17
「もしもーし、誰かいます―?」
村長宅と思われる家の扉を叩きながら声を上げる。
すると、すぐに答えが返ってきた。
「はいはい、今行きますよ~。」
女性の声だ。
扉が開けられ、中から出てきた人を見ると案の定女性だった。
「あら、初めましてさんね。旅のお方?」
「ちょっと用がありまして。」
「そう、ここじゃ何だから中で話を聞くわ。上がって。」
「お邪魔します。」
「お邪魔します。」
女性に続いて中に入っていくとリビングに通された。
「お茶淹れてくるからそこに座って待っていて。」
「わざわざありがとうございます。」
言われたソファに師匠と並んで座って待っているとすぐにさっきの女性がお茶を持って部屋へと入ってきた。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。いただきます。」
「いただきます。」
テーブルを挟んだ向こう側のソファに座ったのを見てコップを手に取り一口飲む。
苦いのは好きじゃないが、兄貴からこういうのは少しでいいから飲んでおく方がいいと聞いた気がするから飲んでおく。
「私の名前はミュレイド。この村の村長の妻です。」
「俺の名前はソラです。横にいるのが俺の師匠のカミナと言います。」
「あら、師弟さんなのね。逢引してるカップルさんかと思ったわ。」
フフッ、と笑うミュレイドさん。
他人から見たらそう見えてもおかしくないのか。
「師匠は姉みたいなものですからそんな感情はありませんよ。」
「そうだったのね、ごめんなさい。で、こんなところまで何用で?」
「実は、竜に会いに来ました。その許可を一応貰っておいた方がいいのかと思いまして。」
その瞬間、ミュレイドさんの顔が険しくなった。
「私たちに許可を取る必要はないわ。でも、私はあなた達に行ってほしくない。」
「危険だから、ですか?」
「ええ、そう。昔は強者の証、なんて言って竜の鱗を取ってくることが流行ってたみたいだけど、竜はあなたの想像している以上に危険な存在なの。」
「見たいだけなんで、危険そうならすぐに退散してくると約束してもですか?」
「私は良いとも、駄目とも言わないわ。やめておいた方がいいと忠告をしているだけ。噂の暗部、だっけ?あれぐらい強くないと死ぬのを覚悟しないといけない。」
「師匠。」
俺が師匠の方を向いて呼びかけると師匠は無言で頷き返した。
「実は、俺の師匠はその暗部なんです。暗部の監視が付いていますから、大丈夫です。」
「………やっぱり、男の子なのね。私の息子も竜が見たいと言って数年前に、王都で雇った冒険者を連れて山に登っていったわ。今頃冒険者になって上手くやっているんじゃないかしら。」
「そうだったんですか。」
「えぇ、あなたがこの家に訪ねてきた時からわかっていたわ。危なくなったら帰ってくる。約束できるなら行って良し。」
「はい、約束します。」
「よろしい。」
ミュレイドさんは立ち上がると、俺の頭を撫でる。
昔の息子と俺を重ねているんだろうか。
「カミナちゃん、ソラ君をお願いね。」
「えぇ。」
ミュレイドさんの言葉に師匠は一言静かに答えた。
どこか兄貴に似たものを感じた。
「じゃあ、今日は泊まっていきなさい。」
「いえ、そこまでは。」
「大丈夫よ。昔息子が使っていた部屋があるからそこを使って。それに、ここは小さな村だし、馬車で一日掛からない範囲に街があるから宿屋なんてないわよ?」
「う、それじゃあ、お言葉に甘えて。」
「えぇ、存分に甘えて行って。」
「ありがとうございます。」
その後、日が沈み夜のとばりが下りる少し前に村長のグライドさんは帰ってきた。
わかりやすいおじいさん、と言ってしまうと失礼だが見た目から60は超えていることがわかる程度にはおじいさんしている人だった。
しかし、雰囲気や目つきで優しい人なんだろうなとうかがえる。
ミュレイドさんも同じぐらいの年齢らしいが30代くらいに見える。
夕食時にそんな話になり、正直に言ったら嬉しそうな笑顔で抱きつかれた。
師匠の目線が一瞬尖った気がしたが気のせいだろう。
「ごめんなさいね、ベッド一つしかなくて。」
夕食を食べ終わると、息子が使っていたという部屋に案内された。
「大丈夫、一緒に寝るから。」
今度は師匠が俺に抱きついてくる。
「ふふっ、仲良しさんなのね。お休みなさい。」
「あっ、お休みなさい。」
「お休みなさい。」
ミュレイドさんは部屋のドアを閉めて出ていった。
次の日の朝、師匠に起こされて毎朝の日課である瞑想をするために家を出て裏庭へと出た。
俺と師匠は庭の適当なところに座り瞑想を開始する。
それと同時に能力を発動し自らを加速させる。
それから少しして、ミュレイドさんが朝ごはんだと呼びに来て、厚意に甘えることにした。
「おいしい?」
「えぇ、すごいおいしいです。」
「そう、良かったわぁ。」
食べてるときにミュレイドさんが聞いてきたから正直に答える。
本音で答えたのだが、喜んでくれたようだ。
「それで、出発は今日なの?」
のほほんとした顔を少しだけ険しくしてミュレイドさんが聞いてくる。
「はい、ご飯を食べたら準備をしてすぐに行く予定です。兄もすぐに帰ってきてしまうと思いますし。」
「あら、お兄さんがいるのね。わかったわ。今日の分のお昼ごはん作ってあげるから持っていきなさい。」
「ありがとうございます。」
朝ごはんを食べ終わり、準備が終わるとようやく出発となる。
村の裏門ではミュレイドさんとグライドさんに見送られた。
「はい、お昼ごはん。二人で食べなさい。気を付けて行ってらっしゃい。成功しても失敗しても一度顔を見せに来てね。」
「頑張ってきなさい。」
「はい、行ってきます。」
「行ってきます。」
二人に言葉を返し門を出る。
村の裏は森だった。
その森を歩いていく。
地面はぬかるんだりしていることは無く、村人が定期的に入っているのか、踏み慣らされた道もあるくらいだ。
その道を歩きながら俺は師匠に話しかける。
「師匠、俺って竜相手にどこまで行けますかね。」
「時と場合による。」
「俺が勝つ可能性はゼロではないと捉えて構わないんすか?」
「構わない。」
俺の質問に師匠は、直接的ではないが肯定を示した。
だがこういう時、兄貴ならこう言うだろう。
「負ける可能性がゼロでない限り、相手の勝てる可能性を潰しながら自分の勝てる可能性を信じろ。」
兄貴は極端な心配性だ。
俺が大丈夫だと言っても常に周りを警戒する。
それは自分の為ではなく、俺のためだと言ってくれたがそれにしてもそんなに心配しなくてもいいのではないかと思うくらいだ。
そのくせに兄貴はやる時はやれる男だ。
俺はそんな兄貴の背中を追いかけてきた。
心配性なところは似なかったが。
兄貴にはいつまでも追いつけない。
この世界に来てその距離はさらに広がった気がする。
この世界に来て、兄貴は他人から見れば眠そうな、めんどくさいという感情が感じられるような顔をしているかもしれないが、元の世界にいたころより明るくなっている。
兄貴は、感情は数年前に捨ててきてしまったよと冗談で言っていたが、そんなことは無いと思う。
俺はこれからも兄貴の横に立てるように頑張らないといけない。
そうしないと置いていかれるから。
そんなことを考えていると、森を抜けているのに気が付いた。
少し坂にもなっている。
ついに山を登っていくらしい。
その時、師匠が俺に話しかけてきた。
「考え事?」
「はい、でももう大丈夫っすから。」
「そう。」
一言答えると、師匠は追及することもせず俺の一歩先を歩く。
この人も、兄貴も心配してくれることはあっても無理に聞き出してこようとはしない。
淡々と歩いていく師匠の背中を追いかける。
兄貴の前にこの人を超えないといけない。




