学園編 75
63話から始まる学園編以降は“”(引用符、クォーテーションマーク)に囲まれた技名や固有名詞が出てきます。
その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
ドラゴンの頭にライオンの体、鳥の翼を持ち蛇のしっぽが床の霜を弾き飛ばす。警報鳴り響くこの場において、一層静かにたたずんでいた。
キメラ。ウォーライズ王国においては禁止されているはずの魔獣の人工的複合体を総称する言葉。キメラを見たら家族を連れて国外に逃げろなんて言葉もあるほどに常識であり非常識でもあるその存在。
ただ、ユークリウスの頭にはレイスとソラを連れて逃げることしかなかった。いつもはのんびりとしているレイスも今回ばかりは慌てている。
段々と凍り付く床に触れないようにユークリウスは後ずさりをする。
しかし、ソラが何かをキメラに呟くとその進行が止まった。
「お前が助けを?」
「イタイ」
そのよくわからない何かはソラの質問に一言返すと前足で首元を掻く。そこはドラゴンの頭とライオンの体の接合部分だった。
「ソラ、それをどうするつもり?」
ユークリウスがソラに聞く。
生き物をそれとはひどい呼び方だ。
「こいつはどこかに逃がす。ここら辺の地理を教えてくれ」
「……僕はここら辺の地理は知らない」
「……そうか、わかった」
ソラは一瞬言葉に詰まったユークリウスを察して一人で行こうとする。だが、ユークリウスはそれを止めた。
「ソラ、君はここら辺の地理どころかこの施設も知らないんでしょ?」
「知らねえな」
「じゃあ僕が付いてないと上手くその子を逃がすことは出来ないよね?」
「何が言いたい?」
ソラは訝し気にユークリウスを睨む。その目を受けユークリウスは首を横に振った。
「僕もその子の脱出を手伝うよ。その代わり、話を聞かせてね」
「わかった」
「そうと決まればこっちだよ、もう警備員がそこまで来てる」
ユークリウスの言う通りソラ達が来たはずの暗闇からは複数の足音が響いてくる。ソラはユークリウスに手を引かれ慌てて物陰に隠れた。
「来い、ドラゴン。隠れないと」
ドラゴンらしきモノはソラの言葉に従ってソラの近くに寄ってくる。たちまちソラ達の床が凍り付いた。
「痛い」
警備員に見つからないようにだろう、レイスは小声でつぶやくと足を押さえた。
「僕もちょっと痛いよ、この冷気はどうにか抑えてはもらえないかな?」
ユークリウスもつぶやきソラに提案する。それに頷いてソラはドラゴンに話しかけた。
「その冷気はなんとかならないか?」
「サムイ」
「ユークリウス、これはドラゴンのせいじゃないらしい」
「そっか、それならしょうがない」
ユークリウスとレイスが頷いたところで部屋に男の声が響いた。
「キメラがガラスを割って逃げ出した!被害が出る前に捕まえろ!」
他にもこの部屋にはまだ生徒が、だとか他の被害は、だとか聞こえたが警備員たちはすぐにその場を離れていった。裸足で触れば一瞬でしもやけになるほどの冷たい床だ。警備員たちも何かの拍子に凍り付くのは勘弁したいのだろう。
「……ところで、君は冷たくないのかい?」
おでこを突き合わせるほどの近さでもお互いの顔が見えるか見えないかの暗闇の中ユークリウスはソラの方を向いた。
「俺は寒さ熱さは聞かない体質なんだ」
「ソラちゃんずる~い」
警備員も居なくなり安心したのか黙っていたレイスも声を出す。
「俺の膝に座るか?」
目の前にいるとはいえ女の子は暗闇の中じゃ不安だろう、とソラは笑いながら冗談を飛ばした。
「いいの~?」
「ぼ、僕もいいかな?」
二人の顔は見えないが二人ともがソラの膝に座りたいという。自分だけでなく、相手にも顔が見えていないことを忘れていた。
「あー、二人じゃ狭いけど、どうぞ?」
自分で行ってしまったものはしょうがない。ソラが承認すると二人は手探りでソラの膝の上に座った。
「温かいか?」
「温かいよ」
「温かいね~」
「そりゃ良かった」
「それで、この後はどうしようか。この子を逃がすためにはずっとこの冷気と一緒ってことだよね」
「そうだ、だから俺一人で――」
「ソラに出来る?」
戦って正面突破するにしても、隠れながら脱出を目指すにしてもソラ一人では無理だろう。ソラは正直に否定を示した。
「少なくとも正面突破は無理だ。国の重要施設なんだから警備員も強いに決まってる」
「だろうな」
「隠れながら進むの~?」
そうする他ないだろう。だが、それにしても最小限の足止めの為に戦闘は避けられないだろうし冷気も足を遅らせる。
「ノル?」
打開策を考えていたソラにキメラゴンが一言言った。
「のる?」
「え、何?」
ソラのつぶやきにユークリウスがはてなを浮かべる。ソラも同様にはてなを浮かべた。
「セナカ」
「せ、なか……背中!?乗っていいのか」
「イイヨ」
確かにキメラゴンの背中には冷気があまり行ってないように見える。すぐにソラはその事を二人に説明した。
「冷気の件はそれでいいとして、次はルートだ」
「その件なんだが、何とか出来そうだ」
「ほんとう?」
ソラには見えないがユークリウスはパッと顔を明るくした。
「この部屋を出る時に回収できそうなら靴も回収しよう。キメラゴンの上に乗ってるとはいえ末端は冷えるだろ?」
「じゃあ優先的にレイスの靴を回収してあげて」
「そうだな、よし、キメラゴン、自由に向かって出発だ!」
ソラが掛け声を上げるとキメラゴンは暗い室内を出口に向かって走りだす。
「ところで、キメラゴンって何?」
「俺が付けた名前だ。いい名前だろ?」
「……そうだね、否定はしないよ」
キメラゴンは部屋のドアを蹴り飛ばした。
「キメラだ、いたぞ!」
ドアが蹴り飛ばされた大きな音で警備員たちがソラ達に気付く。ソラはすぐにユークリウスとレイスの靴を回収するとすぐにキメラゴンに飛び乗った。
「ゴンちゃん、逃げて」
レイスがキメラゴンに言うとキメラゴンは走りだした。
「ユークリウス、転移魔法陣は使えるか?」
転移魔法陣には個人用と設置用の二種類がある。ソラはその内、王都からここに来るために使った設置型を活用してやれ、と意図しユークリウスに声を掛けたがユークリウスはそれをちゃんと読み取った。
「時間はかかるけど出来るよ」
キメラゴンの背中で盛大に揺れながら答える。舌を噛んでしまいそうだ。
「キメラゴン、植物課に行くぞ」
ソラはキメラゴンの背中を叩くと急停止、百八十度方向転換させた。廊下の先にはこちらに走ってくる警備員がいるがそれは越えるしか無い。
「レイス、数秒でいい、警備員の足を止められるか」
「できるよ」
答えるとレイスは魔法の詠唱を始めた。
「神聖なる木々たちよ、我が願いに応えて、我が対する者に拘束を”草木の抱擁”」
魔法の詠唱が終わると突然地面から生えた木が警備員たちの足を捕らえる。キメラゴンは一足にその団体を飛び越えた。
研究員が悲鳴を上げてソラ達を、もといキメラゴンを避ける中、図書室に繋がるドアを通り越し植物課のドアまで来るとそれを蹴り飛ばさせた。
「よし、レイス、ユークリウス、耳塞いでろよ」
一言声を掛けるとソラはキメラゴンから飛び降りた。
「ここらへんだったか?」
植物の植えられた大量の鉢を流し見しながら歩いていく。やがて目当ての物を見つけるとソラはヘッドホンを装着した。
「待って、マンドラゴラを抜くつもり?」
キメラゴンの上からユークリウスが止める。しかし、ソラは頷いた。とっさにユークリウスとレイスは耳をふさぐ。
それと同時に先ほどの警報を上回る音が鳴り響いた。レイスとユークリウスは一層強く耳をふさぐ。そうしてやっと正気を保っていられるレベルの大音量に、おそらく声には魔力が込められている。マンドラゴラの悲鳴を不意に聞いた研究員たちはほとんどが気絶していた。
ソラはマンドラゴラを引っ掴みながらキメラゴンに近づく。キメラゴンはそれを食べたそうに見つめた。
「食っていいのは最後だ」
ソラはキメラゴンからマンドラゴラを離し頭を撫でる。その時、一つのあざを見つけた。
盾のような形に十字架が重ねられたあざ……むしろ、焼き印の方が合っているかもしれない。ユークリウスに聞こうにもマンドラゴラがうるさくて会話が出来ない。
後で聞こう、とソラはキメラゴンの上に乗るとキメラゴンを走らせた。
さっき突き破ったドアから廊下に繰り出す。廊下に鳴り響いたマンドラゴラの声が警備員たちを気絶させる。後は転移してどこかに逃がすだけだった。
ソラ達は転移魔法陣のあった部屋にたどり着く。ユークリウスはキメラゴンから降りると魔方陣に近づく。しかし、ソラの方へと振り返ると首を横に振った。
「転移魔法陣はダメか」
呟きながらソラはマンドラゴラをキメラゴンに食べさせた。やっとレイスとユークリウスが耳から手を離す。ソラもヘッドフォンを投げ捨てた。
「どうしようか?」
「正面玄関を見に行こう」
「わかった」
キメラゴンを連れて警備員の倒れ伏す廊下を歩いて正面玄関へと向かう。これは後でひどく叱られそうだ。
しかし、正面玄関は結界が張られておりそこからは出られなくなっていた。
「裏口でも探すか?」
「でも、もうマンドラゴラが無いよ」
「食べちゃったもんね~」
困ったような笑顔でレイスはキメラゴンを撫でる。すると、キメラゴンは一度首を傾げた後ソラに向かって鳴いた。
「ソト?」
「そうだ、これが玄関だ」
ドラゴンが玄関という言葉を知っているか分からなかったが、ソラはキメラゴンに頷いて返した。そもそも、ソト?としか聞かれていないからその意図も完全には読み切れない。
何が聞きたかったのか、と考えているとキメラゴンは天井に向かって鳴き始めた。
それを見たユークリウスが慌ててソラとレイスの手を取りキメラゴンと距離を取る。何かあっても助けられないほどまで離れる。
三人がその場にうずくまると同時にキメラゴンは巨大な火球を吐き出した――。
マンドラゴラ以上の轟音と共に正面玄関がはじけ飛ぶ。それを見て三人はあんぐりと口を開けた。
腐ってもドラゴン。あの分厚いガラスは破れなくとも一枚の結界の破壊など容易いものだったのだろう。
ソトから太陽の光が差し込む。キメラゴンはその鳥の翼を一度羽ばたかせた。
「アリガトウ」
「なんて言ってるの~?」
「ありがとうだとよ」
「どういたしましてキメラゴン」
ここで離れるのも少し無責任な気もしなくはないが、キメラゴンはドラゴンのキメラだ。上手くやっていけるだろう。
「またな」
「バイバイ」
また会おう、と意味を込めてキメラゴンに手を振る。それを受けてようやくキメラゴンは歩き出した。
キメラゴンが施設の外に出る。
次の瞬間――、一閃と共にキメラゴンは、砕け散った。
「行方不明生徒三名確保」
ここ一か月ほど聞いてなかったとはいえ十数年聞きなれたその声。黒い学園制服を身に着けたリクが抜身の西洋剣を持ちそこに立っていた。
「キメラは生徒に危害を加える可能性があったため止む無く排除しました」
淡々と通信用の魔石に喋るリクの顔は逆光でソラからは見ることは出来なかった。




