学園編 80
63話から始まる学園編以降は“”(引用符、クォーテーションマーク)に囲まれた技名や固有名詞が出てきます。
その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
ログリス・ロイヴィスタッハは上着を脱ぎ捨て拳を構える。盛り上がる筋肉をシャツの上からでも見ることが出来た。睨みつけるログリスに相対しソラもその顔を睨み返し細い腕を構える。
次の瞬間、ソラは壁に叩きつけられていた。あまりの痛みにソラは呼吸を忘れ床をのたうち回る。基本的に能力に頼ってきたソラには初めての敗北を感じるには十分な衝撃だった。
結局はリクに止められてしまったものの、キメラゴンを閉じ込めていた強化ガラスを破壊したときのように一時的にでも能力を使うことが出来れば勝算はある。しかし、あくまでもリクによって封印されている能力、そう自由に発動はさせてもらえなかった。
「どうした、少年。我が娘を助け出すのだろう?その程度で騎士が務まるとでも!?」
ログリスはソラにさらに追撃を重ねる。
ヒンネラは両手で顔を覆いその様子を見ていない。だからと言って、ソラにはそれを気にしている余裕も無いわけだが。
ヒンネラはその様子を見ていない。しかし、音は確かに耳に届いていた。
ただ一時的な避難場所として利用していた男が、ただ自分の屋敷に連れ戻されただけの自分を訪ねてきた。いや、助けに来たのだろう。そして、その男が父によって殴られ、蹴られている。これは利用していたと感じさせずにこの男を諦めさせるいい機会だ。
しかし、そんな思考とは裏腹にヒンネラの目からは一つの雫が落ちた。それに気づいたヒンネラは顔を覆う手を離す。気付いてしまった感情はついに声になって飛び出した。
「もうやめて!」
ログリスは動きを止める。その隙に立ち上がったソラはヒンネラの部屋から逃げ出した。
「どうした、ヒンネラ」
ログリスはヒンネラの前に片膝を付いて尋ねる。ヒンネラは小さく首を振った。
「もう、いいでしょう、お父様。一人にしてください」
「……わかった、また明日、呼びに来る」
呆れたような溜息を吐くとログレスはヒンネラの部屋を後にした。
ヒンネラは一人部屋に残される。まだ朝だというのに眠気を感じシーツにくるまった。
「誰?」
表情は変わらないながらも明らかに怒気を含んだ口調でカミナが聞く。
「自動ドアだと思って扉に激突しただけだ」
カミナの膝枕で寝転がるソラはカミナの手を取ると目をつぶった。
久しぶりに屋敷に帰ってきたソラを最初に出迎えたのはメイドのマリーだった。それからフラケートとヒシャに世話をされ、アグニからソラが帰って来たとの報告を受け急いで帰ってきたカミナに自室に連れ込まれたわけだ。リクはどこかに出かけていていないらしい。
学園に通っている間だけでもリクには力を借りない予定でいたが、今はせめて相談だけでものってほしい気分だった。信頼して無いわけでは無いが、しょうがないと事の顛末をカミナに話した。
「……」
「カミナ、仕返しはやめてくれよ?」
「……」
少し不満そうにソラを見る。目をつぶっているソラはその視線を感じ取るとフフッと小さく笑った。
「大丈夫だ、これで終わる男じゃねえよ。明日、結婚式をぶっ壊しに行く。それでダメだったら俺は兄貴の傘下に下るよ」
そう言うとソラはカミナに抱きついて意識を手放した。
「坊ちゃま、お手紙が来ています」
昼寝から起きて明日の結婚式はどんな風に壊してやろうかと考えているところにメイドのマリーがドアの外から声を掛けてきた。
「開いてる」
そう言ってソラは立ち上がるとマリーを部屋に通した。
「旦那さまからです」
マリーがそう言ってソラに手渡したのは手紙にも満たない一枚の紙だった。
「”10,00~”?」
兄貴は金次第ではどうにかしてやるとでも言いたいのか、それにしても点の位置が間違っている気がするが。ソラはそんなことを思いながら紙を見てしかめっ面をする。そこでカミナがソラの後ろから抱きつくと一言呟いた。
「十時から?」
なるほど、ならせめて真ん中の点は二つにしてもらいたい。
「坊ちゃま、裏にも何か」
マリーが紙の裏を覗く。ソラが紙を裏返す。すると、そこには地名が書かれていた。
「一区、一の一。カミナ、そこには何が?」
「……大教会」
大教会。王都内のミューリエル教の総本山とも言える施設、だったはずである。そんなところを襲うとは。
「神に反逆してるみたいでかっけえな」
ソラはニヤリと微笑む。
その瞬間、轟音と共に屋敷全体が揺れ動いた。
「なんだ!?」
すぐにカミナのレイピアを拾い投げ渡す。カミナもそれを掴むと空間魔法で一瞬で腰に装着した。
「坊ちゃま、侵入者です」
「マリーさん、わかるのかよ」
「旦那さま経由で多少の情報であれば回ってきますので」
ソラにはもはやどんな魔法を使っているのかわからないが、侵入者の接近に気付けるのは大きい。
「坊ちゃん、屋敷は任せなさい」
紫のドレスを着て足の無い浮かぶ女性。屋敷の守護者フユーレ。この人にもソラは久々に会ったわけだがフユーレの方はソラの事をちゃんと覚えていたようだ。
「ヒシャやアグニや他の皆は?」
ソラは早口に聞く。フユーレは頷きを返した。
「みんな私の部屋に避難させたわ」
この屋敷には基本立ち入り禁止のフユーレの眠る部屋がある。そこにはフユーレとリクによってキャメロット城並みの防御魔法が掛けられている。しかし、防御魔法と言えば敷地全体に張られているはずだが。
「旦那さまには忙しそうにしていて言えていなかったのですが、昨日原因不明の魔素消失があったんです」
マリーは歩きながら話しましょう、と廊下を歩いていく。魔素消失、というのは……。
「魔素消失は、まだ勉強してねえな」
「簡単に説明しますと、魔法陣に籠められていた魔力が空になったり減ったりする現象のことを言います」
「となると?」
「魔方陣が維持できず、この屋敷の場合旦那さまの張られた防御壁が効果をなくします」
だからならず者の侵入を許してしまったわけだ。
説明を受けるうちに正面の庭に続く扉にたどり着く。それを背にしてマリーは立ち止まると一言ソラに言った。
「敵は人間です。くれぐれもお間違えの無いように」
マリーは首を傾げるソラを尻目に正面扉を開け放つ。
そこには、数十体の魔獣と戦いを繰り広げる黒マスクの集団がいた。
「坊ちゃまの命令には従います。止めるのであれば命令を。ただし、それ相応の覚悟をお願いします」
「さっきまでケガで寝てたってのにひどい仕打ちだな」
ため息を吐くとソラは拳を握って走りだした。
「で、あんたらに依頼をしたのは誰なわけ?」
「我々はたとえ殺されようと屈しない」
あの後、突っ込んでいったソラは魔獣たちに全員の生け捕りを命じた。叫んだわけでは無く、念じたという方が正しいかもしれない。四足歩行の魔獣たちはソラの念話に応じ侵入者を全員生け捕りにした。それから庭の中央に侵入者たちを纏めると魔獣たちは一匹を残し植木や物の影に入っていった。
その残った一匹をソラはウルフと名付けた。ただ、体毛らしきものは綺麗な銀色だが見た目はあまり狼っぽくはない。四足歩行したメジャーに見える。
「ウルフたちの飯にするぞ」
ソラが侵入者たちに告げると、待ってましたとばかりに魔獣たちは影から出てきて侵入者を囲んだ。
「ま、ロイヴィスタッハの周りだってことはわかってんだけどな」
なだめるように頭を撫でてソラはウルフたちを戻らせる。そして、侵入者の拘束を解くと帰らせた。
「マリーさん、防御壁の再構築にはどれくらいの時間が?」
「旦那さまにすぐに連絡しますので、一時間もあれば出来るかと」
「わかった、フユーレさんにはそれまで出ないように伝えておいて」
「かしこまりました」
目を細めて遠くを見つめるソラにメイドのマリーは頭を下げる。
「ちょっと、出てくる」
自らの影の中に入り込んだウルフを連れてソラは屋敷を後にした。




