学園編 65
63話から始まる学園編以降は“”(引用符、クォーテーションマーク)に囲まれた技名や固有名詞が出てきます。
その読み方に不正解はありません。自由に読んでください。
国立ストレノス学園入学試験三日目実技試験開始一時間前。
ソラは帝国に行った時にリクからもらった懐中時計を手に実技試験の会場として指定された場所に来ていた。
大きい建物にソラと同じ書類を持った少年少女が入っていくのを見てソラはその後ろに従い入る。
そのまま流されるように適当な席に着いた。会場では百人強の人が各々適当に席についているようだった。ここにリクとリリスが居ないことで実技試験の会場も幾つか用意されていることがわかるが、所々に運良く友人と会えたのか談笑する姿も見える。それが実技試験に悪く影響しないといいが、とソラが警戒した目で周りを見回していると突然声が掛けられた。
「お兄さん、そんな睨んでちゃ敵作るぜ?」
「お前がその一人目か?」
ソラが聞き返すと白髪に水色の髪を走らせたその男はからからと笑い声を上げた。
「あんた面白いな、俺はキッカ、よろしく」
「俺はソラだ、よろしく」
二人は手を交わし合った。
「横座っていいか?」
「気にすると思うか?」
「質問に質問で返すのは良くないと思わないか?」
「お前はどうなんだ?」
キッカはもう一度からからと笑うとソラの隣の席を引きそれに座った。
「俺の名前は知ってるか?」
「あ?キッカだろ」
「あー違え、キッカって名前を知ってたかって聞こうとしたんだ」
キッカは訂正を入れる。しかし、ソラは首をすくめた。
「今知った」
「そうか、実はな、俺ぁ一部の界隈じゃあ名が知られてんのよ」
イタズラっ子っぽい笑顔でキッカは語る。対してソラは目を輝かせた。
「なんだよそれ、かっけえじゃん」
「だろ?もちろん嘘じゃねえぜ、今は教えてやれねえがな」
「残念ってやつだぜ、いつか俺にも一枚噛ませてくれよな」
キッカの口調を真似てソラが喋ると、キッカは笑顔を浮かべてソラを小突いた。
「気が向いたらな」
静かな試験会場で浮くこともお構いなしにソラとキッカが談笑していると、試験開始時間となり試験官の先生が会場へと入って来た。
さすがのソラとキッカも一旦黙り会場は静まり返る。
青い水晶玉を一つだけ持った試験官の先生は机に水晶玉を置くと会場に集まる受験生たちを見回した。
受験生たちを見回した試験官の先生は一息つくと大きめの声で話し出した。
「これより、ストレノス学園入学試験実技試験の説明を開始します。静かに聞くように」
試験官の言葉に皆が固唾を飲む。その様子を見て試験官は話を続けた。
「この説明が終わり次第受験生の皆さんには実技試験用の特設ステージに転移してもらいます。その特設ステージはいくら破壊してもらっても構いません。この世界とは違う次元に存在するため周りへの被害を考えない大魔法も使ってもらって構いません。その会場で皆さんには二時間という制限時間内戦闘不能と判断されるまで戦い合ってもらいます。結託、裏切り、ポイントを取らせないための自害等何をしても構いません。そちらの会場でケガをしたり瀕死になる一撃を受けても現実には一切影響はありませんのでご安心ください。制限時間を最後まで生き残る事が目的ではありませんのでお気を付けください。それらに付け加え、最近元帝国領からの輸入品が良く出回っていますが時間を確認するため又は魔動器としての時計の持ち込みを今年度から許可しています。もちろん、時計型でない魔動器の持ち込みも許可されています。存分に持てる力を発揮できるよう頑張ってください。それでは、順次転移を開始します」
試験官は話し終わると水晶玉に触れ小さな声で呪文を唱えだす。それと同時に一人目の姿が消えた。
途端に会場は手を組もうだの、誰々を最初に狙おうだのと聞こえてくる。その中からソラを狙おうという声が聞こえないのはソラにとって僥倖だった。当たり前かもしれないが、能力が使えなくなっていることがまだ誰にも知られていないのに加えあの英雄、ソラ・アースが学園を受験していることもまだ広まっていないらしい。
と、ソラは思っていたが、どうやらすでにソラの事を知っていてあの英雄に挑んでみたいと考える受験生もちらほらと隠れているようだった。
そこへキッカが話しかける。
「おい、ソラ、手組まねえか?」
「いいぜ、最後の二人になるまでな」
「よし、作戦は転移して合流してからだな」
「了解、じゃ、後で」
二人で拳をぶつけ合い約束をすると二人の目の前は光で包まれた。
光が収まると、ソラがいるのは森の中。背の高い木々の隙間から木漏れ日が降り注ぐのが幻想的な景色と雰囲気を醸し出す。
ソラは一つに近づくとその硬くごつごつとした肌に触れた。初めてこの世界に来た森の事を思い出す。
森から街まで魔物になど一切会わなかったがなぜか異世界を感じていた。
そんなソラに明るい声が掛けられる。
「ソラ・アース、ここに居たのか」
白髪に水色を足した髪の男、キッカだった。キッカはソラの前まで来ると地面にどかりと座りソラにも座ることを勧めた。
「作戦会議だ」
ソラは首を傾げながらも言われた通りに地面に座る。生きの良い下草が足にくすぐったい。
ソラが座るのを見るとキッカは話し出した。
「百数十人がこの特設森フィールドに一斉に転送されたわけだが、俺は多分最初は動かない方が良いと思うんだ」
「俺もそう思う」
ソラは頷く。今のソラでは一対一でも勝てるかわからないのにキッカが仲間になったとはいえ三対二やそれ以上になられたら何も出来ずに会場に戻されてしまう。筆記テストでも点数の取れなかったソラは少しでも実技試験で点数を稼がないといけないのだ。しかし……。
「待ってるだけじゃ点数は取れないだろ?」
「そうだな、だから俺は最初の五分だけ木の上で待ち伏せするのが良いと思うんだ」
俺とお前がこんなに近くに転送されたんだから、とキッカは続ける。そんなことならこうやって地べたに座り込んで話してる時間もない気がするが。それについて聞くとキッカは最初から見つかっていた場合に備えて余裕を見せるためだと説明した。虚勢を張って警戒させたかったということだろう。
会話はいいか、とキッカとソラは一度木に登り身を隠す。
懐中時計を確認しながら待つこと五分程。何も起こることは無かった。
足音が聞こえることも無ければ遠くの方で戦闘の音が聞こえることもなく姿が見えることもない。そこまで再現できなかったのかいらないと思ったのか、動物たちの鳴き声もなく森のささやきと二人の息遣いだけが聞こえていた。
途中通った動く骸骨もカランコロンとどこからか音を発しゆっくりと歩いていくだけだった。
「敵は、居なさそうだな」
キッカがつぶやく。
「あの骸骨が敵じゃなければな」
ソラが返すとキッカは頷いた。
もう一度、ジャマな葉っぱをどけて下を見る。しかし、下には昼寝に最適そうな下草の生えた地が広がるばかりだった。
「そろそろ動くか?」
キッカが提案する。ソラは一度頷くがキッカに一言返した。
「先にお前の名前を教えてくれ」
「何言ってんだ?俺はキッカだ」
「あぁ違え、お前の本当の名前を教えてくれって言いたかったんだ。キッカは俺の事をアースなんて名字で呼ばねえよ」
「なっ!?」
油断した、なんて顔に書いてありそうなほど驚いたキッカの顔は瞬く間にその形をゆがめると全くの別人に変身した。正確には元に戻ったと言う方が正しいのか。
しかし、正体のばれたその男は武器などを出すことは無く木から飛び降りると颯爽と走り去っていった。今は実技試験中。戦闘技術が低いのならソラに正体がばれた以上戦うことを避け次のターゲットを探しに行った方が良いだろう。
それにあの男はソラがアース家の英雄だと知っていそうな感じだった。そんな人物に戦闘能力で勝てると思うなら最初から挑んで来ていただろう。
さて、また一人になってしまったソラだったが、どうにもやる気が出ず困っていた。
「お兄さん、そんな眠そうな顔してちゃ狙われちゃうぜ?」
声が掛けられる。ソラがおもむろにそちらを向くと、キッカが隣の木の上でいたずらっぽく笑っていた。
「あんたがその一人目か?」
「それも良いが、今回は腕を組んで点数を稼ぎたいと思ってるんだけどそこんとこどうだい?」
「いいね、乗った」
二人は木を飛び降りると拳をぶつけ合った。
「良く俺じゃないってわかったな」
「兄貴が疑り深い性格だから自然とな」
今度は本物のキッカと草の上に座り作戦を考える。すでに遠くからは魔法や剣戟の音が聞こえてきていた。
武器はというとソラは短剣一本にキッカは何かを持っているようには見えない。長い剣や弓を持った戦士とは会いたくない。
必然的に奇襲の一撃で出来る限り敵にダメージを与えるか仕留めるかという戦闘スタイルを余儀なくされる。
ソラとしては真正面から乗り越えていくのが最高にかっこいい主人公像だと思っているが今回ばかりは仕方が無かった。リクに能力を返してもらえないのであればソラには学園に通って強くなるしかないのだから。
その事をソラが言うと、キッカは奇襲作戦を了承した。そもそも武器を持たないキッカも奇襲作戦を使う予定だったらしい。
「奇襲するのはいいが、二時間ここで待ってるわけにはいかないな」
「そうだな」
ソラとキッカは揃って口を結んだ。
「今何分経った?」
「10分」
「早くしないとカモが脱落しちまうしな」
「とりあえず動くか?」
「どこに?」
「音のする方に。近くなってきたら木の上から様子を見よう」
「よし、そうしよう。動かないことには始まらねえ」
作戦と言えるような作戦もないまま二人はとりあえず音の鳴る方へと向かうことにした。
ソラもキッカもまだ一点も獲得できていないだろう。ソラにはキッカの実力はわからないが、キッカの言う通りカモがネギを背負っているうちに撃ち落とさなければ点数が取れなくなってしまう。
カミナから聞いた話によれば今年は剣聖の家系の子や校長の孫が受験しているらしい。実技試験は全部で四会場ありこのフィールドにいるかはわからないが、そこら辺の強者に狙われたら今のソラではひとたまりもない。点数が貰えないどころか英雄という期待からアース家を一代目で末代にしてしまう可能性もある。そんなことになればソラはリクにこの世界の果てまでぶっ飛ばされてしまう。
そんな事を考えながら進んでいたソラはしかし、微かな音でも聞き逃さずとっさに太い木に身を隠すとしゃがみ込み様子を窺った。キッカも声を掛けずともソラと同時に別の木の陰に隠れソラの指示を待つ。
ソラは静かに息をするとキッカにハンドサイン込みで言葉を放った。
「死ぬ気で逃げろ」




