学園編 95 「修行開始」
そしてソラが意を決した次の日。キリメの母が作ってくれた朝ごはんを食べると一行はキリメの師匠の道場へと出発した。
何でも道場とはいってもすでに門下生は巣立っており弟子は現在キリメ一人だけとなっているらしい。近くに別の流派の拳法家が道場を開いたことで門下生が減ってしまいそれを機に大々的に門下生を募集しなくなったのが数年前。キリメはその後に弟子になったから修行は付きっきりで大変な反面とても細かく教えてくれるという。
とても強い人で、かっこよくて、作るご飯も美味い。キリメから師匠について軽く教えてもらっているうちに道場に到着した。キリメ以外は馬には乗れず馬車で道場を訪れようものなら弟子になる前から破門されるというキリメの助言から一行はキリメの家から歩いてきていた。そこまで遠くはなかったし冒険者がいる世界の子どもたちだ、前世の子どもたちより体力もある。ほとんど見分けのつかない綺麗な道を文句ひとつ言わずに歩いてきた。
「師匠、今帰ってきたでござるよー!」
キリメが大きな声を上げながら門を体で押す。中にはとても広い庭が広がっていた。
「あれ、師匠、不在でござるかな?」
いつもは返事が返ってくるはずでござる、とキリメは先行して庭を歩いていく。それについて行こうとしたその瞬間、ソラは悪寒を感じ皆を立ち止まらせた。
次の瞬間、何か大きなものが落ちるような音と視界を奪う砂埃がキリメの姿を隠してしまった。
ソラはとっさに一歩前に出て拳を構える。しかし、すぐに晴れた砂埃の向こうにいた存在に正直に眉をひそめた。
「すまない、斬女。食後の運動をしていた」
一般的な声が低いと言われる成人男性をさらに一、二段階低くしたような声に鍛え抜かれいじめ抜かれて洗練された身体。いわゆるゴリマッチョでも細マッチョでもない。キリメを抱擁で出迎えるその男性は身長が2メートルを優に越えていた。
「2メートルと50はあるか?」
「いかにも、それほどはある」
男は少し顔を上げ答えるとソラを観察するように見始めた。
「師匠、お久しぶりでござる!」
「斬女、邪魔するな」
一段と声が低くなりソラの丹田に男の声が響く。何かに気付いたのかキリメが男にやめるように言う。しかし、ソラも男も自分から目を離すことは出来なかった。
男の目線にソラが感じたのは、野生生物、それも肉食動物同士の一瞬の隙を狙う睨み合い。目を離せば、瞬きをすれば食われるかのような不思議な感覚にいつでも動ける楽な体勢で相手の出方を待っていた。
そのまま睨み合い少しして、動かないソラから何かを感じ取ったのか、感じ取らなかったのか男は目を離すとキリメを抱き上げた。すぐにソラに背を向け家へと歩いていく。
小さくため息を吐いて後ろを見ると他の皆は腰を抜かして尻もちを着いていた。
「おい、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。体は何ともないよ」
「フィーまで」
「び、ビックリしただけだよ」
ソラは全員を立たせると肩をすくめる。それを見て、ユークリウスはとりあえず付いて行こうか、と提案した。
「何があったんだ?」
「さっきの?」
「そうだ」
「そうだね、お師匠さんからは、ソラのお兄さんに似たものを感じたよ」
ユークリウスは感じたことをソラに正直に伝える。
「兄貴に似た何か?」
何かと言われてもわからないソラは首を傾げた。
「副会長戦で見せたあの気迫に似た何か、殺気というか闘気というかそういったもの」
「なるほどな。フィー、万が一の時には……」
「無理だよ、格上にはボクの精神干渉は効きにくいんだ」
「兄貴とどっちが上だ?」
「キミは鬼と悪魔、どっちが強いと思う?」
ソラの質問に今回もフィラデルは質問で答えた。
「そんなのわかんねえよ」
「強すぎてどっちが強いかなんてわかんないって事だよ」
「回りくどいのはやめてくれ」
皆からの話であの師匠がとてつもない実力だという事だけは理解できた。
一行は靴を脱いで男の家に上がる。付いて来いとも付いて来るなとも言われていないが、自分たちの判断で付いて行くと仏像の居る間に通された。
ここ二日で十分に仏像は堪能した。起きると同時に仏像と目が合う体験なんてそうそう出来るものでは無いだろう。
男とキリメは仏像の前まで行くと正座をして手を合わせる。それを真似しようとして手を合わせたユークリウスの手をソラは降ろさせた。
「静かに待ってればいい」
得意ではない正座をしてキリメと男を少し待つ。
確かりんという名前だったか、あの音を鳴らす鐘は無いようで静かで独特な呼吸が部屋に響き渡っていた。
それからまた少しして、二人は合わせていた手を下ろすとソラ達の方へと向き直った。
「して、何をしに来た?」
相変わらず男の声は重く響く。それを真正面から受け止めるとソラは座ったまま小さく一礼をした。
「ソラといいます。大陸で斬女さんと同じ学校に通っています」
「同じく、ユークリウスです」
「フィラデル・ローズネイルです」
「レイスですぅ」
「ジーニャと言います」
各自軽い挨拶をする。すると、それに驚いたのか男が目を丸くしたように見えた。
「私の名前は元星」
「えっと、大陸語で言うと、ゲンセー師匠でござる」
「元星さん、でいいですか?」
「……ジン語が得意なのだな。頭はいいようだ」
前世の関係でジン語だけは大陸語より得意だなんてことは言えないが、ソラは褒められたことにひとまず礼を言った。
「単刀直入に、斬女さんと一緒に稽古をつけてもらいたくて来ました」
「他の者もか?」
ゲンセイはソラの後ろに座る皆を見て聞く。ソラは一度後ろを見ると首を横に振った。
「ジーニャは弓術を、それ以外は付き添いです」
「稽古をつけてもらうのに旅行気分か?」
「いえ……そういうわけでは」
痛い所を突かれた。確かに、それならジーニャ以外置いて来いよと言われても何も言い返せない。どうしようかとソラが迷っているとユークリウスが声を上げた。
「元星さん、では僕たちにも稽古をつけてください」
「何故?」
なぜをなにゆえと言う人を初めて生で見たが、その一言は通常より重く感じた。
「強くなるためです」
「それは目的である。理由を答えよ」
全く体は動いていないのに顔を目の前に突きつけられたような威圧感。体の大きさもそれを助長しているのだろう。
「友だちの、横を歩くためです」
「……理由は良かろう」
元星の言葉にユークリウスは息を吐き出す。しかし、次にかけられた言葉に息をのんだ。
「だが、お前に才はない。諦めろ」
才能の無い若人を立ち止まらせるのも大人の役目だとは言うが、判断が早くは無いだろうか。少し文句を言ってやろうかとソラが言葉を出しかけると、ユークリウスに腕を掴まれソラは言葉をとどめた。
「名はユークリウスと言ったか、お前は空の修行を補助しろ」
「て、適材適所というわけでござるよ」
キリメが慌ててフォローを入れる。しかし、ユークリウスは元から気にしていないようで少しにんまりとした笑顔で頷くとゲンセイに小さく礼をした。
それから、レイスはジーニャの手伝いにフィラデルはキリメの手伝いに任命された後ゲンセイは六人にこう言った。
「友の横を歩くのに、必ずしも武力がいるわけではない」
その言葉に、ソラはこの人も不器用なのだろうな、という感想が浮かんだ。リクも相当不器用ではあるが、ゲンセイは並みかそれ以上である。
「先ずは、昼餉の準備だ。修行組は昼まで走っていろ」
「え、さっそく始まるの?」
ジーニャの驚いた声にソラも驚きながら肩をすくめる。
「さあ、修行の開始でござるよ!」
そう言って楽しそうに走っていくキリメの後を追ってソラとジーニャも走りだした。




