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「ソラ、痛い」
カミナに手の甲を叩かれて我に返った俺はとっさにカミナの手を放した。
「ごめん、カミナ」
「かまわない」
俺の謝罪にカミナは頷くとまた俺の手を取り握りなおした。
「それで、第二波に対応できる戦闘要員の数は?」
「追加で応援に来てくれる騎士や冒険者を多めに見積もっても二百弱です」
「その二百弱で一万の魔物を押し返すことは?」
「敵は二万です」
「わかっている」
怪訝そうな顔をするギルド職員に頷くが、あまり理解してもらえていないようで。
「俺とカミナで正面の一万をせん滅する。残りの一万を倒せなくても、二百人弱で抑えることは出来るか?」
「ソラ、他の人の前でも呼び捨てで呼んでくれるのね」
「カミナ、今はそんなタイミングじゃない」
腕に絡みついてくるカミナを俺は引きはがすと、ギルド職員にギルド長に対する伝言だけ頼んで立ち上がった。カミナって、こんなキャラだったか。
先に行けば付いて来るかと思いきや付いてこなかったカミナの手を引いて南門の上に登る。今日はしっかりと奥に広がる地平線を見ることが出来た。
そこまで来てやっと俺はカミナの手を放し振り返る。カミナは首を傾げた。
「カミナ、俺はあんたを卒業する」
「え」
驚いた顔でスカートの裾を押さえるカミナ。そういうことじゃない。
「違う!免許皆伝を認めてもらうってことだ」
「なるほど、私はどちらでも」
そう言って、チラリとスカートをたくし上げるカミナの手を俺ははたき落とした。
「茶化さないでくれ」
「ごめんなさい」
はたき落としてしまった手をもう一度取り握るとカミナも握り返してきた。
「俺は今日、新たな段階へと至る。まだ兄貴は無理だけどもうカミナには置いて行かれないように」
「置いて行かない」
「それじゃダメなんだ」
答えて、俺は雨避け用のフードを脱ぎ捨てた。それは空中でゲートに回収されていく。カミナもフードを脱ぎ、それをゲートに入れた。
「さあ、始めよう、師匠」
「来て、ソラ」
カミナの返答と同時に俺は能力を発動して加速された世界に入る。雨粒さえ見えるほどの。
しかし、それと同時に目の前にはすでに数本の武器が展開されていた。それを教えられたように最小の動きで紙一重で避けていく。幅の狭い門の上の道で避けるのは大変だが、俺のスピードもカミナと初めて会った時よりも早くなっているはずだ。ただ、問題なのは。
「"剣の檻"」
これだ。全方位から迫る色々な武器。
しかし、これには俺だから気付けるレベルの一つの弱点がある。俺は目の前から延びるレイピアを掴み引っ張る。すると、ゲートを超えてカミナが現れた。
俺はカミナを抱きしめナイフを首筋に突きつけた。
「よし、俺の勝ちだ」
俺はそこで能力を解除した。それと同時にカミナの"剣の檻"の武器もゲートに返っていく。
「また負けてしまったのね」
「また?」
カミナは優しく頷いた。
「昨日もソラから」
「戦闘が終わったとたんそんな話かよ」
以前とは変わったものの変わらずマイペースな師匠のカミナに俺は笑ってしまう。カミナも俺の顔を見て笑っていた。
「またびしょびしょね」
「そうだな」
「もう免許皆伝ね」
「よし、やっとだ」
「これでもうずっと横を歩いていられるのね」
「あぁ、そうだ……ん?」
「なに?」
「いや、いい、何でもない」
ニュアンスがどこか違う気がしたが気のせいだろう。
「ソラ、式はいつ?」
「気のせいじゃなかった」
盛大に告白されていた。でも、恥ずかしさはあるが女の子から言わせたんだから男なら答えなくてはいけない。かもしれない。
「あー、カミナ」
「なに?」
カミナは可愛らしく首を傾げる。カミナまで、いや、もしやいつの間にか俺が可愛いと感じているのか。
そんなことはさておき、嫌いな相手ならともかく、好きな人がここまで好いてくれてるんだ。怖がることは無い。
「昨日は悪かった。改めて、カミナ、俺の……お嫁さんになってくれ」
「喜んで」
俺たちはもう一度抱きしめ合うと優しくキスをした。
カミナには前科がある。
案の定、カミナが一度の軽いキスで放してくれるはずもなく、押し倒されてしまった。さすがに、外で露出する趣味は無いから、上の服は奪われたものの下は何とか死守して見せた。
しかも、それから仲良く歩いて冒険者ギルドまで戻るとすでに話が広まっていた。もう茶化されまくる。だから、開き直って二人で仲良く昼食を食べ始めてやったら周りもすぐに興味をなくしてそれぞれのやることに戻っていった。
それから、カミナに炎属性の魔力で髪を乾かしてもらっていると奥からギルド長のフリンドルさんがギルド職員二人と一緒にソラとカミナの元へやって来た。
「ソラ君、横に座っても良いかな?」
「どうぞ」
フリンドルさんは俺とカミナを向かい側に座る。
「まずは、おめでとうと言えばいいのかな?」
「はい、ありがとうございます」
少し呆れ気味に俺は返すが、フリンドルさんは意外に真剣そうな顔をしていた。
「君のおかげでカミナもだいぶ変わったよ。父親面するつもりはないが、君になら任せられる」
「任せてください」
どこか真剣になれないが、カミナを守る覚悟だけはある。
「さて、本題に入ろうか。単刀直入に行こう、第二波の到達予想時間が早まった、今日の日没だ」
「わかりました、それで話を通してもらった一万の魔物の相手が出来るかどうかは」
「最後まで聞いてくれ、第二波の到達時刻が早まった理由があるんだ」
「たしかに不自然なくらい早くは成りましたが」
カミナはさっきから話に入らずに俺の髪を弄っている。前から無口ではあったけど、こんなキャラだったか。ブラコンの姉を引き連れている気分だ。
「堕天した勇者と魔族の少女が魔物のスタンピードを率いているとの情報が入った」
堕天、細かいことはわからないが勇者が悪いやつになったのだろう。それに加えて魔族か、リリス関係じゃないといいが。
「ソラ君とカミナにはその二名を相手して欲しい。人員に関しては王都から至急100名の精鋭騎士隊が派遣されることとなった」
「精鋭騎士隊?」
俺の髪を弄る手を一度止めカミナが声を挟む。暗部であるカミナさえ知らないものとなると相当強めに隠されていたことが予想されるが。
「仮面をつけたアレスという男が鍛えた騎士隊ということだ。たった二か月弱で一番隊を負かしたらしい」
「ソラ、一番隊は王都の騎士の中で一番強い部隊、だった」
俺がわからないだろうことを察したカミナの説明に俺は頷いた。それで精鋭部隊、か。アレスという人物には一度会ってみたい。
「精鋭騎士隊の隊長には敵の数が二万だと伝えたところその十倍は持ってきてほしかったな、と笑っていた。ただ、実戦はこれが初らしく上は二万で妥当だと出動命令を出したらしい」
なるほど、わからん。百人で二十万の敵さえ撃破してみせると豪語するほどの実力。もうそれは兄貴と同じではないか。いや、精鋭騎士隊に匹敵するほどの兄貴がおかしいのか。
「兄貴はこっちの街には来てないんですか?」
「帰ってきたという報告は貰っていない。帰ってきたらソラ君かミミュレットのところに真っ先に来るだろう」
「たしかに」
見抜かれてるな、と笑ってしまう。
「一先ず日没までは自由にしていてくれ」
「わかりました」
フリンドルさんはどこかに行く用事があるのか頼むぞ、と一言呟くと席を立ち冒険者ギルドを出ていった。
そして、日没少し前。
俺とカミナはまた南門の上に立っていた。相変わらず雨は振り続けているが、魔物は以前とは違い止まることなくこちらに走ってきている。
光弾の魔法はすでに撃ち上げられて後はソラとカミナの一撃目を待っている状態だ。
「カミナ、見えるか?」
「もちろん。ソラは?」
「全く見えねえ」
無表情で俺を見つめるのはやめてくれ。俺だって見えるなら見たいわ。
「ソラ、手」
そう言って、カミナは手を差し出す。それを握り返すと下にゲートが出現した。それに入ろうとするカミナを引っ張って止める。
「なぁ、もう死のうとなんてしないよな?」
「もちろん」
カミナは俺の額にキスをするとそのまま俺を抱きしめゲートに落ちていった。
ウェルミュレ上空、俺は雲を貫きながら落ちていく。
「ソラ、大丈夫?」
「高所恐怖症にこの高さはちょっと無理かな」
「じゃあ、あとちょっとだけ」
カミナは俺を抱きしめる力を強める。この人、自分がしたいだけだ。この人に朝の目覚ましは頼めそうにないな。
さあ、ヒーローはいつまでもママのおっぱい飲んでるわけにはいかない。
「カミナ、後で」
「わかった」
カミナは俺を放すとゲートで戻っていった。
俺は体勢を変えて下を見る。もう、高所恐怖症も麻痺するほどに高い。
今俺がやろうとしていることは質量爆弾ってやつだ。俺の超高速で地面に突っ込む。質量爆弾というには体重は軽すぎるが音速の何倍もの速度で突っ込めば、ファンタジー補正でなんとかならないかな。
しかし、やらないことには始まらない。そう決意すると俺は世界を加速させた。
「ヒーローに、なる時だ」
呟いてスタンピードの魔物たちの中心にスーパーヒーロー着地を決めてやった。
その衝撃波で周りの魔物たちは吹き飛んでいった。だが、多く見ても300ちょいといったところだ。後は精鋭騎士隊に任せるしかないだろう。
一気に周りを吹き飛ばした俺を恐れてか魔物たちは俺を見ながらも横を素通りしていく。ゲートを出しカミナが合流した。
そこに、唐突に声が掛けられた。
「人間が落ちてくるなんて面白いわね」
禍々しく捻れた黒く美しい角。トカゲを思わせるような大きなしっぽ。リリスにはしっぽは無いが、純粋な魔族と魔人の違いだろう。その魔族の少女の横には黒く光る剣を持つ勇者が構えることもなく待っていた。
「帰る予定は?」
「まだないわ」
少女は微笑む。
「そうか、じゃあ撃退しないといけない」
「そんな悲しそうな顔しないで、あんたに殺されちゃうほど私は弱くないし、万が一私が殺されそうになってもアレ、おじさまがあんたを止めるもの」
「じゃあ、本気で行くぞ」
「来なさい、ヒーロー」
俺は能力を発動した。




