学園編 79
63話から始まる学園編以降は“”(引用符、クォーテーションマーク)に囲まれた技名や固有名詞が出てきます。
その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
塀を潜り抜けたソラはすぐに一番近くにあった木に身を隠すと周りを警戒した。広く綺麗な庭が広がっているが、特に警備はいない。老いた庭師が一人ハサミで低木の手入れをしているくらいだ。その庭師も戦闘が出来るのだろうか。
「ソラさん、庭師さんは戦闘は出来ませんがだからと言って見つからないよう気を付けてください」
庭師を見るソラを見て考えていることが分かったのか塀の外からゼラが声を掛けてきた。
「了解」
頷くとソラは木の陰から低木の陰へと移動した。
シャキリ、シャキリとハサミの音だけが聞こえてくる。それを聞きながらできる限り足音を立てないように歩き始めると唐突に声が掛けられた。
「どういたしましたか?英雄家のお坊ちゃん」
声を掛けてきたのは庭師の老人だった。
「そんなに固くならないでください。ちょっと声を掛けただけです」
「戦闘は出来ないんじゃなかったのかよ」
ハサミで木の手入れを続ける老人を見てソラは呟く。老人は体の角度を変えることなく答えた。
「私は耳が良いのです」
「入ってくるときから聞こえてたのか?」
「そこまでではありませんよそちらの木からこちらの木に来る音が聞こえただけです」
「そうか」
ため息を吐いてソラはその場に座り込んだ。
「おや、急がなくてもよろしいのですか?」
「目的も知ってんのかよ」
「代々ロイヴィスタッハ家に仕える庭師ですからある程度の情報は回ってきます。それに、この庭を守るのは現在、私一人ですからね」
ロイヴィスタッハ家が由緒正しい家系だということはヒンネラから耳にたこが出来るほど聞かされている。その庭を守る唯一のガーディアンがこの老人ということなのだろう。
「おっと、私は今日は何の音も聞くことなく仕事を終える予定なのでした。目が悪いとはいえ、仕事が終わり振り返ってしまえば侵入者に気付いてしまいます。その際何もいなければもう老いたこの頭は迷い込んだネコかリスだと考えるでしょうな」
回りくどい表現は嫌いじゃないが、ソラは何かを答えることなくその場を離れると屋敷に近づいた。
庭師に見つからないようにしながら窓ガラスの汚れを袖で拭き取り中を見る。中では予想以上の召使たちが白黒の制服を着て歩き回っていた。
「まず潜入、見つからずにヒンネラを回収してここを出る」
手順を改めて言葉に出す。ソラは再度頭を隠すと中に入れる場所を探して歩き始めた。
少し歩くと一つの扉を見つけることが出来た。木製の簡素なドアだが、鍵が掛けられていないようで少し開いている。ソラがその隙間から中を覗くとそこは厨房だった。
中では数人のコックらしき人たちが鼻歌を歌いながら皿を洗っている。朝ごはんの片づけだろうか。
ソラは誰も扉の方を気にしていないことを確認すると体を忍び込ませた。こういう時に限ってソラの小さく細い体は役に立つ。
ソラは厨房に忍び込むと掛けられた調理器具を鳴らさぬように気を付けながら先にも増して忍び足で厨房を通過した。
厨房を通過して誰もいない食堂へと入る。そこで初めてソラは立ち上がった。一先ず、潜入は成功である。
食堂を通り過ぎ、廊下への扉に耳を付け様子をうかがう。音がしないことを確認するとソラは廊下に出た。
特に何もなく赤いカーペットだけがひかれた廊下に外からの光が差し込んでいる。窓からはさっきの庭師の様子をうかがうことも出来た。
音を立てないように歩き中心の塔を目指すソラ。
そこに、またしても声が掛けられた。
「振り向くな、名を名乗れ」
女性の声、ソラは両手を上げるとこう返した。
「知ってんだろ?」
ソラはこの声に覚えがあった。一度か二度微かに聞いた程度だが、ソラは他人を覚えることが得意で覚えているのだ。
「ライラさん、だよな?」
「……そうです」
正体を当てられたライラは正直に頷き返す。それから、ソラの首にナイフを突きつけた。
「もう帰りなさい。今のあなたでは勝てません」
確かにライラの実力は知らないが、知覚されることなく他人の背後を取れる時点で訓練された人物であることは確実だろう。しかし、ソラもここまで来てみすみす帰るつもりは無かった。
「押し通る」
「本気ですか?」
その瞬間、ライラの雰囲気はがらりと変わった。警戒から臨戦態勢へ。だが、それでいい。ソラには催眠薬の入った球体が三つしかないのだから。
ソラは両手を下ろして振り返る。そこには短剣を逆手に二本持ったライラが立っていた。
ソラは深く息を吸い込み止めるとポケットの中の球をライラに向かって放り投げた。自分で発動するより確実だと思ったからだ。
案の定ライラは球に反応してそれを斬りつける。中から出た液体が一瞬で気化し広がるとライラの体を麻痺させた。
ライラは一瞬で睡眠状態に陥りその場に倒れ伏す。念のためを考えてソラは耐えられる限界まで息をすることを耐えた後大きく息を吸い込んだ。
催眠薬はすでに霧散していたようでソラが催眠を喰らうことは無く、いつも通り動けるソラはライラを食堂へと運んだ。
「姑息な手ですまねえな」
静かに眠るライラに一言声を掛けるとソラは食堂を出た。
それから、召使が通るたびに道を変えたり部屋に隠れたりして塔を目指すと、時間は掛かったが塔の下に着くことが出来た。
またも木製で鍵の掛けられていないドアを引き中に入る。すると、遥か高くまで続く螺旋階段が待っていた。
「階段はきっついぜ」
だが、たかだか階段1つでお姫様を助けない王子や勇者などいない。ソラは気合を入れなおすと螺旋階段を上った。
やがて、ソラが肩で息をし始めた頃やっとてっぺんの部屋に入るのであろうドアにたどり着く。鍵の掛けられたそのドアを一度引こうとすると中から声が響いた。
「誰?」
「俺だ」
「ソラ?」
「中から開けられるか?」
「その扉は絶対に開かないわ」
ヒンネラは沈んだ声を出す。それにソラは質問で返した。
「魔法的な何かで封印されてるのか?」
「わかんない、でもその扉はお父様しか開けないわ」
ヒンネラの父がどういった人物なのかわからないが魔法で守られているならソラには手が出せない。
しかし、そこへ一人の男が現れた。
「君が、ソラ・アース君だね」
ソラは振り向く。ソラの数段下にとても若い男が立っていた。ヒンネラは一人娘だと聞いていたが、いとこか何かと思うぐらいには若い。顔も整っており、声も良く結婚相手には困らなそうな人物だった。
「あんたは?」
「私の事などこの際どうでもいいだろう。君はそこに、入りたいのだろう?」
「入れるのか?」
「もちろんだとも」
男は頷くと扉に手をかざす。すると、重厚な金属音と共に錠前が下に落ちた。
「先に入るかね?」
「あぁ」
ソラは頷き中に入る。満天の星空の中に居るようなその部屋にヒンネラが一人座っていた。部屋と同じ星空のような紫のドレスを着ている。ソラが近づくとヒンネラはその手を取った。
「ソラ、貴方、いったいどうやって……」
ヒンネラは言葉に詰まる。それから、ソラの後を追うようにして入ってきた人物を見てヒンネラは言葉を失った。
「どうした、ヒンネラ?」
ソラはヒンネラの手を取り返し尋ねる。すると、ヒンネラはゆっくりと答えた。
「あの人は、私の、お父様よ」
「は!?」
慌ててソラは振り返る。そこにはさっきとかわらず二十代前半にも見えるヒンネラの父親が立っていた。
「ヒンネラ、最後の面会だろう。悔いの無いように挨拶をしておきなさい」
「はい、お父様」
ヒンネラは頷く。ソラはその様子に首を傾げてしまった。
「あんた、ずいぶん若いな?」
「そう見えるかね?嬉しいよ。これでももう四十を過ぎている」
「まぁ、そんなことどうでもいいんだけどよ」
「そうだろう」
ヒンネラの父親は頷いた。
「単刀直入に行こう、あんた、娘の思いを聞いたことあんのか?」
「もちろんあるとも。ロー家の男と結婚したくないという事も相談された。その上で、私は娘にロー家と結婚するように命じたのだ」
「なんでだよ?」
「娘の為だ」
ヒンネラの父親は一言返す。その間、ヒンネラは俯いて何も言わなかった。
「子どもにはわからないだろう、貴族というものはそういうものだ」
「だからって――」
「私も単刀直入に行こう」
ソラの言葉を遮る。
「それでも私の娘を連れて行こうというなら、私を倒してから行け」
「だめっ……」
ヒンネラがソラの手を掴んで止める。しかし、ソラはその手を離させるとヒンネラの父親と対峙した。
「勇気と蛮勇を履き違えるなよ、少年」
「俺はヒンネラを連れて行く」
ソラは拳を握り構える。すると、ヒンネラの父親は少し考えた後自らも拳を握ることでそれに答えた。
「ソラ・アース、何が何でもヒンネラを助ける」
「ログリス・ロイヴィスタッハ、若い故の行動、大人として諫めてくれよう」




