学園編 66
63話から始まる学園編以降は“”(引用符、クォーテーションマーク)に囲まれた技名や固有名詞が出てきます。
その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
ソラとキッカは一目散に逃げる。後ろからは眼を紅く光らせ大鎌を振り回す男が木を盛大に破壊しながら追いかけてきていた。ソラもキッカもお互いがお互いに付いてきているかわからない状態でひたすら走っていた。
「キッカ、付いてきてるか!?」
「俺は居るぞ!」
「このまま逃げてたら諦めてくれると思うか?」
「十中八九無い顔して追いかけてきてんだろ!」
もう血走った目という表現さえ足りないと思わせるほどに赤く光る眼と狂ったように二人を追いかけるその顔は透明になって逃げでもしない限りは見逃してくれそうになかった。
ただ、二人にはあまり関係ないがその狂った男の背中にはいかにも弱点だと言わんばかりのものがあった。ルビーのように赤く輝くそれは男の目の赤さと相まって攻撃的な雰囲気を際立たせる。
ソラとキッカは弱点を狙うどころか近づくことも出来そうになかった。
しかし、そこに一筋の光が一閃した。
「キリメ、助太刀いたす」
長く伸ばされた黒い髪と袴を翻し少女は振り返る。少女が納刀すると追いかけてきていた男の背中の赤石が真二つに割れ男は待機所に転送されていった。
ソラとキッカはお礼を言うのも忘れて唖然とする。その様子を見てキリメと名乗った少女は首を傾げた。
「もしかして、お邪魔でござったか?」
「ござる!」
「ひぃっ!?」
ソラが突然叫びキリメは肩をビクつかせる。聞き知った言葉にテンションの上がったソラは無意識に声を上げていた。
「あぁ、ごめん。キリメ、だっけ?俺はソラ、助太刀感謝いたすぜ」
「は、はぁ」
ソラは親指を立てるがキリメは二段階に分けて首を傾げさせた。
「キリメは極東の国から来たのか?」
「ジーニンを知ってるでござるか?」
キリメは顔をパッと明るくするとソラに聞き返す。ソラはジーニンが何かはわからなかったがとりあえずで頷いた。
「ちょっとだけなら知ってる」
「でも、さっきからジン語で話したりウォーライズ語で話したりと器用でござるな」
「へ?どゆこと?」
今度はソラが首を傾げる。そこにキッカが声を掛けた。
「お前、その姉ちゃんが言ってることわかるの?」
キッカにはキリメの言葉がわからない。キリメはソラの言葉をウォーライズ王国語の他にジン語とも呼んだ。すなわち、今ソラは異世界からの使者特有の翻訳機能を使って話していたということだ。これで特に被害が出ることもないだろうし、むしろ恩人に感謝の意を伝えられたのだから問題は無いが。
「なぁキリメ、ジーニンってのは国の名前か?」
「……?そうでござるよ」
キリメは笑顔で頷く。ソラもやっとパズルが繋がってきて何度も自分に向かって頷いた。
「俺のいたとこはジン語に近い言葉を使っていたんだ。残念ながらジーニンには住んでなかったけどな」
ただ、この言葉はキッカとキリメ両方に言ったつもりでもどっちに翻訳されたのかわからないところが厄介だが。
「なるほどな、そりゃ俺にわかんねえ言葉で話し始めるわけだ、俺の分もありがとうって言っておいてくれ」
「そうでござったか、でも言葉が通じるのはずいぶん楽でござるな」
なぜだか二人ともに伝わったようでキッカもキリメも頷いた。
「キリメ、こいつがキッカ。助けてくれてありがとうってよ」
ソラはキリメにキッカを紹介する。その返しとしてキリメが気にするなといった旨の発言をしたことを伝えるためにキッカにもキリメを紹介した。
「待て、キリメは全くウォーライズ語が話せないわけじゃないんだよな?」
「話せることは話せるのでござるが、なにぶん苦手で」
そう言ってキリメは顔の横の髪を弄る。なんだかそのその様子が可愛らしく見えソラは溜息を吐いてしょうがないなとつぶやいた。
「おい、今の俺でも何となくわかったぞ」
「うるせえ黙っとけ」
「私と、でござるか?」
試験ももう三十分が疾うに過ぎてしまい周りからの音が聞こえなくなってしまったのでソラはキリメに手合わせを申し込んだ。恩人でもある上に女の子に手を上げるのはあまり良く思わなかったが、三百点満点中三十点も取れていないだろうこの状況をどうにかしないといけなかったからだ。それに、今のソラではキリメ相手でも肩を借りる勢いだろう。
「私は構わないでござるよ!」
両手を握って微笑む姿は、何かを自慢しに来るリリスに似てるな、なんてことを考えているとキリメに鞘で額を小突かれた。
「やると決まったら変なこと考えてないでやるでござるよ」
そう言って、キリメは周りの木を切り倒し始める。切り株だけを残し切り倒された木を円形にセットし簡易的なステージを作り出した。
その腕力も驚くところだったが、ソラは得物に目を向けていた。
「刀ってそんなに強いのか?」
「刀の切れ味は世界一でござるよ」
「ちょっと誇らしいよ」
「そうでござるか?」
キリメは嬉しそうに微笑んだ。
「よし、やるか」
少し気合を入れて腰から短剣を取り出す。ステージの真ん中まで来るとソラはキリメに向かって短剣を構えた。
それを受けてキリメも刀を構え鞘を投げ捨てる。
それが着地すると同時にソラは走りだした。
短剣と刀ではリーチが違う。その違いを活かそうとソラはキリメの懐深くに潜り込み短剣を振るう。しかし、それは刀の横なぎで弾かれてしまった。
そのままソラの目の前から刀が消え去り死角である右下から刃が襲い掛かる。ソラは不利になると知りながらもそれを短剣の柄で受け体ごとのけ反り刀を弾き上げた。
弾きあげられた刃は180度向きを変えもう一度ソラに喰いつかんと落ちようとする。それが落ち始める前にソラは地面に手を着きキリメの顔に蹴りを入れた。キリメは体をのけぞらせる。
ソラは慌てて足をひっこめる。その次の瞬間にはソラの足があったところに紙を思わせる薄さの斬撃が放たれていた。
「あぶねえ!」
ソラが転がりながら距離を取るとキリメも距離を取る。再び睨み合うこととなった。
一つ違うのはキリメの気迫だろうか。斬り合う前の睨み合いとは違い因縁の相手とでも戦っているのかというほど真剣な顔で、姿勢もさっきより低い気がした。
瞬きすることも忘れキリメを観察する。やがて、眼球が水分を欲しがりソラの意志とは裏腹に瞬きをした。
ソラが目を開けるとそこにキリメは居らず。同時にソラの思考は加速する。
人間には意外に死角が多い。視野や網膜の話をしだせばそうでもないと感じるが、後ろはもちろんのこと前方でも相手から一瞬見えなくなることなんて容易い。ましてやここは前世の常識が通じない異世界なのだから。なら、こちらも常識を捨てるまで。
ソラは短剣を構える右手により作り出される死角から迫る斬撃を見る。先の一撃とは違い防ぐことが出来ないとわかるほどに速く鋭い刃。ソラは両足にすべての力を籠めると後ろに飛び退った。
空間さえ引き裂いてしまいそうな一撃が空を切る。ソラは勢い余って尻もちを着いた。
キリメは鞘を拾い刀を収めると長い息を吐く。それを見てソラも一気に空気を吐き出した。
「ソラ殿は強いでござるな、私も村では強い方でありましたが。井の中の蛙大海を知らず、ですな」
キリメははにかんで笑う。ソラも座りながら笑った。
「間一髪だったな。服見ろよ」
そこへキッカが歩み寄って来る。キッカに言われた通りにソラが自分の服を見ると、切り離されていないながらもわき腹から肩に掛けて豪快に切り口が広がっていた。
「あっ、申し訳ござらん。弁償はします故」
キリメはソラに駆け寄り体は斬れていないかとソラの胸を触る。
「いや、こんくらい気にすんな」
ソラが笑みを浮かべると、キリメは自分のしていたことが急に恥ずかしくなったのか慌てて手を離した。
「ソラ、立てるか?」
「あぁ、大丈夫……あれ?」
ソラは立ち上がろうとして足に力が入らないことに気が付いた。もしキリメの刀が当たっていたとしても上半身だから下半身は関係ないはずである。
「だ、大丈夫でござるか?」
キリメもソラを心配してソラの手を取る。しかし、ソラだけはその状況に気付いていた。
キッカがキリメの後ろからニヤリとした笑みを浮かべながら近づいてきていたのだ。
いつの間にか全身に力が入らず口を開くことも出来なくなっている。
キッカの体から黒い靄のようなものが這い出てくる。それはキリメとソラを包むと一瞬にして体を腐敗させた。
まるで、黒い雨雲から降る酸性雨のようにソラとキリメの体を貪り、そこでソラの試験は終了した。
所変わって、第二会場。市街地を模した会場は奇襲と隠密に適した地形となっていた。ソラがこの会場になっていたらあるいはもう少し点数が取れていたかもしれない。しかし、この会場になったのは学園初の魔人の受験生であるところのリリスだった。
道の真ん中を堂々と歩き獲物は居ないかと黒い角に陽の光を反射させながらきょろきょろと辺りを見回すリリス。
今日は模擬会場とはいえ外で陽に当たるのだからとリクに着せられた真っ白なワンピースを翻らせくるくると回りながら歩く。
ちょっと行っては目が回ったのか軽く頭を振り慌てたように体内の魔力を練り手を前に掲げた。
しかし、敵が居ないことを確認するとまたぴょこぴょこと歩き出す。
それを別会場から監視していた試験官は微笑みを浮かべるが、他の受験生はそうはいかなかった。
三人の男は窓の外に見えるリリスを見て舌打ちをしていた。
「魔人を受験させるとかあり得ねえだろ」
「気に入らないなら俺たちが落とせばいい」
窓辺で舌打ちをした男に対して余裕そうにイスに座った男が鼻で笑う。もう一人の男も立ち上がって頷いた。
「俺が遠回りに反対側に回る。挟撃で一気に仕留めるぞ」
そう言って男は裏口から出ていこうとする。それを窓際の男が止めた。
「俺も途中まで行こう、三方向から挟む」
「よし、そうしよう。出るタイミングは任せる、頼んだぞ」
二人の男はイスに座る男の肩を叩き裏口を出ていく。
イスに座る男はニヤリと微笑むと立ち上がり階段を上っていった。
この第二会場の会場作成者は細かいところに凝る性格なのかリリスの周りには小鳥が集まっていた。リリスの角に座り指にとまり周りを飛び回る。
リリスはくすぐったそうにしながらも鳥たちを撫でながら歩いていた。
およそ試験中とは思えないその様子に民家に隠れていた者たちも出るのを躊躇してしまう。
しかし、あの三人だけは違った。
リリスが街の中央の十字路に差し掛かる。
その時、リリスを囲む三方向の民家からほぼ同時に武器を持った男たちが飛び出てきた。男たちはまっすぐにリリスを見据えると罵声を放ちながら迫る。
鳥たちが驚いて飛び去ってしまうのを見届けるとリリスは慌てることなく呪文を口にした。
「”プロテクト・スフィア”」
リリスを中心に半透明で半円状の膜が出現する。男たちの攻撃は皆それに跳ね返されリリスに当たることは無かった。
しかし、男たちはお構いなしに膜に向かって攻撃を仕掛ける。リリスに反撃の隙を与えないための猛攻撃だろう。現に、そのあまりにも鬼気迫る様子にリリスは気圧され防御魔法を維持するので精いっぱいになっていた。
「おいあれって防御魔法の最上級の”プロテクト・スフィア”じゃねえか?」
「詠唱してる素振りも無かったぞ」
隠れている者たちは小声で驚くが、助けには行けなそうだと思っていた。これが試験で点数を稼がないといけないということに加え、防御魔法最上級の”プロテクト・スフィア”を使える少女が凡人三人程度に負けることは無いだろうと思えたからだ。
しかし、それを知っていてもなおその場に走っていく者がいた。
「”果敢なる一閃”」
リリスを囲んでいた内の一人が吹き飛んでいきそのまま霧と消え去った。それに反応して残り二人はすぐに手を止めると距離を取り走り去っていった。
「ありがとう、騎士さん」
リリスは一人を切り伏せた者に笑顔を向ける。すると、騎士鎧をまとったその人物は兜を外すとリリスに微笑み返した。
「気にしないで欲しい。騎士として女の子を守るのは当然だからね」
「あなたも女の子じゃない」
リリスは女騎士に近づいて手を握る。本来全ての物を跳ね返すはずの”プロテクト・スフィア”は女騎士をすり抜けるとすぐに元の半円状へと戻った。
「君は魔法が上手なんだな。私は魔法がからっきしだから羨ましいよ」
「ありがとう。わたしはリリス、見ての通り魔人なの。こんなわたしを助けてくれてありがとう」
リリスがそう言うと、女騎士は少しムッとした表情になり空いていた方の手でリリスの手を包んだ。
「こんなわたし、なんて簡単に自分を卑下するものじゃない」
リリスは一瞬目を丸くすると頷いた。
「そうね、ありがとう、騎士さん」
リリスが微笑むと女騎士は慌ててリリスの手を放し片膝を付き名乗りを上げた。
「これは失礼。私はアルマという。男っぽい名前かもしれないがちゃんと女だ」
「えぇ、可愛い名前ね、アルマさん」
「そうか……ありがとう」
アルマは少し頬を赤らめると立ち上がり兜をかぶりなおした。
「さて、この場は一先ず別れて今度は学園で会おう」
「約束ね」
「約束しよう」
リリスとアルマは最後に握手をして別れる。アルマが離れる時も”プロテクト・スフィア”はアルマを遮らなかった。
”プロテクト・スフィア”を抜けたアルマはもう一度リリスの方へと振り返ると手を振る。リリスも満面の笑みを浮かべて手を振り返した。
「砂糖みたいに甘い奴らネ」
「”寵愛の盾”!」
アルマに差し迫る危険にリリスはとっさの判断で防御魔法を張る。アルマに斬りかかろうとしていた大刀はリリスの濃厚な魔力で作り上げられた盾に弾き返された。
しかし、アルマを守るために防御魔法を張ったリリスの元には別の脅威が迫っていた。
「あんたの相手はこっちよ!」
「あたしもいるわよ!」
リリスは慌てて後ろを振り返る。そこには筋骨隆々で身長が優に二メートルは越す大男が二人立っていた。
それぞれ肩に赤と黒のハート形の入れ墨を掘り入れ、流派の問題なのか少し内股気味でリリスを上から睨む。
その大男二人は同時に腕を振り上げるとリリスに振り下ろした。
対してリリスはそれを、両手で受け止めた。その衝撃が伝わり地面にリリスの足が突き刺さる。それでもリリスは気にした様子もなく真剣な表情で大男二人を押し返そうとし始めた。
「生意気ね!」
「そのまま潰してあげる!」
二人の大男も負けじと拳を押す。しかし、二人掛かりでも全く押し込むことは出来ないでいた。
リリスの盾で大刀から守られたアルマもその大刀使いと対峙していた。
ウォーライズではあまり見ない顔やお団子ヘアーに加えて大刀という極東に伝わるとされる武器に似た得物。騎士の家系として武器や外国に関しての知識が少しあったアルマには今目の前にいる少女が極東国ジーニンの出身であることがすぐに判別することが出来た。聞き慣れないチャイ語が聞こえたのも判断材料になった。
一見、ただの外国からの受験生という程度かもしれないが騎士の家であるアルマは極東にのみ伝わる武術、剣術があることを知っていた。ならなぜアルマが控室に戻されず今もこの目の前の少女と剣を交えていられるのかというと、ひとえにリリスが自分も大男二人と戦いながらも魔法の盾で援護をしてくれているからだった。
「早くそっちを片付けるネ!」
お団子ヘアーの少女は目の前の盾を鬱陶しがり二人の大男に叫ぶ。
しかし、大男二人もリリスに手こずり動けないでいた。それどころか二人掛かりで押されつつある。やがて、大男たちの体力が付きかけてきた頃、リリスは一層力を込めて二人を押し返すとその腹に魔力の塊をぶつけると吹き飛ばしてしまった。
その様子を見てお団子ヘアーの少女は飛び退って距離を取る。それから小さく舌打ちをすると霧となって消えていった。
アルマは一瞬唖然とするがすぐに我に返るとリリスの前に片膝を付く。すると、それを守るように”プロテクト・スフィア”が張られた。
「君は強いのだな」
「うん、パパの娘だもん」
「パパ?」
アルマは兜を脱ぐと首を傾げる。
「リク・アースの愛娘なの!」
リリスは楽しそうに笑顔を浮かべる。
自分で愛娘と言うのはどうかとも思ったが、アルマにはリク・アースという名前がどういった事を意味するのかも理解していた。
「なるほど、どうりで」
「アルマさん、共闘しましょ!」
「アルマと呼び捨てで構いませんお嬢様、騎士アルマ、微力ながらお守りいたします」
「ふふっ、よろしくね、騎士さん」
アルマはリリスの出す手の甲に軽いキスをした。




