61
ライネードを乗り越えたふたりは不自然に兵士たちの居ない城に入っていく。
絢爛豪華な装飾に煌々と光る魔石灯が目に付く。
さっきまで人が使っていたような温かさが残っているのに物音一つ聞こえてこない。玄関、キッチン、ダイニングルーム、リビングルーム、図書室、誰もいないのに全ての部屋に明かりが付いているのが異様さを際立たせていた。
一通り回ったふたりは最後に中庭に出た。
ここも昼間なのにも関わらず魔石灯が付けられている。加えて、しっかりと手入れのされた花壇でたくさんの花が咲き誇っていた。
そして、その花々に囲まれる形で上に続く螺旋階段が佇んでいた。
ソラは一度リクの方を向いて頷くと螺旋階段を上っていく。カタン、カタンと小気味の好い音が中庭の優しさを感じさせた。
螺旋階段を一番上まで行くと一つの扉が現れる。ライネードの言う通り、皇帝はここで待っているのだろう。
しかし、ソラは立ち止まることなくその扉を開けた。
「いらっしゃい、よく来たね」
リクは黒い服に身を包みソラに笑いかける。ソラは首を傾げた。
「紅茶でも飲むかい?カフェオレは無いんだ、すまないね」
リクはソラを部屋の中央にあるイスに座るように促した。
ソラは言われるがままイスに座る。それでも訳が分からずソラはポットを持つリクの手を掴んだ。
「言いたいことはわかるよ、僕も今ここで全部教えてしまいたい。でも、まだダメなんだ。800年も待ったんだ。台無しには出来ない。死に戻りなんて出来ないからね」
またリクはソラに微笑みかける。ソラは紅茶を一気に飲み干した。
「その紅茶、僕が入れたんだ。どうかな?」
「にがい」
「そっかー、紅茶はまだ好きじゃないか」
にこやかに笑うとリクはポットを投げ捨てた。ポットは地面に着くことなく消え失せる。気になってそれを見つめていたソラを見てリクはくすくすと笑った。
「麦茶が好きだったっけ?」
そう言ってリクはさっきとは違うポットを出現させた。
カップもアンティーク調の物を投げ捨てプラスチック製のコップを出して麦茶を注ぐ。それをソラに渡すとリクはまたもポットを投げ捨てた。
そして、ソラが麦茶を飲むのを見届けてからイスを引いてソラの対面に座った。
「外は暑かった?寒かった?都市だからうるさかったかな?」
さっきまで一緒に居たはずのリクはソラに問いかけた。
「何言ってんだ?」
「外の様子を聞いているんだ」
「知ってるはずだろ?」
「ここからは見えないよ?」
リクは両手を広げる。ソラは顔を上げて周りを見回すが外どころか何も見えなかった。見える見えないでさえないのかもしれない。永遠に白が続く、空間。
「でも、さっきまで外に……」
「僕はずっとここに居たよ」
ソラには何がなんだかわからなかった。兄貴の思考は読めないことばかりだが。
「そっか、情報が欲しいならこっちの情報を出せって話だよね。いいよ、話せる範囲で話していこう」
笑って話し始めるリクにソラは若干違和感を覚えながらもイスに座りなおした。
「およそ七百数十年前にこの国は僕によって作られた」
「皇帝だしな」
「うん、そっちじゃなくてね、そうだね、創ったって言えばわかるかな?国も建物も人も、僕が創り上げた。まるで、粘土細工のようにね。こねていたわけでは無いけれど」
リクはそれを示すように両手で球体を作って見せた。その球体の横から顔をのぞかせる。女の子だったら可愛い仕草だっただろう。
「まぁ、それから色々あって僕は700年以上君を待っていたってわけさ」
「で、700年待って何がしたかったんだ?」
ソラが聞くとリクはありがとう、と小さく呟いて立ち上がった。リクはソラに背を向ける。その背中はやけに小さかった。
「君には、僕を殺してもらう」
「いやだね」
「即答するね~。でも、君××は僕を殺すよ。そうしないと、この物語は先に進まないからね。」
「なんて?」
途中聞こえずソラは聞き返す。しかしリクは続けた。
「このストーリーは僕を倒すことで一章が終わる。その先は僕の知ったことじゃないけど、二章で強くなって、でも二章の最後で強敵に当たり三章の最後で強敵を打ちのめして終わり、かな?現実は少年マンガじゃないんだからそんなに上手くは行かないかな?」
「待て待て、さっきから。俺がついて行けてない」
「あぁ、ごめんよ、でも君××はとりあえず僕を殺せばいい。とりま、ってやつさ。僕の屍の先に最強がある」
「君、なんだって?」
またも聞こえずにソラは聞き返す。リクは一度首を傾げた後に何度か頷いた。
「この空間ではその言葉はつかえないんだね。ネタバレ防止ってやつだよ。気にしないで」
「そうか、倒すのはわかった。その前に色々聞きたい」
「いいよ、僕も君と話すのは久しぶりだから実は楽しみにしてたんだ」
リクは麦茶のポッドを出すとソラの対面に座りコップに麦茶を注いだ。
「この国は兄貴が作ったんだろ?」
「そうだよ」
「ライネードも作りもんなのか?」
「いいや、あの子は本物。と言っても、本物と偽物の区別なんてつかないと思うけどね。」
「どんだけ偽物がいる?」
「……そうだねー、それは内緒にしておこうかな。それと、勘違いしてるようだから教えてあげるけど、僕の作った子たちも感情はあるよ」
「じゃあ……」
「ご明察。普通の人間と何ら変わんない。ホムンクルスの少女や少女の見た目を模した機械さえ愛でようという文化のある場所から来た君にはわかるよね」
「救ってやらねえと」
「これだからヒーローはかっこいいね」
リクは手だけで小さく拍手をする。ソラにはその目が笑っているようには見えなかった。
「だからって」
「人質に取ったりはしないよ。僕が死んだところであの子たちは死なない。存分に僕を殺しておくれ」
「でも、俺は皆助けるって誓ったんだ。あんたも助ける」
「僕は殺されることで救われる。わかる時が来る」
「そうか、まだ聞きたいこといっぱいあるんだけどよ」
「どんどん質問してよ」
「そう言うわけにはいかねえんだろ?」
ソラは兄の白い顔を撫でた。
「女の子の顔をいきなり撫でるなんていけないよ?」
淡く笑い少女はソラの手に触れる。その手はソラの手よりも小さく感じた。
「あんたが誰か分からなくなってきた」
「ネタバレはしたくないからね、ノーコメントで」
少女はソラの頬にキスをすると白いドレスを翻らせて立ち上がった。
いつの間にかコップを載せたテーブルとイスは消えており、ソラもいつの間にか立ち上がっていた。
キスをされた頬が温かくどこか懐かしさを感じる。
ソラは拳を構えた。
そこへ
「ま、待ってください!」
小さな少年の声が掛けられた。
少年は少女に駆け寄ると前に立ち両腕を広げる。男用の給仕服で身を包んだ少年は震える足でソラに目を向けた。
「幻覚なんかじゃないよ。この子は炊事、洗濯、掃除、身の回りのことをやってもらってるんだ」
少女は微笑むと少年の頭をポンポンと撫でた。
「どいてくれ、俺はお前のご主人様を殺すんだ」
「嫌です、僕は皇帝様に救われたから、今度は僕が助けます」
「×××、僕が死んでも何も変わらない。これからも僕に仕えてくれ」
そう言うと、少女はカミナのゲートに似た物を出現させ少年を中に入れてしまった。
「どこにやった?」
「下の庭で待ってるよ、帰りに連れて行ってあげておくれ」
「……わかった」
ソラは頷いた。
「さて、もう邪魔に入る者はいない。いざ、物語を進めるとしようか」
「最後に、名前を教えてくれ」
「君はもう知っているよ。それじゃ納得いかないって言うならそうだね、帝釈天、そう名乗っておこうかな」
少女は赤色の短剣を出すとソラに手渡した。
「あと一年持ってたかわからない、ここまで誘導するのには苦労したよ」
「誘導?」
ソラは少女から短剣を受けとりながら首を傾げる。少女は驚いたのか目を丸くした。
「伏線回収扱いになるのかな?そうだね、じゃあ教えよう、ここまでの物語を作ったのは僕だ。そして、ここからの物語を作るの××だ。あとは君に頼んだよ」
少女は最後にもう一度ソラに微笑みかけるとソラの持っている短剣に自分の腹を押し付ける。
そして、少女の純白のドレスは紅のドレスに変化した。
次の瞬間、目を開けるとソラは城の中庭の花に囲まれて突っ立っていた。手には紅い短剣を持ちながら。
少し離れたベンチにリクと少年が眠っていた。
ソラはそちらへと向かう。それに気づいたのか、リクが目を開けた。
「疲れただろう、仕事は終わりだ、わが家へ帰るぞ」
「あぁ、疲れた、帰ろうぜ」
ふたりは揃ってあくびをかますと帰路へと就いた。




