それも二体、三体ではなく二十を超える数。

 恐らく、魔獣であるが海の毒が怖いのだろう。突然現れるように生える木よりもこちらには来ようとしない。

 ならいい、と二人分の毒を洗い流したユークリウスは魔獣を見ているようでさらにその先を見ているソラを無理やり引っ張ると座らせカバンから干し肉をいくつか取り出した。

「ここからはいつ休めるか分かんないから、少しでも食べておいて」

 ユークリウスがそう言うと、渋々といった感じでソラは干し肉を口に放り込んだ。

 ソラは潜んでいる魔物たちには気付いているのだろう、その上でその先の京のみを見つめている。改めてソラの強さを感じながらユークリウスはカバンから小瓶を取り出し海の毒をそこに詰めた。

「ソラ、これでたぶん僕の心配はしなくていいよ。海の毒は僕たちでなければ相当堪えるものらしいから」

 こぼれないようにふたをしっかりと閉め首にぶら下げる。それを確認するとソラは東へと歩き出した。

 太陽はまだ沈んではいない。だが、ここから先はそれも関係なくなる。

 ここから先、一番頑張らなければいけないのはユークリウスなのだ。まず第一に、海の毒を避けない者が現れればその時点で脱落は決まる。加えて、東に来ただけでこの魔物の多さである。夜は基本的に寝られないだろう。ソラが守ってくれないことは無いだろうが、それはソラにとってただの時間のロスである。わかってついてきた者としてそれは出来ない。だから、ユークリウスはここから京か寝られるほど安全な場所に着くまで不眠不休で歩き続けソラについて行かないといけないのだ。

「長くて十日、頑張れるかな」

 言外に、頑張らないとと自分を励ましながら、歩き出したソラの後ろについて行く。

 二人が森に一歩目を踏み入れた次の瞬間、顔だけで自分たちよりも大きい虎がソラによって地面にねじ伏せられていた。

 瞬く間に、襲い掛かってくる魔物たちをソラは返り討ちにしていく。とどめは刺していないようで起き上がった魔物がすぐに体勢を立て直すと再度ソラに襲い掛かっていた。


 どんどんと魔物の数は増えていきユークリウスには体力的にも能力的にもソラと魔物たちの動きが追えなくなってきた頃、魔物たちはピタリとソラを襲うのをやめた。

 ついに、森を抜けたようだ。もう三日か、四日か経っているがユークリウスにはどっちでもよかったし、わからなかった。

 三、四日も寝ないと人間意識も朦朧としてくる。足が棒になってると思えるような痛みに思わず座り込むとソラがその横に座った。

「ごめん、少しだけ休ませて」

 そう言って、ユークリウスは地面に寝転がるとすぐに意識を手放した。

 ソラは死んだように眠るユークリウスを少しの間見つめると一度東の方を見る。それから、ため息をつくように長く息を吐くとユークリウスの頭を自分の膝に乗せ瞑想を始めた。


 どれくらいたったかわからないが、チラチラと目に当たる陽の光に目覚めたユークリウスは目の前にあるソラの顔に自分が膝枕されていることをすぐに悟った。寝ているのか瞑想しているのかわからないが、ソラも目を瞑っている。もう少しこのままで居ようか、などと考えているとソラはユークリウスをどかし立ち上がった。

 もう大丈夫なのか、とでも言うようにソラはユークリウスの顔を見る。ユークリウスが頷くとソラは再度東に向かって歩き出した。

「待って」

 どこか足早に感じるソラをユークリウスは慌てて追いかける。追いつくと、不意にソラが止まりユークリウスの方を向いた。

「どうしたの?」

 平和京を出てから目を合わせてくれることなど無かったソラに目を合わせられユークリウスは首を傾げる。すると、ソラはその首にかかるものを引っ掴むと放り捨てた。

「え?」

 あまりの唐突さにユークリウスは言葉が出なかった。ソラはユークリウスが首にかけていた海の毒を捨ててしまったのだ。それで満足したのかソラはまた歩き出す。しかし、ユークリウスはそのソラを止めると真剣な表情で声を掛けた。

「待って、説明して。僕だって全部察してあげられるわけじゃないよ。特に君が得意とする天性の戦闘面の才能に関しては僕もほとんど察してあげられない。色々考えてることはあるんだろうけど、わかることだけでいいから教えて」

「……」

 ユークリウスの言葉にソラは足を止め前を見つめる。それから少ししてソラは話し始めた。

「ここから先は毒の匂いは使えない。俺の後ろにいろ」

「うん、わかった」

 ソラの言葉に素直に頷くとユークリウスはソラの横から半歩身を引き後ろに着いた。

「今みたいに何でも話してよ」

 頷くとソラはまた歩き出した。

 場所は森を抜け平原に出たため視界を遮るような高さの木は無い。しかし、少し行けばすぐに山に着くために開けた視界の半分は山というのか、崖というのか後ろか上を見ない限りは岩しか見えなかった。

 ここからの道のりはユークリウスも一切知らない。西側の文献には東側の事はほとんど書かれていないのだ。毒の海と東側がただ危険だという事実と、武人たちの京の噂のみ。もっと詳しく調べるもあったのだろうが、旅人な上に道場からあまり離れられないユークリウスにはこれ以上はわからなかった。今わかっているのは、森にいたよりも危険な魔物がいるという事のみ。地図も東側に関しては輪郭しか判明していなかった。まるで、未開拓の地に踏み込んだ気分だ。

「ユー?」

「なに?」

 唐突に名前を呼ばれたユークリウスはすぐに反応するとソラの横に飛び寄る。その様子はどこか嬉しそうだった。

「夜は寝ろ、見張るから」

「わかった。でも知ってる?人間は寝ないと危ないんだよ。ソラ、もう七日は寝てないよね。」

 ソラは頷く。

「じゃあ、今日は僕が見張りするから寝ようか」

 しかし、ソラは首を横に振った。

「寝ようか?」

 再度首を横に振る。

「寝ようか」

 ユークリウスが微笑を浮かべて顔を覗き込むとソラは今度こそ首を縦に振った。

「よし、そうと決まればキャンプを張ろう」

 そう言ってカバンを地面に降ろすとユークリウスは問答無用でたき火を作り始めた。



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