学園編 70
63話から始まる学園編以降は“”(引用符、クォーテーションマーク)に囲まれた技名や固有名詞が出てきます。
その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
「それでは、魔物学の授業を始めます」
入学式と歓迎会のあった二日後。ついに通常授業が開始された。ストレノス学園は一年を前期と後期で分けそれぞれ八月休みと三月休みに授業の申請をする。いわば、日本の大学の制度に似た物になっているということだ。一年前までは八月休みは中休みと呼ばれ三月休みは終わり休みと呼ばれていた。今でも二年生以上はそう呼ぶ者が多い。呼び方が変わったのも帝国から暦の技術が取り入れられたからだ。
しかし、一年生の前期に限っては申請することが出来ないので受験した科目が前期の前半の受講科目となる。五月の終わりに一年生だけ前期後半の申請があるそうだが、それだけは例外となる。むしろ、例外というよりそれが一つの例なのかもしれないが。
ソラが受験科目に選択したのはエルフ語、魔法言語、数学、ウォーライズ王国語、魔物学、格闘術学、美術学である。そして、その記念すべき一つ目の授業は魔物学だった。教室棟2の教室の一つに十数人が集められ参考書を見ながら教科担任教師の話を聞く。
ソラはたまたま同じ教科を受験していたジーニャと一番後ろの席に陣取り机に突っ伏していた。
「ねえ、寝不足の原因の私が言うのも何だけどもう少し頑張らない?」
ジーニャは遠慮がちにソラの肩を叩く。ソラは大きくあくびをして体を起こす。それからおもむろにノートを開いた。
「これらの事からウルフ、狼は魔獣であるともただの獣であるとも言われています」
二人掛けの机が十個と教師用の机と黒板くらいしか無い狭い部屋、ソラが寝ていたことも知っており突然起きてノートを書き始めたことに安堵していた。
まだストレノス学園に勤めてから一年しかたっておらず今年で二年目になる魔物学の教師はストレノス学園の生徒たちを正直少し怖がっていた。貴族家の子どもたちも多く通うこの学園で生徒たちは身分の違いによるいざこざが起きた場合ある程度守られる。しかし教師はそれがあまり適用されにくい。それを利用して教師を脅そうとする生徒もいるが、この学園の教師は皆位が高かったり、力が強かったりするので教師対生徒のいざこざはあまり見られない。だが、魔物学の教師であるフローレンツは魔力適性も高くなく貴族家でもない。その上、今年の一年生には英雄の一族がいると噂され、どうせ魔物学には来ないだろうと高をくくっていたら教室にいたことに加えその人物が寝ていたのだからフローレンツは非常に動揺していた。一年目は持ち前の元気とコミュニケーション能力でどうにか乗り切ったが、二年目はどうなるかわからない。そう思っていたのだ。
ソラ・アース君の隣のジーニャさんに話を通してもらえば大丈夫かな?ジーニャさんも怒るかな?、そんなことを考えながらフローレンツが授業を続けていると一限目の五十分は瞬く間に経過した。
「今日は狼さんの事ばかりになってしまいましたが、次は皆さんの好きなドラゴンについて教えますね。それでは、これで魔物学の授業を終わります」
そう言ってフローレンツは教材をしまい始める。一番後ろの席ではソラがノートを見つめていた。
「ソラ、最初の十分は聞いてなかっただろうけどお疲れ」
「なあジーニャ」
ジーニャのねぎらいの言葉も撥ね退けソラはジーニャにノートを見せる。
「ここ、合ってるか?」
「うん、合ってるよ」
「そか、聞いてくる」
「え?」
ソラは首を傾げるジーニャを放ってフローレンツの所に歩いていった。
「先生、いいですか?」
「は、はい、何でしょう」
最初から起こした方が良かったのかな、とフローレンツは身構える。そんなこと、も知らずにソラは教卓にノートを開いた。
「先生、狼はこちらが敵意を向けなければ大抵子ども連れでも横を通っていきます。生肉でもあげれば友達にもなることは出来ます。狼は魔獣じゃないと思います」
「それは……」
フローレンツは驚く。狼の事を詳しく知っていることにもだが、なによりソラが思っていた以上にまともな生徒だったからだ。
「ソラ君はウルフを見たことがありますか?」
「あります」
「それが本当なら大きな発見かもしれません。教えてもらってありがとうございます」
「いえ」
笑いかけるフローレンツに一度頷くとソラはすぐにジーニャに腕を引っ張られ教室を出ていった。
「急いで、魔法薬学の授業に遅れちゃう」
ジーニャはソラの腕を引いて廊下を走る。背中まで伸びる長い茶髪が動きに合わせて跳ねた。
「俺は魔法薬学取ってねえよ」
「どうせ暇でしょ、一緒に行くの」
この学園は校則がとても緩い。髪型や服が自由なのはもちろん、取ってない授業に積極的に参加すれば単位が認定されるし寮で異性の部屋に行くことも禁止されていない。睨まれたり半殺しにされたりするらしいが、他の寮にお邪魔するのも許可されている。入学式や卒業式でさえ制服を着てくる者は少ない。そんな学校なのだ。
ソラの常識からすれば、年頃の男女が部屋に行くことを禁止されていなかったら問題が発生してしまうのではないかと思うところだが、むしろ結婚に年齢制限の無いこの世界では割と普通らしい。制服に関しても、貴族も通うこの学園においては貴族服の方が格式が高いとされそもそも意味を成さない。
どうせどの授業でも聞いてるだけだしな、とソラは観念してジーニャの授業に連れ回された。
この学校は不思議な体制で、毎週月曜日の四時限目が終わり昼休みが始まる前の十五分にホームルームが行われる。その分火曜日から金曜日の昼休みは十五分伸びているわけだが。
授業が終わり、昼ごはんはどうしようかなどと話しながらソラとジーニャは教室棟2のスペードの一年生が集まる部屋に向かう。
他の生徒たちはすでにそこそこ集まっていた。そこにソラとジーニャが入って来たのに真っ先に気付いたのはキリメだった。
「ソラ殿!こっちでござる」
ソラとジーニャはそちらへ近寄る。そこにはキリメにヒンネラ、ユークリウス、レイス、ガンドレッドが集まっていた。心なしかヒンネラが不機嫌に見える。ソラのその予想は当たっていた。
「ソラ、なんで朝起こさなかったのよ!」
「起こしたろ、一限目が無いからあと少しだけって言ったの誰だよ」
頬を膨らませて怒るヒンネラにソラは反論する。しかしヒンネラはさらに文句を言った。
「だからって放って行くなんてあり得ないでしょ!」
「俺は一限目が有ったんだ。そこまで面倒見てられるか」
「私の世話役なんだから何とかしなさいよ!私だってみんなと一緒にご飯食べたかったんだから」
後半は小声で聞こえなかったが、前半だけでソラは溜息を吐いた。
「俺はお前の世話役じゃねえ」
「でも、なんだかんだお世話してるよねー」
ニヤニヤとした笑顔を浮かべてジーニャが口を挟む。それに他の者たちも無言で頷いた。
「そりゃあ、あれだ、俺には妹がいるからだよ」
事実リリスはソラのお世話など受けていないどころか、むしろソラがリリスの世話になっていたわけだが。それがバレることは恐らく無いだろう。
「へぇ、そうなんだー」
しかし、妹がいるいないは関係ないようだった。
「ガンド、お前は授業どうだったよ?」
ソラは話題を変えようとガンドレッドに声を掛ける。
「俺は月曜日の午前中はねえよ。そんな事より、昼飯どうするよ?」
ガンドレッドが話題を変えた。
実はこの学園は無駄に広いくせに食堂が無い。その代わりになるかわからないが、綺麗な中庭がある。
定期的に中庭にパンや果物などを売る行商人が訪れるが毎日来るわけでは無い。基本的に生徒たちは寮のキッチンで自分で作るか弁当を持ってくるのだ。
「そういうと思って~、みんなの分作って寮まで持ってきておいたの~、中庭で食べよ~」
ゆったりとした蝶のような声でレイスが喋る。その言葉にガンドレッドは喜んだ。
「おー、ありがてえぜ。女子の手づくり弁当なんて食べるの初めてだぜ」
「で、寮に置いてきたってどこにだ?リビングになんて置いておいたら持ってかれるだろ?」
「ソラちゃんの部屋に置いてきたよ~」
「何で俺の部屋に入れてるんだよ」
「ヒンネラちゃんから合鍵貸してもらったの~」
レイスは朗らかに微笑む。ソラは意味が分からずヒンネラの方を向いた。
「何でお前が俺の部屋の合鍵持ってんだよ!?」
しかし、ヒンネラはそっぽを向いて返した。
「私が世話役の部屋に入れるのは当たり前でしょう?それに朝起こさなかったお返しよ」
「まじかよ」
ため息と共に呟くとソラはヒンネラだけは怒らせないようにしようと心に決めた。
「遅くなってごめんなさい。ホームルーム、手短に終わらせちゃいましょう」
部屋にフローレンツ先生が駆け込んでくるとスペード一年生初のホームルームが始まった。




