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帝国への潜入調査が終わって二週間。
皇帝の消えた帝国は帝都を含めた約七割をウォーライズ王国が、残りの三割を自分たちの権利を主張するケネッペン教皇国が占有することとなった。当初、ウォーライズ王国はケネッペン教皇国の主張を無視し続けていたが、ケネッペン教皇国が戦争も念頭においている、といった意味合いの親書を送って来た時点で使者を招き三割を明け渡した。さらに教皇国が要求してきた場所は鉄や油、その他にも資源が多量に残っているという報告を受けている場所だった。報告の数日後にはウォーライズの外交官が屋敷まで謝罪をしに来たほどである。
資源の場所がわかっていたということは教皇国も帝国にスパイを忍び込ませていたか、ウォーライズでどこかから情報が漏れたということだろう。
情報に関してはふたりもかなりの量を持ち帰ってきているし、内通者がいるのだとしてもそれはすでにふたりがどうにかできる範囲にない。その道のプロに任せるしかないだろう。
もうこの話はいいとして、ところでふたりは今回の任務の報酬として名字、すなわち爵位が授けられることとなった。しかし、王都から離れる気も領地を賜る気も無いふたりは王都の中の屋敷を領地として国以外には干渉されない治外法権に似た権利を手に入れた。正確には、明日宴が用意されその場での例外的な電撃発表となる予定だ。貴族連中も冒険者には屋敷一つで十分だと容認する方向で広まっている。
さて明日の宴だが、翻訳の関係か宴という割には貴族がきっちりとした服で集まり立食形式で社交を行うらしかった。母親気質のフラケートが居て助かったというところである。
ただ、衣装室にはリクが集めたリリス用の服やドレスしかなく丸一日かけて色々な洋服店を物色した。
男用の礼服などそう種類は無い。しかし、屋敷にリリスの服が大量にあることからもわかるように、女性ものは種類がとてつもない。それに、女性は皆ショッピングが好きなのはもう世界の理なのだろう。
今回、メイドのマリーとアグニ、帝国から連れ帰った少年ヒシャの留守番組を抜いた他の人物は全員招かれている。カミナも招かれている程である。
ヒシャと言えば、帝国の奴隷たちはどうなったかと言うと本人が望んで仕える場合を例外として奴隷解放が行われた。帝国の下町は意外と仲間意識が強く悪徳貴族から逃げた仲間に仕事を用意した。そのため、このためにウォーライズ王国が用意した枠はほとんど使われずに終わることとなったらしい。
そして宴の当日。
「ソラ、紐結んで」
「前は自分でやれるだろー!」
「パパ、髪やって」
「リク、私も私も!」
「なぜ私たちが駆り出されている。こういう時のためのメイドだろう?」
「旦那さまは鈍感さんですねー」
屋敷の各地、というよりも局地で寂しさの爆発した女の子たちによる大いなる仕返しが行われていた。
「ソラ、キス」
「必要ないだろ?!」
「パパ、抱っこ」
「着替えられないだろう」
文句を言いながらもソラもリクもそれに付き合っていく。その様子を陰からメイドのマリーが帝国から仕入れたカメラで写真を撮っていた。
帝国の技術だが、ミリタリーとジャンル分け出来るもの以外はほぼ全てがウォーライズ王国に渡った。それでも、仕事を奪わないようにと元帝国領民に権利が発生することになったのは財務官のいい判断だっただろう。
ミリタリーに関しては、バランスが崩壊しかねないと危惧したリクと諜報課の長がウォーライズ王国には広めないという方向で話をまとめた。しかし、もしケネッペン教皇国にその情報が行っていた場合さらに危険との結論に至り一部の鍛冶師に極秘で製造の依頼がされることとなった。
「旦那さま、そろそろ時間ですよ」
「あぁ、ヒーローを遅れさせるわけにはいかないからな、おいでリリス」
「パパ!」
マリーの言葉にそれぞれのコーデに身を包んだ一同は馬車に乗り込み王城へと向かった。
「ソラ様、リク様とそのお連れ様ですね、会場までご案内いたします」
城の従業員の一人が馬車を降りたふたりに声を掛けた。ふたりはお連れと呼ばれたお姫様たちに手を貸し全員が馬車を降り切ったところでその従業員に付いて行く。
ウェルミュレでは魔物のスタンピード事件があってから英雄と呼ばれるようになったソラだったが、今回の帝国潜入に関しては納得がいっていなかった。戦闘くらいしか出来ることのない自分が特に大々的に戦闘行為を行うこともなく、皇帝を退けたのはおそらく自分なのだろうがリクがそれについて一言も言ってこないことが気がかりになっていた。どうせ聞いても答えてはくれないだろうから、とわざわざ聞いて関係を悪くするくらいなら黙っておこうと決めたソラだったが、リクから爵位が貰えると聞いて素直に喜べないでいた。
「ソラ?」
いつの間にか歩きの遅くなっていたソラの顔をカミナが覗き込んだ。
「あー、何でもない」
「何でもある」
首を横に振るソラにさらに顔を近づけカミナは頬を膨らませる。ソラは笑顔を浮かべて一言大丈夫だ、伝えるとカミナの手を取り歩き出した。
「パパー」
リクの首に引っ付きながらリリスは声を上げた。
「なんだ?」
リクはリリスの目を見て聞き返す。
「なんでもないー」
「そうか」
リリスは笑顔を浮かべるとリクにすり寄った。
一行が会場に到着して少しして、緩やかに宴が開始された。王による軽い挨拶と幾人からの挨拶が終わると会場は速やかに気楽な社交場となった。
「リク様ドリンクです、どうぞ」
「ありがとう」
「ソラ様も」
「あんがと」
給仕の一人はふたりにグラスを渡すとすぐに下がって行った。
「リリス、私はお偉いさんと話がある。フラケートの所へ行っておいで」
「わかった」
リリスはリクに頷くとひらひらのドレスを翻しながらフラケートの元へと走っていった。
そこへ待っていたかのように貴族達が歩み寄ろうとする。しかし、リクはそれを片手で制するとソラにグラスを向けた。
「すまないな、ここ二週間は忙しかった。あの部屋での事は全て私も見ていた。ありがとう、そしてお疲れ、ソラ」
「……あぁ!朝飯前だぜ」
ソラはリクとグラスを合わせる。リクはグラスを傾け一気に中身を飲み干した。
「炭酸ジュースだな」
リクの言葉を聞いて一口くらいは礼儀かと口を付けようとする。
「飲むな、ソラ!」
しかし、珍しいリクの大声と共にソラのグラスははたかれた。落ちたグラスが割れ中身が地面に流れ煙を立てる。ソラはすぐにリクに向き直った。
「リリスをっ、うっ、ゲホゲホッ――」
血を盛大に吐き出しながらリクはソラに訴える。次の瞬間にはリリスはソラの腕の中に居た。
「パパ?パパ?」
リリスが手を伸ばしてリクを呼ぶ。しかし、呼ぶ声むなしくリクは水たまりの中に倒れ伏した。
「給仕は全員ここに来い!」
ソラの物とは思えないほどの声が城中に響き渡る。この世界に来てから最大級の怒りを込めた怒号だった。
その様子の変化にカミナでさえ足が竦みソラに駆け寄ることが出来なかった。
あまりの怒気とその緊張感に誰もが身じろぎ一つ出来ずに成り行きを見守る中、城の全給仕係が会場に集まった。その様子は自主的に集まったというよりは王の命令に盲目的に従う奴隷のようでもあった。
ソラは給仕の一人に向かって歩いていく。その給仕は誰が見てもわかりやすい絶望の顔をしていた。
「お前だな」
「はい、そうでございます」
嘘を言えば死ぬ。本能がそう理解するような気迫を前に嘘を吐けるものは居ないだろう。
「衛兵、牢に閉じ込めろ」
「は!」
ソラに声を掛けられた警備兵は完ぺきな敬礼をするとその給仕を捕まえ会場を出ていった。
深くため息を吐いたソラは倒れ伏すリクに歩み寄る。その体に触れるとそのまま肩に担ぎ上げた。
「俺に任せろ」
小さく呟くとソラはその場から消え失せた。
所変わって魔族領の魔王城玉座の間。
魔王とその娘ハープレティはどこからともなく突然現れた男に驚いていた。
「力を貸してくれ」
ソラが静かに言い放つと魔王は片膝を付き頭を下げた。その様子を見てハープレティは首を傾げる。もう一度男の顔を見て一人の男を思い出した。
「あんた、あの時のヒーロー。おじさまに何をしたの!」
ハープレティは声を荒げて手に魔力を溜める。しかし、ソラはおもむろに片手を出すとそれをやめさせた。
「今戦っても何も起きない。君が負けるだけだ」
「やってみなきゃわかんないじゃない!」
ハープレティは言い返すが頭ではわかっていた。魔王である父が一言で膝を付き頭を下げる相手。形容するなら筋骨隆々な益荒男。だが、ハープレティは大好きなおじさまが毒にやられているのを前に居ても立ってもいられなかったのだ。
「心配するな、この人は俺の兄だ」
「なっ、そ、そう」
なら良かった、とハープレティは無い胸を撫で下ろした。
「兄は魔族の味方か?」
「いいえ、おじさまはどちらの味方でもないわ。人間も魔族も殺すけど、でも、人間も魔族も魔人も殺さないわ」
「そうか」
ソラは頷くとリクをカーペットの上に寝転がした。そこに慌ててハープレティが駆け寄る。
「おじさまはもう助からないわ」
ハープレティはリクの手を取り握りしめる。ソラは首を横に振った。
「兄は死なない」
「これはフローズンスネークとポイズンモスキートの毒を配合したもの。ドラゴンさえ一滴で死ぬ毒よ」
「解毒方法は?」
「無いわ」
その言葉にソラは溜息を吐きながら立ち上がると玉座にドカリと座り込んだ。
「ねえパパ死んじゃうの?」
リリスが目尻に涙を溜めてソラに聞く。ソラは首を横に振った。
「何かないのか、兄貴でも何もしなければ死んじまう」
「ねえ、その」
「名前か?」
「ごめん、どう呼べばいいかわからなくて」
「ソラだ」
「ハープレティよ、それでソラ、噂なんだけど」
「なんでも教えてくれ」
「二十年に一度、世界のどこかにあらゆる状態異常を治す花が咲くと聞いたことがあるわ。でも、それこそ都市伝説の類よ」
「…………」
ソラは深くため息を吐くと玉座で足を組んだ。
「魔王」
「ハ、ココニ」
さっきから片膝を付いたまま動かなかった魔王はさらに頭を下げた。
「パパだっさ」
「オマエモアタマヲサゲナイカ!」
「やめてくれ。あんたも頭上げてくれ」
「ハイ、カシコマリマシタ」
一度頷くと魔王は頭だけを上げた。
「ハープレティ、まだ君にはわかんないかもだけど、俺は今、一瞬で国一つを吹き飛ばせるほどの力がある。それがハープレティの親父にはわかるんだ」
「わ、私にだってわかるわよ!」
ハープレティは頬を赤くして反論した。
「魔王、今集められる魔物を全員集めてくれ」
「カシコマリマシタ」
頷いて魔王はその場から消え去った。
「ねえ、その娘」
「リリスだ」
「知ってるわ、可愛い娘ね」
「あぁ、可愛い妹だ」
ソラは倒れ伏すリクを見たくないのかソラにくっ付いたままのリリスを抱きしめる。とても暖かく感じた。
「ソラ、おじさまって暖かいのね」
「俺にとっても星だよ」
「私だって負けてないわ」
「パパはリリスのパパ」
リリスも負けじと声を上げる。リクは倒れ伏していても周りに笑顔を生み出していた。
魔王が消えてから小一時間経った頃だろうか、魔王城の前が妙に騒がしくなり始めた。
「ソラ、そろそろよ」
「あぁ」
「ソラ、私たち魔族や魔物は力こそが全てよ。お願い、なんて優しいものに従う奴は居ないと思った方がいいわ」
「……あぁ、ありがとう」
ソラは人差し指をコキリと鳴らすとリリスを玉座に降ろし立ち上がった。
「ソラサマ、ホボアツマリマシテゴザイマス」
「ありがとう」
答えると、玉座の間を出たソラは演説台に立った。
犇めき合う魑魅魍魎。そんな言葉が異世界一合いそうな光景にソラは一度深呼吸をした。
「俺は一時的にこの国の王となった」
魔族、魔物たちはそれが当たり前だと言うように文句など出さない。ソラはちらとカーペットに寝るリクを一瞥すると続けた。
「最初の命令だ、あらゆる状態異常を治す幻の花を手に入れろ、見つけられたものは側近にしてやる、行け!」
ソラが吠えると同時にスタンピードかと見間違いそうな勢いで魔族たちは走り去っていった。
「さ、私も行こうかなー」
「魔王の娘がわざわざ行く必要は無いだろ?」
「何言ってんの、今の魔王はソラでしょ?それに、側近に……」
「ごめん、後半が聞き取れなかった」
「なんでもないわよ!行ってくる!」
「行ってらっしゃい」
圧されてソラが手を振るとハープレティは黒い霧になって飛んでいった。
全員が居なくなったところを見届けてからソラは玉座の間に戻るとリリスを抱き上げた。
「リリス、俺はこれからたぶん花が手に入るまで動かなくなる。兄貴を頼んだ」
「うん!」
リリスは元気よく頷くとリクに駆け寄って結界を張り始めた。
「さて、時間を走ろうか」
呟いてソラは玉座に座った。それと同時にソラの世界は加速する。
魔王が来ては消え、魔族が似た花を持ってきては消え、リリスは部屋の中をせわしなく歩き回る。時々、心配するように動かないソラの膝に座りに来るがすぐに離れるとリクの傍に座った。
ソラの体感ではどれくらいだろうか。もう腹時計なんてとうの昔に壊れた気がする。
ある日、ハープレティが一輪の花を持ってきたところでソラは能力を解除した。
「見つかったわ、ソラ」
「どれくらい固まってた?」
「百日くらい?」
「そんなにか」
「リリスに聞いたからわかったけど、最初はびっくりしたんだからね」
「お兄ちゃん、ハーちゃんがお花見つけてきてくれたよ!」
リリスがソラの膝に飛び乗る。ソラは首を傾げた。
「ハーちゃん?」
「リリスがそう呼ぶのよ、そんなことよりおじさまでしょ」
「そうだな」
「はい、これ」
ハープレティはソラに花を渡した。
「知ってる?その花、”愛の花”って言うのよ。ソラはおじさまを、お兄さんを愛してる?」
「兄弟愛じゃ誰にも負けねえよ」
「そう」
ソラはリクの口を開けると”愛の花”を握りつぶした。
ソラの腕の筋肉が盛り上がり拳に力が込められる。そして、一滴。
「兄貴?」
「あぁ」
「あはよう」
「あぁ、ありがとう」
小さく笑い合うとふたりは拳を合わせた。




