学園編 77
63話から始まる学園編以降は“”(引用符、クォーテーションマーク)に囲まれた技名や固有名詞が出てきます。
その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
「金持ったか?」
「私が持っていると思うの?」
「じゃあなんでそんなに楽しそうなんだよ」
ヒンネラはソラの前をドレスを翻しながら歩く。それにつられてロールさせた黄色の髪が動いた。
二人は学校を抜けだした後、南東の商業区に来ていた。雑貨、日用品、武具、洋服など様々な商店が並びその客で賑わっている。道を行く馬車の数も都の北側と比べて随分と多かった。
「宿はどうするよ?」
ソラが商業区の建物たちを見回しながら聞く。すると、ヒンネラはあり得ない、とでも言いたげに目を丸くした。
「商人の情報網を舐めてるの?こんなところで宿を取ろうものなら起きたら式場よ」
「俺は式場じゃないと思うけどな」
「なっ、あんたが手伝ってくれるって言ったんでしょ!?」
ヒンネラはソラに詰め寄る。ソラは冗談だよ、と呟きながらヒンネラの髪を解いた。
「じゃあここに何しに来たんだよ?」
「ここにいたっていう情報をわざと流すためよ」
「なるほどな……」
「わかってないのね」
「わからん」
「もう、全部説明してあげるからここ座りなさい」
命令されてソラはヒンネラの指差すベンチに腰を下ろした。その横にヒンネラも座る。すると今回の作戦を話し出した。
「幾つかの店に入ることで私たちがここに居たという情報を実家に流すわ。明日になれば授業に出ていないことも寮に帰っていないこともバレるわね」
「おう、そうだな」
「それを囮に私たちは北西の教会区に泊まるわ。明日は、しょうがないから南西の貧民街に行きましょう」
「オーケー、その作戦で行こう」
ソラが頷くと、よろしい、とヒンネラはパッと立ち上がる。何事かとソラがヒンネラを見ると腕を掴まれ無理やりに引き寄せられた。
「さあ、今日はショッピングよ。ついて来なさい」
ヒンネラはソラの手を引くと商業区を歩き出した。
「まずはここね」
そう言ってヒンネラが指差したのは洋服店だった。ソラの手を引き中に入っていく。
「いらっしゃいませ」
いくつかの従業員の声が聞こえる店内は十分に広くメンズ、レディースの区分もされていた。個人経営の小さい店だとそこまで手が回っていなかったりする、というのはジーニャの言葉だ。ヒンネラもソラも庶民の洋服店に関してはあまりわからない。
ヒンネラはソラを引っ張って一直線にレディースの置いてある場所に行くと目を輝かせた。
「ねえソラ、どっちがいいかしら?」
よくある質問だ。男としてはどちらでもいいし、どちらを言っても女の中ではすでに決まっているというあの質問。
ヒンネラは真っ白なワンピースと黒いスカートを持ってソラに問いかける。答えに困ったソラはどちらも、と答えた。
「その答えが一番ダメなのよ」
頬を膨らませてヒンネラも悩み始める。すると、近くで見ていた店員から声が掛かった。
「よければ試着してみますか?」
悪い意味ではないが、綺麗な営業スマイルでヒンネラを試着室まで連れて行く店員。一人で残されるのも困る、とソラは後ろを付いて行った。
「そのスカートにはこれなんかどうですか?」
店員はヒンネラに服を渡して試着室に閉じ込める。それからしばらく衣擦れの音を聞かないようにしながら待つとカーテンが開けられた。
「どう?ソラ」
ふわりとした黒いスカートに白シャツ。シンプルだが、それが良いのだろう。お気に入りだと言っていた膝下ブーツが良く似合う。
「いいんじゃね?」
「かわいいって言いなさいよ!」
ソラの態度にヒンネラは声を上げた。
「あー、はいはい、可愛いよ」
仕方なくソラが要望に応えるとヒンネラは腕を組んで、よろしい、と矛を収めた。
「カップルの方ですか?今カップル割りキャンペーンをしていまして……」
二人の様子を見て店員が声を掛ける。
「あぁ、俺らカップルで――」
「カップルなんかじゃないわよ!」
ソラの言葉を遮ってヒンネラが反論した。
「おいヒンネラ……」
ソラが声を掛けようとするも、ヒンネラはそっぽを向くと腕を組んでしまう。確かに、結婚の話が上がってる中でカップルの話題はあまり良くなかったかもしれない。
「わかった、好きなの買ってやるから機嫌直せ」
「命令しないで」
言葉では突っぱねながらもヒンネラはソラの手を引き次の服を探し始める。
結局、数着の洋服を買うということで落ち着いた。
「ストレノス学園スペード寮202号室に荷足お願いします」
「あら、学園の生徒さんだったんですね」
ソラが宅配を頼むと店員さんは驚く。
「一年生です」
「学校頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
ただいま絶賛学校をさぼろうとしているわけだが、それは言うべきことではないだろう。
「またのお越しをお待ちしております」
二人は店員さんの声を背中に受け店を出た。
「これでいいな」
「そうね、後は時間を潰して教会区に宿を取るだけね」
商業区を適当に歩きながら喋る。人通りの多い商業区はすぐにはぐれてしまいそうで、リリスで癖の付いたソラは無意識にヒンネラの手を取っていた。
「何か顔の隠せるものが欲しいよな」
「仮面でもつけるの?」
ヒンネラは半笑いで聞く。しかし、ソラは頷いた。
「それいいな。かっこいいの売ってるかな?」
「……あなた、本当にバカなのね」
ヒンネラは呆れを通り越してため息を吐く。ソラは慌てて手を振った。
「さすがに冗談だ。逆に目立ちすぎる」
「なら、そうすればいいと思う?」
ヒンネラは挑発するようにあえてソラに聞く。ソラは数秒考えると答えた。
「フードとかコートとか、教会区ならそこの神官の服に似たのはねえのか?」
「修道服……ソラにしてはいい考えね。褒めてあげるわ」
ヒンネラはソラの頭を撫でる。ソラはそれを振り払おうと一瞬手を上げるがすぐに手を下げると小さくため息を吐いた。
「そうと決まったら修道服を買いに行きましょう!」
ヒンネラはソラの手をグイと引っ張ると人の間を走りだした。
そして、その夜。
修道服を着た二人は出来るだけ人に顔を見られないように宿屋に入った。
代金を渡す際も袋から出すのではなく、ポケットから代金ギリギリの硬貨を取り出して見せる。見た感じ、宿屋の女将は修道者だと思い込んでいるだろう。鍵を受け取ると二人は慌てず厳かに部屋に入っていった。
質素な部屋に最早ほとんど一体化しているベッドは一応二つ。それに二人して座り込むと盛大にため息を吐いた。
「とりあえず、一日目は無事終了か」
「そうね」
「明日の予定は?」
ソラがベッドに寝転がりながらヒンネラに聞く。
「朝起きたらすぐに教会区を出て動き回るわ。夜には貧民街に行って野宿……ね」
貧民街に野宿は子ども二人には危ないかもしれないが、ソラがずっと起きていればいいだろう。
「貧民街は道路の舗装も後回しにされてるぐらい避けられてる場所だ。あそこなら一日二日くらいなら余裕だろうな」
「三日目は式の開始時間に間に合わなかったらすぐ破談になるかもしれないものね」
ソラに合わせてヒンネラも努めて明るく話す。ソラにはヒンネラの心のうちまではわからなかった。
「ねえ、ソラ」
「なんだ?」
「……何でもない」
「言いたくなったら教えてくれよ」
「わかった」
ヒンネラは最後に肯定すると明かりを消した。
「夜這いなんて絶対にダメよ」
「わかってるよ!」
「それはそれで既成事実で破談に持っていけるけど」
「物騒なこと考えてないで寝ろ」
「お休み」
ソラは大きく息を吐くと枕に顔をうずめた。
次の日、朝起きたソラは空になった横のベッドを見て唖然とした。




