52
馬車を歩かせ門まで行くと二人の門兵がふたりを迎え入れた。
「旅人かい?どこから?」
黒色を基調とした正式制服であろう帽子を気だるそうに一度外して聞く。
「ウェルミュレ」
リクが一言で答えると門兵たちは肩をすくめながら頷いて門を開けた。
「何か、気を付けることは?」
「帝国の事は外に出さぬように」
「わかった」
聞かないと言われなかったところを考えると、百年情報が無かったのは不思議だとも思ったがふたりはとりあえず馬車を進ませ帝都に入る。
「精々楽しみな、旅人さん」
明らかに意味深長な門兵の言葉を残し門は閉じられた。
門をくぐり帝都を進む。建物はウォーライズ王国の王都やウェルミュレとさほど変わらない。全体が少し暗かったり嫌に密集している気もするが、それは国が違うのだからあり得る違いだろう。
少し広い道路を馬を進ませさらに進む。すると、やがて四方向に道が続くロータリーが現れた。その中心にどの方向からでも見られるように四方向の道に向かって大きい時計台が建てられている。それを見てリクは馬車を止めた。
「時計、だな」
「六時だな」
現在、六時十八分。短針と長針で時間を示す機械。
「ウェルミュレはおろか、王都にさえ時計は無かった。それなのに時間の概念は存在した」
「……自動翻訳の関係か?」
事の異様さにやっと気付いたソラも真剣な顔でリクに意見を述べる。しかし、リクは首を横に振った。
「何度か時間に関することを言われたことがある。毎回時間を指定されながらなぜかあまり気にされていなかった」
「百年以上前に時間の概念だけが帝国から持ち出された?」
ふたりが、おそらくその場では答えは出ないであろう議論を交わしているところに一つの言葉が掛けられた。
「おーい、熱中しているところ悪いが、そのでかいのを退かしてくれないか?」
一度話し合いを止めふたりが声の主を見ると、一人の男が立っていた。
「ん?旅人かい?何ならうちに泊まっていくか?ここは宿屋だ」
そう言って、男は扉の上にある小さい看板を叩いた。
「兄貴、なんて書いてあるんだ?」
「宿屋、だ」
「おい、坊主ども、泊まるのか?泊まらないのか?」
少し短気らしい宿屋の男の言葉にリクは手綱を置き業者台を降りた。
「ウォーライズの金貨は使えるか?」
「あぁ、それでいい」
リクの出した金貨銀貨の袋を受け取ると宿屋の主人は馬車の止め場所を示し付いて来るように言った。
馬車を店裏に止めもう一度表まで回ってくるとふたりは宿屋に入った。
中は、一般的な宿屋と変わらず一階がエントランスと食堂になっていて二階が宿部屋になっているようだった。大通りにあるからか繁盛はしているようで食堂ではいくつかの集団が食事を摂っている。
唐突にリクが壁掛け照明の一つを取り上げた。
「主人、これは魔石ではないな?」
ふたりの住む屋敷の照明のほとんどは魔石となっている。ソラもメイドのマリーが時たまに魔石を交換しているところを見かけるので知っている。
今の所この世界では魔石の照明が一番効率がいいと言われている。魔石は内包する魔力を全て使い尽くすと透明で透き通る綺麗な石になるのだが、魔法使いや魔導士にまた属性魔力を入れてもらえば再利用できる。言わば、環境破壊をしない充電池である。それを使ってないのはなぜか気になり、リクは宿屋の主人に聞いたのだ。
宿屋の主人は帳簿に何かを書いていた手を一旦止め顔を上げると頷いた。
「魔石製は高くて買えねえよ」
「魔法を使える者はいないのか?」
確かに魔石を使った照明は少し高いが、ふたりのように魔力が無い人でもなければ将来的に見て得なはずだ。そんなリクの質問に宿屋の主人は笑って答えた。
「坊主たちは魔法が使えないのか。だからわかんなかったんだな。帝国の中では魔力が出せねえんだよ」
「なぜ?」
「皇帝がやったんだとよ、ま、もう何百年も前の話だがな」
「そうか」
リクは元の場所に照明を戻す。
そこに、周りを見ていたソラが小さい声で話しかけた。
「食堂の冒険者チーム、魔法使いが居ない」
ソラに言われてリクも食堂を覗く。言う通り、五人組なのにも関わらず全員が武器を所持していた。
「バランスの悪いチームだな」
リクの言葉にソラも頷いた。
「よし、ソラとリクだな。金さえ払えばサービスは最上級を提供してやるよ、部屋は一番奥だ」
宿屋の主人は鍵を渡すと、盗難は責任取らんぞ、と笑ってふたりの背中を押した。
ふたりは言われた部屋のカギを開け入る。中は、照明の関係で薄暗いながらも綺麗に整えられていた。
ベッドが二つにテーブルとイスがワンセット、窓際に一人用ソファが一つ。簡易的なものだが、シャワールームも付いている。この宿屋が帝都でどれほどの値段設定かはわからないが、見たイメージは悪くない。
ふたりはベッドを適当に選びそれに座る。
その時、ドアが少し強めに叩かれた。
「坊主ども、時計はあるか?いや、無いのはわかってる。食堂に時計が設置してあるからよ、夜十時以降は外に出るんじゃねえぞ。兵士につかまりたくなかったらな」
「まじかよ」
「本当に決まってんだろ、俺は言ったからな」
そう言うと、ドアの前から足音が遠ざかっていった。
「真夜中は外出禁止、か。時間に厳しいんだな」
「十時になる前に時計を買ってくる、待っていろ」
リクが立ち上がる。ソラもそれに付いて行こうと立ち上がるが、リクはすり抜けざまソラをベッドに押し倒した。
「盗難に気を付けろ」
振り返らず言うと、リクは部屋の鍵を持って宿屋を出ていった。
ソラは一人残される。特にやることも無いのでベッドを降りると、窓を開け放ち窓際のソファに腰を掛けた。
ただ何となく外を眺める。確かに、街中には所々に軍服であろうものを身に着けた者たちが歩いている。
女性はドレスを着ている人が多いようだ。
奴隷らしき、破いたカーテンのような服を着た少年少女に首輪と鎖をつけて連れ歩いている人もいる。かと思えば、首輪はついているが綺麗な服を着ている奴隷もいたり。男の子であろうに可愛らしいドレスを着せられ恥ずかしがりながらご主人の後ろを追いかける子を見ると、可愛らしいな、なんて思ってしまう。
それは、ソラが奴隷について何も知らないから出る感覚だろうが、少なくともドレスを着せられた男の子は恥ずかしそうではあったが嫌そうではなかった。対して、首輪の鎖を引っ張られるように連れて行かれた奴隷の眼はまさに死んでいた。
だが、ソラにはどうしてやることも出来ない。ただ、力を振るうことしか出来ないから。
兄貴なら、なんとかできるかも知れない、帰ってきたら聞いてみよう、そんなことを思いながらボーっと外を見つめるうちに、ソラはいつの間にか眠りについていた。
次にソラが目覚めたのはベッドの上だった。
すでに随分と暗く、足元からほんのりと明るさを感じるだけだった。
ソラは体を起こし足元を見る。そこでは、リクがイスに座り一本のろうそくの明かりのみで何かを書いていた。
ソラが起きたことに気付いたのかリクは顔を上げると手を止めて立ち上がった。
「起きたか、お腹はすいていないか?」
「少し。今は何時だ?」
長い間言わなかった言葉を出す。
「十時半」
「いつのまにか寝てた」
そう言って、ソラは窓の方を向く。窓はすでに閉じられていた。
「なぁ、兄貴ど」
「食べながら聞こう」
「あ、あぁ」
リクに遮られたソラは二度頷くと部屋を出た。
階段を降りて食堂に向かうとまだ食堂はまだやっているようで二、三グループが楽しく会話しながら食事をしていた。
ふたりも適当な席に着くと軽い食事を頼んだ。
「兄貴、いいか?」
「あぁ」
「さっき外出てきたんだよな?」
「そうだな」
「じゃあ、奴隷は見たか?」
「見た」
「何とかあの子たちを解放してやれないかな?」
「何のために?」
表情一つ変えず聞き返すリクの言葉にソラは一瞬固まった。
「……いや、首輪付けられて鎖で引きずられてたから」
「乱暴な主人の元に就いたんだな」
「だから助けてやんねえと」
「助けてその後はどうする?」
「それは……屋敷で匿えないのか?」
「匿うにも限界がある。この帝都にいったい何人の奴隷がいると思う?」
「それでも、何かしないことには何も変わんねえだろ」
「それを、偽善という」
リクは冷たく言い放つ。
「それは、やってはいけない偽善だ。お前は表通りの奴隷しか見ていない。路地を一本入っただけでその日の食事さえ、生きることさえ難しい様な生活が待っている。一日三食、寝床に服、与えられるだけましだと思え。リンカーンの奴隷解放も一部では間違っていたという意見もあるほどだ」
リクの言葉にソラは何も言えずに黙っているしかなかった。しかし、次のリクの言葉にソラは目を丸くした。
「それでも、助けたいと言うか?なら、相応の覚悟を持て。最後まで死ぬなよ、英雄」
「あぁ、もちろんだ!」
ふたりは拳をぶつけ合うと頷き合った。




