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学園編 76

63話から始まる学園編以降は“”(引用符、クォーテーションマーク)に囲まれた技名や固有名詞が出てきます。

 その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。



 ある日、ソラがスペード寮の共同リビングのソファでお菓子を頬張りくつろいでいると、その横にキリメが腰を下ろした。

「何かあったか?」

「今日は何の日か知っているでござるか?」

「キリメの誕生日?」

「違うでござるよ」

 キリメは真顔で首を傾げた。

「その顔はやめろ。何の日だ?」

「てつどうの開通日でござる!」

 何が楽しいのか両手でガッツポーズをするとソラの方へ身を乗り出す。ソラは彼女の肩を掴むとしっかりと座らせた。

「とりあえず落ち着け。鉄道って言ったか?」

「そう、それでござるよ」

 鉄道はこの世界には元々なかったものだ。しかし、帝国がふたりの英雄によりウォーライズ王国に統合された結果、その技術がウォーライズに渡る事となった。銃の技術に関してはリクの情報統制により流通することは無かったが、暦や時計、独特な食べ物、そして今回鉄道までもが流通することになる。しかも、その流通も鉄道を用いることでさらに多くなるだろう。

「帝国のがついに来たのか」

「そうでござる」

「それで、それがどうかしたのか?」

「一緒に開通式とやらを見に行くでござるよ!」

 またキリメは身を乗り出すとソラに迫った。

「ただテープ切るだけの儀式だろ?それも何のためにするのかわからねえし」

 ソラはキリメを押し返しながら言葉を返す。するとキリメは小さく頬を膨らませた。

「付いてきてくれなかったら切腹するでござる」

「やめろやめろ、付いて行くから」

 こうやってキリメはソラしかジン語がわからないからと時々わがままを聞かせるために拗ねる。ソラとしては女の子に拗ねられるとどうしても断れずいつも言うことを聞いてしまう。それがわかっている女生徒陣は逆にちょっとしたわがまましか言わないが。ただ、ソラとしては冗談でも切腹はやめてほしかった。

「じゃあ、さっそく見に行くでござるよ」

 キリメがソラの手を引いて立ち上がる。ソラはそれに引っ張られて立ち上がるとお菓子の最後の一つを頬張った。

「ジーニャはいねえけどヒンネラは連れて行くか」

「それはいいでござるな」

 ソラとキリメは共同リビングを出るとソラの部屋の横のドアを叩いた。

「おい、ヒンネラいるよな?」

「いるわよ、何?」

 少し不機嫌なようだが、それこそ外に出て気晴らしに行くのもいいだろう。

「出かけようぜ」

「もしかして二人で!?」

 ソラが言った瞬間にヒンネラは飛び出してくる。しかし、ソラの後ろにキリメを見つけると少し残念そうな顔をした。

「決してキリメが嫌いってわけじゃないんだけど、複雑な気分ね。待ってなさい、着替えてくるわ」

 そうとだけ言うとヒンネラは部屋の中に戻っていった。それから少しソラはヒンネラの部屋の前で待つ。すると、案の定お嬢様からのお呼び出しが掛かった。

「ソラ!髪手伝って」

「はいはい」

 ソラはキリメにリビングで待っているように伝えるとヒンネラの部屋に入っていった。


「それで、どこに行くのよ?」

 ソラに整えてもらった髪を弄りながらヒンネラが聞く。ソラは肩をすくめた。

「俺は知らねえ」

「街の南東でござるよ」

 代わりにキリメが答える。それを聞いてヒンネラは疑問符を浮かべた。

「南東って何があるのよ?」

 ここ王都ロンダレスは区域ごとにだいたい何があるか決まっている。レイスやユークリウスの家がある住宅街は北にある。

「南東は……富裕層の住宅街だったか?」

「いやいや、教会区でござるよ」

 ソラとキリメが記憶を探り言う。しかし、ヒンネラがそれをあきれ顔で訂正した。

「商業区よ、バカども」

「知らなかった」

「常識よ、常識」

 それから他愛ないことを話しながら王都を南下していく。途中で買い食いすることも忘れずに歩いていくと最初にソラがそれを見つけた。

 ソラはそれに駆け寄り二人に手招きをする。駆け寄ったヒンネラはそれを見て一瞬嫌そうな顔をした。

「これだろ?」

「それでござる。辿っていくでござるよ」

 キリメは線路をピョンっと飛び越えるとそれを辿って歩いていく。ソラもそれについて行こうとすると、ヒンネラがソラの腕を掴み止めた。

「キリメは何に行こうとしてるの?」

「鉄道の開通式だってよ」

「そ、そう」

「大丈夫か、ヒンネラ?朝から顔色悪いぞ?」

 ソラはヒンネラのおでこに手を伸ばす。ヒンネラはその手を掴むと――、

「何でもない。行くわよ」

 無理やり引っ張るとキリメの後を追いかけた。


 三人で線路を辿るとすぐに人だかりを見かけることが出来た。がやがやとやじ馬が集まっており線路だけは踏まないように集まっているところを見るに開通式だろう。

「もっと近くで見るでござるよ」

「ちょっと待って。私はここで見ていればいいからソラと二人で行ってらっしゃい」

 やじ馬に近づきたくない理由でもあるのだろう。ヒンネラは行かない、と言った。

「大丈夫なのか?」

「大丈夫よ、行きなさい。その代わり呼んだらすぐ来ること、いいわね?」

「なるたけな、キリメ、見に行くか」

 キラキラとした目ではしゃぐキリメとソラはヒンネラの元を離れやじ馬の中に潜り込んでいった。

 一人残されたヒンネラはやじ馬から離れると積み重ねてあった木箱の上によじ登る。そこからだと開通式をよく見ることが出来た。

 鉄道、蒸気機関車の技術は帝国からウォーライズ王国につい最近流れてきた。初めのうちは商人も貴族も国も興味を示さず、元帝国領の今まで通りの運用に限って使われてきたのだが、ある貴族家がその技術に、その速度と積載性に目を付けた。それがロー家だ。

 ロー家は貴族としての地位と富を使い蒸気機関車を基に魔動機関車を発明した。それはすぐに国や商人に目を付けられロー家は一躍大貴族となった。

 そこまでは一貴族の勃興だ。それはヒンネラには関係ない。しかし、ヒンネラはそこそこ大きいロイヴィスタッハ家の一人娘。ロー家が大きくなった時に屋敷のメイドたちが忙しそうにし始めたあたりで勘付いてはいたが、案の上ロイヴィスタッハ家に政略結婚の話が来ていた。しかも、ヒンネラの父はそれをヒンネラに何一つ聞くことなく承諾してしまったのだ。

 それもあり逃げるようにスペード寮に半ば無理やり入ったが、運の悪いことにそのロー家の一人息子は学園に入っていた。ソラには悪いが、ヒンネラは英雄の家系の名前に引っ付き学園生活中にはロー家の嫡男を近づかせないようにしていたが、それももう限界だった。

 ヒンネラの父が手紙を送って来たのだ。中身は、王都への魔動機関車開通を機に先立って結婚式を挙げてしまおうという命令にも似た提案。日にちは開通式の三日後。唐突な取り決めだった。

 それのせいでヒンネラの機嫌は朝からすこぶる悪い。結婚式の三日前に手紙は届くわ、数回しか話したことの無いいけ好かない男と結婚させられるわで駅ごと機関車を吹き飛ばしてしまいたい気持ちでいっぱいだった。

 ヒンネラの視線の先では子爵と王がナイフでロープを切っている。ヒンネラにはあれが何を意味するかなんて分からないし、理解する気も無かった。

 ヒンネラが高い木箱の上で足をブラブラさせていると誰かが話しかけてきた。

「おや、ロイヴィスタッハのお嬢様、ここにおりましたか」

 声を掛けられ始めてヒンネラは下を見る。そこには見知った男が立っていた。

 ヒンネラは慌ててスカートを押さえて飛び降りると小さく礼をした。

「こんにちわ、おじ様、わたくしも開通式が気になって見に来ておりましたの」

 ヒンネラは努めて笑顔を作る。しかし、心の中で嘔吐していた。

 この男は子爵の弟にあたるヒンネラのおじになる者なのだが、この男、さっきはヒンネラのスカートを覗いてニヤニヤしていた。今回だけでなくこの男はヒンネラを見かける度に息を荒げるのだ。

「お嬢様が来ると知っていれば特等席をご用意いたしましたものを」

 男はハンカチで汗を拭きヒンネラに言う。またヒンネラはスカートの端を上げ小さく礼をした。

「いえ、お勉強の合間にちょっと見に来ただけですのですぐに帰りますわ」

 そう言ってヒンネラはきびすを返しその場を離れようとする。しかし、男はその腕を掴んだ。

「ひっ……」

 ヒンネラは小さく悲鳴を上げる。こんな男相手に弱みを見せる悔しさにヒンネラは唇を噛んだ。

「ご両親も少しくらいならお許しくださいますでしょう、さあ行きましょう」

 男は掴んだ腕を引っ張る。それと同時にヒンネラは空いた方の腕を引っ張られ引き寄せられた。

「おっさん、誰だよ?」

 ソラだった。ヒンネラはソラに抱き寄せられ一瞬安堵する。しかしすぐにソラの頬を押し離れさせると熱くなった頬を隠した。

「何だね、平民の分際で」

 男はソラを見下して言う。ソラは睨み返した。

「俺はこいつの学園の友達だ。おっさん誰だか知らねえけどどっか行けよ」

 ソラの言葉に男はポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭く。

「小僧、私はロー……」

「知らねえよ、どっか行けって言ってんだよ」

 ソラは腰の短剣に手を添え一層きつく睨みつける。すると、男はあからさまに大きな舌打ちをしてその場を後にした。

「覚えていろよ、小僧」

 捨て台詞を残して。

「忘れられるかよ」

 ソラは顔を暗くするヒンネラを抱き寄せキリメを呼ぶと足早にスペード寮に帰還した。


「ごめん、開通式まともに見てないだろ?」

「あんな意味のわからない儀式よりも友の方が大切でござるよ」

「ありがとう」

 キリメに一言謝罪しヒンネラの部屋に入る。

 あれからヒンネラは一時間程毛布にくるまって口を利かない。飲み物を買ってくると言いキリメとソラで飲み物を買って帰ってきてもそれは変わらなかった。

「おい、ヒンネラ、何があったのか教えてくれよ」

 ソラがベッドに座って話しかける。それでもヒンネラは毛布からは出てこなかった。

「いや」

「水飲むか?一応ジュースも買ってあるけど」

「いらない」

「何があったんだよ?」

「何も無い」

「何も無いは嘘だ」

「ヒンネラ殿、私も手伝うでござるよ」

 ベッド横のイスに座りキリメも心配そうな顔をする。

「大丈夫って言ってるでしょ」

 しかしヒンネラは頑なに話そうとはしなかった。

「キリメ、ありがとう。あとは俺が看るよ。これでもこいつの世話役だからな」

「わ、わかったでござる」

 頷くとキリメはヒンネラの部屋を出ていった。

 しばらく部屋に静寂が訪れる。ソラの深いため息とヒンネラの呼吸音が響く。

 やがてソラはヒンネラの手があるであろう位置に手を置くと話し始めた。

「あのおっさん、貴族だな?」

「……」

「貴族の服着てりゃバカでもわかる」

「そうね」

 こいつ今バカの部分を認めたな?

「まぁいい。お前ってなんたらって家の娘なんだろ?」

「ロイヴィスタッハよ」

 ほんの少し憤慨したような調子で言う。それがソラにはなんだか可笑しくて笑ってしまった。

「貴族にとって家名を覚えられていないのは屈辱なのよ?」

 ヒンネラは毛布から顔だけを出して頬を膨らませてみせる。

「家名どころかあのおっさんなんか名前さえ知らねえよ」

「それはもう侮辱に値するわね」

「キモおやじにはちょうどいい」

「ふふっ、そうね」

 ソラの言動にヒンネラは小さく笑う。それから、自分の結婚式についての一部始終を打ち明けた。

「ロー家、知らねえな」

「貴方は貴族について無知すぎるのよ」

「俺冒険者だしなぁ。それで、結婚はしたいのか?」

「なわけ無いでしょ!?」

 ヒンネラは強く叫ぶ。それほどに結婚したくないということが伝わった。

「じゃあ逃げちまうか?」

「どこによ?」

「三日間、街の外は危険だから都内で逃げ回ってればいい。三日間逃げられりゃさすがに破談だろ」

 いたずらをする小学生のような顔でヒンネラに微笑むソラ。それを見てヒンネラも不思議と笑顔になっていた。

「そうね、三日間貴方のわがままに付き合ってあげるわ」

「私めの戯れにお付き合いいただけるとは光栄ですよ」

「大貴族同士の婚約の破談が戯れとは、英雄家の言うことは違うわね」

「うるせえ、とにかく準備すんぞ。授業なんか受けてる暇はねえ」

「わかったわ。それと、最後に良い?」

「なんだよ?」

「貴方がさっきから触ってるの、私の胸よ」

「早く言えよ!」

 慌ててソラは手を離す。すると、ヒンネラはくすくすと笑い声を上げた。

「さ、準備準備。着替えるから早く出ていきなさい」

 ベッドから飛び起きるとヒンネラはソラを部屋から追い出した。



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