学園編 83
気付くと、真っ白な部屋の中でフィラデルに膝枕をされていた。入り口も窓も無い不思議な空間。しかしソラには一つだけ心当たりがあった。
「フィー、これはお前の仕業か?」
「だったら良かったんだけどね」
自嘲気味に笑うとフィラデルはソラの手を握った。
「大丈夫だよ、ボクが守るから」
「それを男の俺より先に言うのはズルくないか?」
ソラが心配すんなよ、と笑いかけるとどこか儚い笑顔を浮かべて立ち上がった。ソラの手を握ったまま。
「おい、大丈夫だって」
「手を離さないで」
ソラが手を引こうとするとフィラデルは手にさらに力を入れ放すまいとした。
「……どうした?」
バカなソラも察しだけはいい。フィラデルの様子に何か理由があるのだろうと察しその理由を問いかけた。しかし、フィラデルは首を横に振り話さない。しょうがなしに立ち上がるとこちらからも力強く握り返した。
仮にここを部屋と呼ぶとして。二人は背中合わせになり部屋を見回す。もはや広ささえわからない白色が表示されただけの空間。三次元が泣いて逃げていったらしい。
と、そこへフィラデルからなぜか謝罪の言葉が上がった。
「ごめんね、キミを巻き込んじゃった」
「何言ってるんだ?」
「あいつは能力者だから。もう少しボクが対処できていれば良かったんだけど」
「そんなこと言ったらあいつが狙ってたのは俺だろ?俺こそ巻き込んで悪かったな」
「未来の妻に巻き込むも何もないんじゃない?」
フィラデルはいたずらっぽく笑う。そんなことが出来るなら大丈夫だろう。そろそろ手を握っていなくてもいいかと離そうとするとフィラデルはさらに強く手を握った。
「懺悔の時間は終わったかね?」
白い部屋に男の声が響く。しかし、姿は見えなかった。
「そろそろ始めようか。謎解きゲームだ」
「随分と偉そうだな」
「ここで私に抗える者もそういないからな」
自分の作った空間では無敵というやつか。何もない虚空を睨むとソラは深く息を吐いた。
「真実を見つけよ、そして課題に対する答を用意せよ」
「それが出来れば出してもらえるんだな?」
「もちろんだとも、ルールは守る」
こちらは一つとしてルールを教えてもらった覚えはないが、それさえも真実に含まれるのかもしれない。
「前々回の挑戦者は150時間ほどで脱出に成功した。楽しみにしている」
そう言い残すと、男は気配ごと消え失せた。
「さて、謎解きは得意じゃないんだがな」
「それでもここにはボクたちしかいないんだから、頑張らないと」
「そうだな……じゃ、とりあえず座るか?」
ソラが提案するとフィラデルはその場に座った。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「ソラ、考えてる?」
考えるフィラデルの顔をただ眺めていただけのソラにフィラデルは怪訝な顔をする。何も考えていなかったソラは微妙な表情を浮かべて肩をすくめるしかなかった。
「でも、考えるったって何を考えればいいんだ?」
説明書もチュートリアルも無いゲームなどよほど簡単な作りのゲームでもない限り攻略は難しい。それに男は謎解きゲームだと言った。
「謎解きゲームだって言ってたよな?」
「うん、そうだね」
「まず、どこに謎があるんだ?」
「ボクもそう思ってあいつの言ってたことを思い出していたんだ。名前はユケ、遊戯と人の間に生まれてさらなる遊を求めてさまよい歩く」
「フィーが慌ててたやつだろ?何か意味があるのか?」
ソラがフィラデルに問う。すると、何を言ってるんだ、とでも言いたげな顔でソラを見た。
「お兄さんから……そっか、能力は封印されているんだっけ?」
「能力の話なのか?」
ソラはさらに聞く。頷きが返ってきた。
「真名開示、稀にいる例外を抜いて能力者が能力を最大出力で使える呪文みたいなものだよ」
言い終わると、深くため息を吐いた。
「兄貴はそんなこと教えてくれなかったな」
「取り返したら教えてくれたんじゃない?」
リクが情報をくれなかったのは思うところもなくはないが、今はとりあえずこの白い空間から抜け出すのが先だろう。
ユケというあまり男らしくない名前に、人と遊戯の間に生まれたという発言。まるで深淵をはめ込んだような頭部。魔法だと言われてしまうと何も言い返せないが、そこらへんに手掛かりがあるのかもしれない。
「フィー、考えてるか?」
少し疲れた顔を見せるフィラデルに、お返しだとばかりに軽口をたたく。しかし、返事は返ってはこなかった。
不思議に思いソラはフィラデルの顔を覗き込む。それでも反応はない。ソラは空いた方の手でフィラデルの汗を拭い取った。
「ひゃっ、え、なに?」
予想以上の反応にソラも肩をビクつかせる。そこでようやく自分の顔が覗き込まれていたのが分かったのか、フィラデルは再度溜息を吐いて両手で覆うようにソラの手を握った。
「どうした?」
「何でもないよ、でも急ぎたい」
「……トイレか?」
呆れた顔が返ってくるだろうと改めて軽口をたたく。
「それでいいよ」
フィラデルは何かを焦っている。口調からしてトイレでないことは察するが、一人で抱え込もうとしているらしい。ソラの周りにはこういう人物が多い。その最たる人物は兄のリクなわけだが、ソラからすれば何かできるかもしれないのだから頼って欲しかった。
「なに焦ってんだ?」
「焦ってないよ」
少々無理やりな笑顔が返ってくる。
「じゃあいい、謎解きをするぞ」
少し乱暴に手を引く。すると、フィラデルは力なくソラにしなだれかかった。
「おい、大丈夫なのかよ?」
「大丈夫、続けて」
フィラデルの様子には思うところしかなかったが、ソラは話を続けた。
「あいつは人と遊戯の間に生まれたって言ってたな?」
「うん」
「フィーが見たかは知らねえけど、あいつは顔が無かった。顔というより、頭か」
「なるほど」
フィラデルは相づちを打つことしかしない。そんなフィラデルを抱き寄せると今度はお前の番だ、と促した。
しかし――
「ごめんね、ボクは答えにはたどり着けなかったよ。さらなる遊を求めてさまよい歩く、遊牧民の事かとも思ったけど遊牧民が求めているのは水と食料と草だ。遊戯とは関係ない。だから、ストレートに新しい遊びを考えてみたんだけど、ノイズがうるさくて集中できなくて。ごめんね、後は頼んでいいかな?」
フィラデルはソラの手を離す。そして、力の抜けたそれは地面へと滑り落ちた。




