学園編 92
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その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
初めは目まぐるしく変わる地上の風景に一々歓声を上げていた一同も、海に差し掛かりほとんど変わらなくなった風景に半ば嫌気が差し高速で飛んでいるためほとんど身動きも出来ずに各々居眠りしたり相方にいたずらを仕掛けたりと好き勝手に過ごしていた。
「フィラデル殿、くすぐるのはやめるでござる」
「やめないよー。キリメちゃん反応が可愛いもん」
「ソラー、そろそろ起きないと極東に着くよ」
くすぐり合って竜から落ちそうになっているキリメとフィラデルを横目にユークリウスは自らにもたれ掛かって居眠りするソラの頬をつつく。その時、ちょうど竜が滑空体勢に入った。
極東国ジーニンには竜舎が存在しない。最西端の港町の浜辺で竜の運ぶ荷物や人を受け取ることはあっても竜は少し休んだ後すぐに元の街に帰るためにわざわざ竜舎を作っておく必要が無いのだ。そのため、今からソラ達は浜辺に降ろしてもらった後キリメの故郷まで自分たちの力で行かないといけない。
極東国ジーニンは大陸とだいたい同じ広さで東に行くほど地形や天候、魔物が劣悪なものになっていく。そんなジーニンを半分に分け西半分をジン東半分をチャルナと呼びそれぞれ別の者たちが治めている。この旅行、もとい修行のために一同はジンで使われるジン語とチャルナで使われるチャイ語をある程度習得してきた。
「もう着陸だから起きてよ」
浜辺で場所を示すために棒を振る人が見え始めてハッとしたユークリウスは慌ててソラを叩き起こす。起こされたソラは頭を振り一瞬で状況を理解するとあくびをしてからクロースの手綱を握った。
「ユークリウス、しがみついてろよ」
「うん」
ユークリウスはソラの腰に手を回す。すると、クロースはゆっくりと下降し始めた。
浜辺の上をくるくると数度回った後、ホバリングするように一気に翼で風を受け取り浜辺に降り立つ。それを確認すると、浜辺で待っていた人たちはすぐにソラたちの縄を解いた。
「あー、尻が痛え」
浜辺に降り立ったソラは腰を押さえるとゆっくりと伸びをした。
「十二時間、あっという間だったね」
続いて浜辺に降り立つ二組を見ながらユークリウスも小さく伸びをする。
「半分以上寝てたしな。もたれ掛かって悪かったな」
「ううん、ごちそう様」
「え?」
「あ、いや、何でもないよ」
曖昧にごまかしたユークリウスは目を逸らすと綺麗な口笛を吹きだした。そこへ、竜から降りた女子たちが集まってくる。ソラとユークリウスの様子を見て一同は首を傾げた。
「さて、行くか」
ソラは手を叩き合わせ一同を街の方へと向かせる。それに反応してキリメが腕を上げた。
「では、平和京に行くでござるよ!」
「ヘイワキョウ?」
聞いたことが無い名前にキリメ以外は疑問符を浮かべる。極東国は大陸とは細々と貿易をしているだけでほとんど情報が無い。この一行の中で一番博識であろうユークリウスも知らないようだった。
「ジン側の王都みたいな場所でござるよ」
キリメは平和京を雑に説明する。詰まる所、大きな街という事だろう。しかし――、
「でも、今日はもう遅いから明日出発にしようか」
盛り上がってしまっていたソラとキリメをなだめるようにユークリウスが宿屋を指差す。そこへ、提灯を持った一人の男が現れた。
「斬女様、宿の準備が出来ております」
「ありがとう、案内を頼めるでござるか?」
「は、かしこまりました」
深く礼をすると男は一同を先導するように歩き出す。キリメがその後について行くので他の者たちはそのさらに後に付き従った。
「キリメって、お偉いさんなのかな?」
「そうかも」
「聞こえているでござるよ」
気分がいいのかどこか楽しそうにキリメは振り返り後ろに歩き始める。
「お偉いさんというより、将軍様より大陸視察の命を受けた内の一人だというだけでござる」
「騎士団の一番槍、みたいなもんか?」
「あー、まぁそんな程度の認識でいいでござるよ。偉いわけでは無いとわかってもらえれば」
キリメは笑う。しかし、ソラは聞いたことのある言葉に戸惑っていた。
「将軍様って、あれか?侍大将みたいなやつ」
「侍を知っているでござるか!?」
ソラの言葉にキリメは目を輝かせてソラの手を取る。ソラが小さく肩をすくめるとキリメは嬉しそうにソラの手をブンブンと振り出した。
「私は侍になるために修業しているのでござるよ」
「刀持ってりゃ侍じゃねえのかよ?」
「そんな簡単なもんじゃないでござるよ。20年は修行が必要とされるのでござるよ」
「じゃあそんなに急がなくていいだろ」
振り回される腕を無理やり抑えてキリメを落ち着かせる。すると、今度はくるくると回りながら歩き始めた。
「おい、落ち着けって、お侍さん困ってんだろ」
テンション高いキリメを止める。すると、提灯の男は面白そうに笑った。
「拙者も刀を持ってはいますが侍ではねえですよ」
おっさんでもなれねえのか、と笑いあう三人。迷わず歩いていく三人に慌てて追いつくようにユークリウスがソラに抱きついた。
「なんでそんなに迷い無いの?真っ暗なのに」
「あー、王都はいつでもピッカピカだもんな」
ピッカピカというほどではないが、王都の街中であれば基本的にいつでも魔力灯が付いている。魔力切れでそのうち一つが切れていることはたまにあっても全てが一斉に消えることは無い。昼でさえ弱弱しく付いているほどだ。それと比べれば、今一行がいる浜辺は街から離れているため明かりは男の持つ提灯一つしか無い。
「民族的に俺らは夜目が効くのかもな。レイス、明かりの魔法は使えるか?」
「使えるよ~、でも先に行っちゃうから~」
のんびりと怒るレイス。それでも、すぐに短縮された詠唱で陣を組むと明かりを出現させた。
「おぉ、手品ですか」
「手品?」
「ジーニンでは魔法や魔術の事を全部手品と呼ぶでござる」
手品と言えばマジシャンが使うタネも仕掛けもないトリックの事を言ったりするが、魔法を手品呼ばわりするのは些か失礼すぎやしないだろうか。
「その理由も後々説明するでござるよ」
キリメは小声でソラに耳打ちする。
「では、提灯の明かりはいりませんね」
そう言って、男は提灯の炎を吹き消した。
「いやぁ、手品の光は明るいですねぇ。いつもはゆっくりと歩くんですが、今日はなんだか早く歩いてしまったような気がしますよ」
提灯の男は笑って言う。
「さて、皆様こちらが本日のお宿でございます」
門が開かれ一行はそれをくぐる。中にはソラの良く知る和風な平屋建ての建物が鎮座していた。
「すごい」
「綺麗」
多くない炎の光で照らされた宿が優しく一行を出迎える。綺麗な石畳を渡り扉を開けると従業員たちが深い礼で待っていた。
「いらっしゃいませ」
一つ呼吸を開け揃う挨拶。さすがはジンだなとソラは頷いた。
「本日は貸し切りとなっております。ごゆるりとおくつろぎください」
「では、拙者はこれで失礼します」
同じように頭を下げると提灯の男は帰っていった。
「大部屋の松の間にお荷物を置かれましたら、梅の間にてお食事をご用意させていただきます」
「温泉は?」
ソラの後ろから身を乗り出してフィラデルが女将に聞く。すると、女将は優しく頷いた。
「もちろん、貸し切りになっていますのでいつでも。ですが、男女ののれんはお間違え無きよう」
綺麗な笑顔の裏に隠れる何かにソラ達は身を震わせた。
「それでは、美薬、お客様を松の間までご案内差し上げて」
「はい」
美薬と呼ばれた女性が頷くと他の従業員はすぐに持ち場へと戻っていった。
「新人の美薬と申します。松の間にご案内いたします。靴を脱いで下駄箱に入れてください」
山吹色の着物を着た美薬はもう一度深く頭を下げるとソラ達を連れて歩く。庭の見える廊下を少し行くと松の間と書かれた部屋へと通された。
「お荷物を置きましたら声を掛けてください。梅の間へ案内いたします」
「了解、ありがとう」
少し緊張しているのか俯き気味な美薬に礼を言って部屋に入る。中には座卓と座椅子が置かれ綺麗な畳が敷かれていた。
「ベッドはないのね」
ジーニャが部屋を見回して言う。ソラは押入れのふすまを開けると布団について説明した。
「床にシーツを敷いて寝るなんて寝袋ででも寝てるみたいだね」
「文化の違いは理解しづらいか」
和も洋も中も全部が入り混じった国にいたソラだからどちらも理解できることなのかもしれない。
「私も最初はベッドでは寝にくかったでござるよ」
キリメも苦笑いを浮かべる。それほど寝心地は悪かったのだろう。
「皆床で寝るのなら、チャンスなのでは?」
「フィラデル、お前は縛り上げて何も出来なくしよう」
「そんなぁ。久しぶりに会ったらフィーって呼んでくれなくなっただけに飽き足らず、据え膳さえ食べなくなったなんて。放置プレイにもほどがあるよ」
ソラの記憶を覗いているフィラデルは時々ソラにしかわからない言葉で喋る。それも大抵変な言葉だから対応に困るのだ。
「俺は妻帯者だ。変なことはしない」
「この国は第二、第三夫人が居ても責められはしないよ。英雄は色を好むとも言うでしょ?」
「俺が気にするんだ。ただでさえ、第二夫人まで勝手に決めちまって不機嫌だっていうのに一か月会わない間に第三夫人が出来たなんて言ってみろ。俺も夫人も殺されるぞ」
この話は一度目ではない気がするが、別にフィラデルの事は嫌いだから断っているわけでは無い。ソラとしては自分から愛したカミナはまだしも結婚を邪魔してしまったヒンネラや闘技大会で一度会っただけのフィラデルには自分などよりもっと良い相手を見つけて欲しいと思っているのだ。政略結婚的な意味でも、すでに婚約してしまったという事もありヒンネラには言ったことはないが。
「もっともらしい言い訳だね。わかってるよ、キミの思ってることは知ってるからね。でも、キミって本当に鈍感なんだね」
こういう時、精神感応者相手だと思っていることが筒抜けな反面、とてもやりやすい。
「ご飯食べに行かないの~?」
少し雰囲気の悪くなりかけた部屋にレイスののんびり声が響く。それにハッとしたソラは一先ずその話を終わらせると全員に荷物を置かせて美薬に声を掛けた。
そこまで気にしていないのか、温泉が楽しみなのかすぐに切り替えたフィラデルは梅の間で真っ先に座るとソラに横に座るように言う。仕方なくそこに座るとその横にはユークリウスが座った。
「友だちとしてなら今まで通り接してくれるんでしょ?」
その既成事実さえなければいいという姿勢はソラとして嫌いじゃない。
「友だちの意味わかってんだろうな?」
「分かってるよ」
少し妖しげなフィラデルの笑顔を見なかったことにして。
「その代わりまたフィーって呼んでよね。ジーニャもキリメもレイもフィーって呼んでよ」
友達の友達は友達ではない。そんな言葉があるような無いような、距離の測りづらかったフィラデルからの申し出に女子たちは笑顔で頷いた。
「もちろん、ユークリウス君もね」
「そうだね、フィラデルさん」
何かを内に秘めたような微笑みを浮かべるとユークリウスはソラの湯呑にお茶を注いだ。
それから特に何かあるわけでもなく、美味しい料理を堪能し温かい湯に浸かり寝慣れているわけでもないが寝にくくもない敷布団に潜り一日を終わらせる。
次の日、夜に不本意に起こされるような事もなかったソラは何故だか一番に目が覚めた。
若干薄いこの世界の寝間着では気持ち肌寒い気がする朝はソラにとっていつもと変わらない落ち着いた朝だった。隣で寝息を立てるユークリウスの頬に触れる。すると、ユークリウスは寝相でその手を掴んだ。寝ている間、人間は体温が上がる。おそらく今のソラも平熱より少し温かいことだろう。だが、ソラからユークリウスの温度を感じることは出来なかった。
ある意味呪いだな。そんなことを呟いたか、呟いていないかソラは一度ユークリウスの手を握り返すとそれを放し部屋を出ていった。




