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屋敷を訪れた伝足は急ぎの手紙だということをふたりに伝え、その場で答えを貰ってくるように言われたと言って手紙をすぐに開けさせた。
その内容はリクでさえ驚愕を隠せないようなものだった。
「ウェルミュレにて魔物のスタンピードが発生した。これは各地の有力な冒険者全員に届いている力を貸してくれる者はウェルミュレに援護に来て欲しい ウェルミュレギルド長 フリンドル」
フラケートがソラに送られて来た手紙を読み終えると長い息を吐き机に置いた。
今、一行は屋敷のリビングに集まっている。
端の方のイスで伝足も所在無さげに指遊びをして外の景色を眺めている。
「スタンピードって何なんだ?」
「大量発生のことよ。今回の場合は魔物の大量発生ってこと」
ソラの疑問にフラケートが答えた。
「リクさんの方も同じ内容ですか?」
「……あぁ、そうだ」
ソラはリクが答えるまでに一瞬ラグがあったことが気になったが、後回しにすることにした。
リクの指示で以前よりも他人のしぐさや表情、視線などには気を付けるようになったが今はそれはあまり考えなくていいだろう。
しかもそれを考えるならリクにではなく唯一の知らない人物である伝足の男性にするべきだ。
「俺はウェルミュレに行く」
思考を振り払うようにソラは立ち上がり言う。
それにリンカも頷いた。
「回復要員は一人でも多い方が良いよね」
「あぁ、助かるぜリンカさん」
「私は――」
「フラさんにはリリスを頼みたい」
「う、うん、わかった」
荷物を多く運搬することの出来るバディも戦場において活躍できないことはないのだが、それ以前にフラケートは魔物が沢山集まっている状況にまだ慣れておらずやんわりと今回の件を断ろうとしていた。
しかし、それを察したソラは瞬時にフラケートにリリスを頼むことで場の雰囲気を取り持った。
それに、ソラもリクも戦場に出てしまった時にリリスが一人になってしまうのは心配だったからだ。
「兄貴も行くよな?」
「あぁ、いや、最優先の仕事が出来てしまった。それが終わり次第すぐに後を追いかける」
「こんな時にかよ」
「外せない案件だ」
「はぁ、わかったよ。それのおかげで助かってんのはフラさんから聞いたけどよ、こんな時くらい良いだろうに」
「あぁ、すぐに追いかける」
ソラは少し呆れたような顔でため息を吐くが、リクはただ頷くだけだった。
「よし、伝足さん、ソラとリンカはすぐに駆け付けるって伝えておいてくれ。」
「はい、わかりました。リクさんは―」
「私もすぐに仕事に入ると伝えてくれ」
「はい、伝えておきます」
伝足の男性が頷くとリクはその男性が帰るよりも前に足早に屋敷を出ていった。
よほど早く仕事を済ませてしまいたいのかもしれない。
伝足の男性もそれを追うように出ていったところを見るに、仕事が多いのだろう。
緊急時こそ平常心を忘れずに、ソラがカミナに散々言われた言葉である。
そして、弟のソラである俺はと言うとリンカさんと何が一番早く着けるかという話をしていた。
「あまり荷物も多くないし馬車より馬だけ借りて急げるかな?」
「どれくらいで着かなきゃいけないの?」
もうすでに戦闘が始まっているとかならもっと急ぎたい。
異世界ファンタジーなのに瞬間移動用のワープゲートみたいなものは用意されてないのか?
「予想交戦時刻は今日の日没少し前くらいって」
駆け付けると言ったら伝足の男性がくれた書類を読みながらフラさんが答えた。
この世界の、時計はあるのに時刻が微妙に正確じゃない現象をどうにかして欲しい。
「今は十時、日没まではたぶん六時間ちょい。リンカさん、馬でウェルミュレまでどれくらいかかる?」
「急がせても三日はかかるよ」
「ビックリするくらい間に合わねえな。瞬間的に移動できるような手段は?」
「空間魔術士が居れば」
いれば、と言ったのはここに空間魔術士がいないからだろう。
「魔道具みたいなものは?」
「わたしは知らない」
「ごめんなさい、私も知らない」
リンカさんとフラさんは揃って首を横に振った。
「ねえ、ソラのあの能力って他人にも使えたりしないの?」
「いや、使えな……いけど、俺がリンカさんを抱けばいいのでは?」
「えっ、ソラってばこんな時に大胆」
「え?いや、待て、意味が違う!抱っこだよ!」
「あぁ、そういう」
本気で勘違いしてたのかリンカさんはようやく納得したような顔をする。
「よし、そうと決まれば急ごう。俺が本気で走っても六時間で着けるか分かんない」
「じゃあ、はい」
俺はリンカさんをおんぶしようと背を向けて少し屈んだもののリンカさんは俺の前に回って両手を広げてきた。
「え、いや、おんぶを」
「え、女の子相手だよ?普通、お姫様抱っこでしょ」
この世界にもお姫様抱っこなんてあるのか。
それに言い分もわからないわけじゃない。
仕方なく俺はリンカさんをお姫様抱っこして持ち上げた。
「意外と軽い」
「それは重いと思ってたってこと?」
「いや、違うけど」
女の人は難しい。
さて、閑話休題、ウェルミュレに急がなければ。
直線を突っ切るのは人を担いだ状態では危険すぎる。
時速100㎞越えで木の根っこに躓いて地面に激突すればリンカさんはほぼ確実にお陀仏ってやつだ。
街道を辿るとして、いったいどれだけのスピードを出せばいいのか。
やっぱり空気抵抗を考えておんぶにした方がいい。
「リンカさん、やっぱり安全を考えておんぶにしよう」
「えー、お姫様抱っこがいいー」
「いいなぁ、私もリクさんに頼んでみようかな」
リリスの頭を撫でながらフラさんまで関係ないことを呟く始末。
もうちょっと緊張感を持ってほしい。
「しょうがないなー、今度お姫様抱っこしてよね」
プンプンしながらもリンカはソラの腕を離れてソラの背後に回り飛びついた。
同時にふにっとした触感が背中越しに伝わるが、俺は努めて真面目に声を掛ける。
「さ、行きますよ」
「よーし、れっつごー!」
リンカさんが手を振り上げて出発となった。
結局、何とかなった。
ご都合主義というか、リンカさんの髪はくちゃくちゃになったが日没前までにはウェルミュレの街に着くことが出来た。
あまり街中にはいかなかったもののどこか懐かしく感じる街並みを流し見しながら冒険者ギルドに急ぐ。
もう魔物たちはそこまで押し寄せているかもしれない。
俺はギルドに到着してすぐに受付嬢の居るカウンターを飛び越え奥のギルド長の部屋に向かった。
一切の躊躇なく部屋のドアを開けると中では騎士鎧を着た男性二人とギルド長と師匠のカミナが会談をしているところだった。
俺が突然突入してきて全員驚いていたが、真っ先に師匠が立ち上がると俺を部屋の外に押し出し自分も外に出た後にドアを閉めた。
「おかえり、ソラ」
「あぁ、ただいま師匠」
師匠は俺を抱きしめると頭を撫でた。
俺の周りには俺の頭を撫でる人が多い気がする。
「師匠、スタンピードは?」
「日没と同時くらいに交戦予定」
「集まった冒険者は?」
「三百」
「敵の数は?」
「約六千」
戦術や兵法には詳しくないが、圧倒的に不利というのは馬鹿な俺でもわかるほどだ。
全員がキルレ20なんて化け物集団にもほどがある。
兄貴なら一撃で20体ずつぶっ飛ばしていきそうだが。
「で、師匠、そろそろ離してくれ」
会話している間もずっと抱きしめられていた。
そろそろ息苦しい。
「わかった」
師匠は俺から一旦離れると今度はゲートを出現させて俺の手を引っ張った。
されるがままに俺はゲートをくぐる。
その先の光景は凄まじいものだった。
「魔物がいなけりゃ絶景なんだろうな」
「また連れてくる」
この戦いが終わったらまた連れてきてくれるってことなんだろうが、そんな死亡フラグみたいなことはやめて欲しい。
ゲートをくぐって来た先は南の壁の上だった。
丁度俺がいる真下に南門がある。
南門は出てすぐに森だったはずだが今では森はほとんど切り倒され所々に木の生えた草原になっていた。
その草原に明らかに人間とは思えない異形たちがうじゃうじゃと。
ゴブリン、オーク、オーガ、トロール、エトセトラ。
ザ・ファンタジーな戦争を前に高ぶってしまう気持ちを押さえ俺は師匠に質問をした。
「師匠、勝算は?」
「ない、ことはない」
ゼロじゃない限りは大丈夫だ、なんてお気楽なことを言うつもりは無いが何か作戦があるのだろう。
「師匠は参加するのか?」
「もちろん」
「じゃあ俺も」
「許さない」
師匠が参加すると聞いて俺も参加すると言うが断られてしまった。
「俺はそのためにウェルミュレに」
「ソラが来たから頑張れる。後は任せて」
何を言っているんだこの人は。
「何か作戦があるんじゃないのか?」
「無い。ただ倒し続けるだけ」
「師匠、あんた今自分が何言ってるかわかってんのか?」
俺にはわからないが師匠にも考えがあるのかもしれない。
でも、どこか前の世界で死にたがっていた兄貴に重なって師匠を一人で行かせるのはダメだと思った。
「師匠、もしかして、死に場所を探してんのか?」
街の南に集合する魔物たちを見ていた師匠の肩がピタリと止まった。
質問にも答えない。
沈黙は肯定という言葉がある。
同じようなことを考えていたんだろう。
「俺の手の届く場所で死なないでくれ」
「届かない場所に行ったら怒る」
「当たり前だ、救えねえ」
もうなんでいきなりこんな話になっているのかもわからなくなってきた。
でも、師匠一人で戦場に出すのは絶対にダメだと本能が言っている。
俺が背中を守らないと。
「俺じゃあんたの背中を守ることが出来ないっていうのかよ」
「そう言っているの」
「チッ」
俺はとっさに舌打ちが出る。
その様子に師匠も顔をこちらに向け少し驚いていた。
「俺は異世界からの転生者だ。だからこそ出来ないことや出来ることも沢山ある。不満や憤りだって。でも俺は来てすぐにあんたに弟子にしてもらって楽しかったし、心底幸せだったって思えてる。カミナ、お前の秘密は何だ、話せ。」
勢いで名前で呼んでしまった。
俺の言葉にさらに驚いた顔をしたカミナはゲートを出現させ入ろうとする。
しかし、俺は能力をフルパワーで発動してカミナの手を取り引き寄せ押し倒した。
そのまま覆いかぶさるように腕を押さえる。
「逃がさねえ、俺は不器用なんだ、バカなんだ。話してくれなきゃ何一つわかんねえよ」
「うぅ……」
カミナの頬から一粒のしずくが滴り落ちる。
そしてまた一粒一粒と増えていき、ついには雨となった。
薄暗い雨雲がこれでもかと二人を濡らす。
俺は何も言わずにカミナに口づけをした。




