39
ソラはフィラデルの居る医務室を出て闘技場の廊下を歩いていた。
その日初めて会った男にまた来い、とは。
これだから同い年は苦手なんだ。
別にこちらとて会ったその日に一目惚れして入れ込むような性格はしていない。
相手もちょっとからかっているだけだろう。
そんなことはわかっている。
「どうしたの?」
「またおいでよ」
違う、恋心とかじゃない。
あの笑顔だ。
痛かった。
何故かなんて自分にさえわからない。
「ソラ、そんな所で何を?」
カミナに声を掛けられ顔を上げるとソラはいつの間にか白い何もない空間にいた。
もちろんカミナもいない。
それどころか、自分以外は何も存在しない。
自分が踏んでいる地面は触覚として認識は出来ても、見えない。
そこにあるはずなのに、遥か空中にいるような感覚。
地平線のようなものも見えない。
ソラはそんな中で何かに惹かれるように歩き出した。
もはや本当に自分が前に進んでいるのかもわからないが。
「おいで、リリス」
「よくやった、リリス」
どこからか兄の声が聞こえ、立ち止まって周りを見渡すもやはり何もなかった。
これは、たぶん俺の精神世界という奴だ。
ソラとてアニメやマンガを見て育ってきた身だ。
何となく予想はできる。
「ソラ、その調子」
「ソラ君、まだ若いのにすごいね」
カミナとフラさんの声が聞こえソラはもう一度歩き出す。
もうどちらが前でどちらが後ろかよくわからなくなってきた。
「リリス、防御魔法は……」
「リリス、下がっていなさい」
今度は明確に後ろから兄の声が聞こえてきた。
ソラは立ち止まりすぐに後ろに、兄の声が聞こえてきた方向に歩き出す。
こちらの方向は最初に歩いていた方向から見てどっち向きなのだろうか。
でも、兄貴の声が聞こえたんだからこっちが前のはずだ。
「ソラ、どこへ行くの?」
「ソラ君?」
「ソラ?」
カミナ、フラさん、リンカさんの声が後ろから聞こえてくる。
ソラは歩みを止めずに振り返るも、案の定三人の姿は無かった。
「お兄ちゃん?」
その言葉でソラは思わず足を止めた。
振り返ると、ソラのお腹程までの背丈の角の生えた女の子が立っていた。
そこに突然リクが現れると、その女の子の頭を撫でてすぐに消えていった。
こっちには顔も向けずに。
女の子は撫でられて嬉しそうな顔をこちらへ向ける。
ソラがその目を見返すと、その笑顔はあざける様な笑顔へと変わった。
「リリス、お前は、」
呟きながらソラはリリスの元へと歩いていく。
目の前まで来ると片膝をついて女の子と目線を合わせる。
そして、ソラの両手はその首へと伸ばされる。
あと数センチ手を伸ばし、それを握るだけで。
「ソラ!」
いきなり兄に大声で呼ばれたソラは肩をびくりとさせ慌てて振り返る。
少し先で、リクが三メートルほどの巨人と手を合わせ力勝負をしていた。
あの兄貴と互角の力とは。
そうか、俺が援護しないと。
そうソラが思った瞬間、
「ダークショット!」
濃い紫色の楕円が巨人へと飛んでいきその腕を吹っ飛ばした。
そして、のけぞった巨人をリクは地面にひっくり返すと頭を踏み抜いた。
巨人は黒い靄となった消えていく。
そこに残されたのは異様に長い前髪で顔の見えないリクだった。
リクはソラの方へと歩いてくるとそのまま横を通って、女の子の頭を撫でた。
「よくやった、リリス」
「うん、パパ」
本当の父親でもないくせに。
違う、やめろ。
「なぁ、兄貴」
なんだ?
「俺は、役立ててるか?」
全くだ。
「待ってくれ、兄貴、今のは」
お前など居なくとも一人で十分だ。
リリスが居ればなおさらいらない。
「やめてくれ、リリス、リリス、リリスって」
嫉妬か?
「違う!」
叫ぶと目の前からリクが消え失せた。
目の前にはリリスだけが残る。
ソラは一歩前に進みリリスの頭に手を置く。
「リリス」
「なに?」
「よくやった」
「うん!」
リリスは笑顔を浮かべる。
純粋な笑顔だった。
俺はリリスを褒めた。
実際巨人に手こずる兄貴を助けたのはリリスだった。
だから、兄貴もリリスを褒めた。
当たり前のことだ。
ねぇ、俺が兄貴に最後に褒められたのって、いつだっけ?




