18
森を抜けてさらに歩いていると、道は段々と急こう配になっていった。
そしてやがて下草しか見えなくなりついには植物は見えなくなった。
「そろそろ野宿にするよ。」
「了解っす。」
辺りが少し暗くなってきたところで師匠が異空間からテントを出しそれを組み立てる動作に入る。
テントの設営は修行時にみっちり叩き込まれたから慣れたものだ。
ほんの十数分で組み立て終わると師匠が組み立てたたき火の近くに小さなイスを置き、そこに座って師匠の作るご飯を待つ。
以前、手伝おうと近づいたら刃物を使っているから危ない、と言われそれからは大人しく待つようにしている。
しかし、なぜ師匠はこの年齢相手に刃物を使っているから危ないと言ったのか。
正直に従う俺もどうなんだと言われれば、何も言えないが。
そんなことはどうでもいいか、そう思っていたところに師匠が鍋を持ってたき火の元へと歩いてきた。
「火の魔石、リュックから出してきてくれる?」
「了解っす。」
言われて、俺は一度テントに戻ると師匠のリュックから取り出し、師匠に渡す。
魔石は魔力の塊のようなもので、簡単に言うと魔力の無い者でも魔法に近いものが発動できるという代物だ。
兄貴ならもっと詳しく説明してくれるのかもしれないが、俺にはさっぱりだった。
この火の魔石に関しても、師匠は危ないからと俺にやらしてはくれない。
見ていた感じ向きさえ間違えなければ大丈夫なはずなんだが。
「30分待って。」
「はーい。」
返事をしてイスの背もたれにもたれ掛かる。
もたれ掛かりすぎると後ろに倒れそうになるからこのイスは怖い。
その時、師匠が少し目をそらしながら話しかけてくる。
「ソラ、私の事、どう思ってる?」
「師匠の事?いい師匠だと思ってますし、感謝してるっすよ。」
「そういうことではなくて。」
師匠は少し俯きがちにカレーを混ぜる。
どうかしたのだろうか。
感情に敏感な兄貴ならある程度読み取れたのだろうが、あいにく俺は人の、特に女の人の考えを読み取ることは出来ない。
「すいません。俺は兄貴と違って人の心は全くと言っていいほど読み取れないんです。」
「……ソラは17歳。」
「そうっすね。」
「私は18歳。」
「一つ年上だったんすね。」
「だから、敬語はいらない。」
師匠はカレーをかき混ぜていた手を止めると自分のイスに座ってまた少し目をそらす。
カレーなのにライスを作っていないがいいのだろうか。
「それは、先生なわけですし、一つでも年上ですし。」
「私もお兄さんには敬語使ってない。」
「た、確かに。で、でも、」
「いいから。」
「わ、わかった。」
いきなり顔を上げて迫って来るからつい頷いてしまった。
「でも、いきなり難しいんで少しずつ」
「む。」
「わかったわかった、わかったから、うん、出来るだけ気を付けま、気を付ける。」
女性経験なんて全くない俺は師匠の膨れ顔に弱い。
女性全体かもしれないが。
前から自分のやりたいことを俺に意見されるとよくこの膨れ顔になっていた。
そして、俺は毎回その、なんだ、可愛さに負けてしまう。
姉のような人ではあるが、年は一つしか変わらない。
どちらかと言えば同い年より年上の方が好きだしな。
今は関係ないか。
「で、師匠、ライスの方は、炊かなくていいのか?」
「それも。」
「え?」
「私の名前はカミナ。」
勘弁してくれ。
「いや、それは。」
「む。」
「あ、や、少しづつ、慣れたらそうするから今すぐというのは。」
「むぅ、わかった。」
とりあえず、納得してくれたようだ。
流石に名前呼びは恥ずかしいものがある。
師匠がそう言うなら、慣れたら名前で呼んであげないといけないな。
慣れたらな。
「で、師匠、ライスは。」
「忘れていた。」
「わぉ。了解、俺が持ってきま、持ってくるから師匠は待ってて。」
「わかった。」
師匠は少し腰を上げかけていたのをイスに座りなおす。
俺はキッチンセットの元まで行き、容器に白米を入れた。
このキッチンセットは師匠の異空間に入れて運んでいる。
兄貴が買ったアイテムバッグは重量に制限があるが、師匠の異空間には制限が無いからだ。
巨大な物でも、地面から切り離すことさえ出来れば大抵は入れられるらしい。
浮島とか、天空都市とかそのレベルになると、誰も試したことが無くわからないらしいが。
俺はライスの容器をたき火のところまで持っていくと鍋を少し横にずらし、ライスの容器にも火があたるようにした。
「ありがとう。」
「これぐらいは手伝うよ。師匠が包丁は握らせてくれないしね。」
冗談めかして言うと、師匠はふくれっ面で反論してきた。
「私はソラの事を考えて。刃物は危ないから。」
「それこそ、一つしか歳変わんないんだし、包丁くらいなら大丈夫っす、大丈夫だよ。それに念のために兄貴からポーション貰ってるし。」
「……じゃぁ、今度から手伝ってくれる?」
「もちろん。」
「分かった。」
それから他愛のない話をして待つこと20分ほど。
料理が完成する。
ライスとルーを器に盛りつけて、いただきますをして二人で食べ始めた。
そう言えば、初めていただきますと手を合わせた時、師匠に
「ミューリエル教徒?」
と無表情で首を傾げながら聞かれてしまった。
後で兄貴に聞いたところ、この国の東にケネッペン教皇国という国があり、そこの国教がミューリエル教というらしかった。
その教えで、食事前に神に祈るしぐさがあるらしく、師匠は俺に聞いてきたわけだ。
もちろん、違うと言ってある。
キリスト教にもそんなのがあるらしいが、俺は日本人でキリスト教徒でも仏教徒でもなかった。
「おいしい?」
「うん、旨いよ。」
「そう、よかった。」
師匠はこうやっていつも自分の料理が美味しいか聞いてくる。
思えば、兄貴が時々料理を作りに来るようになってからだったと思う。
やはり、カレーは外で食うといつもより旨く感じる。
こちらに来てからは外で食べてばっかだが。
そう言えば、あっちに残してきた一番下の弟は元気だろうか。
あまり仲良くは無かったが、少し気になる。
あっちの世界がどう動いているかも気になる。
こちらと同じ早さで進んでいるのか。
まぁ、今それを気にしても仕方ないか。
カレーを食べ終わると水の魔石を使って容器を洗ってまた師匠の異空間に入れておく。
水の魔石に関しては危険ではないからと使用が許されている。
容器の洗浄が終わると寝巻に着替えて寝袋に入る。
師匠は俺がいるところで平気で着替え始めるのはどうにかして欲しい。
さすがに未だに慣れない。
「師匠、着替える時は言ってくれといつも。」
「ソラになら見られても構わない。」
「俺が構うんだよ。」
なら俺が出て行けばいいじゃないかと思うだろう。
違うんだ。
出ていかれるのは自分に魅力が無いと感じるから許さない、と言って出て行かせてくれないのだ。
女心はよくわからん。
あの兄貴も女心はいまいち掴めないと言うほどだ。
「今日は、裸で一緒に寝る?」
「遠慮する。」
「そう。」
微かな笑みで笑いかけてくる。
この人は俺で遊んでいる。
まぁ、それであまり笑わないこの人が微笑んでくれるならいいけど。
「ん?どうしたの。」
俺が見つめていたのに気づいた師匠が首を傾げる。
「いや、何もない。」
「敬語、抜けてる。」
「あ、あぁ、そうだな。姉と話してると思ったら慣れてきた。姉は居なかったけどな。」
「姉………そう、慣れてきたようで、良かった。」
「おう。」
それから一通り話し終えると二人は寝袋に入る。
「ねぇ……。」
「ん?」
半分寝ていた俺は突然話しかけられて、辛うじて片目だけ開けて答えた。
俺は寝つきはいい方なんだ。
「……ちゃん……んで。」
「え?」
俺が寝ぼけていたからなのか、師匠の声が小さく聞き取ることが出来ずに俺は聞き返す。
しかし、師匠は答えなかった。
「何でもない。おやすみ。」
「あ、あぁ、お休み。」
こういう意味深なのはやめてほしい。
兄貴なら、フラグが建った、なんて言うだろうか。
やがて俺は、意識を手放した。




