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「ソラ、ソラ!」
リクに肩を掴まれソラはハッと我に返った。
「こんなところで何をしていた?」
「……ボーっとしていた?」
「だろうな、帰るぞ」
リクは小さくため息を吐くと歩き出す。
「待て、決勝は、」
「もう終わった」
「結果は?」
「俺の勝ちだ」
やはり兄貴が勝った。
それが何より嬉しかった。
ところで、こんな廊下で俺は何をしていたのだろうか。
「行くぞ」
「あ、あぁ!」
リクに声を掛けられたソラは考えるのをやめて慌てて背を追った。
「兄貴、決勝はどうだったよ?」
「苦戦した」
そう言ってリクはソラに円形の傷跡がいくつか残る手を見せた。
「そんだけかよ、さすがだな」
「まだまだだ」
まだ強くなりたいとかこの兄はどこまで上り詰めるつもりなのか。
「なぁ、■■■■」
なぜこの時本名で呼んでしまったのかはわからない。
十数年もその名を呼んできたのだから、わからなくもないはずだ。
しかし、リクはそれがとても嫌なようだった。
とっさに振り返ると俺を睨みつけ俺の細い、細い首に爪を突き立てた。
それを握れば殺せてしまえる手で。
「その名で呼ぶな、いいな」
「あ、あぁ、すまん、つい」
ソラが素直に謝るとリクは手をどけ、リリス達の待つ観覧席と歩いていった。
団体の部は次の日に開かれるということで、その日は解散となった。
特にすることもなくリクも宿でしたいことがある、とフラケートとリンカと別れ宿に帰ることにした。
宿に帰って体感で一、二時間程後闘技大会の関係者がふたりの泊まる宿へと走ってきた。
曰く、明日の団体の部はふたりのウェルミュレ代表、フィラデル率いるピティリス代表、八年前の二英雄の王都代表、帝国の帝都代表の四チーム以外は皆棄権してしまったらしい。
なんでも、リクとフォルグの一騎打ちを見て勝てないことを悟ったとか。
どうせ女神の加護で死ぬことは無いのだからやってみればいいのに。
一回戦はいきなりウェルミュレとピティリスの対戦となる。
さっきあんな別れ方しておいて一回戦目で当たるのはいかがなものか。
もっと戦いの中で答えを出して決勝でぶつかるとかの方が盛り上がるのではないか。
まあ決まったものは文句を言っていても仕方がない。
そう思いソラは早めにベッドに入った。
リクは夜遅くまでイライラと紙に何かを書いていた。
ソラの知らない言語だ。
それは恐らくこの世界の共通言語なのだろう。
リリスは読めるのだろうか。
あの子はよく兄のそばで勉強をしているからな。
そんなことを思いながらソラは眠りについた。
次の日、いつも通りソラはギリギリまで惰眠をむさぼっていた。
ソラが起きるとリクはまた机に向かって何かを書いていた。
「そろそろ行くぞ」
「わかった」
リクはリリスを抱っこするとソラに声を掛けて闘技場へと向かった。
「本日お集りの皆さん、ようこそおいで下さいました。本日は団体の部。出場は四チームだけになってしまいましたが、盛り上げてくれることを期待しましょう!」
控室からでもテンションの高い司会の声が聞こえてくる。
ふたりは控室で一回戦の開始を待っていた。
「兄貴、作戦とかあるのか?」
「情報が無い」
「え?」
リクの言葉にソラは聞き返す。
「帝都代表の黒騎士に単純なレイピアの腕で勝っている」
「じゃあ、気にすることないんじゃないのか?」
「そのはずなんだが、嫌な予感がする」
「そうか、でも、」
「そうだ、対策は無い」
そう言うとリクはソファに深く腰掛けた。
ソラも置いてある菓子に手を付け大きいソファに寝転がる。
果報は寝て待て、だ。
ついに司会から宣言されふたりはステージへと出ていく。
反対側からはフィラデル率いるピティリス代表が出てきていた。
フィラデル以外は真っ白い仮面をつけた五人組。
服も白を基調としたものを着、所々露出する肌も異様に白かった。
全員がレイピアを下げていた。
ステージ中央で二チームが対峙すると司会が女神の加護の宣言をして試合開始となる。
しかし、二チームとも全く動かない。ピティリス代表も誰一人としてレイピアを抜かなかった。
ふたりはそもそも武器を携帯していない。
「やぁ、ソラ」
「昨日ぶりだな」
フィラデルが声を掛けてきたのでソラが答える。
それを察するかのようにリクは数歩下がった。
ピティリス代表たちもフィラデルを抜いた四人が数歩下がって行く。
「昨日はどうしたの?」
「どうもしねえよ、突然トイレに行きたくなっただけだ」
「フフッ、キミといると会話によくトイレが出てくるね」
そうだな。
初めて会ったのがトイレ前だしな。
これからも話題になるんだろうな。
これからも。
これから?
「どうしたの?」
またフィーは優しい笑顔で俺の顔を覗き込む。
それをやめてほしいんだよ。
やめないよ。
ソラの視界は白で包まれた。
「俺の弟に何をした?」
唐突に動かなくなったソラを見てリクはソラの元へと歩いていく。
リクが肩を掴むもソラは固まったままだった。
「ムダだよ、少しの間眠ってもらったから」
その声にリクは、ソラを見ていた目線をフィラデルに移す。
「せっかくだからお兄さんに教えてあげるよ。ボクは精神に干渉できる能力者だ」
「俺には?」
「もちろん少しずつね。ソラが思っていた以上にかかりやすかっただけさ。今頃は過去とでも戦っているんじゃない?過去がどれくらいのものだったかはわからないけどね。そうだ、お兄さんにもかけてあげよう」
そう言いながらフィラデルはリクの方へと歩み寄る。
目の前まで来るとリクの目を見上げる。
「さぁ、お兄さんの心の中を見せて」
リクの視界は黒で包まれた。
リクの数歩先にフィラデルがニヤリとしながらこちらを見ている以外は全てが黒色で何もない空間。
弟もこういったところにいるのか、とリクはフィラデルを見る。
すると、フィラデルは手をこちらに向けて喋りだした。
「さ、侵入は出来たし後はこっちが一方的に心の闇を引きずり出して降参させるだけだよ」
「そうか」
「あら、何か言い残したいことは?」
「そうだな、弟なら、何て言うだろうか。そうだ、これだ。フィラデルよ」
「なにかな?」
にやにやとした顔で首を傾げるフィラデルに対しリクは最高の笑顔でこれに答える。
「おもしれえ、ぶっ潰してやる」
「さよなら、お兄さん、精神破壊は女神の加護には含まれないんだ」
そう言ってフィラデルはリクの体に触れる。
その瞬間、フィラデルはリクの深層心理をかき乱す。
虚偽、詐称、惰性、怒り、怠惰、嘘、暗殺、混沌、必要悪、自己顕示、そして、圧倒なまでの排他的、狂気。
「きゃあっ」
いつの間にかフィラデルとリクは闘技場のステージへと戻ってきていた。
「ボクの精神干渉が、弾かれた?!」
「俺の中はどうだった?」
「アナタは、何者?」
「化け物の片割れだ」
その瞬間、後ろで控えていた白仮面のレイピア部隊が一斉に剣を抜きリクへと群がった。
対してリクはそれを両手で二本ずつ指と指の間に挟んで受け止めてみせる。
しかし、相当の訓練が積まれているのだろうそれは完ぺきな息の合いようで押されたリクは体勢が崩れ抑えるので精いっぱいになってしまった。
全力を出せば押し返せないことは無いが、今はその時ではない。
「お兄さん、油断したね。今度こそさよならだ」
フィラデルは腰のレイピアを抜いて見せびらかす。
それでもリクは余裕の顔をしていた。
むしろ、いつもの眠そうな顔を見せる。
「なぁ、□□□□、そろそろ起きて助けてくれないか?」
「了解だ!」
その瞬間、フィラデルの体は横に吹き飛んでいった。
「ゲホッゲホッ、とっさに障壁張ってなかったら致命傷級だね」
「よくも俺で遊んでくれたなぁ」
「やぁ、ソラ。もう一回行っておこうか」
「断る!」
ソラは声を出し頭からある一つの思考以外を排除する。
「なッ、精神干渉を、キミもか。化け物の片割れという自己紹介は言い得て妙ってやつだったわけだ」
「俺たちをなめるなよ」
「それはこちらのセリフだよ。胸ぐらをつかまれ武器を失っていたところで兄の後ろに付いて行くだけの男になんて負けないよ」
「おもしれえ、ぶっ潰してやる」
ソラは一度フィラデルに頭突きをお見舞いすると胸ぐらを掴んだままリクの方へと走り出した。
「何をする気だい?」
「さよならってやつさ」
ニヤリと微笑むとソラは能力を発動しリクに突撃した。
音速を超える速度の余波で白仮面たちはよろける。
すかさず、リクは力で持って白仮面たちを吹き飛ばし、フィラデルの腕を掴み拘束した。
そこで、ソラも止まる。
「フィー、ありがとよ。おかげで久しぶりに楽しかった」
「最後の一撃ってわけだね」
「あぁ」
「つくづく甘いね、キミたちは」
ソラとリクの視界が白に包まれた。
フィラデルはふたりから数歩距離を取るとふたりに言う。
「安心してよ、現実ではボクはお兄さんに拘束されたままだ。だから、最後に聞いておきたかったんだ」
「何をだよ?」
「ここでの記憶は残らないようにしておくよ。だから聞かせて。キミたちの一番奥にある深層心理は何?」
「お前の世界だから、拒否なんてできないんだろ?」
「そうだね、無理やり吐かせるよ」
「じゃあ、俺から答えよう。俺の深層にあるのは兄貴の存在だ。兄貴の背を見て育ったんだ。これからも追いかけて、横に立って、追い抜いてやる」
「……お兄さんは?」
「俺の深層にあるのは弟だ。弟を見て、見守って来た。弟が生まれた瞬間から俺は弟の兄であった。いつか追い抜かれる壁になるために、俺はこの世界で最強になる」
「…………そうか、お互いがお互いを思っていたわけか。いい兄弟愛だね」
「おい、フィー、そろそろいいだろ」
「そうだね、顔だけはよしてくれるとありがたいな」
「わかった」
一瞬にして視界はステージへと戻ってくる。
次の瞬間にはソラの拳がフィラデルの腹に叩き込まれていた。
しかし、それは魔法障壁で守られる。
それでもソラはお構いなしに乱打を叩き込んだ。
やがて障壁にひびが入りガラスが割れるように障壁に穴が開く。
そこめがけてソラの右ストレートが叩き込まれた。
フィラデルは力を失い倒れ伏す。
「勝者、ウェルミュレ代表、ソラ選手、リク選手」
司会のコールが行われ一回戦の幕が閉じる。
と、同時に会場は大歓声で包まれた。
そんな中、ふたりはステージの中央で向かい合う。
「ソラ」
「なんだ?」
「助かった」
「おう!」
ふたりは大歓声の中、拳をぶつけ合った。




