学園編 85
“”(引用符、クォーテーションマーク)に囲まれた技名や固有名詞が出てきます。
その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
王都を遠く離れ南の国境付近。馬車に詰められた一行は話すことなくただボーっと時間が過ぎるのを待っていた。
しかし、その中に沈黙が苦手な者が一人。少女はついに爆発すると横の少年に話しかけた。
「ボクの名前はフィラデル。キミは?」
「え?あ、俺ですか、ランピートです。よろしくお願いします」
「うん、よろしく~」
人懐っこい笑顔で笑うランピートにフィラデルは手を差し出す。しかし、ランピートは申し訳なさそうに首を横に振った。
「やめておいた方が良いですよ。フィラデルさんは王の兄貴みたいに体固くないでしょう?」
その一言でフィラデルはランピートが能力者なのを理解した。
「お兄さん、王の兄貴って呼ばれてるんだ」
能力者にとって、能力者は珍しいものではない。そんな事より、フィラデルはリクの呼ばれ方が気になり御者台に座るリクに飛び掛かった。
「勝手に呼んでいるだけだ」
「何で王かは知らないけど、大層な名前だね」
満足したのかフィラデルは元のように座りなおすと今度は最後の四人目に話しかけた。
「えっと、キミは?」
「極東国ジーニン出身のミネカツでござる」
「極東の言葉、勉強しておいてよかったよ」
全部は聞き取れずにフィラデルは苦笑いを浮かべる。
「とりあえず、よろしく」
「よろしくでござる」
今度はミネカツが差し出した手を取り握手を交わした。
「さて、さて」
自己紹介も終わったところで、フィラデルを含めた三人は御者台のリクの方へと向き直った。
「どこに行くか教えてもらえるかな、お兄さん?」
「南だ」
「もうすぐ南の国境だよ!」
フィラデルから見れば、リクは異様なまでに無口だ。フィラデルが少しおしゃべり好きなのもあるだろうし、人は半年あれば一人称さえ変えることが出来るのだから闘技大会のときと少しばかり様子が、雰囲気が変わっていようと不思議ではないが、前よりもさらに無口が加速、もとい悪化したように感じられた。ただ、リクどころか、最愛のソラとも数か月あっていなかったフィラデルが違和感を感じることはいたって普通なのかもしれない。
「まぁ、国外ってことなんだろうけど」
「拙者も行先は聞いていないでござるな」
「俺も聞いてないですね」
口々に言葉を発する。面倒くさくなったリクはため息を一つ吐くと話し出した。
「魔族領を越え南に向かう」
「まさか、ムスプルヘルムですか!?」
ガタっと音を立てるかのようにランピートは立ち上がった。
ムスプルヘルムとは、大陸の南に大きく広がる魔族領を越えた先にあるドワーフの国。灼熱地獄を思わせるほどの天候が他種族を拒絶する。それが、書物に載っている一般的なムスプルヘルムの様子。人間では適応できない温度に加えてわからず屋のドワーフに合わず一部の貴族がリゾートとして利用する程度でしかなく、情報が極端に少ないのだ。
「リゾート!?バカンス?」
嬉しそうにフィラデルは跳ねる。バカンスに行くわけがない。
「さらに南だ」
「え?極南なんだからその南は無いでしょ?」
それほどバカンスにしたいのかフィラデルは正気を疑うかのような顔で首を引いた。
「ある無人島に用がある」
「なんでー、仕事でリゾートでバカンス出来ると思ったのにー」
よほど期待したのかフィラデルは四肢を投げ出してランピートの膝を枕にするとふて寝を始めた。
「はぁ……二日か三日ほど、時間がある。その間に楽しんでおけ。仕事は私一人でやれる。無人島には遅れるな」
「やったー!バカンスだー!ランピート、知ってる?ドワーフが作る水着って高いけど可愛いんだよ。ランピートは極南国にいる間はボクの荷物持ちね」
「うっそーん」
バカンスが楽しめるとわかったフィラデルはさっそくはしゃぎ始めた。
「嘘なわけあるか、ボクの水着を選ばせてあげるよ、これは未来の夫のソラにもさせてないんだから、感謝してね」
「んな、無茶苦茶な。王の兄貴ー、俺にも自由時間をくださいよー」
助け船を求めるようにランピートはリクに話しかける。リクはその様子を御者台から一瞥するとすぐに視線を前に戻して答えた。
「お前は女を一人、見知らぬ地に放るのか?」
「うっ、そう言われると反論できねえ」
「じゃ、観念してボクに付き合うんだね」
楽しそうに笑うフィラデルにランピートは降参して空を仰いだ。
「雷爵殿、拙者は拙者の仕事を――」
「分かっている」
それから、一行は何事もなく魔族領を抜け大陸の最南端に着くと、木造船を作り極南国に向けて舵を切った。
風の魔法を利用した帆船丸一日ほど航海をして、やっと一行は極南国にたどり着いた。
「あー、疲れた」
船を止めるとフィラデルが真っ先に飛び降りて伸びをした。
「あねさんは寝てただけでしょうが」
フィラデルに膝枕にされたり風魔法要員として駆り出されたり、色々な仕事を駆けまわっていたランピートは心底疲れたように船から降りると同じく伸びをした。
石畳がウォーライズ王国の王都よりも整備されているのかと思うほどにしっかりとした道があるが、碁盤の目のように角ばった道はどこか威圧感を感じさせる。
灼熱地獄を思わせる暑さは事前情報から薄着で来ていた一行には少し蒸し暑い程度であった。さらに、ミネカツに至っては、
「ジーニンの夏のようでござるな」
ジーニンもこのような暑さだと言ってのけた。
「極東にもリゾートがあるの?」
「そちらの言葉で言うリゾートに近いものならあるでござるよ」
「お兄さん、仕事でそっちに行く予定は?」
「無い」
「そっかー、じゃあソラに連れて行ってもらお」
素っ気ないリクの返しも意に介さずフィラデルはランピートの手を取ると街中に向かって歩き出した。
「二日後の朝八時、同じ船だ」
歩いていくフィラデルの背中にリクが声を掛ける。対して、フィラデルは振り返らず受け取っていた懐中時計をくるくると回すことでそれに答えた。
そして、ニブルヘルム北港街の街中にてフィラデルとランピートはショッピングに繰り出すことにした。
王都とは違い火成岩を建造材として使っているらしいニブルヘルムの家屋たちは王都ロンダレスよりも色に富んでいる。そんな中をリゾート地とはいえ、人間族のいることが珍しいドワーフたちに見つめられながら歩くランピートは気まずさで押しつぶされそうだった。
「あねさん、ちょっと急ぎません?」
遠慮気味にランピートは平気そうに歩くフィラデルに声を掛ける。
「急いでどうするの?店を出たらまたこの視線の嵐だよ。早く慣れなよ」
フィラデルは事も無げに言うが、目立たずに生きてきたランピートには少しばかりきついものがあった。
「わかったよ、次洋服店見つけたらそこに入ろう」
「あ、ありがとうございます」
そうして、とりあえず入った店は案の定ドワーフの女性が経営する店だった。
「いらっしゃい、あら?」
店に入ってきた二人に気付いたドワーフの女性はパッと顔を輝かせる。
「カップルさん?今日は何をお探しで?」
外国の客が訪れたのが嬉しかったのか駆け寄ると二人に話しかけた。
「カップルじゃないよー」
フィラデルは笑う。すると、ドワーフの女性は首を傾げて的外れなことを口走った。
「じゃあ、愛人?」
「そっか、ソラからすればこの状況って不倫になるのかも!?」
「なるわけ無いでしょう、ふざけないでください」
呆れたランピートはため息を一つ吐くとフィラデルに買い物を進めるように促した。
「お姉さん、これ試着してみていい?」
「どうぞ、こちらでどうぞ」
「ありがとう、ランピート、少し待っててね」
数着の水着や洋服を手に持ったフィラデルはランピートに手を振ると試着室へと入っていった。一人店内に残されるランピート。店内を見回すも、美的センスの低いランピートにはどれもどうでもよく暇つぶし感覚で試着室前で待つドワーフの女性に話しかけた。
「この店はあなた一人で経営しているんですか?」
日銭を稼ぐために接客業を多くやっていたランピートは知らない人との会話は得意だった。
「えぇ、そうよ。全部私が手作業で作っているの」
「この数を手作業で」
店内には魔動機でも使わないと容易には作れないほどの量の洋服で溢れている。
「ドワーフはみんな手先が器用なのよ」
「その噂は聞いたことはありますが」
それにしても結構な数である。
「それにこの街の北端にはリゾートがあるでしょ?こんな日常的な服は売れないのよ」
たしかに極南国のリゾートに訪れるのは貴族などの富裕層ばかりである。今試着室で服を選んでいるであろうフィラデルも貴族家の子女である。視線に強かったのも頷ける。
「ねぇ、ランピート、入ってきて。どっちがいいかな?」
「カップルじゃないんですから自分で決めてくださいよ」
文句を言いながらもランピートは試着室のカーテンを少し開け中に入る。他に客はいなかったが、自然とそうしていた。
「どっちがいいかな?」
中に入ると黄緑色のビキニを着たフィラデルが両手に水着を持ち鏡を見て悩んでいた。とっさにランピートは目を隠す。その様子にフィラデルはくすくすと笑った。
「ねぇ、見ないと決められないでしょ」
「全部似合いそうですよ、とかじゃダメですかね?」
「せめて見てから言ってよ」
「もう見ましたから。俺はパレオタイプが好きですから、良ければそれにしてもらえると嬉しいです。と、とりあえず出てますね」
言うが早いかランピートは慌てて試着室を出た。
「昔の夫を思い出すわ」
ドワーフの女性は笑うが、ランピートは勘弁してほしかった。
「貴方たちは、バカンスに来たの?」
「いえ、俺たちは――」
「そうです、数人でバカンスに来たんです」
話そうとしたランピートを遮ってフィラデルが声を上げた。
「え、えぇ、四人で来てまして。海沿いのホテルに泊まる予定です」
フィラデルの行動に察したランピートは失言に気付き言葉を訂正する。ドワーフの女性は一瞬首を傾げたが、あまり気にならなかったのかすぐに次の話題に入った。
「水着を買うってことは海に行くの?熱症に気を付けてね」
いつの間にか親しい友人のような話し方になっているドワーフの女性はとても優しい人なのだろう。
「熱症とは?」
「日焼けのこと。あとでオイル塗ってね」
「おおぅ、まじか」
「本気」
カーテンの向こう側でニヤリと微笑んでいる顔が、一日程度しか付き合っていないランピートにもわかるようだった。




