学園編 88
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その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
「起きなさい、ソラ!」
「あと五分だけ」
いつものように友達に叩き起こされるソラ。今日はヒンネラだった。
「もうお昼前よ!いい加減起きなさい!」
そして、いつも通り起きないソラをヒンネラは布団を思い切り剥ぐことで起こしにかかった。
「いいから着替えて外集合!あんたのお兄さんが戦うみたいよ」
「は?」
その言葉にソラは飛び起きた。
「12時ちょうどからスぺクロコロシアムで。利用許可を取ったのが会長だったから珍しくて情報が回ってきたの」
「貴族の情報網は広いな」
「学園で身分は関係ないわよ」
ヒンネラは少しばつが悪そうに顔を逸らした。
ヒンネラの言ったスぺクロコロシアムとは、この学校に二つある運動場代わりのコロシアムの内の片方、基本的にスペード寮とクローバー寮の生徒が使えるようになっている方の事を指す。見た目は典型的なコロシアムで円形のフィールドにその周りを囲むように観客席がある。基本的に出入りは自由でフィールドも予約が入ってなければ勝手に使っていいのだが、今回のように予約を取るという事はほとんどの場合誰にも邪魔されずに何かをしたい場合だ。
そして、会長というのは生徒会長のことでソラも幾度か見かけたことはあるが、実力至上主義なこの学園でトップに君臨している。見目麗しく成績もいいが、人当たりが良いというか人懐こい性格のようでどうしても強そうには見えない。だが、スぺクロコロシアムの利用許可を取ったのは会長で片方はリクが出るという情報が来ているのだ。
ユケに出会ってからまだ日は浅いがソラとて修練に力を入れ始めたのだ。自分の目の前にある壁を再確認するのも悪くないだろう。
そう思いながら、ソラはいつもの連中を誘ってスぺクロコロシアムに急いだ。
スぺクロコロシアムに着くと、そこはすでにお祭り騒ぎだった。さっきまでソラが知らなかったのが不思議なくらいに生徒たちで溢れている。それも学年を問わず。
「特製ジュースはいかがですかー?」
「森鶏揚げはどうですかー?美味しいですよー」
観客席裏の通路では生徒による売店まで開かれている始末。
「あっ、いた!ソラ・アース君!」
お祭り騒ぎの中でもひときわ目立つ大声で自分の名前が呼ばれて一瞬ビクつきながらも振り返ると数人の生徒が走り寄ってきた。
「ちょっとだけお話を伺ってもよろしいですか?」
何か棒状の物を顔の前に、正確には口の前に置かれ話しかけられる。誰かは知らないながらも腕を見ると、新聞部と書かれた腕章が付けられていた。
「あっ、これは失礼しました。私たち新聞部です。新聞部部長ヴィクトリアと申します。以後お見知り置きを」
「あ、はぁ」
貴族家ではないことはわかったが、これはこれで面倒くさそうだ。
「さっそくなんですけど、今回の決闘について弟として何か情報などありませんか?」
「いや、俺は別に」
「では、お兄さんのリク・アースさんに関して教えてください。何でもいいんです、誕生日、身長、体重……」
「ちょっと、ソラが困ってるでしょ」
突然のことに戸惑うソラの前にヒンネラが出る。
「ヒンネラ・ロイヴィスタッハさんですね。あなたとソラさんの関係に関してもぜひお聞きしたいです!寮ではいつもとても仲良くしておられるとか」
「えっ、いや、わたくしは、えっと、その……」
ついには素の口調が戻ってしまいヒンネラはジーニャに助けを求めて後ろに下がってしまった。再度、ソラはヴィクトリアと目が合う。
「それでは、お兄さんがAで自分が落ちこぼれの2な事についてはどうお考えですか?」
少し煽るように聞くヴィクトリア。ソラは少しムッとした表情をして言い返そうとしたところで――
「すいません、試合がもうすぐ始まってしまいますのでもう行きますね」
いきり立ちかけるソラをなだめるように横から出てきたユークリウスがその手を取り歩き出した。
「おい、どうした?」
ソラが声を掛けるもどんどん進んで行くユークリウス。
少し歩いて見知った者しかいなくなったところでやっとユークリウスは立ち止まった。
「ヴィクトリアさんには、新聞部には喧嘩を売らない方が良い」
「あー、そうだな、あることないこと書かれても嫌だしな」
「分かってくれてよかった」
「ところで、なんで地味に恋人繋ぎなんだ?」
「へっ!?ごめん」
ユークリウスは慌てて手を離すと縮こまった。
「いや、別にそんなに気にすんなよ?俺にそういう趣味は無いからよ」
「え、あ、うん、そうだよね。さ、行こうか」
何かに気付いたようにハッとするとユークリウスはソラを先導するように観客席へと向かった。
「ここでござるよー」
観客席に入ってきたソラとユークリウスにキリメが手を振って場所を示す。そこへ急ぐと空いた席に腰を下ろした。
「新聞部の奴ら、悔しそうだったぜ」
ガンドレッドは愉快そうに笑う。後ろで見てただけの奴はそりゃ楽しいだろうな。嫌味ではないが。
「ユークリウスも、いきなり歩いていっちゃうからびっくりしたよ」
ジーニャは少し困ったような表情を浮かべた。
「俺が怒って言い返そうとしていたのは確かだしな。ありがとな」
「う、うん、どういたしまして」
ユークリウスとは最初と比べてずいぶんと仲良くなったと思う。職場体験も一緒に行ったわけだし、もう四か月も同じ学校に通って頻繁にお昼ご飯を食べる仲なのだから仲良くなるのも当たり前かもしれないが。
「おい、出てきたぞ」
誰だかのその言葉に近くにいた生徒たちはいっせいにお喋りをやめフィールドを見る。それに気づいたさらに周りの生徒が静かになっていき、瞬く間にコロシアムは静かになった。
そんなコロシアムのフィールドに数人の人が入ってくる。情報通り、一人はリクでその横には会長も付いていた。しかし、その後ろには情報になかった三人目が付いてきていた。副会長だ。カミナと同じレイピア使いで肩までの銀髪の女子生徒である。
ソラとしてはどちらにしろ見たいのは相手の実力ではなく兄の実力だからどちらでもいいのだが。
次第に、静かだったコロシアムがザワザワとし始め生徒たちの憶測が飛び交う。中には二対一で戦うのではないかという予想も飛び交っていた。
「今日は賭けは開かれてねえんだな」
「どういうことだ?」
ガンドレッドのつぶやきにソラは聞き返す。
「コロシアムで試合とか決闘が開かれるとな、賭けないかって客の間を練り歩く奴が時々いるんだが、今回は会長と副会長だもんな。どっちにしろリクさんには勝ち目はねえよ」
「お前、本当に四か月だよな?留年とかじゃないよな?」
「この学園に留年はねえだろ」
学園に来て四か月とは思えないほどに学園の裏の事情を知っているガンドレッドにも驚きだったが、ソラとしては聞き逃せない言葉にガンドレッドの方を見た。
「兄貴が負けるって?ねえな」
「お?じゃあ賭けるか?」
「あぁ、俺が冒険者ギルドに預けてある金全部だ。金貨で数万は下らねえよ」
「おい、待てよ。金貨で数万って、金剛貨何枚分だよ?」
金貨は百枚で白金貨一枚に、白金貨は百枚で金剛貨一枚に相当する。日本円で表すと金剛貨一枚で一億円くらいの価値がある。ソラは半分ほどは自分が稼いだ金ではないが、数億の貯金があるという事になる。冒険者上がりの貴族としても、小規模貴族は腰を抜かすほどの金がある。それを今の所使う予定はないが、もらえるものは貰っていおけばいい。腐っても家族から貰ったものなのだから。
「俺はやっぱ、降りるわ」
金額にビビったガンドレッドが勝負を降りたところで唐突に一行の前に巨大な虎が現れ皆同じく武器に手を伸ばしかけた。では、なぜ剣を抜かなかったか。それが幻覚だったからである。観客席に座る全員にそれが見えたようで全員が席を立ったり剣を抜いたりしている。
何事かとフィールドを覗くとリクと対峙した副会長がレイピアを抜き放ったところだった。
武器を抜くだけで幻覚さえ見せる実力者。もしかしたら、兄貴が負けるかもしれない。
ソラがそう思った次の瞬間、ソラの首は斬り落とされていた。
「うっ、あがはっ、はぁはぁ、はぁぁ」
ソラは自分の首を触って安堵する。周りでは悲鳴を上げる生徒さえいた。
「おい、なんだ今の?」
ガンドレッドが首元を押さえて苦し気にソラに聞く。ソラはただ当たり前を答えた。
「あれが俺の兄貴だ」
リクが抜いたのは新品ではあるようだが、練習用の木剣。それで見せた幻覚は人間に嘔吐さえさせているようで観客席は阿鼻叫喚という表現が一番よく似合う状況となっていた。
観客席は本来、というより今もそうであるはずだが、魔法や魔力を通さない。単純な衝撃もある程度を吸収し観客にはダメージは行かないようになっている。が、今のは気迫や殺気に近いもので障壁に阻まれることはほとんどない。選手が周りに配慮していたら別ではあるのだろうが。
そして、リクの出した殺気に近いものを最も近くで受けた副会長は、その場で嘔吐をした後に頭を抱えて叫び出した。リクは、すでに剣から手を離している。すぐにフラフラの医療班が副会長を搬送していったが、その間も副会長は苦しそうに叫び続けていた。
「ねえ、何が起きたの?」
やがて誰も居なくなったフィールドを見つめるソラにジーニャが話しかける。その質問にソラはすぐに振り向いた。
「今の、見えなかったのか?」
「何が?」
「死を感じなかったのか?」
「虎にはびっくりしたけど、それほどじゃないでしょ?」
ジーニャの言葉にソラは言葉が出なくなる。じゃあ他の人は、とヒンネラの方を向くとヒンネラは首を傾げた。
「何よ?そんなに虎が怖かったの?」
「虎さんは嫌いなの~?」
ヒンネラもレイスも死の幻覚は見ていないようだった。
「まさか、男だけに限定して殺気を向けたのかよ?」
周りをよく見ると、確かに女子生徒は何も起きていなかったようで瀕死の男子を女子が介抱していた。
「とりあえず、帰って休もう」
「そうしよう」
ソラ達は女子に心配されながらも観客席を後にした。
しかし、通路に出たところで聞いたことのある声に呼び止められる。嫌々ながら振り返ると案の定新聞部のヴィクトリア立っていた。
「さっきは何が起きたのか教えてもらえますか?」
少し責めるような口調で。情報は開示されるのが当たり前だとでも思っているのか。
「無事だったそこら辺の男子に聞けよ。よりリアルにわかるぜ」
そう言葉を残すと、ソラ達は寮へと戻っていった。




