47
「お前の名前は本作戦中、アレスとする」
「はい」
少し低い声で答えた若い男、アレスは上官であろう男に頭を下げた。
「アレス、頭を下げるなんてやめてくれ。俺とお前の仲だろう」
「命令は国からの物なので」
「その敬語もやめろと、まあいい、これを持ってけ」
そう言って、男は引き出しから二つの魔石を取り出し机に置いた。
「どっちも持ってくなよ、通信用の魔石だ」
「もちろんです」
答えるとアレスは片方の魔石を取り一度見まわしてから首に下げた。
「さて、俺もお前も厄介な仕事を命じられたもんだ」
男はイスの背もたれに深く体重を掛けると一つ大きい深いため息を吐いた。
「今回の仕事を説明しよう、見ろ」
男は書類を机に広げた。
アレスもそれを覗き見る。
「今回の仕事は勇者パーティーの監視及び暗殺だ。くれぐれも魔王を殺されぬように、だそうだ」
「魔王を倒せる勇者も国にとっては脅威だ、と。それを暗殺しに行く私のことはどう考えているのか」
「そりゃ、お前は国に忠誠誓って体に陣刻んでんだから大丈夫だって思われてんだろ」
「抵抗できてしまうことは報告していないのですか?」
「管理職ってけっこうめんどくさがりで難聴だったりするんだぜ?」
男は嘲笑うような顔で笑って見せた。
アレスはため息を吐く。
「貴方のおかげでやりやすいですよ」
「そりゃよかった」
皮肉もサラッと受け流す男。
アレスはそのまま部屋を出ていった。
所変わって勇者パーティーが野営する場所から50m程離れた木の上。
アレスは黒いローブに身を包み勇者パーティーを監視していた。
今回、ウォーライズ王国とケネッペン教皇国が力を合わせて魔王を打ち倒すという名目で魔物のスタンピードに隠れるように出発した勇者パーティー。
だが、勇者はケネッペン教皇国で召喚された異世界人のため魔王討伐後はケネッペン教皇国が客人として引き取ることになっている。
今はウォーライズ王国とケネッペン教皇国は協定を結んでいるものの勇者の存在によってはそれが崩れかねないのがウォーライズ王国は怖いらしい。
自分はアレスという化け物を飼いならしているのにだ。
そんな勇者パーティーは今日の夕刻ここで妖精族のドワーフの協力者に会い魔王の居る城の目前まで転移することになっていた。
もちろんアレスはそこに参加することは出来ないので夜のうちに馬でも十日以上かかる距離を移動しなければいけない。
ウォーライズ王国の上層部はアレスを信じているのか、計算のできないバカなのかどちらかだろう。
アレスの視界内では勇者パーティーとドワーフの男が一緒に野営をしていた。
「明日はついに魔王と対峙することになる。ミーナ、ウォレス、シンシア、覚悟は良いね」
「ええ、もちろんよ」
「あぁ、死ぬまで付いて行ってやるぜ」
「私も覚悟はできています」
「ウォレス、死ぬまでとか言うな、みんなで生きて帰るんだろ」
「あぁ、もちろんだぜ」
「おぅ、頼もしい兄ちゃんたちだな、協力を願い出て正解だったぜ」
勇者、大剣士、魔法使い、治癒魔法使いの四人パーティー。
全員が異世界人で召喚された存在だと聞いているが、実力のほどはわからない。
アレスが暗殺の際に返り討ちにされてしまう可能性もゼロではない。
それから少しして勇者パーティーが寝静まるとアレスは通信用の魔石を握ってその場を後にした。
「こちらアレス、ヘクィル指揮官聞こえますか」
「俺だ、聞こえる」
アレスがものすごい速さで移動しているために風切り音がうるさいだろうがヘクィルはそんなこと気にする人物ではないことはアレスもよく知っていた。
「勇者パーティーは無事にドワーフと合流。就寝したので私は移動を開始しました。異常はありません」
「了解、引き続き任務にあたってくれ」
「了解、オーバー」
その次の日、アレスは荒野のど真ん中に伏せていた。
書類にあった座標から50m程離れフードで身を隠し勇者パーティーが転移してくるのを待つ。
その座標から魔王の城までは一日ほど荒野を歩かねばならない。
勇者パーティーにとってはこの一日が一番精神的に辛いだろう。
魔王城の付近には魔族も待ち受けている。
勇者なのだからそれくらいはなんなく突破して欲しいものだが。
そこも楽に突破できないようであれば魔王が討伐できるはずがない。
そこへドワーフに連れられた勇者パーティーが転移してきた。
なにやらドワーフが大きい魔石を持っているのが見えるが、それを使って転移してきたのだろう。
ぜひ借り受けて研究したいところだが今はその時ではない。
転移してきた勇者パーティーはドワーフに頭を下げると荒野を歩き出した。
それに合わせてアレスも岩や枯れ木に隠れながら後をつけていく。
時々バレているのではと心配になるアレスだが、勇者パーティーは振り向いたりすることもなく一歩一歩と荒野を進んでいった。
やがて、荒野なことには変わりは無いが空が薄暗く地面の色が濃くなり始めた。
通称、魔の領域、魔王領と呼ばれるような場所に勇者パーティーは足を踏み入れたことになる。
「気を引き締めて行こう」
「はいよ」
「おう」
「はい」
勇者の言葉にパーティーメンバーは頷き気を引き締めなおす。
そして、案の定魔族との戦闘が待っていた。
だが、勇者たちは難なく魔族たちを切り伏せ進んで行く。
やがて魔族たちも勝てないと悟ったのか睨むばかりで勇者たちを襲うことはしなくなった。
勇者たちも無益な殺生はしないようで来ないならと構わずに魔王城への道を進んで行った。
夕刻になり勇者たちは洞窟を見つけその中で一晩を過ごすことになった。
アレスは勇者たちが洞窟に入っていくのを見届けると自分は姿を隠そうとフードを被る。
そこへ唐突に一本の剣が突き付けられた。
「何者だ」
「見つかってしまったか、それとも最初から気付いていたか?」
「……」
「敵に情報は渡さない。良い判断だ」
「今は僕が聞いている。お前は何者だ」
「私に名乗ることは許されていない。ただの監視者だ」
「監視者?」
勇者は剣を下ろさずに、アレスも振り返ることはしない。
「勇者の凱旋に宴はつきものだろう?」
「……」
「無口、なのだな」
「お前こそそうじゃないのか?」
「"勇者の六感"か」
「邪魔をしに来たわけじゃないんだな?」
「邪魔はしない」
「……わかった、僕以外には気付かれないでくれ」
「肝に銘じよう」
アレスの言い方に少し引っかかったようだが勇者は険しい顔で去っていった。
「勇者、異世界人に油断してはいけない、ということか」
アレスは一人で呟くと勇者たちの居る洞窟からさらに距離を取った。
次の日、勇者パーティーは朝早く洞窟を出ると昼前には魔王城前に到着した。
相変わらず大量の魔族に囲まれ睨まれながら勇者パーティーは魔王城に入っていく。
アレスも透明化の魔道具を使うと後をつけていった。
魔王城に入ってすぐに勇者パーティーは一人の魔族に迎え入れられた。
「いらっしゃいませ、魔王様が首を長くしてお待ちでございます、こちらへ」
魔族の男は勇者たちに背を見せると廊下を歩いていく。
勇者がそれに続き仲間たちも一歩遅れてそれに付いて行った。
少し歩いて他より一回り大きい扉の付いた部屋の前に着く。
魔族の男はその扉を二度叩いた。
すると、この世の物とは思えないほど低い声が帰ってきた。
「ハイレ」
魔族の男が扉を開け勇者たちに入るように促す。
言われるまま勇者たちは扉をくぐる。
中では、レッドカーペット以外何もない部屋に玉座を置きそこに偉そうに座る黒い肌の魔族、魔王が待っていた。
"勇者の六感"がそう告げていた。
玉座の陰でめんどくさそうに座り込む少女にも角が生えていたものの勇者には魔王との関係までを知ることは出来ない。
「お前が、魔王だな」
「イカニモ、コノワレガスベテノマヲタバネルオウ、マオウデアル」
魔王の低い声は勇者たちの精神を本能的に恐怖させ、その容姿は身体に絶望を植え付ける。
それでも勇者は話すのをやめなかった。
「僕はお前を倒すために召喚され色々な人に鍛えられた」
「ユウシャタチヨ、オヌシラガワレヲタオスニフサワシイモノカミサダメテヤル」
「僕はたとえ刺し違えてでも魔王、お前を倒す」
「イイゾ、コイ!」
臨戦態勢に入り、魔王と勇者はお互いの魔力をぶつけ合う。
しかし、そこにテンションの違う声が掛けられ二人は自身の魔力を霧散させることとなった。
「ちょっと待ってよ、勇者はあんたで何人目だと思ってるの?」
「?、二人目だろう?」
「あら、今回もダメなんだ、あんたで43人目だよ」
「何を言っている?」
勇者は怪訝な顔で魔族の少女を見る。
しかし、少女の言っていることは本当のことだ。
なぜなら、
「だって、40から42番目の勇者はあんたの後ろにいるその人に殺されてるんだもの」
少女の言葉を合図にアレスは勇者パーティーの最後の喉をナイフで引き裂いた。
アレス自身役者気質は無いのだが、可愛らしい少女には合わせてやらねば。
「なっ!お前は」
勇者は振り返り驚愕の声を上げる。
「邪魔はしないって」
「あぁ、邪魔じゃない、暗殺だ」
「なんでこんなことを」
そこで勇者は一度言葉を途切れさせる。
それに対しアレスは片眉を上げた。
「それは、なぜこんなことをしたのか、という質問か?それとも、なぜこんなことが出来るのか、という質問か?それはどちらも一つの答えで答えられる。任務だからだ、異世界人。そういう世界なのだ、私の居る世界に来たことを悔やむんだな」
勇者は何も言えず口を開けっぱなしにして固まってしまった。
「ねえパパ、勇者で遊んでいい?」
「…………」
「ねえ、……アレスもいいでしょ?」
「私は何も見ていない」
「やったー」
少女は飛び上がると勇者に駆け寄った。
「ねえ勇者ー、死のっか?」
少女は笑いながらそう言うと勇者の腹にその長く鋭い爪を刺して自分の魔力を流し込んだ。
その瞬間、勇者は苦しそうなうめき声を上げながら地面に這いつくばった。
「良い感じー、絶望オーラばんばんじゃん」
それを笑顔で見つめる少女。
少女の名前は、ハープレティ。
魔王の実の娘である。
やがて、勇者の目は黒く染まり筋肉は限界まで膨らむ。
魔力も幾分か増えそれを垂れ流しにしている。
これこそが、人間族の言う堕天の現象だった。
悪魔、魔族、魔人に魔力をもらい受けたり臓器の一部をもらい受けたりすると起こる。
そして、なによりその魔族の言うことしか聞かなくなり、およそ半日後、何もしなくても体が限界を迎え死に至る。
「魔王、質問だ」
「ナンダ」
「魔物のスタンピードはお前が原因か?」
「ワレノメイレイデハナイ」
「そうか、それがわかればいい」
アレスは魔王に頷くと、ハープレティに顔を向けた。
「また可愛くなったな」
「ほんと?嬉しい」
アレスが頭を撫でるとハープレティは目を細めアレスの腕を掴んだ。
「ねえパパ、スタンピード私が見てきてあげる。勇者で遊ぶの」
「マテムスメヨ……」
「ねえアレス良いでしょ?」
ハープレティの上目遣いにアレスは溜息を吐いた。
「街には、入るな」
「うん!もちろん」
「絶対だ」
「うん、針千本だって飲んでやるんだから」
「前回分がまだ飲んでいないがな」
「うぐっ、忘れてると思ったのに」
「ア、アレスヨ、ナニヲ」
「私が見ているさ」
「ア、アァ、ワカッタ」
そうして、ハープレティとアレスは魔王城を後にした。




