19
時は少しさかのぼり、リクがダンジョンに出発する少し前。
リクは、冒険者ギルドに来ていた。
「ダンジョンにですか?ダメです、許しません。」
「な、何故。」
「また無茶するからです。」
「次は大丈夫だ。それに、仲間を集めるためにここに来たんだ。それならいいだろう?」
言われてミミュレットは少し考え込む。
「……まぁ、それなら。でも、無茶はしないと約束してから行ってください。でないと許してあげません。」
「わかった。無茶はしないと約束する。行かせてくれ。俺が強くなるためには必要な場所なんだ。」
「むぅ、わかりました。それで、求人の内容はどうするんですか?」
少し膨れながらもミミュレットは依頼書とペンを取り出す。
リクはそれを見て一度頷くと内容を告げた。
「バディが一人と、初級以上の回復魔法が使える魔術師が一人。報酬は、ダンジョンで手に入れた物を三等分とする。年齢、ランク、性別は問わない。いや、Cランク以下にしておいてくれ。」
「え。」
リクの言葉にミミュレットは固まる。
それに対して、リクは首を傾げた。
「聞き取り損ねたか?」
「違います。リクさん、本気でたった三人でダンジョンに挑戦するつもりなんですか?」
「そうだ。少ないのか。」
「あの最強として名高い帝国の皇帝でも精鋭四人だったんですよ。」
帝国の四戦士。
この世界ではとても有名な実話だ。
現皇帝とその側近の三人の武官が200年ほど前にダンジョンを制覇しその跡地に国を築いた話。
そのくせ今もまだ生きているというのだから、異世界というものはわからない。
だから面白いのだが。
「今回行くのは未踏のダンジョンではない。何年も前に制覇寸前まで行ったというダンジョンだ。敵の情報などは万全だ。」
「それならいいですが、でも約束は約束ですからね。」
「分かっている。それでは依頼を頼む。」
そう言うとリクは冒険者ギルドを出ていく。
その足で、ある店に向かった。
リクが中に入ると、チリリン、と風鈴の音が爽やかに店内に響く。
店には、棚やテーブルが多く置かれ、所狭しと色々なものが陳列されていた。
この場合、陳列というより乱雑に放置されていると言った方が合うほどにごちゃごちゃしているが。
「いらっしゃい。あっ、リク、依頼の物、出来てるわよ。持ってく?」
店の奥から出てきたのは、若い女性だった。
もちろんリクはこの女性に会ったことはある。
母のおさがりらしい少し大きい洋服を着て、リクとは逆のいつでも元気そうな顔をしている。
茶髪で、顔は綺麗、背は高くも低くもなく誰にでも軽快に話しかける。
この万屋の看板娘だ。
「ナーヴィー、朝早くすまない。ありがたい、貰っていこう。」
「あいよ、構わないよ、金貨20枚ね。」
リクが腰の袋から金貨を取り出すと、一つの肩掛けのカバンと交換する。
「気を付けてね。何でも入るわけじゃないし、重量制限もあるから。それと、」
「なんだ?」
ナーヴィーが変に言葉を切るのでリクは気になり、出て行こうとしていたのをやめ振り返る。
「今日はリリスちゃんはいないの?」
「今日はまだ寝ている。」
リクは万屋から出て行った。
「人見知り激しいわね~。」
リクのいなくなった万屋でナーヴィーは呟いていた。
リクはカバンを肩に掛け南の森のキャンプ地に戻る。
キャンプ地に戻ると、リリスはすでに起きていてキョロキョロと不安そうな顔で辺りを見回していた。
リクかソラを探しているのだろう。
近くに行くと足音に気付いたのかリクの方を向きリクを見つけると一目散に走り寄った。
それをリクは抱き寄せる。
「おはよう、リリス。」
「おはようパパ!」
リリスはリクの頬に自分の頬を擦り付けて甘える。
リクは、はねのけることなく抱っこしたままいつもの湖に向かう。
そこでは、ソラが水上を走っていた。
「8秒。」
「やっぱ、あまりそこから動かないっすね。」
「そうね。」
それを見ながら、リクは近くの木陰に座り瞑想を始める。
ソラと違うのは、常に空気イスでその膝にはリリスが乗っていることか。
リリスは、リクの膝の上で自分で魔力の塊を作り遊んでいる。
その姿は、誰が見ても可愛らしい。
言い表すのなら、毛糸の玉で遊ぶ子猫を100倍可愛くしたようである。
「パパ、鳥さん。」
そう言って、リクに魔力の塊を見せる。
通常、魔力の持たないリクには魔力がほとんど見えないのだが、超高濃度で練られたリリスの魔力の造形はリクとソラにも見えるようになっている。
そして、リクがリリスの魔力の造形を見て微笑むと満面の笑みで喜ぶ。
時々、リクにもわからない物を見せてくれるのでリクが興味深そうに見つめると魔族の言葉、リクにとってはドイツ語で教えてくれる。
「パパ、今日はなにつくってほしい?」
「盾、は作れるか?」
「たて?ぶきやさんにあったまな板みたいなの?」
「そうだ。」
「やってみる!」
答えると、リリスは鳥を取り込みまた魔力を練り始める。
リリスはまるで粘土のように作るが、カミナに言わせればとてつもなく凄いことで、子どもが到達できる領域ではないとのことだ。
この子が、魔人だということも関係しているのだろう。
「パパ、できた!」
「おぉ、上手にできたな。」
「うん。パパ、たてはなににつかうの?」
「敵から大事な人を守るために使うものだ。覚えておくんだぞ。」
「うん、わかった!」
リリスは自分で作った盾を持ってブンブンと振り回す。
この様子だと、恐らくあまりわかっていないだろう。
だが、子どもは大人に甘えていればいい、これでいいんだ。
思い、リクは瞑想に戻った。
それから三日後、リクは麦わら帽子を目深にかぶらせたリリスとともに冒険者ギルドを訪れた。
「ミィ、調子はどうだ。」
「あ、おはようございますリクさん。リリスちゃんもおはよう。私は元気ですよ。」
「そうか、それは良かった。それで、俺の出した依頼はどうなった。」
リクはリリスを抱っこしながらカウンター席に座る。
「二人来ましたよ。リクさんがギルドに顔を出し次第、伝足で呼びに来るように言われています。」
「伝足?」
聞いたことのない言葉にリクは聞き返す。
「ギルド職員の中でも、手紙を配達したり伝言を代わりに伝えたりする人たちの事を指します。」
「配達員か。そんな者もいるのか。では、もうすぐここに依頼を受けた二人が来るということか。」
「そうです、なので応接室で待っていてください。すぐにお茶も持っていきますから。」
ミミュレットはリクに向かって微笑む。
「君が淹れてくれるということか?」
「えぇ。」
リクが微笑み返し聞くと、ミミュレットは頷いてギルドの奥へと入っていった。
しかし、ギルドは酒場と一体になっているからそのテーブルを使ってご飯でも食べながら会えばいいと思うのだが。
応接室を使う意味でもあるのだろうか。
そう思いながらも、リクは別のギルド職員に案内されて奥の応接室に入っていく。
応接室は中央に低いテーブルがあり、その横に向かい合うように二つのソファがある。
角には申し訳程度に花瓶が置いてある。
「少々お待ちください。」
それだけ言うと案内をしてくれたギルド職員は応接室を出て行った。
それからすぐにミミュレットが二つのカップをトレイに乗せて部屋に入ってきた。
「お待たせしました、リクさん。私が淹れたんですよ。飲んでください。リリスちゃんもお菓子どうぞ。」
トレイをテーブルに置くとカップをリクに渡し、リリスにはビスケットのようなものを手渡す。
ミミュレットはそれから自分の分のカップを持つとリクの横に座った。
リクもミミュレットが飲むのを見届けてからカップに口を付ける。
「どうですか?」
「あぁ、紅茶はあまり詳しくないがいいんじゃないか。」
「良かったです。」
ミミュレットは頷くと嬉しそうな顔で自分のカップの紅茶を飲む。
こういうさりげない表情が人気となる由縁だったのだろう。
「伝足にはすでに行ってもらっていますから、もうすぐ来ると思いますので。」
「わかった。」
そして、ミミュレットとリクが他愛ない話をしているところにノック音が響いた。
「あっ、はい。」
ミミュレットが慌てて立ち上がり応答する。
リクはそんなところも可愛らしいなと思った。
「リクさんの依頼の件での冒険者が到着しました。」
「はい、ありがとうございます。」
ミミュレットが部屋の扉を開ける。
外には先ほどここに案内してくれたギルド職員と二人の冒険者らしき者が立っていた。
「では、私はここで失礼いたします。」
そう言って、ギルド職員は踵を返していく。
そこには冒険者二人が残された。
「とりあえず、入って自己紹介でもしましょう。」
「えぇ、そうしましょう。」
「はい。」
冒険者二人が応接室に入る。
その瞬間、部屋の空気ががらりと変わった。
その正体がわからないリリスはキョロキョロと辺りを見回している。
「座ってください。」
ミミュレットがリクの対面を示すと冒険者二人は頷いてそこに座る。
ミミュレットはリクの横に座る。
「おいで。」
リクはリリスを呼ぶと自分の膝に座らせた。
「では、自己紹介から始めましょうか。」
「俺からやろう。」
ミミュレットの提案にすぐにリクが声を上げる。
「ただし、ここで話すことは他言無用だ。話せば、街ごと消えると思え。」
「ま、街ごと。」
冒険者二人のうち背の小さいほうが小声で反芻する。
簡単に街ごと消すと言ってしまえる人物に恐怖を抱くのは普通だろう。
「リクさん、街ごとはやめてください。私も死んじゃいます。」
そこに空気を読んでか読まずか、ミミュレットが口を挟む。
「例え話だ。話を進めるぞ。俺の名前はリク。この膝の上に居る子はリリス。この子も連れて行く。」
「はぁ!?子供を連れて行くなんて正気じゃないわ。家族旅行じゃないのよ?」
今度は背の高い方が口を挟んでくる。
しかし、それは予想済みだったリクは顔色一つ変えずに返す。
「俺は正気だ。それと相手の言葉は最後まで聞け。俺は能力者だ。実力は十分にあると自負している。それと、この子は――」
そこまで言って一度言葉を区切りリリスを撫でる。
そして、リリスの麦わら帽子を取ると言った。
「魔族と人間の間の子、魔人だ。」
「な!?」
「え。」
二人とも予想外の発言に言葉を失う。
リリスは、リクが角を撫でるとくすぐったそうに頭を振った。
それが、リクと冒険者二人の最初の出会いだった。




