学園編 82
63話から始まる学園編以降は“”(引用符、クォーテーションマーク)に囲まれた技名や固有名詞が出てきます。
その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
鉄道貴族の件から数日だか数十日だかが経ち、封印されているはずの能力を使った反動でソラはいつも通り自室で惰眠を貪っていた。
「ソラー、起きなよ~」
その声にソラの脳は半分だけ覚醒する。
「あと一時間だけ」
睡眠中に蹴り飛ばした毛布を手繰り寄せるとソラは再度眠りに付こうとする。すると、ソラはお腹に重みを感じた。
「早く起きないとイタズラしちゃうよ~」
この語尾の伸ばし方はレイスだろうか、しかしらしくないな。そう思いながら目を開けたソラは唖然としてしまった。
「久しぶり、ソラ」
「久しぶりなのはいいが、学生寮に関しては関係者以外は立ち入り禁止のはずだろ?」
ソラは疑問を呈する。対してフィラデルは何もおかしいところは無いよ、と返した。
「わざわざキミを追いかけてきたのに、メイドさんには受験勉強中だからって断られちゃうんだもん。まったく、酷いもんだよね」
腕を組んでプンプンと怒りを示すフィラデル。白い男子用制服が嫌に似合う。闘技大会以来だが、ソラとしてはあまり会いたくない相手だった。
「おやぁ、朝だからかな?」
「は?何のことだよ?」
「何でもないよ~」
くすくすと笑うとフィラデルはピョンっと飛び起きてベッドを降りる。そして、再度二度寝しようとするソラを引っ張り起こすとソラの苦手なあの笑顔を浮かべた。
「受験中だったのは謝るよ、俺もいきなりで慌ててたんだ」
「うんうん」
「えーっと、後は、何か謝らなきゃいけないことあるか?」
心掛かりの無いようなありすぎるようなソラは肩をすくめる。それを見てフィラデルは小さくため息を吐いた。
「何で二か月もボクに会いに来てくれなかったのさ!ボク、毎日寮で待ってたのに」
「そりゃあ、律儀なこって」
「他人事!」
実際、闘技大会でぶっ飛ばしただけの他人ではあるのだが、それを言ってしまっては馬車で引きずりまわされそうでソラは黙っていることにした。
「確かに、あー、女の子を二か月も待たせるなんて、酷いことしたな」
「やっとわかった?」
「あー、理解した」
これは理解していないという意味を持つ「理解した」だ。
「それで、どうするの?」
「あー、ごめん?」
「ごめんで済んだら衛兵はいらないでしょ」
じゃあもう衛兵に掛け合ってくれよ。
「何すればいい?」
「そーだねー、濃厚なキスでもしてくれたら許してあげるよ」
ニヤニヤと笑って見せるフィラデル。対してソラは引き攣らせた笑顔を浮かべて乾いた笑いを発した。
ヒンネラを第二夫人にすることを約束したことを伝えたら、カミナは無言の笑顔でソラの腹をレイピアで突き刺した。三人目とキスをしたなんて知られたら何をされることか。慌ててソラは話題を変えた。
「そうだ!なんか用があって俺の所に来たんだろ?」
「そうだった、授業行くよ?」
そう言ってフィラデルはクローゼットから出した制服をソラに投げつけた。
「待て、俺は今日は授業は午後だけだ」
「今日から前期の後半だよ。同じ授業取ってるの知ってるからね」
この学園は一年を前期と後期に分けてそれをさらに前後半に分けた四期構成で授業の履修を行っている。
「何で知ってんだよ?」
「そりゃ、教授の精神をちょちょいっと、おっと、何でもないよ」
「お前先生も洗脳したのかよ!」
「だって、そうでもしないとキミに会えないし。キミはほとんどの時間を誰かと一緒に居るし」
フィラデルはちょっと拗ねたように頬を赤らめソラの袖を握る。ソラはその手を降参、と言いながら離すと寝巻を脱ぎ捨てた。
「いい筋肉してるねー」
ケロっと表情を変えるとウットリとソラのお腹を見つめる。
「うるせえ」
ソラが着替え終わると二人は急いでスペード寮を飛び出した。
「さてー、中庭で二人きりでお昼ごはんでも食べようかー」
授業が終わってお昼時になるとフィラデルはどこから出したのか大きなバスケットを一つ引っ提げソラの腕を引っ張っていった。
「おい待て待て、ヒンネラとかユークリウスとか待つから」
「今日だけはボクと二人きりで居させてくれるようにお願いしたから心配しなくていいよ」
すました顔でソラの手を引っ張っていくフィラデル。ソラは一瞬眉をひそめた。
「まさか精神操ってないだろうな?」
「そこまでしないよ、ひどいな!これはキスだけじゃなくて今夜は寝かせられないね」
「ごめんって、勘弁してくれよ」
「冗談だよ、ボク、明日からちょっとお仕事があって学園を離れるんだ。それで一日だけなら許してあげなくもないわ、って言ってもらえてね」
語調的にヒンネラだろう。婚約してからアピールが強くなった。なんでもゼラのアドバイスだとか。
「仕事?」
話を聞いていれば絶対気になるようなことをソラは改めて聞く。
「王都に鉄道が通ったでしょ?」
「あぁ、俺もそれで一悶着あった」
ソラが頷いて返すと、フィラデルは不機嫌そうに答えた。
「ボクよりも先に第二夫人を決めちゃった件でしょ?」
第二夫人が決まったのは確かだが、フィラデルとは婚約どころか闘技大会以外では会話さえしていない。
そんなことを話している間に中庭に着いた。
「だから、今日はとことんボクに付き合ってもらうよ」
「分かったよ」
観念したソラは両手を上げるとフィラデルの定義する恋人同士のお昼ごはんに付き合った。
「ねぇ、ソラ?」
「その時々出てくる地母神のような笑顔はやめろ。素なんだろうがよ」
食後の膝枕なるものに付き合いながらソラは受け答える。すると、フィラデルはペチっとソラのおでこを叩いて中庭の一角を指差した。
「見てよ、みんな集まってるよ」
「みんな集まってるからってわざわざ行く必要は無いだろ?」
「気になるじゃないか!美味しいスイーツの行商人かもしれない」
「いってら、俺はここで待ってる」
そう言ってソラがフィラデルの膝から自分の頭を下ろすとフィラデルは少し不満そうな顔をした。
「キミの分は買ってきてあげないからね」
「そりゃ残念だ」
ソラはあくびをしてみせる。フィラデルはさらに不満そうな顔をするとその顔をソラに近づけた。
「一緒に行こうって言ってるんだけど?」
「わかったわかった、そんなに顔を近づけるな」
手を引っ張られたソラはため息を吐きながらも立ち上がると中庭の一角へと向かった。
生徒たちの集まる中庭の一角。周りの生徒に何事かと聞いたところ、なんでも珍しい行商人が来ているようだった。
「ソラ、知ってる?」
「俺は兄貴ほど顔は広くねえよ」
「怪しいね」
件の行商人は黒いフードで顔が見えず、その人物の横にはタンスかと思えるほどの大きさの背負い籠が鎮座していた。
ソラはとりあえず様子見として声を掛けてみることにした。
「なあアンタ、なに売ってるんだ?」
ソラの声に反応してその人物はソラの方を向く。しかし、顔は見えなかった。見えなかったというより、まるで深淵を覗き込んでいるような気持になる奥行きのある闇がそこにはあった。
「あぁ、一般層向けの宝石を売っているんだ。見ていくかい?」
声は低く男性らしかった。その男は籠から幾つかの宝石を取り出すと自分の手に広げて見せた。周りの生徒たちはそれを見て騒ぎだす。しかし、ソラとフィラデルは訝しげな表情でそれを見つめていた。
「どうかしたのかね?」
男は再度顔をソラに向けると尋ねる。ソラは無言で首を横に振ると数歩後ずさった。
(ソラ、聞こえる?)
(あぁ、聞こえる。ありゃ、何だ?)
フィラデルがソラと精神をつないで脳内会話を始める。その言葉は周りには聞こえず生徒たちはもちろん行商人の男も反応はしていない。
(ボクも分からないよ。でもあの宝石は嫌な雰囲気がするね)
(とりあえず、みんなをこいつから離して生徒会か先生に報告だな)
(そうだね)
方針が決まるとソラはもう一度男に近づく。宝石に手を伸ばそうとしていた女子生徒の腕を掴み押し返すとガンを飛ばすようにしゃがみ込んだ。
「おいおっさん……」
ソラは男に話しかけようとするが、男はすぐにソラの言葉を遮り話し出した。
「あぁ、すまない。君の言いたいことはわかる。宝石はやめておこう。そんなことより、私は人を探してこの学園まで来ていてね。ソラ・アース、知っているかね?」
「あ?ソラ・アースは俺の事だ」
男の言葉に何かあるのか、と素直に答えるソラ。すると、男は少し驚いたように背筋を伸ばすと数度頷いた。
「そうか、じゃあ聞いてくれ。私の名前はユケ。遊戯と人の間に生まれた存在。さらなる遊を求めてさまよい歩く」
(ソラ、離れて!)
突然、フィラデルは精神会話で叫ぶとソラの肩を掴み引き戻そうとする。
「真名はイス。未熟な精神も健全なる精神も我が――」
「残念、私の勝ちだよ」
しかし、二人の視界を白い閃光が埋め尽くした。




