学園編 93 「サムライ見習いキリメ」
ソラが部屋を出ていった音に起きたユークリウスは隣にソラがいないことを確認し上体を起こす。先ほどまでソラが寝ていた場所に触れ、温かいと呟いた。
それから次々と女子たちが起き出し、朝から騒ぐほどの元気もなく皆緑茶を淹れてのんびりと過ごす。そこへ、びしょびしょになったソラが帰ってきた。
「ソラ、どうしたの?」
慌ててユークリウスがタオルを取って渡す。それを受け取ったソラは水浴びてきた、と一言答えるとその場に座り込んだ。
「嫌な夢でも見たの?」
心配したジーニャがソラに問いかける。他の人たちもソラを囲んだ。
「大丈夫だ、気にすんな。気合入れただけだ」
「それだけなら、いいけど」
ソラからカミナとの修業時期の事を聞いている一同はソラと自分たちの常識の違いを知っている。それに、本来は水浴びなどそこまで気にされる行為ではない。お風呂が一般的になりつつあるとはいえ、まだ100%普及しているわけでは無く水浴びをする家も無いわけではないのだ。
「風邪ひいちゃうよ」
ユークリウスがソラの背中をさする。
「朝ごはん食べたら出発するぞ」
「そんなに急がなくても」
ユークリウスはソラの手に自分の手を重ねる。氷水に長時間漬け込んだように冷えた手はユークリウスの手を冷やした。
「急がないと追いつけねえ」
「……、わかった。みんな、朝ごはんを食べたらすぐに出発しよう」
「そうだね、ソラがこんなに真剣なのは闘技大会以来だよ」
ユークリウスの言葉にフィラデルも頷く。
と、いうことで一行は朝ごはんを食べるとすぐに出発することにした。宿を出ると牛車貸へと向かい牛車を借りる。
「俺が業者をやる」
問答無用でソラが手綱を握ると一同は仕方なく屋形に乗り込むと牛車は進みだした。
カタカタと車輪の鳴る音が体に響く屋形の中ですだれの隙間からソラの背中がのぞき見える。
それを見ながら、フィラデルが話し始めた。
「あの子の能力を見たことがある人はこの中にいる?」
「僕は、一度だけ」
ユークリウス以外はヒンネラぐらいしかソラの能力を見たことは無いが、ヒンネラは今回この場にはいない。
「あの子は強いし、お兄さんはもっと強い」
能力を封印された今のソラはとても弱く見えがちだが、唯一見たことのあるユークリウスは素直に頷けた。
「フィラデルさんとどっちが強いの?」
ジーニャが聞く。
「呼び捨てでも、まぁ今呼び方はどうでもいいや。そうだね、ボクはソラとは相性がよさそうに見えて実は良くなくてね。一対一でも一万回戦って勝てるかどうかだし、お兄さんが見ているだけで絶対にボクに勝ち目はないよ」
「それは、リクさんが援護をした場合?」
「いいや、いるだけだよ」
フィラデルの言葉に一同は驚愕する。自分で言っておいてフィラデル自身も戸惑っていた。フィラデルは貴族という事もあり能力者だという事を上手く隠しながらレイピアの剣術を上達させてきた。魔法が使えない分、身体能力とそこに滑り込ませるような能力の使い方を学んできたのだ。能力が無かろうとそこら辺の日銭を稼いで酒を飲んで満足しているような輩には負けない。そのフィラデルをして勝てるのは一万回に一回だというのだからソラの全盛期はそれほどすごいのだと理解できた。
「フィー、俺は兄貴を越えられると思うか?」
そこへ、業者台からソラが話に入ってきた。
「聞こえてた?」
「俺はどれだけ耳が悪いと思われてんだよ」
「そうだね、キミは今から何しに行くの?」
「修行だ」
「追いつきに行くんでしょ?やってみればわかるんじゃない?」
「一番バカンスしたがってた奴が何言ってやがる」
ソラが鼻で笑う。
「気が楽にはなったでしょ?」
「少しな」
微笑み合うソラとフィラデルを見て他の者たちも自然と笑みがこぼれていた。
「斬女、その平和京まではどれくらいかかる」
「丸三日はかかるでござるよ」
「意外に遠いな」
それからは数時間交代で業者を変わりながら野宿もして進み、四日目の夕方にしてようやく平和京の西門が見えてきた。
「あれが平和京でござるよ」
屋形から身を乗り出してキリメが指を差す。そこには、地平線に消えるほどまで左右に伸びる白い壁が築かれ何人もの侍が門を守っていた。
「そこの牛車よ、待たれぃ」
門番の一人が腕を振りソラ達の牛車を止めさせる。すると、キリメが後ろから飛び出した。
「みんなはここで待っているでござる。話を付けてくるでござるよ」
キリメが門番のところまで歩いていき数言話すと門番は頭を下げてから業者のソラに手振りで牛車を通すように伝えた。それに従ってソラは牛車を進ませる。門番とキリメの横を通り過ぎる瞬間にキリメは業者台に飛び乗った。
「このまま私の家まで案内するでござるよ」
目的の一つをこなすためにキリメの案内通りに牛車を操った。
平和京は、ソラのいた世界では歴史の授業で聞いたことがある場所にそっくりだった。中まで見に入ったことは無いが、碁盤の目のように四角形に敷地を区切った街。角ばってはいるが、道は基本的に曲がっておらず牛車を操るのは簡単だった。
西門をくぐって何回目かの角を曲がったところでキリメは牛車を止めさせた。
牛車を降り半ば強引に引かれるようにキリメの家の門を通される。入ってすぐに庭があった。ソラ以外は気付いていないが、京で庭があるという事はかなり高い身分の人物である。なんとなく場違い感を感じながらも付いて行くとキリメは嬉しそうに家の扉を開けた。
「今帰ったでござるよー!」
平屋建てで広い家の中、何かをしていれば帰宅した人の声も聞こえにくいのだろう。数秒して部屋を出てきたのか幾つかのふすまを開けたり閉めたりする音が微かに聞こえ届く。さらに、二十秒ほどして着物や羽織を着た人物が数人出てくる。
「お帰りなさい、斬女様」
「ようお帰り下さった、斬女様」
その男女だけがキリメに声を掛け他は無言で頭を下げる。その中の一人にキリメが数言話すとその人は下駄を履いて外に出ていった。
「紹介するでござる、こちらが私の母上と父上でござる」
「え?」
「お父さん?」
ソラ以外はキリメの言葉に驚く。知識としては知っていたソラだけは玄関の置物に気を取られそれをボーっと見つめていた。
「斬女様は将軍様に選ばれたから平民の出の私たちより身分が高いのよ」
キリメの母上が驚く一同に説明をしてくれる。筋肉質の父上の方はそれを頷きながら誇らしげに頷いていた。
「父上、母上、この人たちが私の友達でござる!」
「まぁ、それは良かった。斬女様に友だちが出来て母もとても嬉しく思います」
母上もそれはそれは嬉しそうに微笑む。感極まってキリメが飛び込むと母上はそれを優に受け止めた。
「斬女様、ご飯はちゃんと食べていますか?細くなったような気がします」
母親が自らの子どもに丁寧語で話す光景はソラにとっても珍しいものではあったが、母上の言葉がしっかりと子どもを心配する親のそれで一同揃って胸をなでおろしていた。
「あぁ、それで斬女、牛車はどうすんだ?」
「もう下人に頼んだから大丈夫でござるよ」
「げにん?」
ソラの質問にキリメが答え、聞き覚えの無い言葉にジーニャが聞き返す。奴隷制度の否定された大陸の子どもにはあまりいい印象は与えないと思いソラは慌ててフォローを入れた。
「召使いみたいなもんだ。家付きの執事だよ」
「キリメちゃん、すごいのね~」
確かに家付きの執事を雇うとなればかなりの金額が必要になるだろう。ソラの屋敷にも何人か住み込みの人が居たりするが、改めて考えると兄の総資産が計り知れない。
「つつましく生活できれば十分でござるよ」
キリメは困ったように笑う。それを横で父上が頷く。この人は今の所それしかしていない。
「そんな事より、今日はもう遅いからやることは明日に回して休むでござるよ」
キリメは皆を手招きして上がるように言う。
「今日の夜ご飯は腕を振るわないとですね」
優しく微笑む母上も上がるように手招きをする。西洋と東洋では手招きの向きが逆だったりするが、言いたいことはわかったようで一同は靴を脱いで廊下へと上がった。
「お客用の部屋に案内するでござるよ」
そう言われて付いて行くと少し暗めの部屋に通される。部屋はそこそこ広く、十体の仏像が置かれていた。
「ちょっと、怖いかも」
「そのうち慣れるでござるよ」
「そうだな、住めば都だ」
皮肉で言ったソラの言葉も肯定ととらえられたようでズカズカと進んで行くソラに続いて皆が部屋に入る。全員が入るとキリメが数本のろうそくに火打石で火を付けた。
「光なら言ってくれればいいのに~」
レイスが外出用の短い杖を手に取る。すると、キリメは首を横に振った。
「ここではこれが当たり前でござる。そういえば、我が極東で魔法が手品と呼ばれる所以を説明するいい機会でござるな」
そう言って、キリメはろうそくの一つを持つと部屋の中心に座った。キリメを発端にして円を描くように全員が座る。
そうして、ゆっくりとキリメが話を始めた。




