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ウェルミュレで魔物のスタンピードを退けてから一か月弱が経ち。ソラの噂はついに王都まで届いた。屋敷を出て通りを歩けば握手を求められ背中を叩かれ、買い物をすればおまけをされる。ソラにはその感覚はどこか気恥ずかしかったが、嬉しく思えた。
相変わらずリクは図書室にこもり、他のメンバーも自由に過ごしていた。
そんなある日、リクが久しぶりに一人で出かけたと思ったら帰って来るなり、リビングでのんびりと菓子を食べていたソラにこう言った。
「私たちふたりで帝国へ行く。これは国から出された任務だ」
曰く、闘技大会でのサイボーグ連中によく似たものがこの間のスタンピードで見かけられたようなのだ。それの潜入調査に、と選ばれたらしい。
「他の人たちはどうすんだ?」
「連れてはいけない。マリー、アグニ、頼んだぞ」
リクの言葉にマリーとアグニの二人は立ち上がり頷いた。
「お任せください、旦那さま」
「任せろ、だんな」
あれからアグニは火属性の魔法が使えることがわかりリクの指導の下、絶賛修行中の身である。
「アグニ、日課は怠るな。マリー、図書室はほこりを掃うだけでいい」
「はいはい、わかっていますよ、旦那さま、行ってらっしゃいませ」
リクの相変わらずの言動にマリーとアグニは微笑みを浮かべた。
「ソラ、行ってらっしゃい」
隣でそんな会話をしている中、ソラの方にはカミナがくっ付いていた。
「あぁ、行ってくる」
そう言って笑うソラにカミナは首を傾げた。
「キスは?」
カミナは行ってらっしゃいのキスがしたいのだろう。
「あんたとすると長くなるから少しだけな」
ソラはカミナの唇に軽く口づけをすると、捕まえられないうちにすぐに距離を取った。カミナも少し不満げな顔をするが、許してくれたようで追いかけてはこなかった。ちなみにカミナの表情の違いはソラにしかわからない。リクからすれば、それこそ愛の成せるものだと言いたいが。
「マリー、リリスは?」
「お庭で魔法の練習をしていますよ」
「わかった」
その場にいる者に一時の別れを告げると、ふたりはリリスがいつもいる庭の花畑に向かった。
花畑では可愛らしいドレスを着た美しい角を持つ少女が鳥や蝶と戯れていた。ふたりは近くまで歩いていく。それでも、鳥たちは逃げていくことなく少女の周りを飛び回っていた。
「リリス、おはよう」
「あっ、パパ、おはよう。お兄ちゃんも一緒にお出かけ?」
見返り美人のように振り返り笑うリリスはリクにとって花のように癒しを与えてくれるものだった。ソラにとっても、それは当てはまるが、リリスの身長がもうそろそろ自分に追い付きそうだという謎の焦りの方が勝っていて癒しだけを与えてくれる存在ではなかった。
「少しの間、ふたりは屋敷を空ける。皆を頼んだぞ」
「うん、行ってらっしゃい、パパ。お兄ちゃんも行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってくる」
リクは手を振るリリスのおでこにキスをすると立ち上がり花畑を後にする。ソラもリリスの頭を撫でると、その後を追いかけた。
所変わって帝国へ向かうための馬車にて。手綱を握るリクとソラは今回の任務について話し合っていた。
「兄貴、今回の作戦は?」
「まずは、旅人として帝国に入る。それから、帝国が現在どういった国なのかを調べる」
「今の帝国についての情報はないのかよ?」
「一番新しい情報がおよそ百年前。それから先はまるで触らぬ神に祟りなし、とでも言わんばかりに帝国についての情報を書いた書は見当たらない。書によっては、これ以上首を突っ込むべきではないと書かれている書もあった」
「今俺たちがやろうとしていることってそのそれ以上に首を突っ込む行為だよな?」
「そうなるな」
リクが頷くと、ソラは事の重大さに溜息を吐いた。
「で、百年前はどうだったんだよ」
「地獄」
「は?」
「帝都は常に煙に覆われ空気が悪く、一部の富裕層が富を独占し人を家畜のように扱う。富裕層の奴隷に選ばれる方が裕福な生活を送れる可能性が高い」
「ザ・帝国って感じだな」
「異世界から来た私たちでさえそう思うのだ。現場の者たちは実際はもっとひどいかもしれない」
リクは馬車の早さを少し緩めるとため息を吐いた。
「それと、これも百年ほど前のものだが、見ろ」
リクは胸ポケットから一枚の畳まれた紙を出しソラに手渡す。ソラはおもむろにそれを開いた。
そこにあったのは、蒸気機関車の絵だった。
「鉄の大龍、そう呼ばれていたそうだ」
「蒸気機関車じゃねえか、もしかして、サイバーパンクってやつか?」
闘技大会で出てきたサイボーグ、それの持っていた拳銃、蒸気機関車、サイバーパンクと呼ぶには十分すぎる要素だろう。
「それから百年だ、今はどうなっているかわからない」
「そうか、で、帝国までは何日かかるんだ?」
「王都から北に四日で国境に着く。そこから北に三日、北東に三日で帝都に着く」
「合計十日も掛かるのか。全部で一か月ぐらい掛からないか?」
「それくらいは掛かるだろうな。状況によってはもっと掛かる。それと、私たちが二か月間帰らなかった場合、ウォーライズは帝国を仮想敵国とし警備を強めるそうだ」
「重大な任務だな」
「私が受けてきた仕事の中でも一番に重大だ」
ふたりは揃って溜息を吐くと、馬車を急がせた。
そして、馬を急がせて北に進むこと三日。
ついに、ウォーライズ王国とオルカ―ヌ帝国の国境に建つ国境門に到着した。
王国側の門兵には密文書を渡し、すぐに帝国側の門へと進まされる。そして、帝国側でも特に止められることなく国境門は越えることが出来た。
ふたりはすぐに馬車に乗り込むと馬を走らせる。すぐに国境門は見えなくなった。
「なあ、あの壁ってどこまで続いてるんだ?」
「王国と帝国の国境全てにだ」
ウォーライズ王国とオルカ―ヌ帝国の間には三メートル超の壁が国境全てに建てられており侵入者を阻んでいる。王国から帝国、また帝国から王国に入るためには二つある国境門を通るか、他の国を経由しないとならない。ただ、帝国は国境全てに壁を築いているため他国を経由する意味はあまりない。
「何か隠してますって言ってるみたいだな」
「そうとしか考えられんな」
あまり変わらない景色の中、馬車を走らせ帝都へと向かった。
それから、北に三日、北東に三日進んだ頃、ついに巨大な帝都の外壁が見えてきた。
中央の様子はウォーライズ王国の王都付近とあまり変わらない気もするが、あえて挙げるとすれば木が少ないことか。
「あれか」
「そうだ」
ソラが帝都を指差す。リクは頷いた。
「外見は、とりあえず普通だな」
「じきにわかるだろう」
馬車をゆっくりと街の門に向かって歩かせた。




