53
ソラが奴隷を助けたいと言った次の日。
ふたりが泊まっていた宿屋は帝国兵に囲まれていた。
「囲まれてんな」
「主人には悪いが、逃げさせてもらおう」
事前に危険を察知したふたりは少し離れたところからその様子を見て裏路地に入っていった。
よごれの目立つ裏路地の奥でで一度立ち止まると二人揃ってため息を吐く。
「座りたくはねえな」
「同感だ」
「で、これからどうする?」
「まずはこれを」
そう言ってリクが渡す物をソラが広げると、それはフード付きのローブだった。
リクが着るのを見てソラも深緑色のローブを翻しフードを目深にかぶる。これで二人分の不審者の完成である。
「これじゃ目立たねえか?」
「表通りは目立つだろうな、出来る限り路地を行く」
「了解」
ソラが頷くとふたりは、とりあえず、と歩き出した。
「何か作戦があんのか?」
「隠れるために貧民街の多い南西に向かう」
「その後は?」
「本来の依頼は偵察だけなのだ、先が用意してあるわけがないだろう」
「そっか、そうだな」
ふたりは裏通りを通り南西に向かう。次第に家々が密集し始め、やがて歩く隙間もないほどに路地は狭くなっていった。
宿屋の1人部屋に四、五人で泊まるような密度の中をふたりは人の間をすり抜けながら歩いていく。周りには急いでいる人もいれば、眠るように動かない人もいる。
そんな中、唐突にソラの腕が掴まれた。
「はぐれるな、ソラ」
「この歳ではぐれるかよ!」
ソラはつい大声で反論するが、貧民街のがやがやの一部となって目立つことは無かった。
「少し外れるぞ」
リクはソラの声は聞かずにはしごで住居の上に登っていった。その後を追ってソラもはしごで屋根の上に登る。
そこからよく見るとふたりの行こうとしていた少し先に帝国兵士が人々を押し退けて歩いているところが見えた。ソラは反対側の屋根に飛び移り身を隠す。
「兄貴、貧民街でもダメか」
「そうだな」
ふたりは帝国兵士が行くのを待ってからはしごを降りると、また貧民街を歩き出した。
「たしかに狭いな」
「スリに気を付けろ」
「兄貴の指示で何も持ってきてねえよ」
「ならいい」
ただ歩いていても怪しまれそうなので適当な出店に目を付けると値引き交渉もせずに購入する。
外壁まで来るとふたりは外壁にもたれ掛かり座り込んだ。
貧民街であろうと、密集してはいるもののしっかりと道も建物も整備されている。ウォーライズ王国の貧民街では建物はおろか道も無いほどだったというのに。
「闇市ってやつか?」
「一部はそうだろうな」
「兵士が通ってる時に商品畳んでる人が居た」
「見えたか」
「たまたまな、ってか、兄貴も視力強化すれば何でも見えんだろ?」
ソラは路地を指差して言う。しかし、リクは首を横に振った。
「能力は使えない」
「え?俺は使え、ないな」
リクの言葉にソラも力を込めて能力を発動しようとするが、それは失敗に終わった。
「能力は、ここでは使えない」
「でも、能力って本来どマイナーなんだろ?悪魔のなんやらだの魔族が何だのって嫌われてるぐらいだし」
「少なくとも、ウォーライズ王国やケネッペン教皇国ではそうだ」
「それが使えなくなってるって、どういうことだ?」
「考えられる可能性はいくつもある」
「可能性ね」
「そうだ」
またもふたり揃ってため息を吐くと出店で買った串肉を口に入れた。
と、そこへ声を掛ける男が一人。ふたりと同じくフードを被った人物だった。
「おい、そこのお二人、ちょっといいか?」
声を掛けられると同時にふたりは腰の短剣に手を伸ばした。
「待った待った、怪しい者だが多分敵じゃない」
男は両手を出し振るが、ふたりは短剣に伸ばした手を収めなかった。
「ここじゃ何だ、酒でも飲みながら話さないか?」
「酒?」
リクが聞き返すと男は頷き小声で囁いた。
「安全に話せる場所がある、そこで話そう」
「兄貴、どうする?」
「行くしかないだろう」
「俺も同じ意見だ」
手招きをして歩いていく男の後をふたりは付いて行った。
やがて、貧民街の中の建物一つに入っていった。そこは男言った通り、酒場だった。少し狭いが、賑わっている。
男の後を追いかけてふたりが酒場に入ると、中に居た人が一斉に入り口を見つめる。しかし、やがて興味を失ったのかすぐにがやがやとし始めた。
「さあ、奥へ行こう」
男にまた手招きをされてふたりは薄暗い店内を横切る。
飾りっ気のない奥の部屋に通されると座るように勧められた。
ふたりは頷くと腰から短剣を引き抜き、座るとそれを膝に置いた。
「警戒されてるね、俺はロイド、よろしく」
ロイドは座りながら名乗ったが、握手のための手は差し出さなかった。
「俺はソラ、こっちは兄貴のリクだ、よろしく」
ソラが名乗り手を出すと、初めてロイドは手を差し出し握手に応じた。
「そう使う部屋でもなくてね、ソファとテーブルしかない部屋だけど」
ロイドの言う通り、帝国特有の薄暗いランプに照らされた室内にはソファが二組とテーブルが一つしか無い。帝国は全体的に物が少ない気がしないでもない。
「別に、絵画とかあっても目障りだしな」
「そうだね」
ソラの言葉にロイドは苦笑すると手の甲を掻いた。
「さて、単刀直入に行こうか。君たちが屋根に隠れるところを見ていた」
「隠れたわけじゃない、上から見たかったんだ」
ソラ自身、嘘が下手だな、と思いながらもそれを突き通すことにした。
「……まあいいだろう。君たちはどこから?ウォーライズ?ケネッペン?」
「ウォーライズだ」
「旅人かい?」
「旅人だ」
「帝国は楽しんでもらえてるかな?」
「答えがどっちなら嬉しいんだ?」
質問に質問で返すのはあまり良くないとされるが、ソラには相手の情報を読み取る観察眼は無く、直接聞くしかない。ソラも、どうせ俺が質問している時の相手の反応見て兄貴が何か考えてくれるだろう、なんて思いながら話しているわけだ。
「どちらも嬉しい、かな」
ソラの質問にロイドは意味深長に答えた。
「楽しんでるよ」
「兵士に追いかけられていた訳は?」
「隠れていたわけでも追いかけられていたわけでもないって言いたいが、まあいいか、兄貴」
「好きにしろ」
リクの言葉にソラは頷くとソファの背もたれにもたれ掛かった。
「昨日、宿屋で奴隷を解放したいって話してたら今日の朝には囲まれてた」
「よく抜け出してこれたね」
「その少し前に逃げたからな」
「実力はばっちりだね」
「何にだ?」
ソラは首を傾げるが、ロイドは首を横に振った。
「今は気にしなくていい」
そこで、ソラはやっと相手もこちらを疑っているということを理解した。翻訳の関係だろうが、単刀直入だなんて言いながら本題には入っていない。
「ロイドさん、だったか?本題に入ろう。あんたは何だ?」
「何だったら嬉しいかな?」
質問に質問で返すロイド。薄暗いランプで照らし出されるロイドの顔は少し楽しそうにも見えた。
「帝国のお偉いさんと繋がってなけりゃ何でもいい」
「そうだね、僕も君たちが上と繋がってなければ正直何でもよかったよ」
ロイドは頷いて笑う。
「俺らはただのウォーライズ王国からの旅人だ。あんたたちの事も教えてくれ」
「そうしよう、礼儀として自己紹介を返さないとね。でも、その前に」
そう前置きをしてロイドは一度部屋を出ていった。
すぐに戻ってくると、ロイドは三人の人を連れてきた。
「この三人は仲間だ、この酒場に来る人ほとんどが仲間だったりするけどそれぞれこの三人か僕の指示下に入っている」
「なんかでかい組織なんだな」
ソラにロイドは頷くと続けた。
「僕たちはレジスタンス。この帝国を変える最後の一本槍だ」




