学園編 89
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その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
理由のわからないリクと副会長の決闘の次の休日。ソラは寮の共同リビングでユークリウスが買ってきたストレノス新聞を読んでいた。
この学園の名前がストレノス学園だという事を再認識させられる名前をしているが、すでにソラ達の意識はそこには無かった。
「力を失った元英雄、兄の気迫に怖気づいたか、か」
「さすがにこれはひどいよ、先生に言おうか?」
授業中寝てばっかりで教師陣からの信頼の厚くないソラではなく自分が行こうかと言うユークリウスも言外にひどいことを言っている気もするが、ソラは首を横に振った。
「女子であの幻覚を見て無いから言えるんだって言いたくもあるけどよ。見出しは事実しか書いてない」
「でも、兄の気迫に怖気づいたソラ・アースは我ら新聞部に捨て台詞を吐き尻尾を撒いて逃げたって、事実と違う」
「それくらいの偏向報道は放っておきゃいい」
でも……、と食い下がろうとするユークリウスをソラは横に座らせると一つ質問をした。
「ユークリウスもあの幻覚は見たんだよな?」
「僕が女の子に見えるの?」
「じゃあ見たって前提で話すな。俺、学園入る一か月くらい前まであの兄貴と一緒に戦ってたんだ」
「うん」
頷くユークリウスを見てソラはソファの背もたれに深く埋もれる。
「だから、今から五か月くらい前だけどな、その時には俺も兄貴に力封印されてなくてそこら辺の冒険者よりは強かったんだわ」
「封印されたの?」
「言ってなかったか、俺は能力者で兄貴にそれを封印されて今はそこら辺のチャンバラ男子より弱いかもしれない」
「そうなんだ、それで?」
「で、なんだ、能力があった時の俺でも多分今の兄貴には勝てない。いや、互角でさえないし、なんなら30秒も持たないだろうな」
「僕からすれば副会長さえ抜剣の威圧で負けた相手と打ち合えるだけですごいと思うよ」
「俺の能力、あれに勝たないと返してもらえないんだけど、卒業までに取り返せると思うか?」
「え……あっ、うん、ソラなら大丈夫だよ」
じゃあその間は一体何なんだと聞きたいところだが、ソラは曖昧に笑ってどちらも誤魔化した。
「手っ取り早くとは言わねえが、上手く力が付けられるところはねえかな?どんなに苦しくてもいい」
「ソラはお兄さんに勝ちたい?」
「たぶん、兄貴は俺に越えさせるためにあそこにいる。あー、そう聞いたわけでもねえし根拠もねえんだけどよ、あの目が、いつも眠そうにしてたあの目が、今は楽しそうに俺を見るんだ。まあ、目が合うのなんて一瞬なんだけどな」
「僕も男だけど、男って随分面倒くさい生き物だよね」
ユークリウスはおかしそうに笑う。それにつられてソラも笑顔を浮かべていた。
「お前も誰かに勝ちたいと思ったことは無いのかよ?」
「僕はな……いや、あるかも」
「だろ?」
「そうだね」
何だか可笑しくて笑いあうソラとユークリウス。そこへ、一人の少女が飛び込んできた。
「ソラ殿、ユークリウス殿、おはようでござる」
「おはよう」
「おはよう」
二人に唐突に話しかけてきたキリメは上半身はさらしで胸だけを隠し下は袴を履くという戦闘前の江戸時代の女性のような格好になっていた。。
「なんか上着着ろよ」
「あぁ、失礼。今作業をしていたもので」
そう言ってキリメは手に持った黒い石をソラに見せた。
「なんだこれ?」
「砥石でござるよ」
「刀の手入れでもしてるのか?」
「そうでござるよ」
「そんなに使ったのか?まさか人斬りか?」
「御所望とあらば介錯人となるでござるよ」
少し黒い微笑を浮かべるキリメにソラは慌てて話題を次へと促した。
「砥石なんかかけてどうするんだ?」
「八月の休みに極東に帰る故、こちらでは一人だとつい怠けてしまい修練が足りていないので知人に稽古をつけてもらおうかと」
夏休みと翻訳されない辺りこの世界らしいが、極東の稽古とは。自分も受けられないだろうか。
「なあ、それ俺も一緒に稽古つけてもらうとか出来ねえかな?」
何となく聞いてみる。しかし、キリメはその言葉にパッと顔を綻ばせるとブンブンと何度も頷いた。
「是非、一緒に稽古をつけてもらうでござるよ」
と、いうことでソラの極東行きが決まったわけだが、なんだか顔色の優れないユークリウスの顔を覗き込む。
「どうした?」
「極東って、遠いでしょ?休みが終わるまで会えないんだよね?」
「ギリギリまで稽古つけてもらいたいしな」
「そうだよね、いや、何でもないよ」
「何だ、付いて来るか?」
「え!いいの!あっ、いやでも、旅費が高そうだからやっぱやめとくよ」
笑ったり寂しそうにしたり忙しい男である。
「お前は兎かよ。いいよ、金なら払ってやる。いっそのことキリメの分も払ってやるから鉄道とか使って最速で着こうぜ」
「ほんとうにいいの?」
「男に二言はねえよ」
「わかった、両親に言ってくるね」
すぐにユークリウスは実に嬉しそうな顔で共同リビングを飛び出していった。
それから五日ほど後、鉄道駅に集まったのは七人だった。
「おい、なんでお前たちがいるんだ」
「ボクは極東の温泉ってところに行ってみたかったから」
「そんなとこには行かねえ」
「ユーちゃんから聞いて行きたくなっちゃって~」
「ユークリウス?」
「ごめん、つい」
「許す」
「私はレイスから聞いて」
「まぁ、必然的にそうなるよな。で、ガンドの奴は?」
「家の手伝いがあるから無理って」
ガンドレッドは家がパン屋で休みの間はいくら金は全部ソラが受け持つとしても行くことは難しいという事だった。ヒンネラに関してもソラとユークリウスの会話を聞いていたようで念のためと確認したら長い休みは仕事が多くて遊んでいる暇はないそうだ。ソラとて遊びに行くわけではないが、あえて口論する必要は無いだろうとその場では頷いておいた。
「じゃあしょうがねえ。マリーさん、いきなり人数変更とか出来るかな?」
「その分の代金さえあればそうそう断られることは無いと思います、確認してきますね」
マリーはソラに恭しく一礼をすると駅舎の方へと歩いていく。アース家のメイドとしてソラお坊ちゃんのご友人の皆様に失礼無きようにせねば、なんてことを言っていたが、そんなに気にしなくていいしなんならいつも通りで十分仕事のできる人である。むしろ、ソラが何も出来な過ぎて列車の手配なんかもすべてやってもらっている。
それからしばらくしてマリーがソラ達の元へと戻ってきた。
「大丈夫だそうです。部屋は七号室、これがその鍵になります」
そう言ってマリーは胸の間から鍵を取り出すとソラに手渡した。
「マリーさん、そういうのはやめてくれ」
「小物を運ぶのに適しているんです」
いつも通りでいいとは言ったが、訂正したい気分である。
「カミナは?」
「お仕事で見送りが出来ないから私の分の行ってらっしゃいのキスを頼まれていますが、どういたしますか?」
「気持ちだけ受け取っておくよ。俺の分のキスはあいつにしといてやってくれ」
「へぇ、ソラってばカミナさんのことあいつなんて呼んでるんだ」
一か月はネタにされそうなつぶやきが聞こえた気がしたが、ソラはそれを無視して荷物を持ち上げた。
「さぁ、出発だ」
「坊ちゃま、列車は明後日の早朝にノーレント共和国の都に着きます。そこで一泊する予定があるのを忘れないでくださいね」
「いや、忘れてねえけど、なんで早朝に着くのに一泊すんの?」
「大人になればわかります」
そう言って、マリーはソラの頭を撫でた。
「あー、そうか?」
「マリーさん、ありがとう」
理由のわからないソラを置いて女子たちはわかっているようでマリーに感謝していた。
「明々後日の朝、予約してある飛竜便に行ってください。人数が増えたことは連絡しておきます」
「うん、頼むよ」
「はい。では、皆さま良い旅を。行ってらっしゃいませ」
マリーは一歩下がってスカートの裾を少し持ち上げると深く礼をした。
「行ってきます」
「行ってきますマリーさん」
「行ってきまーす」
口々にマリーに声を掛けると一行は列車へと乗り込んだ。
「七号室七号室、っと。ここが七で合ってるよな?」
「合ってるよ」
ユークリウスに優しく背中を押され部屋に入る。中は広くまるで宿屋の一室のようになっていた。ソラの知っている鉄道とは少し違う。何がって、図体がまず違う。世紀末を駆けてきたのかと言いたくなるほどに大きな車体に途中に挟まれる武装号車。それらを全て一番前の魔導エンジンで引っ張っているらしい。何でもその魔導エンジン、暴発すれば都市一つ吹き飛ばせるとか。嫌な予感しかしないが、今回は大丈夫だろう。そう願いたい。ただ、この列車には一号武装車から三号武装車までの三号車分の武装車がある。賊もこんな武装列車は狙いたくないだろう。そのためにかなり高い金を払っているのだから、何事もなくノーレント共和国まで着きたい。
「ソラ、ボーっとしてどうしたの?」
立ち尽くすソラにユークリウスが顔を覗き込む。我に返ったソラは何でもないと返すと最後に残った簡易ベッドのわきに荷物を置いた。
「宿屋みたい」
ジーニャが楽しそうに笑う。ソラは宿屋みたいだと言ったことにも何だか友達との遠出は楽しくてつい顔が綻んでしまいそうになることにも同感で、しかし至って真面目そうに頷いた。
「ソラ殿も楽しいでござるか?拙者も何だか楽しいでござるよ」
腰に下げた刀を外しながら微笑むキリメ。どうやら、努めていても顔が笑ってしまっていたらしい。
「とりあえず、今日と明日は列車の、それも同室だ。俺は妻帯者だしユークリウスは大丈夫そうだろ?我慢してくれよ」
笑ってしまう顔をごまかすために自分から話をする。箸が転げるだけでも笑ってしまいそうな心持の中ジーニャが一言驚いた。
「ソラ、妻帯者なんて難しい言葉知ってたんだ」
「それぐらい知ってらあ」
「ボクはソラに襲われるなら一向に構わないんだけどね」
「俺が構うわ。こんなみんながいる場所で」
「え、家ならいいの?」
フィラデルが唐突に真顔になって聞き返す。ソラは呆れてわざとらしくため息を返した。
それから各々好きに列車旅を満喫し始めた。途中、一度フィラデルの出身地であるピティリスに泊まり、陽が沈み切ったあたりで列車はウォーライズ王国とケネッペン教皇国の国境を越えた。事前に荷物検査や身元整理をされているためこの列車は国境で止まることは無い。もっと安くて大勢の人を運ぶ武装号車の少ない列車は国境駅に止まって荷物検査をやらなければいけない。それすらも面倒くさくソラは全てを先に済ませてある。もちろん、全てメイドのマリー任せではあるが。
「あっ、そういや、みんな窓閉めてくれ」
「なんで?」
「教皇国ではあまり他国の人は顔を見せない方が良いみたいでな。マリーさんからの助言だ」
「過激派に喧嘩売られても気分悪いしね」
そうやって、事前に対策をしていたにも関わらず、その日の真夜中、一同は爆発音によって起こされた。




