学園編 96 「空ろ」
朝起きるとまず、道場の清掃から始まる。井戸から水をくみ上げ雑巾を湿らせ道場中を駆け回る。その間に、手伝い組は修行組の朝ごはんを用意する。
朝ごはんが出来ると全員が集まって食事を摂らされる。清掃の途中でも明日に回せ、と切り上げさせられる。
朝ごはんを食べ終わると、修行組は手伝い組に片づけを声に出して頼みまた庭へと向かう。それから昼まではひたすら体力づくりとなる。
ランニング、重量挙げ、筋トレなどを自分の好きなメニューで。その際、休憩は自由にとっていいことになっている。が、休憩中は私語禁止となりソラも縁側に座るユークリウスと喋るために縁側の近くで筋トレをしたりしていた。
昼ごはんも食べ、朝と同じく手伝い組に片づけを任せると今度はゲンセー師匠監修の下、拳や木刀を振ったり色々な動きをさせられる。
そして、その間に手伝い組は晩ご飯と翌日のための買い物に行く。面白いことに、その買い物の時に欲しいものが頼めるのだが、修行組の欲しいものを手伝い組がヒント無しで当てなければいけない。外れればそれは没収される。のだが、そんな中でもユークリウスはソラの欲しいと思ったものを外すことは無かった。
それから晩ご飯を食べ、寝るまで仏像の前で瞑想する。もちろん、居眠りなんてしようものなら問答無用でぶっ飛ばされる。壁まで吹き飛んだソラを見てジーニャは震えあがっていた。
夜は、ソラの遅くても十二時には消灯となる。寝る前には自由時間もあるし朝は早起きさせられることもなく、さらに友達と一緒に修業をしているのだからそこまで辛いこともない。
だが、そんな生活を一週間。飽きが来たというのも正直あるのだろうが、拳法家や侍らしいことをほとんどやらないゲンセーにソラは内心で眉をひそめていた。
「なぁ、ユークリウス」
縁側に座りソラを見つめるユークリウスに話しかける。
「何?今日の晩ご飯はお魚の予定だよ」
その笑顔に浄化されそうになるが、ユークリウスは男である。
「晩ご飯はいいんだよ。聞いてくれ、こんな修行じゃ俺は強くなれねえ」
ソラはユークリウスに何か良い方法はねえか、と聞こうとして首を傾げるユークリウスに言葉を止めた。
「強くなってるよ、ランニングの持続時間が初日より5分と13秒伸びてる」
「え、お前数えてるの?」
「だってすることないし」
体力は付いているらしいが、それをずっと続けていてもリクには近づけない。そんなソラの考えを見抜いたユークリウスは身を乗り出すとソラの手を取った。
「ソラ、焦っちゃダメだよ」
「分かってるけどよ……」
ユークリウスがソラの手を離すとソラは数歩後ずさる。
「あー、走ってくるわ」
下を向いて一度深呼吸をするとソラは走っていった。
「行ってらっしゃい」
その日の晩ご飯の直前になってソラは道場へと帰ってきた。
皆でいろんなことを話しながら食べる晩ご飯。そんな中、何かを考えているのか一切喋らないソラを見かねたユークリウスはソラに話しかけた。
「ねえ、ソラ、今日は一緒に瞑想しない?」
「あ、おう。え、待て、なんでだ?」
心ここにあらず。聞き返すソラにユークリウスは一度ため息を吐いた。
「いいから、二人でやろう」
「あ、あぁ、わかった」
それから暗い雰囲気を察した皆はソラを気にしながらも話しかけることはせず全員が夜ご飯を食べ終わった。
「ユークリウス、頼めるか?」
「ごめん、レイ、僕とソラの分も頼める?」
「うん、いいよ~」
「ごめん」
「謝らないで~、友だちでしょ~」
レイスのその言葉に無言で頷くとソラはユークリウスを連れて仏間へと向かった。
「私たちはどうしよう?」
「ジーニャ、斬女、今日の瞑想はいい。縁側でのんびりしているといい」
「はい、先生」
「了解でござる」
察しの良いゲンセーは残りの修行組に休むように言う。二人とも元よりその予定ではあったが。
そして、仏間のソラとユークリウスは仏像を横にして向かい合ってあぐらをかいていた。
「ソラ、魔法の無詠唱は知ってる?」
「知ってる」
ソラが頷くとユークリウスは目の前に置いたろうそくに無詠唱で火を付けた。
「ソラの修行を見ながら一週間僕も頑張ったんだ。燃えやすいろうそくとか、可燃性の高いものにしか火がつけられないくらいの小さな火なんだけどね」
「それでも、すげえじゃん」
「ありがとう」
ろうそくがたった二本しか付いていないせいでソラからユークリウスの表情は読み取れない。対して、自分の横にろうそくを置いたユークリウスからはソラの顔は見えていた。
ユークリウスはソラの顔を見つめる。学園でも残念系イケメンと影で言われているその整った顔は今はユークリウスの独り占めだった。
「ソラ、まずは心を落ち着けよう」
「俺はいつだって冷静だろ」
「ううん、僕と会ってから君は一度も落ち着いていたことは無いよ」
「あ?」
癪に障ったのかソラの顔が険しくなる。ユークリウスはその顔もただ見つめていた。
「落ち着いて、強くなるんでしょ?」
「そうだ、こんなことしてる場合じゃねえんだ、本当は!」
ソラが悔しそうに拳を握り声を大きくする。ユークリウスはその手を取ると自分の手で包んだ。
「ソラ、僕は君の手伝い係なんだから何でも手伝うよ。それに、君よりも頭がいい自信だってある。いつもみたいに頼ってよ」
「……じゃあ、手っ取り早く俺を強くしてくれよ!神様みたいに!なんで俺だけチートじゃねえんだよ!」
怒りのあまりソラはユークリウスの手を振り払う。その勢いにろうそくの片方が見えなくなった。
「落ち着いて、ソラ」
「さっきからそればっかじゃねえか」
「怒らないで、落ち着いて一つ一つ考えていけばいいから」
ユークリウスは慌ててソラの手を取りなおす。痛いほどに握られたその手は包むだけでは落ち着かなかった。
「俺は兄貴の横を歩きたいだけなんだ。兄弟なんだからそれくらい許されてもいいだろ」
「僕も、君の隣を歩きたい」
「あぁ、待ってやるさ。追いつくまで待ってやるから一緒に歩こうぜ」
「……ほ、本当?」
ユークリウスは身を乗り出しそうになって抑える。ここでユークリウスまで感情的になってはソラをなだめることが出来ないからだ。
「あぁ、いくらだって待ってやる、守ってやるよ。なんで、兄貴は、待ってくれないんだ」
段々とソラの表情から怒りが消え悲しみが滲みだす。今にも泣いてしまいそうな語調でソラはユークリウスに言った。
「兄貴の横には、今誰がいるんだろうな?」
「きっとソラがいるよ」
「いねえ」
ユークリウスは優しく語り掛けるも、ソラはそれを一言で否定した。
「ごちゃごちゃするんだ、友達と、兄貴と、生徒会と、屋敷と兄貴と街と人と魔物と魔族と兄貴と魔王と……アレス」
「うん」
「助けてくれ、俺は誰なんだ?」
「ソラだよ、ソラ・アース」
「違う!いや、違わない。ソラだけど、ソラじゃない。俺は…………」
ソラは頭を抱え目を見開いてうずくまる。ユークリウスはソラが戻るのを待った。
五分ほどだろうか、考えが纏まったのかソラは立ち上がる。部屋から出ていこうとするソラの手を取るとソラは空ろな目でユークリウスを見た。
「東に向かうんだね」
「……」
「何も言わなくたってわかるよ。ついて行ってもいい?」
「……」
「分かった、勝手について行くよ」
「僕ね、君のことが好きなんだ」
優しい笑顔を浮かべるユークリウスとソラは仏間を後にした。




