学園編 78
63話から始まる学園編以降は“”(引用符、クォーテーションマーク)に囲まれた技名や固有名詞が出てきます。
その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
わざわざ商業区で時間を潰して教会区に修道者の格好をしてまで宿を取った次の日。
ソラはヒンネラがいないことを確認すると頭を抱えてため息を吐いた。
「おはようございます」
「おわぁっ!?」
突然掛けられた声に飛び跳ねる。声のした方を確認すると、ヒンネラの護衛役のゼラだった。
「ゼラです」
「それはわかってる」
「お嬢様の護衛の」
「それもわかってる」
「では、何が聞きたいのですか?」
ゼラは首を傾げる。ソラは無意識に難しい顔をしていたようだった。
「ヒンネラはゼラさんが?」
ソラの中では答えがわかっているようなことを聞く。しかし、帰ってきた言葉はソラの予想とは外れていた。
「いいえ、お嬢様はライラが」
連れ帰った。言わなくても分かる箇所は省かれる。それを聞いて今度はソラが疑問符を浮かべた。
「ゼラさんはなぜここに?」
「話すと長くなりますよ?」
「どうぞ」
ソラが頷くと、ゼラはソラのベッドに腰を下ろし話を始めた。
「私とライラは少しだけ立場が違います。私はお嬢様の専属の護衛役です。対してライラはロイヴィスタッハの護衛であり御父上の指示を優先します。実は私があなたの前の世話役だったりするのですが、……今は関係ありませんね」
世話役に関しては後で話を聞くとして、ソラはゼラとライラの立場の違いをある程度理解した。
「それでその御父上がライラさんにヒンネラを攫って来いと?」
「攫ったのはあなたですが、そういうことです」
確かに状況を考えればソラが攫ったとして後で責められそうなところではあるが、ソラにとっては立場などどうでもいい。別にカミナと壁外でサバイバルすればいいのだから。
「俺の事はいい。今はヒンネラがどんなまずい状況になるかだ」
「どういった被害を被るか、ですか?」
「国語は苦手なんだ」
ゼラはソラの顔を見て真面目に訂正を入れる。
「おそらく、お嬢様は軟禁状態でしょう」
「もう式は明日だしな」
「…………」
「なんです?」
ソラの顔を見つめて黙るゼラにソラは肩をすくめる。すると、ゼラはさらに首を傾げた。
「あなたと話していると調子が狂います。なぜおそらくなのか、とは聞かないのですか?」
「確かに気にはなった」
「私は明日までお休みを言い渡され屋敷には戻っていないからです」
「なるほどな」
ソラは頷く。ゼラはやっと分かってくれましたか、と息を吐いた。
「それで、お嬢様のお友達のあなたにお願いです。お嬢様を助けてあげてください。冒険者として依頼という形でも構いません。お金なら出します」
「友達助けるのに金貰うとかありえねえよ」
ソラは立ち上がる。それからソラとゼラの二人は作戦を立てよう、と宿を後にした。
宿から出たソラとゼラは近場のカフェに腰を下ろした。
まだ明け方で客が少ないながらも店員はしっかりとした対応でコーヒーとミルクを出す。
「コーヒーなんて飲まれるんですね」
「あ、あぁ、俺は苦いのは大丈夫だからな」
「大丈夫な人は大丈夫とは言いませんけどね」
観念したソラは改めてミルクを注文するとそれを一口飲んで深くため息を吐いた。
「無い頭をフル回転させて作戦を考えてるんだけどよ、ゼラさん、あんた何でヒンネラが軟禁されてるって思ったんだ?」
「お嬢様は小さいころから御父上を怒らせてはそこに閉じ込められていたからです」
「世話役だったゼラさんは知っている、と。じゃあその場所も知ってるのか?」
「もちろんです、最上階な上そこには一部屋しかありませんから」
「塔のてっぺんに捕らえられたお姫様とそれを助けに行く騎士ってか?騎士側は笑えねえっつうの。お姫様が笑ってるのも見たことねえけどよ」
ソラはミルクをさらに一口飲むと背もたれにもたれ掛かった。
「侵入するとして――」
「顔は知られています」
「俺って有名なのな」
「かの英雄の家系ですからね」
「英雄の家系って、俺が一代目だろ?」
「いえ、違いますが、その話はまたにしましょう」
ゼラの提案にそうだった、と頷くとソラはカップの最後の一口を飲み込んだ。
「そろそろ、作戦の提案をいいですか?」
ゼラは小さく手を上げて首を傾げる。ソラは無言で手を振ると頷いた。
「ロイヴィスタッハ家のお屋敷の柵には私とお嬢様しか知らない秘密の出口があります。私はもう通れませんがあなたなら通れるでしょう。そこから潜入しましょう」
「わかった、でもゼラさんが通れないって俺も通れないんじゃねえのか?」
「着痩せするタイプなのですよ」
セラは小声でつぶやく。しかしソラには聞き取れなかった。
「ともかく、そこから中に入ったとしてロイヴィスタッハ家の召使いは精鋭揃いです。無論、戦闘も出来ます。最近のあなたを見ている限りあなたには何らかの理由により全盛期ほどの力が無いのでしょう。そんな状態で捕まってしまえば……」
「やばいな」
「えぇ、あなたは――」
どうなるかわからない、そう続けようとしたゼラの言葉を遮ってソラは至極まじめに返した。
「いや、ロイヴィスタッハが屋敷と領地ごと消えかねない」
「はい?」
ソラの言葉にゼラは訝し気に眉を顰める。しかし、すぐにソラの家族関係を思い出したのかため息を吐いた。
「では、あなたは絶対に捕まらないでください」
「了解」
「それでは、餞別の品です」
そう言って、ゼラは袖から三つの球を取り出した。
「忍者かよ」
「えぇ、スパイのようなことをすることもありましたよ」
忍者という言葉がスパイという言葉に変換されたようでゼラは昔を思い出すように頷いた。
「これは差し上げます。使い方をお教えしますからピンチになった時に使ってください」
ゼラはそれを机に置く。ソラは薄い水色をしたその球を受け取るとポケットに突っ込んだ。
「では、説明を。それらは三つとも同じものになります。中には即効性の高い催眠薬が入っています。壁や地面にぶつけ中の液体を気化させることで相手に吸わせてください。一気に霧散してしまうのでそれが原因で見つかる可能性は低いですが、もし遭遇してしまってもくれぐれも御父上には使わないようにしてください」
「なんでだ?」
「教えれば使うので教えません」
ゼラはそっぽを向く。真相はわからないが、ソラはこの場では頷いておいた。
「それでは、向かいましょう。これを着てください」
ゼラは立ち上がるとソラにフード付きのローブをかぶせた。
「それは私の私物です。終わったら洗わずに返してください」
「え?」
「何でもないです。ちゃんと返していただければ構いません」
「おぉ、そうか、ありがとう」
何か不穏なことが聞こえたような気がするもソラは気のせいと思い立ち上がるとカフェを後にした。
北西の教会区から北東の富裕層の住宅区に移動する。遠目にロイヴィスタッハ家のお屋敷が見えてきたところでゼラはわざと遠回りをして屋敷の裏へと回った。
「大丈夫です、尾行などは来ていません」
「じゃあ、侵入できるな」
「はい、それでは道をお教えします」
ゼラはその場に腰を下ろし説明を始めようとする。しかしソラは上を指差しツッコミを入れた。
「あのてっぺんだろ?」
屋敷のど真ん中にそびえ立ち屋敷の二倍の高さはあるかと思われる、塔と呼ぶに相応しい建物が二人を見下していた。
「よくわかりましたね?」
「それはバカにしすぎだろ」
ソラがさらにツッコミを入れるとゼラは立ち上がりそれの手を取った。
「お嬢様を、お願いします」
「任せろ、お姫様は救われないとな」
ソラは三つの球を割れない程度に握り確かめると一部崩れた塀を潜り抜けた。




